自爆
男と女が長く一緒にいると、愛や情のほかに「くだらない意地」というものが芽生えるらしい。底抜けに不毛な議論が飛び交う。これは、素直になれない彼女の暴走と、それに乗っかる男の、どこにでもある(?)可愛くもけたたましい日常の一幕である。
テレビを見ていると、番組では「若いうちの綺麗な体を写真に残すメモリアルヌード」という特集が流れていた。
恭介は感心したように呟いた。
「すげーな」
「ん? なに?」
隣で寛いでいたカナが、リモコンを握ったまま画面に目をやる。
「若い頃の自分の体を写真に撮っておくんだってさ」
「へー」
特に興味もなさそうに生返事を返すカナに、恭介はふと思い立って問いかけた。
「カナも若い頃は今と違ったわけだろ?」
「そりゃそうよ」
即答するカナ。そのあっけらかんとした態度に、恭介はさらに踏み込んでみる。
「若い頃の自分の体を見たいと思う?」
「あー、そだね。見たいかもね。もっとキュッ!ってなってた頃のね」
昔を懐かしむように自分のウエストあたりを手でなぞりながら、カナは少し楽しそうに笑った。その様子を見て、恭介はごく自然なトーンで提案してみる。
「じゃあ、撮影しとけば良かったのに」
「それは、それで、勇気がいるでしょ」
呆れたように肩をすくめるカナ。恭介は自分の腹あたりに視線を落とし、少しだけ遠い目をした。
「若い頃の顔は写真に残ってるけど、体はないなー。やっぱ俺も違うんだろうな」
するとカナは、ニヤリと意悪く口角を上げた。
「そりゃ、今みたいにお腹出てないでしょうね」
グサリと刺さる余計な一言に、恭介は思わず眉をひそめて睨みつける。
「は?」
「はい?」
すっとぼけて明後日の方向を見るカナに、恭介は急に真顔になると、どこか怪しい熱を帯びた声で言った。
「じゃあ、撮影してやろうか? 今撮れば10年後ぐらいに見れるわけだろ?」
「はぁ? なんでよ?」
一気に警戒感を強め、体を引くカナ。恭介はいたって真面目な顔(を装ったドスケベ顔)で説得にかかる。
「いや、さっき若い頃の体見てみたいって言ってたじゃん」
「まぁ、そうだけど」
「日々劣化していくもんだろ」
「あ?」
カナの目が一瞬で据わった。だが、恭介はそれに気づかない振りをして、自分の中で完璧に筋の通った論理を熱弁する。
「今見るために撮るんじゃなくて、将来見るために撮るんだろ?」
真剣な表情の裏で見え隠れする下心と、じわじわとニヤけていく恭介の表情をじっと見つめていたカナは、ついに耐えかねたように吹き出した。
「ちょっと顔が変になってるよ! おじさん!」
「撮ってやるって」「絶対嫌!」
そんな不毛な押し問答が、リビングでしばらくの間続いていた。一歩も引かない恭介に、カナは呆れたような、どこか宥めるようなトーンで言った。
「今見れるんだから、いいじゃない? それを恭介さんが覚えててくれたらいいから」
「いやいや、カナはその劣化具合がわからないだろ。どれだけ垂れたか、とか」
真顔で論理的に攻める恭介に、カナの顔がカッと赤くなり、すぐさま語気を強めた。
「はー? この先上がっていくから!」
「上がるわけないだろ(笑)」
「今自由に見れるんだからいいでしょ!」
「うーん… じゃあ、今、見せてくれよ」
恭介がニヤリと挑発するように身を乗り出すと、カナは一瞬で言葉を詰まらせた。
「え……? い、いま?」
「おう、覚えてればいいんだろ? そう言ったよな?」
「そ、それは……ね……」
視線を泳がせながら、明らかに狼狽えるカナ。恭介は腕を組み、畳みかけるように揺さぶりをかける。
「まだ?」
自分で言った手前、もう後には引けない——。
覚悟を決めたカナは、耳まで真っ赤にしながら、着ていた部屋着のワンピースの裾に手をかけた。そのまま、意を決したようにじわじわと裾を押し上げていく。
「い、いい……?」
「いや、全然見えてないんだけど」
恭介は冷静にツッコミを入れた。カナは恥ずかしさで泣きそうになりながら、裾をぐいっとさらに高く引き上げた。
「もういい……!?」
「全然見えない。お腹しか見えてないよ」
顔から火が出そうなほど真っ赤になりながら、カナは思い切って首元近くまで一気にワンピースを捲り上げた。カナの綺麗な胸が全開になった。
「見えたでしょ……!?」
露わになったその胸元に、恭介はすかさず手を伸ばすと、その先端へすっと指を触れさせた。
「あっ!!」
びくっと身体を跳ねさせたカナは、すぐにワンピースをバッと下に下ろした。
「もうやめてよ! 変態!」
真っ赤な顔で怒るカナに、恭介は冷静なトーンでニヤリと言った。
「結構透けてるパンツ履いてるんだな」
「はっ……!?」
胸を見せることに夢中でワンピースを首元まで引き上げたため、下半身までまる見えだったことにようやく思い至ったカナ。顔から火が出るどころか真っ白になる勢いで絶句し、両手で固く裾を押さえ込んだ。
ソファーに丸くなっていたカナだったが、急に何かを思いついたようにガバッと起き上がった。その目には不敵な光が宿っている。
「……そうだ。恭介さんのも撮ってあげるよ!」
「いや、俺はいいから」
あからさまに引き気味になる恭介に、カナはニヤリと意地悪く笑いながら膝立ちになり、じわじわと距離を詰めてきた。
「なんでよ? 男の人だって劣化していくでしょ? お腹だって出てきてるんだし!」
「いや、俺はいいんだよ!」
「遠慮しなくていいから、ほら! 脱いで!」
詰め寄ってくるカナの勢いに押されつつも、恭介はフッと口角を上げ、余裕の笑みを浮かべて身を乗り返した。
「あ、でもさ……カナが先に起きたときに、いつもこっそり見てるだろ。俺が気づいてないとでも思ってたのか?」
「え……!?」
カナの動きがピタッと止まり、目が点になる。
実はカナは恭介が朝まだ眠っている隙を狙い、こっそりパンツのゴムを引き上げて中をチェックすることがたまにあった。
すべてお見通しだったことを知ったカナは、一瞬で顔をりんごのように真っ赤に染め上げた。胸を見せようとして下着まで丸見えになり、反撃に出ようとしたら自分の秘めたる奇行(?)を暴露されるという完全な自爆。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
ついにキャパシティをオーバーしたカナが、恥ずかしさと混乱で完全に壊れ始めた。
「よし、隣のおばちゃんに相談してみよ。『うちのカナが朝こっそり覗いて困ってるんです』って」
「なっ……! なんでよ!!」
カナのパニックは最高潮に達した。
「変態! 悪魔!」
両手を風車のようにブンブンと振り回しながら、なりふり構わずポカポカと恭介に襲いかかってくる。
「おい、暴れるなよ、あははは」
襲い来るカナの両手首をひょいっと掴んで動きを止めると、カナは「う~!」と真っ赤な顔で恭介を睨みつけ、そのまま力尽きたように恭介の胸の中に額を押し当ててぐったりと倒れ込んできた。
何かを思い出したようにクルリと恭介の方を見るカナ。
「あ! そういえばサツキは若い頃にお尻を自撮りしてたよ」
「え! そ、そうなんだ……」
思わぬ情報に、恭介の声が一瞬素で裏返る。
「うん、ちょっと前にその話をしたわ。今と全然違うって」
「ほ、ほー……」
なるほど自撮りか、どんなアングルなんだろう……などと頭をよぎった恭介の思考を、カナの鋭い視線が見逃すはずもなかった。
「は? 何想像してるのよ。キモいしムカつくんだけど?」
「いや、してないよ! するわけないだろ!」
恭介はふと、以前サツキがカナを部屋に帰らせるために「カナが家に帰らないと男を呼べない」と言っていたことを思い出した。
「サツキちゃんって彼氏いるの?」
「ん? いないよ?」
「そっか」
(あのときカナを家に帰らせるために言ったのは、サツキちゃんなりの優しさだったんだな……)
カナを自分の元へ連れ戻すための口実だったと気づき、恭介が心の中で感心していると、カナは怒ったような顔をして恭介を睨みつけてきた。
「なに? サツキのことが気になるの? 聞いてあげようか?」
カナの暴走モードのスイッチが入る…
「さっきのお尻の話といい、急に彼氏の有無とか確認し出しちゃってさぁ。そんなにサツキがいいなら、付き合えるかどうか、聞いてあげようか?サツキの胸も見せてもらえば!?もうサツキにお願いして二人で撮り合えばいいじゃん!」
「なんでそうなるんだよ…」
バシバシと抱き枕で連続攻撃を繰り出し、そのままソファーの上にバタンと倒れ込んで背中を向けてしまったカナ。丸くなった彼女の背中を見つめながら、恭介は「やれやれ」と心の中で苦笑いするのだった。




