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あなたは帰る場所を知らない  作者: KYSK


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掘り出し物

週末の午後。 雲ひとつない青空が広がる絶好の行楽日和だというのに、恭介とカナの二人は、朝から家中の不用品を整理する作業に追われていた。


カナの断捨離熱に本格的に火がついてしまったのだ。


「恭介さーん、そっち終わったら和室の押し入れの中もお願いしていい? もう何年も開けてないダンボールとかあるから、いらない物ぜんぶ出しちゃいたいんだよね」


リビングの反対側で、指定ゴミ袋を片手に不用品をテキパキと仕分けるカナが声をかけてくる。首にはタオルを巻き、やる気満々のスタイルだ。


「おう、わかった。押し入れだな」


恭介は軍手をはめ直すと、和室の畳に膝をつき、長年開け放たれることのなかった押し入れの引き戸をゆっくりとスライドさせた。


中には、扇風機や加湿器といった季節物の生活家電に混ざって、何が入っているのかも分からない茶色いダンボール箱がいくつか奥深くに押し込まれていた。


一番奥に眠っていた一際大きくて重いダンボール箱を、両手でグッと引っ張り出した。テープが黄ばんで剥がれかけているのを見るに、カナが実家からこの家に引っ越してきた当時のまま、一度も開けられずに放置されていたものらしい。


ダンボールのテープを剥がして蓋を開けると、中には昔使っていたと思われるペンケースや文房具、高校時代の分厚い教科書やノート、そして一番底の方に、重厚な装丁の大きなアルバムと、派手なシールでデコレーションされた一冊の小さな冊子が収められていた。


積み重なった教科書を指で弾きながら、恭介は和室からリビングへ向けて声をかけた。


「おい、カナ。昔の教科書とかノート出てきたけど、これ要るのか?」


「いらなーい! ぜんぶ捨てちゃってー!」


リビングから軽快な返声が即答で返ってくる。


「了解」


恭介は苦笑しながら教科書を数冊まとめて縛り直し、ダンボールの底に残された重厚なアルバムへと手を伸ばした。


表紙を一枚めくると、そこには少し色褪せた写真が綺麗に並べられていた。


七五三の晴れ着姿で、千歳飴の袋を重そうに持ちながら首を傾げている幼い少女。 小学校の入学式で、大きな新品のランドセルを背負い、前歯が抜けた顔で満面の笑みを浮かべている姿。


「……小さい頃の写真か。可愛いな」


今のカナの面影がしっかり残っている幼少期の写真に、恭介の口元が自然と緩む。 普段は小生意気に強がったり、恥ずかしさのあまり暴走したりするカナだが、昔から変わらない愛嬌のある笑顔を見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


アルバムのすぐ隣に転がっていたのは、カラフルなペンやド派手なシール、ストーンでジャラジャラに装飾された一冊の「プリクラ帳」だった。黒い表紙には、平成の空気がそのまま漂うようなギャルっぽい文字で『Kana's Memory』と書かれている。


「……へえ、プリクラ帳か」


アルバムで可愛い幼少期を見た流れもあり、恭介はごく軽い好奇心から、そのプリクラ帳をパラパラとめくってみた。


最初の数ページは、制服姿の女子友達と変顔をしたり、ピースサインを作ったりしている楽しそうな学校生活のプリクラだった。 (昔から相変わらず賑やかなやつだな……) 微笑ましく思いながらページをめくっていた恭介だったが、中盤に差し掛かったところで、ぴたりと指が止まった。


そこには、カナと見覚えのない男が二人で写っているプリクラがぎっしりと貼られていた。


男は当時の流行りっぽい髪型をした同年代のヤツで、カナは見たこともないような甘えた表情でその男の肩にぎゅっと抱きついている。プリクラの余白には『ずっと一緒』『だいすき』といった、直視するのが辛いレベルの恥ずかしい落書きが躍っていた。


(……あ?)


恭介の胸の奥で、カチリと嫌な音が鳴った。


さらに嫌な予感がしながらページをめくると、決定的な一枚が目に飛び込んできた。 カナとその男が――ガッツリと目を閉じてキスをしているプリクラだ。


恭介は目を見開いたままフリーズした。


胸の奥がぎゅっと締め付けられ、冷たいザワつきが一気に広がる。


過去のことだと頭では分かっている。自分と出会う前の、学生時代の恋愛だ。そんなものがあって当然だし、自分にだって過去はある。 だが、次の瞬間、込み上げてきたのは複雑な嫉妬と同時に、猛烈な「呆れ」だった。


(……うわー、だせーな……)


ポーズも、フォントも、背景のピンクのハートマークも、すべてが痛々しい。


(なんだよ、このバカップルは……)


「ずっと一緒♡」などと書かれたプリクラを眺めながら、恭介は思わず引きつった苦笑いを浮かべた。ダサさに呆れつつも、やっぱり自分の彼女が他の男に抱きついてキスしている生々しい事実は、地味に、そして確実に胸をチクチクと刺してくる。


「………………」


恭介の顔から完全に笑顔が消えた。 理不尽なヤキモチと「ダサいバカップル写真」への不快感を拭えぬまま、恭介は眉間に深いシワを寄せ、そのプリクラ帳をじっと凝視し続けるのだった。


「恭介さーん、そっち進んでるー? ゴミ袋足りなくなったら言ってねー」


和室の静けさを不審に思ったらしく、リビングからパタパタと足音を立ててカナが様子を見にやってきた。


「……あ」


恭介の手元にあるものに視線を落とした瞬間、カナの顔からサーッと血の気が引いた。


「あーっ!!!! なんでそれ見てるの!?!?」


カナは悲鳴を上げると、弾かれたように飛びかかってきて、恭介の手から猛烈な勢いでプリクラ帳を引ったくった。


「うわっ、びっくりした……」


「見ないでよ! なんで開けてるの!? 最悪!!」


プリクラ帳を両手でしっかり胸に抱え込み、顔を真っ赤にして叫ぶカナ。恭介はゆっくりと立ち上がると、腕を組んで、わざとらしいほどチクチクとした嫌味なトーンで言い放った。


「いや、ただの整理だよ。……へぇ、すげぇ仲良しだったんだな。キスの写真とか撮るタイプだったんだ」


「違うの! これは昔の! 大昔のやつ!!」


「『ずっと一緒♡』だってさ。なんだよあのバカップル」


「やめてよーーーっ!!」


恭介の冷ややかなヤキモチ混じりのツッコミに、カナは恥ずかしさと焦りで完全にパニックを起こした。涙目になりながらプリクラ帳を握りつぶしそうになっている。


「捨てたと思ってたの! 押し入れの奥に残りっぱなしになってたなんて知らなかったの!!」


「ふーん。大事に鍵付きの箱にでも入れとけば良かったのに」


「そんなわけないでしょ!! こんなのいらないから!!」


カナは叫ぶやいなや、プリクラ帳をガバッと開き、件の元彼が写っているページをバリバリバリッ!と容赦ない音を立てて破り取った。


そのまま何の迷いもなく、部屋の隅に置いてあった指定ゴミ袋の中へ勢いよく叩き込む。


「……おいおい」


さっきまであれだけ『ずっと一緒♡』なんて甘い文字が躍っていた写真が、一瞬で容赦なくゴミ箱へ放り込まれる惨状を見て、恭介は思わず引きつった苦笑いを浮かべた。


(……なんか、元彼がちょっと可哀想になってきたな)


自分がヤキモチを焼いていた対象が、カナの手によってあまりにもあっけなく「ただの可燃ゴミ」へと昇華されたことで、恭介の胸の中にあったトゲトゲした気持ちも、拍子抜けするようにスッと毒気が抜けていった。


ゴミ袋の縛り口を固く結び直し、「ふぅ……ふぅ……」と肩で息をしているカナ。 しかし、ふと恭介の方へ視線を戻すと、恭介がまだどこか呆れたような、微妙な表情をしていることに気付いた。


(恭介さん……怒ってるのかな……?)


カナの脳内で焦りが再燃する。元彼の存在を完全に消し去ったとはいえ、恭介にあの恥ずかしい写真を見られた事実は変わらない。大好きな恭介の心に、嫌な影を残したままにするのだけは絶対に嫌だった。


カナはモジモジと指先を弄りながら、恭介にじりじりと近づいてくる。


「……ねえ、恭介さん」


「ん? なんだよ」


上目遣いで顔を覗き込んでくるカナに、恭介は少し身を引いた。 カナは意を決したように、上気した顔で大胆な提案を口にした。


「恭介さんとキスの写真撮りたい」


「……は?」


唐突すぎるおねだりに、恭介は耳を疑った。


恥ずかしさで顔をりんごみたいに真っ赤にしながらも、必死に訴えかけてくるカナ。 恭介は一瞬呆気にとられたが、すぐに照れくささが勝り、あまのじゃくに顔を背けた。


「何言ってんだよ。……もうおじさんとおばさんだぞ。キモいだろ」


「キモくない! 今すぐ撮ろ!」


カナはそう叫ぶと、ポケットから自分のスマホを引っ張り出し、カメラアプリを起動してインカメラへと切り替えたのだった。


「ほら、こっち向いて! 恭介さん!」


「おい、待てって! 本当に撮るのかよ、恥ずかしいだろ!」


恭介が身を引こうとするのを逃さじと、カナは両手で恭介の首元にガシッと抱きついて逃げ道を塞いだ。小柄な体のどこにそんな力があるのかと思うほどの猛烈なアタックだ。


「逃げないで! ハイ、チーーーイズ!」


「あ、おいっ――」


スマホを掲げたカナが、画面も見ずに恭介の頬を無理やり自分の方へ引き寄せた。そして、言葉を挟む余裕すら与えず、恭介の唇に勢いよく自分の唇を叩きつけるように重ねた。


パシャリ。


部屋に虚しく響く、スマホの無機質なシャッター音。


「……ふぅ! 撮れた!」


唇を離したカナは、勝利の笑みを浮かべて速攻でスマホの画面を確認した。そこに映し出されていた写真の構図は――


本気で嫌がって眉間に思いっ切りシワを寄せ、目をひんむいて顔を歪ませている極限に不細工な恭介。 そして、その首にガッツリ抱きつき、目を固く閉じて全力で無理やりキスをかましている超満面の笑みのカナ。


二人の表情の温度差が酷すぎる、奇跡的なまでの惨状がそこに記録されていた。


画面を見た瞬間、カナの動きがピタリと止まり、次の瞬間に腹を抱えて崩れ落ちた。


「あははははははッ!! 何これ!! こんなに嫌な顔するー!?!? 酷すぎるんだけど!!」


畳の上で転げ回りながら、息も絶え絶えに大爆笑するカナ。


「見せろ! ……うわ、最悪! 消せ! 今すぐ消せよそれ!」


恭介は顔を真っ赤にしてスマホを奪い取ろうとしたが、カナは「絶対消さないー!」と素早くスマホを胸に抱え込み、コロコロと転がって身を守った。


「だめー! これは私の宝物! 待ち受け画面にするんだから!」


涙を流しながらお腹を抱えて笑い転げるカナを見て、恭介は大きくため息をついた。


けれど、さっきまで押し入れの奥に漂っていた冷たい空気や、元彼の写真に対するモヤモヤなんて、もうどこにも残っていなかった。目の前で無邪気に笑い転げるカナの姿に、恭介の口元からも自然と可笑しさが込み上げてくる。


「……はぁ。笑いすぎてお腹痛い……」


ようやく笑い発作が収まったカナが、涙目を拭いながら恭介の隣にちょこんと座り直し、そっと恭介の肩に頭を預けてきた。


「昔の写真見てヤキモチ焼いてくれたんだね」


そう言って、満足そうに目を細めるカナ。 恭介は「ヤキモチなんか焼いてねぇよ」と吐き捨てつつも、頭に乗っかったカナの柔らかい髪を、少し乱暴に、けれど愛おしそうに撫でまわした。


「……ほら、さっさと片付け終わらせよう」


「はーい!」


先ほど破り捨てた黒歴史の入ったゴミ袋を縛り直し、二人は再び賑やかな大掃除へと戻っていくのだった。

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