見た目
「ねえ恭介さん、さっきのカフェの店員さん……絶対私より若いと思ってたのに、話したら二つ上だったんだけど」
カフェのテーブルで、カナはアイスコーヒーのグラスを両手で包み込みながら、本気で頭を抱えていた。
「へー」
「『へー』じゃないでしょ! 二つ上であの肌のハリと透明感だよ!? すごくない?……」
「人の見た目なんて気にしなきゃいいだろ」
「気になるの! 街歩いててもさ、『あの人は同い年くらいかな』とか『あの人の方が若く見えるかな』とか、勝手に脳内で年齢当てゲームしちゃうんだから!」
恭介は呆れたようにアイスコーヒーを一口すすり、頬杖をついた。カナは自分の前髪を何度も指先で整えながら、すがるような目で恭介の顔を覗き込んでくる。
「ねえ、恭介さん」
「何だよ」
「私、どうすればもっと若く見えると思う……?」
「ん? 若くみられたいの?」
「そりゃそうでしょ! 女心ってものを少しは理解してよ」
「学校の制服とか着ればいいんじゃないか?」
「は? それは流石に痛いでしょ……」
カナは一瞬引いたような顔をしたが、すぐに顎に手を当ててフッと鼻を鳴らした。
「……ま、私なら全然似合うと思うけどね」
「自分で言うなよ。……まあ、カナもどっちかといえば若くみられる方だろ。結局、化粧や服で誤魔化すしかないんじゃないか?」
「誤魔化すって言い方やめてよー。 メイクは技術! 努力なの!」
ぷいっと横を向くカナに、恭介はふとした疑問を口にする。
「……若く見られてどうするんだよ? 若い男とどうにかなろうと思ってるのか?」
「え、やだぁー」
思わず口元を緩めてニヤつくカナに、恭介は一気に不機嫌そうな顔になる。
「勝手にしろよ」
「うそうそ! 冗談だってば! やっぱり若く見られたほうがいいでしょ?」
「そうか? それなりでいいんじゃないか?」
「なんでよ」
「その時々の魅力ってのがあるだろ」
「若さは正義でしょうが!」
譲らないカナに、恭介は小さく溜息をついてから、そっぽを向くように言った。
「俺は若い子はそんなに好きじゃないなぁ。どっちかといえば落ち着いた感じが好きかな。もし若くても落ち着いてるほうがいいな」
「私もまぁ、落ち着いてるけど」
速攻で自分をアピールしてくるカナに、恭介は引きつった笑いを浮かべる。
「そ、そうだな」
「……でもさ、若いといろんな服着れるじゃん? ミニスカとか露出が多くても、若い子なら許されるでしょ?」
「着ればいいじゃん」
「は? 誰が喜ぶのよ」
「俺は喜ぶよ」
「え……」
不意に真っ直ぐ言われ、カナは一瞬言葉を詰まらせた。パチパチと瞬きをしてから、急に照れくさくなったのか早口で捲し立てる。
「私、私がミニスカとか履いたら一緒に歩きたくないでしょ!? 痛いおばさんじゃん!」
「そんなことないよ。一緒に歩かないかもしれないけど、可愛いなと思う」
「歩かないのかよっ!!」
テーブルを叩くカナの大きなツッコミが、午後のカフェに響き渡った。
帰宅して早々、カナはクローゼットの奥をガサゴソと漁り、意を決したように着替えてリビングに戻ってきた。手で必死に裾を下に引っ張りながら、モジモジと恭介の前に立つ。
「ど、どう……?」
恭介はソファから顔を上げ、カナの全身をくまなく見つめると、あっさりと頷いた。
「うん、いいんじゃないか?」
「うそばっかり! やばいでしょ!」
「いや、全然、普通だろ。今の時代、人妻とかでもミニスカ履いてるだろ」
「いやー、これはヤバいなぁ……」
自分の太ももを交互に見下ろし、落ち着かない様子で脚をモジモジさせるカナに、恭介は呆れたように息を吐く。
「自分がそう思ってるだけだろ。全然普通だよ」
「ほ、ほんと……?」
「もっと短くてもいいぐらいだ。カナは脚が綺麗だからな」
「え、う、うん。そうかな……」
不意打ちの褒め言葉に、さっきまでの騒ぎが嘘のように大人しくなるカナ。頬を真っ赤にして視線を泳がせていると、恭介がニヤリと笑って立ち上がった。
「試しにコンビニでも行こうぜ」
「いや、無理でしょ!」
「全然大丈夫だよ。普通すぎて面白くないくらいだ」
「そんなことない!」
「脚が綺麗なんだから大丈夫だよ。な? 行くぞ」
「え、ちょ、ちょっと!」
抵抗する間もなくカナの手を引くと、恭介はそのまま玄関へと向かった。
夜の冷たい空気が裸の足に触れ、カナはパニックになりながら恭介の後ろをついて歩く。
「ヤバいヤバい。これはヤバいって……!」
「誰が気にするんだよ。誰も見てねーよ」
言い合いをしているうちに、目と鼻の先にあるコンビニの自動ドアが開いた。
眩しいほどの白い照明が、カナの露わになった脚と赤くなった顔を容赦なく照らし出す。カナは思わず恭介の背中に隠れるように身を寄せた。
棚の横を通りかかったとき、立ち読みをしていた若い男がチラッとカナの脚に視線を送った。
「(やっぱりヤバいって……!)」
カナは恭介のシャツの裾をぎゅっと掴み、消え入りそうな小声で訴える。
「(どこがだよ。気にしすぎだろ)」
まったく動じない恭介の横顔を見上げながら、カナは心臓の鼓動が早くなっていくのを抑えられずにいた。
コンビニで飲み物とお菓子を適当にカゴに放り込み、会計を済ませて逃げるように店を出た。
夜風が素脚に吹き抜ける心地よさよりも、太ももが無防備に晒されている羞恥心のほうが遥かに勝っている。カナはハァと大きな溜息をつきながら、隣を歩く恭介の腕にぎゅっとしがみついた。
「はー……これはキツイね……」
「カナがそう思ってるだけだよ」
ポケットに手を突っ込んだまま、恭介は素っ気なく返す。カナはじっと恭介の横顔を覗き込んだ。
「ほんとにそう思ってるの?」
「あぁ。普通すぎる」
「嘘ばっかり」
信用していない面持ちで唇を尖らせるカナに、恭介は歩みを止めず、ふっと口元を緩めた。
「自分の彼女を恥ずかしい目にあわせると思うか? それだと俺まで恥ずかしいだろ?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
真っ直ぐ「自分の彼女」と言われた照れくささもあり、カナはそれ以上反論できずに言葉を詰まらせた。
(なんだ、恭介さん……ほんとに変だと思ってないんだ)
ほんの少しだけ安心し、肩の力を抜いたその一瞬の隙だった。
恭介が不意に手を伸ばし、歩いているカナのミニスカートの裾をひょいっと捲り上げた。
「きゃっ!?」
夜の街にカナの悲鳴が響く。太ももの付け根近くまで露わになった肌に夜風が直撃し、カナは慌てて両手で裾を押さえた。
「あはははは!」
恭介は悪びれもせず声を上げて笑うと、くるりと向きを変えて逃げるように走り出した。
「こらっ! 」
顔を真っ赤に熟れさせたカナは、ミニスカの裾を必死に抑えながら、夜の住宅街を全力で駆け出した。
少し前を笑いながら走る恭介の背中を追いかけながら、カナの胸の奥は、恥ずかしさと愛おしさでぐちゃぐちゃに満たされていた。
鍵を開けて部屋になだれ込むと、カナは膝に手をついて肩を激しく上下させた。
「はぁ……はぁ……っ!」
「ふぅ、いい運動になったな」
恭介は何事もなかったかのように平然と靴を脱ぎ、リビングへ向かおうとする。その背中に、カナの怒声が飛んだ。
「ちょっと! もう! ひどいじゃないの!」
「そんなに怒ることでもないだろ」
「怒るよ! 誰かに見られたらどうするのよ!?」
「あー……見てたぞ。若い男が」
恭介がさらっと嘘を吐くと、カナの顔が一瞬で引きつった。
「え!! やだっ!」
「見られると嫌なのか?」
「当たり前でしょ!」
本気で焦るカナをじっと見つめ、恭介は静かに、けれどどこか真剣なトーンで言った。
「いや、俺は綺麗なカナをみんなに見てもらいたいんだよ」
「え……なにそれ……」
思いがけない言葉に、カナの追求がぴたりと止まる。
「自慢したいんだよ」
真っ直ぐに言われ、カナはパチパチと瞬きをした。必死に裾を押さえていた手にふっと力が抜け、耳の先まで一気に熱が上がっていく。
「そ、それはわかるけど……っ。外ではやめて……」
さっきまでの怒声はどこへやら、カナは蚊の泣くような小声で呟いた。
「なにが『それはわかる』だよ。自分で言うか?」
恭介が可笑しそうに口元を緩めると、カナはハッと正気に戻ったように顔を上げ、赤くなった顔を誤魔化すようにフンと鼻を鳴らした。
「だって……そりゃそうでしょ! 恭介さんの自慢の彼女なんだから! 」
「自分で言う度胸はすごいな」
「本当のことじゃない! でもっ、見せびらかすのは部屋の中だけにして! 外でスカート捲くるとか、普通にアウトだからね!?」
「部屋の中で誰に見せるんだよ。俺か?」
必死に眉をひそめて抗議してくるものの、太ももを露わにしたまま「自慢の彼女」と言い切るカナの姿に、恭介はクツクツと喉を鳴らして笑う。
「はいはい。じゃあ部屋の中ならいいんだな?」
「え?」
恭介の手が不意に伸び、カナのスカートの裾に再び指がかけられた。
「やめてって!」
「外じゃないだろ」
「いや、ダメダメ! やめて!」
カナは悲鳴を上げながら、必死の手つきでスカートの裾を押し下げようとする。しかし恭介はニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべたまま、しつこく布地を上へと引っ張り上げた。
「ちょっと……! もう、ほんとにやめてよ! 破れるから!」
太ももの根元まで捲れ上がりそうになる布地を、カナは両手で必死にガードする。生地がギシギシと悲鳴を上げ、二人の力比べのような状態になった。
「部屋でもダメなんんじゃないか」
「もう……!」
攻防の末、どうにかスカートを守り抜いたカナは、乱れた前髪を払う余裕すらないまま肩を大きく上下させた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
顔を真っ赤にし、息を切らせて恭介を睨みつけるカナ。だが、その瞳は怒りというよりも、完全に恭介に翻弄されきったドギマギ感と恥ずかしさで潤んでいた。
「白なんだな」
「え?」
あまりにも脈絡のない恭介の呟きに、カナは素で首をかしげた。
「いや、パンツだよ」
「ちょっと! 変態!」
攻防の最中に一瞬だけ覗いてしまった下着の色を平然と指摘され、カナは一瞬で顔を茹で上がらせた。
「ていうかさ、俺はカナのいろんな部分を見てるわけだろ?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
急に核心を突くようなことを言われ、カナはうつむいてモジモジと指先を絡めた。
「今更、下着が見られて恥ずかしいとか変じゃないか? それ以上のものを見てるだろ」
「隠してる部分を見られるのは恥ずかしいでしょ!」
「水着は見せてくるじゃないか」
「あれは水着だからよ!」
「同じ布1枚だろ」
恭介の理屈っぽい詰問に、カナは顔を真っ赤にしながら必死に言葉を探す。そして、思いつく限りの最大の言い訳を口にした。
「下着は……汚れてることもあるでしょ!? だから見せられないの!」
「今も汚れてるのか? 見せて」
「はぁ? バカじゃないの!?」
デリカシーゼロの恭介の言葉に、カナの恥ずかしさは一気にピークへ達した。
デリカシーはないけれど、自分のすべてを知っている恭介の距離感が、呆れつつも愛おしくてたまらないカナだった。
「汚れてるわけないでしょ!」
「だよな。じゃあ、見せてよ」
「さっき見たでしょ!」
「ほら、早く」
「え? え……」
恭介から真顔で言われた「ほら、早く」に、カナはパチパチと瞬きをして固まった。
(え……嘘でしょ? 本気で言ってるの……?)
悪ふざけかと思いきや、恭介の瞳は至近距離でカナを逃がさないように真っ直ぐ見つめてくる。冗談で流せる雰囲気ではないと察したカナの心臓が、跳ね上がるように鳴り響いた。
「早くしろよ」
「っ……」
逃げ場がないことを覚悟したカナは、羞恥心で顔を沸騰させながら、ゆっくりと自分の手に力を込めた。
夜の室内灯の下、露わになっていく素肌と、恥ずかしさで震える指先。太ももの付け根まで捲り上げ、カナは息を呑みながらそのまま静止した。
「……はい」
消え入りそうな声で言いながら、顔を背けて目をつむる。
「カナが恥ずかしがってる顔が俺は好きなんだよなー」
「なにそれ」
突然の告白に、カナは目を丸くして恭介を見つめた。
「最高に可愛いと思う」
「ちょ、ちょっと……え? なに?」
予想もしていなかったストレートすぎる言葉の連続に、カナのパニックは頂点に達した。
捲り上げたスカートを急いで手放すと、今度は両手で自分の熟れたトマトのような顔を覆い隠す。だが、指の隙間から覗く瞳は真っ赤で、完全に恭介の言葉に撃ち抜かれていた。
「だから、カナが恥ずかしがることをしたくなるんだよ」
「えー、困るじゃんか」
「それが可愛いんだろ?」
恭介の完全に居直った悪びれない笑顔に、カナは両手で顔を覆ったまま、ジタバタと脚をバタつかせた。
恭介の手が、背中に回された。ゆっくりと優しく撫でおろされる手のひらの温もりに、カナの身体からすーっと力が抜けていく。
恭介の手がカナのシャツのボタンへと伸び、一つ、また一つと手際よく外していく。
「え、待ってよ……」
焦ったカナが上から手を重ねて止めようとするが、恭介はその手を優しく交わしながら、容赦なく布地を肩から滑り落としていく。
「え、待ってよ。待って待って! 待って!」
「いいじゃん」
「後で! 後でね!っ」
このままでは本当に全裸にされてしまうと察したカナは、恭介の手を振り払うようにして飛び起きた。
カナは裾を押さえたまま脱衣所に向かってダッシュした。
脱衣所に飛び込み、勢いよくドアを閉める。カナは扉に背中を預けたまましゃがみ込んだ。
「ハァ……ハァ……っ! もう、なんなのよ……本当に……っ」
顔を両手で覆うが、耳まで熱いのは収まらない。
(お風呂に入って、ちゃんとベッドに行ってからでしょ……っ!)
明るい部屋で丸裸にされるのは恥ずかしいけれど、ベッドで恭介に愛されるのは期待している。そんな自分の本心を思い返して、カナはさらに顔を赤くした。
心臓を高鳴らせながら、カナはシャワーの蛇口を勢いよくひねった。




