おうちキャンプ
夏特有の湿気を孕んだ夜空が、突如として裂けた。
突然の豪雨。ピカッ、と窓の外が目を開けていられないほどの強い白光で包まれた。視界のすべてが真っ白に染まり、部屋の中に落ちる影が刹那の間に輪郭を変える。
お腹の底から直接揺さぶられるような重低音が空気を大きく震わせた。ゴロゴロ……ドカンッ! と、家鳴りを伴う激しい雷鳴が落ちる。
「きゃっ!今の雷めちゃくちゃ近かったね!」
テーブルの向かい側で、カナが肩をすくめながら小さく悲鳴を上げた。これから冷えたビールをあけて、まったりと家飲みを始めようとしていた矢先のことだ。
「近くに落ちたな、これ……」
恭介が言いかけたその瞬間だった。
バチンッ!!
無機質な落雷音が遠くで響くと同時に、部屋を支配していたすべての明かりが一瞬で消え去った。
テレビの賑やかなバラエティ番組の音声も、部屋を快適に冷やしていたエアコンの送風音も、冷蔵庫のモーター音も。人間の生活を支えていた文明の音が、まるで潮が引くようにピタリと途絶えた。
「うわ、うそ! 停電した! 雷のせいだ!」
「マジか〜。まあ、このあたりの地域ならすぐ復旧するだろ」
外では遠く、不気味な雷鳴が引きも切らず響き続けている。街灯の光すら届かない室内は、目の前に広げた自分の手すら判別できないほどの真っ暗闇だった。
「……暗くて全然見えないな。」
「んっ!? ちょっと!! 何触ってんのよ!?」
暗闇の中で、恭介の手が迷いなく吸い寄せられたのは、やわらかく弾力のあるふたつの膨らみだった。衣服越しにもはっきりと伝わる体温と、指先を沈み込ませる圧倒的な感触。
「あ、悪い。暗くて見えなくて」
「どさくさに紛れて何触ってんのよ!」
暗闇の中で開き直る恭介の声音に、カナは呆れ果てつつも、暗闇に乗じてスッと手を伸ばした。そして――ギュッ。
「うおっ!? ちょ、カナ!?」
「あらごめんなさい。暗くて見えなくて」
カナの手は容赦なく恭介の股感を的確に捉え、なかなかの力加減で握りしめていた。逃げようとする恭介の手を制しながら、カナは暗闇の中でしてやったりとほくそ笑む。
「たく……暗いと何もできん」
恭介は股間からカナの手をそっと外すと、ポケットからスマートフォンを取り出し、ライトのスイッチをカチッと点灯させた。
パッと広がった強烈なLEDの白い光が、室内の暗闇を放射状に切り裂いた。
その眩しさに、カナは思わず目を細める。しかし、光の先にある光景を目にした瞬間、カナの表情は驚きと爆笑へと変わった。
そこに浮かび上がっていたのは、なぜか着ていたTシャツを完全に脱ぎ捨て、上半身裸になっている恭介の姿だった。
引き締まった胸筋と腹筋が、スマートフォンの白い光に照らされて無駄にドラマチックに浮かび上がっている。
「……ちょっと。なんで裸なの?」
「暗くて手が滑って、間違えて脱いだ」
「アハハハハ! 脱げるわけないでしょ! 何間違えてんのよ!」
カナは大爆笑しながらお腹を抱えて突っ込む。あまりのバカバカしさに、暗闇の恐怖など一瞬で吹き飛んでしまった。
しかし、恭介は一切表情を変えず、真顔のままじりじりとカナへ距離を詰め始めた。
「暗いと間違えて脱ぎたくなるんだよ。カナも脱ぎたくなるだろ?」
「なるわけないでしょ!」
「なるだろ?」
「ならないよ!」
「なるだろ? なるだろ?」
「ちょっと、圧がひどいって!!」
半裸の男が「間違えて脱ぐ説」を正当化しながら押し寄せてくる謎の圧迫感。逃げ場をなくすように身を乗り出してくる恭介に、カナは引きつった笑いを浮かべながらジリジリと後退りする。カナが根負けした。
「はぁ……。間違えて……脱ぎたくなっちゃったなー(棒)」
観念したカナは、諦めたように深いため息をひとつ吐くと、自分のTシャツの裾に手をかけた。棒読みで呟きながら、スーッとTシャツを頭から脱ぎ捨てる。
「キャンドルあったよな?取ってくるわ」
キャンドルに火を点ける。部屋が淡い光に包まれる。
恭介は、どさくさに紛れ、すかさず背中に手を回してブラジャーのホックを外した。
「ちょっと! やめてよ!」
焦ったカナは、食卓のアロマキャンドルの火をフッ!と吹き消して室内を再び真っ暗にした。
「おい、見えないだろ?」
恭介がスマホのライトをパッと点灯させると、ホックを外されて慌てて胸元を手で覆うカナの姿が照らし出される。
「え! すぐ消して! 恥ずかしいから!」
カナは必死に胸を隠しながら抗議する。恭介はニヤニヤしながらキャンドルに再び火を灯すと、カナが押さえていたブラジャーをひょいっと取り上げ、遠くへぽいと投げ捨てた。
「やめてよ!」
「クーラーも切れたんだからちょうどいいだろ」
「んもう……!」
カナは呆れつつも両腕で胸を隠し、赤くなった顔を背けた。
一息ついた恭介は、ふと部屋の静けさに気づいて呟いた。
「そういえば、冷蔵庫も止まったな。いつ復旧するんだろ」
「電気つかないと、冷やしてあるものが傷んじゃうね」
「確かマグロがあったな。アイスも溶けちゃう前に食べなきゃ」
「あ、そっか。勿体ないから食べちゃおう」
「取ってくるわ」
恭介は立ち上がり、暗闇のキッチン方向へ足を踏み出した。ところが――
パーンッ!!!
静まり返った部屋に、けたたましい破裂音が響き渡る。
「きゃっ!? なに!? 今の音なに!?」
「やべ、落ちてたポテチ踏んで破裂した」
「ちょっと、何やってんのよー! 停電してんだから掃除機も使えないんだよ!?」
「仕方ないだろ、見えないんだから」
恭介は散乱したポテトチップスを一旦気にせず、キッチンからマグロの刺身とアイス、そして缶ビールを持ち帰ってきた。キャンドルのゆらゆらとした橙色の光が二人を照らし出す。
「ほら、ビール。刺身も食っちゃおう」
二人でビールを傾け、刺身をつまんでいると、キャンドルの光に照らされたカナの胸元が嫌でも目に入った。
「カナの胸って、やっぱり形いいよな」
「……まー、崩れないように普段から気をつけてるからね」
「同世代だと垂れてくる奴も多いのに、綺麗な形してるわ」
「手入れ怠るとそうなるけどね。そこはちゃんとしてるよ」
「重そうだな」
「もう慣れたよ。自分の体だしね」
「黒くもないし」
「そだね。色素?なのかな、体質だと思うけど」
二人で「カナの胸の美しさ」について、なぜか冷静に分析するような独特の空気が流れていた。
どこか誇らしげに答えるカナに対し、恭介は素知らぬ顔で手を伸ばすと、その果実の先端へ指先でそっと触れた。
「あ……っ! ちょ、ちょっと……」
「何感じてんだよ……」
「感じてないし! びっくりしただけ!」
真っ赤になって反論するカナだったが、吐息は明らかに熱を帯びてる。
強がるカナの言葉を遮るように、恭介は再びその指先で、今度は滑らすようにそっと優しく触れた。
「あっ……!」
「ほら、やっぱり感じてんだろ」
そのまま指先を離さず、ゆっくりと愛おしむように滑らせていく。
「え……もう……」
拒む言葉とは裏腹に、カナの瞳は熱を帯び、力なく恭介の肩に手が回る。
そのままカナのしなやかな体を床へ押し倒そうと、一気に覆いかぶさった。
「あ……待っ……」
二人の体が重なり、息が触れ合う距離まで顔が近づいた、まさにその瞬間――。
パッ!!!!!
部屋中の蛍光灯が一斉に点灯し、まばゆい昼白色の光が室内をくまなく照らし出した。
「……ッ!!」
突然の激光に、二人とも同時に目を細める。 視界がクリアになった瞬間、そこに広がっていたのは……押し倒されそうになっているカナと、上に覆いかぶさっている恭介。そして床一面に散らばったポテトチップスの砕けた破片だった。
「……あ」
「……え」
静寂が戻る。
明るい光の下で自分の姿――ブラジャーを遠くに投げ出され、上半身裸で恭介の下敷きになっているという決定的な状態――を客観的に認識したカナの顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤に染まった。
「え……やだ! 電気ついた……! やだやだ、見ないで!!」
カナは悲鳴を上げながら、大慌てで近くにあったクッションを抱え込み、顔と胸元を必死に隠した。
恭介も思わず苦笑いを浮かべ、体の上からさっと離れる。
「お、ついた。……まあ、復旧したならよかったな」
「よかったな、じゃないわよ!! 早く服取って!! あと、このポテチどうすんのよー!!」
さっきまでの艶っぽく甘い雰囲気は一瞬にして消え去り、明るくなった部屋には、いつものドタバタとした賑やかな笑い声と歓声が響き渡ったのだった。




