至福の夜
カンカンと照りつける真夏の太陽が、ダッシュボードの奥をジリジリと熱していた。 澄み渡る青空の下、海沿いを貫く一本の国道を、エアコンの冷風を強めにして走り抜ける。
「海だ!めっちゃキレイ!」
助手席のカナが窓を少しだけ開け、潮風を頬に受けながら声を弾ませた。青く煌めく海面が太陽の光を反射して、まるで一面に砕いた宝石を散りばめたように眩しい。
「途中でバーベキューの食材調達だな」
車を走らせること三十分。事前のリサーチ通り、海沿いの町にある大型のスーパーマーケットへ滑り込んだ。自動ドアをくぐると、店内はひんやりとした冷気に満ちている。カナは入口でカートを一台引っ張り出すと、目を輝かせて精肉コーナーへと一直線に向かった。
「お肉多めにしよ! ステーキ肉でしょ、牛カルビでしょ、あ、この豚トロも絶対美味しいやつ! あとお酒も絶対に足りなくなるから、缶ビールのケースごと買おうよ!」
「おいおい、買いすぎだろ……ふたりで食いきれるか?」
「大丈夫だって! 外で食べたら無限に入るんだから!」
カナは「これ絶対合う!」と言いながら、厚切りのエリンギやトウモロコシ、さらにはソーセージまで、迷うことなく次々とカートへ放り込んでいく。
「あと、これ! 焼き芋! 焚き火の炭の中に放り込んでおいたら絶対美味しいから!」 「お前、本当に目ざといな」
恭介は呆れ半分、可愛らしさ半分で苦笑しながら、カゴで溢れかえりそうなカートを押してレジへと向かった。 大量の食材やお酒を車のリヤシートへどっさりと積み込み、エンジンをかける。潮風の香りと共に、ふたりだけの夏の旅がいよいよ本格的に始まろうとしていた。
目的地のグランピング施設は、国道から一本逸れた静かな入り江にひっそりと佇んでいた。 木造の温かみがあるおしゃれな管理棟のフロントへ向かい、チェックインの手続きをする。受付の若い女性スタッフが鍵を取り出し、爽やかな笑顔で申し出た。
「今日はお客様だけになっております。完全な貸切ですね! 存分にごゆっくりお過ごしください」
「えっ!? 貸切!? 」
カナが予想外の朗報に跳ね上がった。平日の利用というカナの仕事の都合が、これ以上ない形で功を奏したのだ。
鍵を受け取り、木道のデッキを進むと、砂浜のすぐ目と鼻の先に巨大な白いドームテントが三つ並んでいた。指定された中央のテントのドアを開けると、カナから小さな悲鳴が上がった。
「すごーい! めっちゃ広い!」
天井が高く半球状の空間には、清潔なシーツが敷かれたダブルベッドが二台、高級感のあるローソファ、小さな冷蔵庫やエアコンまで完備されている。大きな透明の窓からは、プライベートビーチのような砂浜と一面の青い海が一望できた。
「すごーい、すごーい!」と声を上げながら、カナは靴を脱ぎ捨てるなり大きなベッドへバフッとダイブし、ゴロゴロと転がった。
「ねえ、恭介さんが前に行ったところもこんな感じだったの?」
ふとベッドから起き上がったカナが、無邪気な瞳で尋ねてくる。 その瞬間、恭介の背筋にひやりとした冷や汗がすっと流れた。仕事で来たと言って誤魔化していたが、実際は女もいた。
しかし、恭介は長年のポーカーフェイスで表情一つ変えず、しっかりカナの目を見つめて言った。
「いや、前に行ったところより、ここのほうがだいぶ良いよ」
恭介の本音を知る由もないカナは、パッと顔を輝かせた。
「本当!? すごいね! 恭介さんセンスいい〜!」
自分との時間を一番に考えて用意してくれたのだと思い込んだカナは、さらに機嫌を良くして部屋の中をウキウキと探検し始めた。
ドームテントに荷物を運び終えると、ふたりは外のプライベートデッキへ出た。並べられたラタン調のデッキチェアに腰を下ろし、冷えた缶ビールのプルタブを落とす。
「まずは到着の乾杯だな」
「はーい! 乾杯!」
缶と缶がカチンと軽い音を立てる。 喉を鳴らして流し込むキンキンのビールは、夏の熱気で乾いた身体にしみ渡るように美味かった。
「最高だな」
「うん、夏って感じだね!」
波が寄せては返す穏やかな音だけが、絶え間なく耳に届く。 目の前の大海原は、刻一刻とその表情を変えていた。昼間の眩しいエメラルドグリーンから、次第に柔らかなオレンジ色へと染まっていく。やがて巨大な太陽が海平線の向こうへとゆっくりと沈み始め、空全体が紫とピンクが混ざり合った幻想的なグラデーションに包まれた。
「綺麗……」
「ああ、すごいな」
カナが恭介の肩にそっと頭を預ける。沈む夕日を静かに見届けた後、恭介はトングを手に取り、バーベキューコンロの炭に火を起こした。
パチパチと火の粉が上がり、炭が赤く熾り始める。網の上に、スーパーで買い込んできた厚切りのステーキ肉、トウモロコシ、エリンギ、サツマイモを並べていく。ジュージューという香ばしい音と共に、食欲を激しくそそる煙が立ち上った。
「よし、焼けたぞ。冷めないうちに食べよう」
トングで皿に取り分けてやると、カナはハフハフと息を吹きかけながら大きな口で肉を頬張った。
「んん〜〜〜っ! 美味しいっ! 」
「外で食べるのって、なんでこんなに美味いんだろうな」
「わかる! 雰囲気も相まって、お店で食べるより全然美味しいね!」
夕闇が迫る中、ランタンの灯りの下で肉を食らい、冷えたチューハイを煽る。他には誰もいない贅沢な空間で、ふたりだけの宴はどこまでも賑やかに続いていった。
すっかりお腹も満たされ、心地よい満腹感に包まれた頃、ふたりはドームテントの脇に設置された専用のプライベートサウナ施設へと向かった。
「貸切のうえにサウナ付きなんて、本当に贅沢だね」
脱衣所で着替え、軽くシャワーで身体の汗と汚れを流す。木調のドアを開けると、ほのかなアロマの香りと共に重厚な熱気がふたりを包み込んだ。 二人掛けの木製ベンチに並んで座る。
「うわ! 暑いね〜」
「サウナはこうじゃなくちゃな」
恭介は余裕の表情を決め込もうとしたが、室内を満たす圧倒的な熱風と高い湿度に、わずか三分も経たないうちに額から滝のような汗が噴き出してきた。息をするだけで鼻の奥が熱い。
「……ッ熱い熱い! 限界だ!」
「えっ!? もう!?」
耐えかねた恭介はサウナ室のドアを力任せに開け、そのまま外の冷却シャワーへ飛び込んだ。頭から頭髪を激しく揺らして冷水を浴びる。
「プハーッ! 生き返る……!」
遅れてサウナ室から顔を出したカナが、呆れと可笑しさが混ざったような視線を向けてきた。
「出るの早くない? まだ三分も経ってないよ?」
「……ば、ばか言うな。サウナってのはな、何度も短く入って水風呂と往復するのが『ととのう』コツなんだよ!」
恭介はハァハァと荒い息を整えながら、必死に強がってみせた。
「ふ〜ん、そういうものなの?」
「そうだ。ほら、もう一回行くぞ!」
恭介は格好をつけるために再びサウナ室へと戻り、ベンチに腰掛けた。カナも「へー」と言いながら続いて入ってくる。
再び熱気が身体を苛む中、恭介の視線がふと隣のカナへと向かった。 うっすらとピンク色に火照った肌、そして水分を帯びて艶めく豊満な胸元を、一筋の汗がつっ……とゆっくり伝い落ちていく。そのなめらかな身体の曲線に、恭介の頭の芯が急激に熱を帯び始めた。
「……むぅーー、限界だっ!!」
「ちょっと!? 早すぎるよぉー!」
煩悩と物理的な熱さのダブルパンチに耐えきれなくなった恭介は、再び猛スピードでサウナ室を飛び出した。 カナの呆れ交じりの声を背中で受け止めながら、冷水シャワーで力任せに頭を冷やす。そのままクーラーボックスへ手を伸ばし、キンキンに冷えた缶ビールを取り出して一気に喉へ流し込んだ。
「くぅーーーーーッ!! 今まで生きてきた中で一番うまい!」
「あはは! ぷはーーー! ほんとだね、最高!」
遅れて出てきたカナもビールを一口煽り、顔を見合わせてお腹を抱えて笑い合った。
すっかり夜が深まると、目の前の海は漆黒の闇へと姿を変えていた。 打ち寄せる白波の音だけが、暗闇の中からザザァ……ザザァ……と絶え間なく響いてくる。
「海に入ろうかな」
火照った体に夜風を受けながら、恭介がふと思い立ったように呟いた。
「えっ!? 今から!? 真っ暗だよ? 怖いってば!」
「大丈夫だって。水着はないけど、誰もいないんだからパンツ一丁で入ればいいだろ」
「私、ちゃんと水着持ってきてるもん! 待って、すぐ着替えてくるから!」
カナはドームテントへ走り込み、数分後に出てきた。 彼女が身につけていたのは、胸元や腰回りにシフォン素材のひらひらとした布地がついて腰に布を巻いている、シックな黒のワンピースタイプの水着だった。黒い生地と、露出した白い肌のコントラストがやけに艶めかしい。
「……なんだよその布」
「よく分からないけど、こういうデザインなの! ほら、行くよ!」
ふたりは裸足になり、ひんやりとした夜の砂浜を踏みしめて波打ち際へ向かった。一歩、足先を海水に浸した瞬間、思わずふたり同時に声が漏れた。
「わっ! 冷たい!!」
昼間の温もりは完全に消え去り、夜の海は想像以上に冷たかった。
「あまり深く入らないでよ!? 夜の海は本当に怖いんだからね!」
「(子供かよ……)おう、分かってるよ」
怖がったカナが、キュッと恭介の手を強く握りしめてくる。そのまま胸まで海に入ると、寄せる波の恐怖に耐えかねたカナが、恭介の首に両腕を回し、完全に抱っこされる体勢でしがみついてきた。
波の周期に合わせて、二人の体がゆらゆらと浅瀬で揺れる。
「ちょっと冷たいね」
「……ああ、冷たい」
しがみついてくるカナの体温と、柔らかい身体の感触がダイレクトに胸に伝わってくる。 恭介の手は自然と、カナのお尻へと回っていた。そのまま水着の黒い布地を指先で掴み、ぐっと大胆に上へと食い込ませる。
「ちょっ……! やめてよ! お尻食い込んでる! 直して!早く直してよ!」
「あはははは! 似合ってるぞ!」
密着したままジタバタと暴れるカナの姿に、恭介は大声をあげて笑った。
カナも少し落ち着いたのか、恭介の胸に顔を埋めて密着したまま、静かに波に揺られた。
「そろそろ上がるか。足にいっぱい砂がついた」
「うん、シャワー浴びよう」
冷えた身体と砂を流すため、二人は手を繋いだまま砂浜を歩いてテントへと戻った。
部屋のシャワーで足や身体の砂と塩気をさっぱりと洗い流し、二人は再びウッドデッキへと躍り出た。 恭介は専用のファイヤーピットに薪を組み、ライターで火をつけた。乾いた木材が火を吸い込み、やがて小さな炎がゆらゆらと立ち上り始める。
パチッ……パチパチッ……。
薪が爆ぜる心地よい音が、夜の静寂に響き渡る。暗闇の中で揺れるオレンジ色の炎が、向かい合って座る二人の顔を温かく照らし出していた。
テーブルの上には、スーパーで買っておいたサツマイモがアルミホイルに包まれて炭の脇に投入されている。冷えたウイスキーのロックグラスを傾けながら、ただじっと炎を見つめる。
「……最高の時間だな」
恭介がぽつりと漏らすと、カナも深く頷いて微笑んだ。
「うん……本当にそうだね。仕事のこととか、日常のこととか、全部忘れちゃう」
都会の喧騒も、日々の忙しない時間の流れも、ここには存在しない。あるのは、パチパチと燃える焚き火の温もりと、暗闇の奥から届く波の音、そしてお互いの息遣いだけだった。
「ほんとに静かだな。貸切で良かったよ」
「うん、誰もいないって、すごく落ち着くね」
時折、夜風が吹き抜けて焚き火の煙を揺らす。火勢が少しずつ落ち着き、赤く熾った炭が静かな熱を放っていた。
ふいに、長い裾を揺らしたロングスカート姿のカナが立ち上がり、恭介のすぐ隣へと移動してきた。そのまま、恭介の膝の上にちょこんと腰を下ろしてくる。
「おっ……重いな」
「重くないもん」
カナは甘えるように恭介の首元に頭を預け、腕を回してきた。お風呂上がりの石鹸の甘い香りと、ほのかな酒の匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐる。カナの体温が、薄い布地越しにダイレクトに腿へと伝わってきた。
恭介は愛おしさに胸が満たされ、そのままカナの腰を抱き寄せ、スカート越しに彼女の丸みを帯びたお尻を優しく揉み込んだ。
(……ん?)
手のひらに伝わる柔らかな感触に、恭介の手がふと止まる。 いつもなら手に当たるはずの、下着の縫い目やゴムの締め付け感がどこにも存在しない。
「……ん? 履いてないの?」
「え……うん……」
カナは顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で頷いた。 お風呂上がりにノーパンのままロングスカートを穿いて出てきたのだ。
一気に血が昇り、興奮した恭介はロングスカートの中で自分のものを取り出す。 カナは恥ずかしそうに吐息を漏らしながら、ゆっくりとその上に体重を預けて座り込んだ。
「な?野外っていいだろ?」
「もう……」
照れくさそうに吐露しながら、カナはそっと顔を上げて夜空を見上げた。 そこには、都市部では決して見ることのできない、零れ落ちそうなほどの満天の星空が広がっていた。数え切れないほどの星々が、二人の頭上で静かに瞬いている。
「誰かに見られてたらどうするんだよ?」
「別にいいじゃない」
寄せては返す静かな波の音。 パチパチと小さく爆ぜる焚き火の音。 そして、恭介の耳元で次第に荒くなっていくカナの吐息。
誰にも邪魔されない二人だけの貸切の夜は、波音と共にどこまでも深く、濃厚に深まっていった。




