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あなたは帰る場所を知らない  作者: KYSK


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密室

コンビニの自動ドアが開いたとき、店内の白々しい蛍光灯の光が、現実をチクリと刺してきたような気がした。


だが、隣にいるカナは相変わらず楽しそうにカゴを持って、棚から次々と酒を選んでいる。

俺も自分の分の酒を掴み、レジへと向かった。会計を済ませ、ビニール袋の重みを感じながら店を出る。

夜の街を歩き、少し奥まった通りにあるレジャーホテルのロビーへ滑り込んだ。

ビジネスホテルのような味気なさはないが、ギラギラしすぎていない、少し綺麗めのブティックホテルのような佇まいの部屋を選んだ。


エレベーターを上がって客室の重いドアを開ける。

ガチャリと鍵が閉まる音がして、俺たちは完全に外の世界から遮断された密室に閉じ込められた。


部屋に入るなり、カナはベッドの上にコンビニの袋を広げて、はしゃぎ始めた。


「見てこれ! これ私がハマってるお菓子なんだけど、すっごく美味しいんだよ」


そう言って、彼女が差し出してきたのは、俺の日常にはお目にかからないような、オーガニックだか何だかよくわからない健康志向のお菓子だった。


「何これ、美味いのかよ」


「美味しいってば! ほら、食べてみて」


有無を言わさず口に放り込まれたお菓子は、確かに素朴な味がしたが、正直酒のつまみになるような代物じゃなかった。それでも、カナが目を輝かせて「ね? 美味しいでしょ?」と聞いてくるから、「まあ、悪くないね」と笑って合わせる。

さらに、飲んだこともないような珍しいリキュールを取り出して、「これ二人で試してみようよ」とグラスに注ぎ合ったりした。


いつも以上に酒が進み、喋る声のトーンも自然と上がっていく。

ベッドの端に腰掛け、肩を並べて酒を飲んでいると、会話の流れでカナがいたずらっぽく俺の顔を覗き込んできた。


「恭介さん、なんかこういうホテル、すっごく慣れてる感じがするね」


「おいおい、人聞きが悪いな。俺はいつでも純粋だよ」


「嘘ばっかり。絶対いろんな女の子と来てるでしょ?」


そんな、男女のよくあるチャラついた駆け引きを笑いながら楽しんでいる間も、俺の頭の片隅には、冷めた問いがずっと浮かんでいた。


(カナは、こういう感じの女なのか……?)


さっきまで旦那のDVが怖いと怯えていたはずなのに、この手慣れた感じは何だ。

いつもこういうことを繰り返しているんだろうか。これだけ綺麗な女なら、男を誘うことにも、ホテルに来ることにも困らないはずだ。

実は、見かけによらず相当「安い女」なんじゃないか。

そうなるとこちらもカナをそういうポジションに置いて付き合うしかない。

悪い言い方をすれば「すぐやれる女」。

だが、そう思考を巡らせながらも、男としての本音は「まあ、そうなったとしてもラッキーだな」と、目の前の都合の良い展開を歓迎していた。大人の理性をガキのノリが完全に上回っていた。


「あ、お風呂の用意してくるね」


会話の途中で、カナはごく自然に立ち上がると、バスルームへと向かった。

その所作があまりにも普通で、まるで自分の家で日常のルーティンをこなすかのような滑らかさだったことに、俺は少し面食らった。

浴室からジャーッと水が溜まる音が響き始める。部屋に一人残された俺は、グラスの酒を煽りながら、喉の奥がジリジリと乾くようなドキドキ感を覚えていた。

チャラく構えているくせに、心臓の鼓動だけは誤魔化せない。


しばらくして、お湯が溜まったらしい音が止まった。 ベッドで一人で酒を飲んでいると、バスルームのドアの向こうから、カナのあっけらかんとした声が響いた。


「いいよー、入っておいでー」


(一緒に入るのかよ!)

心の中で思わず突っ込んだ。こちらが少し身構えていたのが馬鹿らしくなるほど、彼女の態度はオープンで、何の躊躇もなかった。そのあまりの堂々とした呼び声に、チャラついたスタンスを気取っていた俺の方が、逆に一瞬照れてしまうほどだった。


俺は意を決して服を脱ぎ、バスルームのドアを開けた。

湯気の中に、すでに湯船に浸かっているカナの姿が見えた。カナも、もう20代の若い娘というわけじゃない。それは本人も分かっているだろうし、脱いだ身体をまともに見られるのは男が思う以上に抵抗があるはずだ。それは俺だって同じだった。


だから、俺は男側のちょっとした気遣いのつもりで、壁のスイッチに手をかけた。


「電気消すよー」


パチ、とバスルームのメインの照明を消した。


真っ暗になった瞬間、湯船の方から「キャッ」と、カナの小さく短い悲鳴が聞こえた。いつもの大人びた人妻の顔とは違う、少女のようなその可愛らしい反応に、俺の胸がわずかに跳ねた。


完全に真っ暗になったわけではない。すりガラスのドア越しに洗面所側の光が差し込み、浴室の中はうっすらとした薄暗がりに包まれていた。


「体、洗ってあげる」


そう言って、カナが湯船からゆっくりと立ち上がった。


湯気と薄暗がりの中から、彼女の全身のシルエットが露わになる。

明るい店内でスタイルが良いのは分かっていたが、服を脱いだ彼女の身体は、俺の想像以上に綺麗で、そして生々しかった。

20代の娘のような線の細い張りとは違う、女性としての成熟を感じさせる柔らかな肉付き。すりガラス越しの淡い光を浴びて、濡れた肌がしっとりと白く浮かび上がっている。キュッと引き締まったウエストから、人妻特有の、豊かな丸みを帯びたお尻へのラインが、薄暗がりの影の中でやけに艶っぽく強調されて見えた。

その肉感的な美しさを目にした瞬間、俺の頭の中にあった「安い女」だの「ラッキー」だのという冷めたソロバンは、綺麗さっぱり消し飛んだ。


背中を滑る彼女の手のひらの温かさが、ダイレクトに神経を刺激する。泡の感触と一緒に、彼女の指先がゆっくりと身体の前面へと回ってきた。胸から腹、そして、男としての最も大事な場所へと、彼女の手が迷いなく伸びる。丁寧に、しかしどこか手慣れた手つきでそこを愛撫するように洗うカナの呼吸が、すぐ間近で聞こえていた。


「今度は一緒に入ろ」


カナが狭い湯船に再び体を滑り込ませてきた。 お互いの胸と腹、太ももが隙間なく密着し、湯船のお湯がザザッと縁から溢れ出していく。狭い空間の中で、お互いの体温と湯の熱さが混ざり合い、息が苦しくなるほどの熱気が満ちていく。


至近距離で、カナの濡れた瞳が真っ直ぐに俺を見ていた。

彼女が少し首を傾げ、自然な動作で唇を重ねてきた。


最初は、お互いの体温を確かめるような、軽くて短いキス。

だが、一度唇が触れ合うと、お湯の熱さも手伝って、体の中の導火線に一気に火がついた。カナの舌が滑り込んできて、お互いの唾液が混ざり合う深いキスへと変わっていく。狭い湯船の中で、密着した肌と肌が擦れ合い、互いの心臓の鼓動がダイレクトに伝わってくる。


「……続きは、ベッドでね」


唇を離したカナが、上気した顔で妖艶に微笑んだ。


お湯から上がり、簡単に身体を拭いてベッドへと移動する。

どちらからともなく、俺たちは吸い寄せられるように2人で真っ白なシーツの中へと滑り込んだ。

ひんやりとしたリネンの感触のすぐ後から、お互いの火照った肌のぬくもりが重なり合う。そこから、静かに、けれど確実な熱を持って全てが始まった。


薄暗い部屋の光の中で、俺の腕の中にいるカナは、普段のあの賑やかな店では決して見せたことのない顔をしていた。

いつもの抜群の愛嬌や、こちらの話を面白がるような器用な笑顔はどこにもない。少し眉をひそめ、潤んだ瞳でじっと俺を見つめながら、熱い吐息を漏らしている。その剥き出しの、どこか切なげで妖艶な表情は、彼女が抱えている日常の重さや寂しさを全て物語っているようでもあり、俺の男としての本能を激しく揺さぶった。その柔らかな肉体に引き込まれるように、何度も深く身体を沈めていった。


全てが終わった後、部屋には静かな呼吸の音だけが残っていた。


シャワーを浴び直し、ベッドの上残ったコンビニの酒を回し飲む。 さっきまであんなに深く肌を重ね合っていたというのに、満たされた空気の向こう側に、どこか奇妙な静けさが漂っていた。


「楽しかったね、恭介さん」


カナが缶ビールを片手に、いつもの愛嬌のある笑顔で言った。


その笑顔は、レストランのカウンターで見ていたものと何一つ変わらない、屈託のないものだった。

だが、俺は知っている。この夜を境に、俺たちの関係は、ただの「飲み友達」という安全な場所には二度と戻れなくなった。

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