泥酔
「仕事で知り合った杜氏の村上さんって人がいてさ。『うちの酒蔵にぜひ遊びに来てください』って誘われてるんだよ。今度一泊二日で行こうと思うんだけど」
「え、旅行? 行く!」
食い気味に身を乗り出してくるカナ。恭介はスマートフォンを見せながら、旅の目的を説明した。
「すごい! お酒美味しいところ? 行きたい行きたい!」
目を輝かせるカナに、恭介は念を押すように少し声を落として言った。
「たださ……村上さんには俺たちの詳しい状況まで話してないから、たぶんカナのこと『奥さん』だと勘違いされると思うぞ」
まだ色々といびつな関係の二人だ。恭介としては少し気まずさや躊躇いもあったのだが、カナはまったく気にする様子もなく、むしろ嬉しそうにパッと表情を華やがせた。
「うんうん、いいね! 全然オッケー!」
悪びれる様子もなく、むしろ「妻」と呼ばれる機会を心待ちにするようなカナの反応に、恭介は呆れつつも「まあ、いいか」と小さく息を吐いた。
「じゃあ決まりな。村上さんにも連絡しておくから、準備しとけよ」
「はーい! 楽しみー」
車を走らせること約一時間。歴史ある白壁の土蔵が立ち並ぶ街並みに足を踏み入れると、風に乗ってほのかに甘い麹の香りが漂ってきた。
目指す酒蔵の大きな杉玉の下に、作業着姿の男性が立っているのが見えた。
「恭介さん、こっちです!」
手を振って出迎えてくれたのは、この蔵の杜氏を務める村上だった。日焼けした精悍な顔に親しみやすい笑みを浮かべている。
「今日はありがとうございます」
恭介が挨拶を交わすと、村上は快く手をもみながら応じた。
「いえいえー。遠いところよく来てくださいました! ……あ、奥様ですか? 村上です。よろしくお願いします」
村上の視線が恭介のとなりに立つカナへと向かう。
「はい! こちらこそよろしくお願いします」
カナは待ってましたと言わんばかりに、満面の笑みでペコリと頭を下げた。一瞬の迷いもなく「妻」として挨拶するカナの横顔を、恭介はチラッと見たが、(ま、ここでわざわざ説明するのも野暮だしな……)と心の中で「ま、いいか」と呟き、そのまま話を合わせた。
「仲がよろしいですね! さ、早速中に案内しますよ。一般の観光客の方は入れない、うちの仕込み蔵までお見せしますから」
「いいんですか? 楽しみです」
村上を先頭に、重厚な木造の扉をくぐる。
外の暑さが嘘のように、ひんやりとした静寂な空気が二人を包み込んだ。ほのかに甘酸っぱい麹の香りが充満する広い蔵の中には、ポコポコと生き物のように発酵が進む小さな音が静かに響いている。
巨大な醸造タンクの脇にある階段を上り、村上が上から中を覗き込ませてくれた。
「これが今、まさに発酵している最中のもろみです。生き物ですからね、毎日顔色が変わるんですよ」
「うわぁ……すごい、本当に泡が動いてる!」
目を輝かせて覗き込むカナの横で、恭介もその独特の香りと熱気に圧倒されていた。
「おふたりに、ちょっと特別なお酒を飲んでもらいましょうか」
そう言って村上が取り出したのは、竹の柄杓。タンクから直接掬い上げられたのは、ほんのり白く濁った搾りたての原酒だった。
小さな盃に注がれたそれを受け取り、二人は顔を見合わせて一口含んだ。
「……美味しい! すごくフレッシュで、甘みがあるのに後味がすごくすっきりしてます」
「うまいな……こんなの飲んだことないです」
感嘆の声をあげる二人に、村上は満足そうに目尻を下げた。
「でしょう? 喜んでもらえて何よりです。今夜は地元のアタリの小料理屋を予約してありますから、うちの酒と最高の料理をじっくり堪能していってくださいね」
すっかり「夫婦」として打ち解けた様子で楽しむカナと、酒の深みに酔いしれる恭介。二人の一泊二日の酒蔵旅は、幸先の良いスタートを切っていた。
村上に案内された小料理屋は、古い町家を改装した趣のある佇まいだった。
引き戸を開けると、カウンター越しに大将が威勢よく出迎えてくれる。奥の個室に通されると、テーブルの上にはすでに地元の鮮魚や旬の野菜を使った料理が美しく並べられていた。
「恭介さん、カナさん、まずはうちの看板の純米大吟醸からいきましょうか」
村上が自ら一升瓶を持ち、二人のグラスにトクトクと酒を注ぐ。
「乾杯しましょう。今日はようこそお越しくださいました!」
「乾杯!」
グラスを打ち鳴らし、一口含む。昼間に蔵で感じたフレッシュさに加え、喉をすっと通る上品な旨味が口いっぱいに広がった。
「ん……っ、美味しい……! お昼の搾りたても凄かったけど、料理と合わせると全然違いますね」
カナが目を丸くして感嘆声をあげると、村上は嬉しそうに頷いた。
「そうなんですよ。うちは『料理を引き立てる酒』を目指して造ってますから。恭介さん、お口に合いますか?」
「いや、本当にうまいです。米の味がしっかりしてるのに、後味がすごく綺麗ですね」
恭介が素直な感想を伝えると、村上は「そう言ってもらえると杜氏冥利に尽きます」と、照れくさそうに盃を傾けた。
美味しい料理と酒が運ばれてくるにつれ、会話は自然と弾んでいく。村上が語る酒造りの苦労やこだわり、そして恭介との仕事での出会い。普段は見られない恭介の仕事仲間とのやり取りを、カナは終始嬉しそうに、誇らしげな眼差しで見つめていた。
「それにしても、恭介さんはお仕事の時も頼りになりますけど、こうしてお二人を見てると、カナさんがしっかり恭介さんを支えてらっしゃるのがよく分かりますよ」
村上がふと、温かい眼差しでそう言った。
「えっ、本当ですか? 私、足引っ張ってばかりなんですけど……」
嬉しさを隠しきれず頬を緩めるカナ。
恭介は一瞬だけグラスを止めた。
「奥さん」として扱われ、完璧に馴染んでいるカナ。その笑顔を見ていると、東京でのゴチャゴチャした日常がどこか遠い世界の出来事のように思えてくる。
「恭介さん、もう一杯いかがですか?」
「おっ、はい! いただきます!」
夜はゆっくりと更けていき、心地よい酔いとともに、二人の距離は久しぶりに穏やかで温かいものへと変わっていった。
宿に着き、案内されたのは畳の香りが心地よい落ち着いた和室だった。
すでに布団がふたつ並べて敷かれている部屋のテーブルには、昼間に村上から「宿で二人で飲んでください」と手渡された、蔵元限定の特別な一升瓶と冷酒グラスが置かれていた。
「わぁ、村上さん、こんなお酒まで用意してくれてたんだ」
カナが嬉しそうにボトルを手に取り、ラベルを眺める。小料理屋であれだけ飲んだというのに、旅の解放感からか、二人の酔いはまだ心地よく続いていた。
「せっかくだし、もうちょっとだけ飲むか」
恭介が座布団に腰を下ろすと、カナは「はーい」と声を弾ませ、慣れた手つきでグラスに透き通った酒を注いだ。
「はい、恭介さん」
「おう、ありがとな」
トクトクと静かな部屋に酒の注がれる音が響く。向かい合わせに座り、二人で小さくグラスを合わせた。
「乾杯」
「乾杯」
一口含むと、先ほどの小料理屋で飲んだものとはまた違う、より芳醇で深い米の甘みが口いっぱいに広がった。
「ん……美味しい。なんだか、二人きりでこうやって飲むの、すごく久しぶりな気がする」
グラスを両手で持ちながら、カナがふふっと柔らかく微笑む。少し火照った頬と、しっとりとした瞳が部屋の薄明かりに映えていた。
「そうだな。最近は色々とバタバタしてたからな」
一口飲むと、澄んだ旨味がスッと口の中に広がった。
「あ、これはうまいな……」
思わず漏れた感嘆の声に、カナが「でしょ?」と満足そうに頷く。あまりの口当たりの良さに引き込まれそうになりながらも、恭介は正気に戻るようにグラスを置いた。
「これ、どんどん飲む前に先に風呂入ったほうがいいな。潰れる前にさ」
「うん、そだね。先にどうぞ」
カナに促され、恭介は着替えを持って脱衣所へと向かった。
旅の疲れを温かい湯でじっくりと癒やし、湯上がりの火照った体で部屋に戻る。入れ替わりでカナが「じゃあ行ってくるね」とお風呂へ向かっていった。
しばらくして、ほのかにシャンプーの香りを漂わせたカナが、少し湯上りで赤くなった肌を覗かせながら戻ってきた。
「ふぅー、さっぱりした! じゃ、改めて……」
二人は再び向かい合って座り、冷えたグラスをカチンと合わせた。
「乾杯」
昼間に地元の物産店で買っておいたスルメや珍味をテーブルに広げる。炙ったスルメの香ばしさと塩気が、蔵元限定の旨口の酒と完璧に噛み合った。
「ほんとにうまい酒だな」
「うん、止まらないね……」
グラスが空になるたび、どちらからともなく注ぎ足し、二人は引き込まれるようにぐいぐいと酒を重ねていく。
ふと見ると、カナの目はとろんと重たくなり、いつも以上に頬が朱に染まっていた。語尾も少し怪しくなり、明らかにかなり酔いが回っているようだった。
湯上がりで着た浴衣が大きくはだけ、その隙間から豊かな胸元が覗いていた。
「おい、胸が見えてるぞ」
思わず視線を泳がせながら恭介が指摘すると、カナはトロんとした目を向けて、悪戯っぽく微笑んだ。
「いいのよ。見せてるんだから」
「飲みすぎだろ?」
「そんなこと言って、ほんとは見たいんでしょ? はい」
言うやいなや、カナは自ら帯を緩め、はだけた浴衣から胸をしっかりと露わにしてみせた。酔いと湯上がりでほんのり赤みを帯びた肌が、部屋の灯りに艶やかに照らし出される。
「わかったわかった。飲みすぎだよ」
恭介は苦笑いしながら視線を外し、慌ててカナの浴衣の胸元を寄せて隠そうとする。しかし、カナはその手を押し返して、グラスを力強く掲げた。
「まだまだ飲めるから!」
「完全に出来上がってるだろ」
言うことを聞く気配すらないカナの酔いっぷりに、恭介は呆れつつも、目の前の無防備な姿に思わず生唾を飲み込んだ。
今夜のカナは、いつも以上に歯止めが利かなくなっているようだった。
カナは座布団の上で足を崩すと、そのまま無防備に片膝を立てて座り直した。
短くなった浴衣の裾が大きく捲れ上がり、白い太ももと、その奥のパンツまで完全に丸見えになっている。
「おい、パンツまで見えてるぞ」
「見せてるの!」
開き直ったように胸を張るカナに、恭介は半ば呆れながら「はいはい」と苦笑交じりに視線を逸らした。
完全にタガが外れたカナは、自分の空になったグラスを恭介の目の前に突き出して甘えるように声を張り上げる。
「お酒がないよ! 恭介さん!」
「はいはい、飲もー」
恭介は一升瓶を持ち上げ、トクトクとトロンとした液体をカナのグラスに注ぎ足した。
「わーい、ありがと!」
嬉しそうにグラスを受け取ると、カナはそのまま一気に煽るように飲み干していく。はだけた胸元と無防備な足元、そして酒で上気した顔。
「ちょっとペース早いって……」
制止しようとする恭介の手をすり抜け、カナは「だって美味しいんだもん」と無邪気に笑った。旅の開放感と絶品の酒が、二人をどんどん深い酔いへと引き込んでいく。
「わかった。カナ、ゆっくり飲もう。しっかり味わって飲もうぜ」
「うんうん、そうだね」
カナは素直に頷いたものの、その目はすでにトロトロに溶け切っていた。恭介は「はぁ……」と小さくため息をつき、自分のグラスの酒を一口含んで喉を湿らせる。
「恭介さんも脱いだら?」
「なんでだよ」
「いいからいいから」
カナにぐいぐい迫られ、恭介も湯上がりで身体が火照っていたのは事実だった。男だし別に脱ぐことに躊躇することもない。脱いでみると、確かに少し心地いいぐらいだ。
「涼しくて気持ちいいな」
「そだね!」
カナは嬉しそうに声を張り上げると、何を思ったのか勢いよく自分の浴衣の帯をほどき、上半身を完全に脱ぎ捨ててしまった。
「……脱ぎすぎじゃないか?」
「いいんですよ!」
「丸見えだぞ?」
「見せてるっていってるでしょ!」
開き直って胸を張り、無防備すぎる姿を余すことなく晒すカナ。
「後々恥ずかしい黒歴史になるぞ?」
「ならないよ!」
「じゃあ、証拠として写真撮っといてやるから」
「うん、はい!」
そう言って、上半身裸のまま無邪気にピースサインを作るカナ。恭介はスマートフォンを取り出し、画面越しにその無防備すぎる姿を収めた。
カシャ
(明日見せて超赤面するカナの顔が楽しみだ)
心の中でニヤリと笑いながらスマホを伏せ、恭介はグラスに残った酒をちびちびと飲み進める。
カナはケラケラとご機嫌に笑いながら、すっかり恭介に身を委ねるようにぴったりと寄り添ってきた。肌と肌が触れ合い、酒の熱気と体温が直接伝わってくる。
恭介は戯れに、目の前にある柔らかい胸を軽く手で揉んでみた。
「もー、変なことしないでよぉー」
トロけた声でカナが抗議してくる。
「マッサージだよ」
「あぁ、そっか。じゃあ、お願いします!」
あっさり納得したカナに、恭介はニヤリと笑って少し手加減を外し、激しく揉みしだいた。
「っ……あ……」
一瞬でカナの動きが止まり、肩が大きく上下し始める。先ほどまでの酔っ払いの笑い声は消え、荒い息遣いだけが静かな部屋に響いた。
「ちょっと待ってよー……交代交代! 恭介さん横になって」
カナは熱い息を吐きながら、恭介の胸をぐいっと押して畳の上に押し倒した。
「マッサージね……」
上から覆いかぶさってきたカナの手が、恭介の肌に触れる。
だが、その手つきは明らかに「マッサージ」のそれとは違っていた。ゆっくりと、熱を確かめるように肌を滑る指先。
カナの中では、もう次のステップが始まっていた。
カナは酔いに任せて、いつもより妖艶に、そして激しく恭介を求めてきた。旅の開放感と酒の勢いも手伝い、二人で貪り合うような濃密な時間を過ごした後、満足したカナはそのまま恭介の腕の中で泥のように眠りについてしまった。
◇
翌朝。
恭介が目を覚ますと、隣ではカナが昨日のままの全裸で、すやすやと心地よさそうな寝息を立てていた。
少し重い頭を抱えながら起き上がり、ぼーっとした頭で昨晩の宴の跡――散らかったスルメの袋や空になったグラス、一升瓶を片付ける。部屋を軽く整え終えると、恭介は再び布団に横になり、カナを起こさないように静かにスマホを眺めていた。
「うーーーーん……」
しばらくして、大きな伸びとともにカナがゆっくりと目を覚ました。
そっと下を見下ろしたカナは、そのまま石のように固まった。
掛け布団すら掛かっておらず、朝の澄んだ光の中で、自分は何一つ身につけていない完全な全裸のまま布団の上に転がっていたのだ。
「……え、やだ……」
顔面を蒼白にしたカナは、慌てて両腕で胸を隠し、体を丸めて小さくなった。昨夜の記憶を辿ろうとパチパチと瞬きをするが、頭の中は完全に真っ白だった。
「き、恭介さん……っ! なんで私……裸なの……!?」
震える声で尋ねてくるカナ。どうやら綺麗に記憶が飛んでいるらしい。
恭介はスマホから目を離すと、昨日ニヤリと笑いながら撮影した「あの写真」を画面に表示させ、静かにカナの目の前に突きつけた。
「黒歴史にならないって自分で言いながら、ノリノリで脱いでピースしてたぞ」
画面には、浴衣を上半身脱ぎ捨て、全裸一歩手前で完璧な笑顔とピースサインを決めるカナがはっきりと映っていた。
「ひやぁぁぁぁぁっ……!? なにこれぇぇぇ! 私、何やってるのぉぉぉ!」
絶叫しながら、さらに顔を真っ赤にしてパニックを起こすカナ。自分のとんでもない姿と、まったく覚えていない恐怖に、耳まで真っ赤にしてプルプルと震えている。
「やめてぇぇぇ! 消して! 今すぐ消してぇぇぇ!」
「絶対消さない。証拠だからな」
「嘘でしょ……記憶ないんだけど……私、他に何したの……!?」
青ざめた顔で本気で怯えるカナを見ながら、恭介は昨夜の妖艶で激しかった姿を思い出し、朝から心底おかしそうに声を上げて笑った。
「大事なところも全部堂々と見せてたぞ。覚えてないのか?」
恭介がすまし顔でとんでもない嘘を吐くと、カナは目を極限まで見開いた。
「うそでしょ!? ありえないっ!最悪だよっ!」
自分の手で顔を覆い、そのまま布団の中に沈み込んでいきそうな勢いで頭を抱えるカナ。記憶がすっぽり抜け落ちているだけに、恭介のブラフが効きすぎて本気で絶望しているようだ。
恭介はそんなカナのパニックぶりを面白がりながら、フッと優しく口元を緩めた。
「それはそれで可愛かったけどな」
「私、もう、お酒やめる……」
枕に顔をうずめたまま、カナは消え入るような声で呟いた。本気でへこんでいるのが背中から伝わってくる。
「なんでだよ。盛り上がったんだからいいだろ」
「いやだいやだ! 私、自分が怖いよ!」
パニックでパタパタと足をバタつかせるカナの身体を、恭介は笑いながら抱きかかえるようにぐっと自分の方へ引き寄せた。
「大丈夫だって」
「はぁ……」
引き寄せられたカナは、恭介の胸に顔をうずめたまま、大きなため息をついた。
じとーっとした目で見上げて朝から恭介を責めようとするカナ。
「覚えてないのか?昨日さんざんやっただろ?」
「覚えてないからもう1回。ね?」
上目遣いでそうおねだりしてくるカナの瞳は、朝の光を受けて潤んでいた。
全裸のまま恭介の胸元にしがみつき、離すまいと腕に力を込めてくる。さっきまで「お酒やめる」と頭を抱えてパニックになっていたとは思えないほどの、手のひら返しだった。
「お前なぁ……朝から村上さんに会うんだぞ?」
「いいの。村上さんには『ちょっと朝寝坊しました』って言えばいいんだから」
悪びれもせず、むしろ開き直った笑顔で恭介の唇に自分の唇を軽く重ねてくるカナ。
昨夜の酔った勢いとは違う、はっきりと意志を持った熱い体温が肌を通して直接伝わってくる。
「今度は……ちゃんと覚えておくから」
耳元で甘く囁きながら、カナの手が恭介の体にゆっくりと絡みついていく。
「はぁ……本当、調子いいんだから」
恭介は呆れたように息を吐きながらも、その柔らかい体をぐっと自分の方へ抱き寄せた。
清々しい朝の光が差し込む和室で、村上との待ち合わせ時間を少しだけ気にしつつも、二人は再び濃密な朝の時間を重ねていくのだった。
宿をチェックアウトした二人は、朝の心地よい空気の中、再び村上さんの酒蔵へと足を運んだ。
杉玉の下では、すでに朝の作業をひと段落させた村上が、爽やかな笑顔で二人を迎えてくれた。
「あ、恭介さん、カナさん! おはようございます。昨夜はゆっくり休めましたか?」
「おはようございます。村上さん、昨日は本当にありがとうございました。いただいたお酒、すごく美味しかったです」
恭介が丁寧にお礼を伝えると、隣のカナもペコリと深く頭を下げて、明るい声を張った。
「本当にごちそうさまでした! もう美味しくてどんどん進んじゃって……すぐ寝ちゃいました!」
(おいおい…1人でパーリーナイトだったろ…)
余計なことまで堂々と言い切るカナの横で、恭介は思わず額を押さえた。昨夜の脱ぎっぷりや朝のドタバタが脳裏をよぎり、ひやひやさせられる。
しかし村上は、カナの素直な言葉に「ハハハ!」と気持ちよく大声をあげて笑った。
「いやぁ、そう言ってもらえるのが一番嬉しいですよ! お二人にとって良い旅の思い出になったなら何よりです」
「はい! すごく楽しかったです」
満面の笑みで答えるカナの横顔を、恭介は呆れ半分、愛おしさ半分で見つめた。
「村上さん、本当に何から何までありがとうございました。また寄らせてもらいます」
「ええ、ぜひ! 今度は新酒ができる頃にでも、またお二人で遊びに来てくださいね」
「はい、絶対来ます!」
村上に見送られながら酒蔵を後にした二人は、澄み渡る青空の下、車へと向かって歩き出した。
「お酒やめるんじゃなかったのかよ」
車に乗り込み、エンジンをかけた恭介がニヤニヤしながら突っ込むと、カナは助手席でシートベルトを締めながら、悪びれる様子もなく胸を張った。
「今はね!」
「都合が良すぎるだろ」
「だってー! 美味しいお酒の前で『二度と飲まない』なんて言うのは、蔵元の村上さんに失礼でしょ?」
「どの口が言ってんだか……今朝あれだけパニックになってたくせに」
恭介が呆れ顔でハンドルを握ると、カナは「うっ」と一瞬言葉を詰まらせた。
窓の外を流れる酒蔵街の古い町並みを眺めながら、カナはふふっと嬉しそうに呟いた。
「でも本当に楽しかったな。また絶対、二人で来ようね」
「そうだな。今度は飲みすぎて全裸にならない程度にな」
「恭介さん!!」
「でも、俺はああいうカナも可愛くて好きだけどな」
恭介がポツリと本音を漏らす。
「えー、ほんと?」
予想外の言葉に、助手席のカナが目を丸くして恭介の横顔を覗き込んできた。
「うん、いつもと違う可愛さがあってドキドキしたわ」
照れ隠しも混ぜずにさらっと言ってみせると、カナの顔が一瞬でパッと明るくなり、見る見るうちに耳まで赤くなっていく。
「えー……うん……」
急に照れくさくなったのか、カナは視線を窓の外へと泳がせ、もじもじとシートの上で身を縮めた。そして、小さく息を整えてから、どこか覚悟を決めたように恭介の方を振り向いた。
「じゃあ……今度は家でゆっくり飲もう。その時にね!」
「その時に、ね……か」
悪戯っぽく微笑むカナの横顔を見つめながら、恭介は小さく笑ってアクセルを少し踏み込んだ。
旅の終わりとともに、二人だけの新しい約束と、これから始まる甘い時間の予感が、車内に静かに広がっていった。




