重なる足跡
数日ぶりに一人で現れたカナは、当然のように俺の隣の席に座った。
「ユカは?」
「今日は仕事らしいです。だから一人で来ちゃった」
そんな他愛のない会話から始まって、俺たちは適当に話し始めた。
カナは俺の仕事について聞いてきたが、俺が少し専門的な話をすると、途端に難しそうな顔をした。おそらく、中身はほとんど理解していない。ただ、わからないなりに「へえー、すごい、難しそう!」と目を丸くして聞いてくる。その、ちょっと抜けたようなリアクションが、彼女の持つ天性の愛嬌なのだろう。
話を聞けば、旦那と子供がいることも、その時初めて知った。子供の年齢を聞くと、うちの子供とちょうど同じくらいの年頃だった。
家庭環境が似ているとわかっても、俺の心は別に躍りもしなかった。カナはその後、自分がハマっているという健康志向の食事やオーガニックがどうのという話を熱心にしていたが、俺からすれば全く興味のないジャンルだ。
「へえ、体に良さそうだね」
酒を口に含みながら、それなりに角が立たない程度の相槌を打つ。カナはそれで満足そうに、また楽しそうに笑っていた。綺麗だなとは思うが、この時点ではまだ「よく喋る、愛嬌のある人妻」という認識を出なかった。
夜が更けて、店を出ることになった。
普段ならタクシーで帰るところだが、その夜はなんとなく酔いを覚ましたかったので、歩いて帰ることにした。
「俺、歩いて帰るわ」
「あ、私もそっちの方です。途中まで一緒に行ってもいいですか?」
暗い夜道を、2人で並んで歩く。
特に深い話をするわけでもなく、さっきの店での常連の話なんかを思い返して、適当に笑いながら歩くだけの道中。
その帰り道の途中に、カナの住むマンションがあった。
「私、ここなんです」
「へえ、ここなんだ。じゃあな」
「ありがとうございました。気をつけて」
そんな夜が、その後、何度か続いた。
俺が店で飲んでいると、いつの間にかカナが隣にいて、適当に喋る。そして店を出たら、酔い覚ましに歩く俺と、その途中にある彼女のマンションまで送るのがパターンになっていく。いつの間にか、それが俺たちの間で自然なルーティンになっていった。
「そういえば、連絡先、まだ知らなかったですね」
何度目かの帰り道、街灯の下を歩いているときに、カナがスマホを取り出しながらそう言ってきた。
「あ、そうだっけ。じゃあ交換しとくか」
互いの画面を差し出し、LINEを交換する。
ユカの連れてきた綺麗な友達。
その時のカナは、俺の中でまだ、その境界線を越えない「友達の1人」に過ぎなかった。
この何気ない日常の繰り返しが、のちにどれほど深く、長く続いていく関係になるのか、その時の俺はまだ何も考えていなかった。




