アイドル
アンカーで飲んでいるとマスターが見慣れないボトルを持ってきた。
「恭介くん、知ってる?」
ボトルを見せられる恭介。ボトルにはテキーラと書かれていた。
「ん?テキーラ?」
「そう。お客さんからお土産で3本いただいてね。珍しいお酒らしいですよ。」
琥珀色のテキーラ。おそらく良い値段だろう。若い頃はよく飲んだが、今は少し怖いな…
「でね、せったくいただいたんで、みんなで飲もうと思って。恭介くんも飲むよね?」
「え?いいの?じゃあ、少しいただこうかな。ありがとう」
ショットグラスに注がれる。乾杯。クイっと飲む。喉が焼ける。
「え?マスター。これすげー美味しいんだけど?」
「ほんとだ。普通のテキーラじゃないみたいですね」
マスターにどんどん注がれる。ほんとに美味しいテキーラだ。飲みやすい。だが、こういうのが後から来るんだ…
カナがやってきた。
「ん?何飲んでるの?」
「テキーラだよ」
「カナちゃんも飲みますか?」
マスターがショットグラスを出してくる
「うん、飲みます!」
カナが一気に飲み干す。
「くぅーーー!!あ!でも美味しいね!」
マスターに再び注がれる。カウンターにいた人が口々に美味しいと言っている。マスターは次々とみんなに注いでいく。
4〜5杯飲んだあたりでふわふわしてくる。これはもうやめといたほうがいいな…。カナも酔っている。カナを連れて一緒に帰ることにした。
店でのテキーラの勢いが冷めないまま、帰宅した二人。
ドアを閉めた瞬間から、カナのテンションは最高潮だった。
「〜〜♪」
適当な曲をスマホから流し、リビングの真ん中でステップを踏みながらご機嫌に踊っている。頬は綺麗な桜色に染まり、目はとろんと潤んでいるのに、動きだけは妙にキレがいい。
「おい、悪酔いするぞ」
恭介が呆れ半分、心配半分で声をかけるが、カナはくるりと一回転して眩しい笑顔を向けてきた。
「しないよ! まだまだ全然足りない! 部屋にもテキーラ置いとかないとね!」
「なんでだよ…」
「あっつーーー」
恭介のツッコミもどこ吹く風で、カナはパタパタと胸元をあおぎ出すと、なんの躊躇もなく着ていた服を脱ぎ捨て始めた。あっという間に上下下着姿になり、そのまま再びノリノリで腰をくねらせて踊り出す。
普段なら絶対に見せないような開放的な姿に、恭介は思わず息を呑んだ。
「……すげー盛り上がってるな……」
恭介がソファの縁に腰掛け、参ったように苦笑いを浮かべると、カナは「恭介さーん!」と楽しそうに駆け寄ってきた。
「あはは、乾杯しよう! 乾杯!」
冷蔵庫から缶チューハイを取り出しカンッと勢いよくぶつけてくる。
「お、おう……」
店で煽ったテキーラの酔いが完全に回り、理性のタガが外れたカナは、下着姿のままリビングの真ん中で嬉しそうにくるくると回り続けている。
「何やってんだよ……」
ソファに腰掛けた恭介が、呆れ果てた声を出す。
「フィギュアだよ! くるくるくるくる……はいっ!」
カナはそう言って、フィギュアスケートの選手さながらにその場でピョンピョンと跳ねた。下着姿で無防備に跳ねるたびに、豊かな胸が大きく揺れる。恭介はその刺激的な光景に、一瞬言葉を失った。
その時、スマホからカナの好きなアップテンポな曲が流れ始めた。
「あ!」
カナはパッと顔を輝かせると、テーブルの上にあったテレビのリモコンをひったくり、それをマイクに見立てた。
曲のイントロに合わせて、リモコンマイクを片手に、リビングで華麗なステップを踏み出す。
「〜〜♪ 誰もが目を奪われていく〜!!」
普段の冷静で少し大人びたカナからは想像もつかない、アイドル顔負けの全力のパフォーマンスと歌声。
「まったく、何やってんだよ……」
恭介は頭を抱えつつも、そのあまりに楽しそうな、そして無防備な彼女の姿から目が離せない。
すると突然、カナが恭介の目の前まで駆け寄り、リモコンマイクをぐいっと鼻先に突き出してきた。
「はい! 恭介さんも!! だけどぉーーー!!」
爛漫な笑顔でコール&レスポンスを求めてくる。断れる空気ではない。
「……だけどーー!!」
恭介は観念して、小さな声で、けれど正確に歌詞を返した。
「いぇーい!! 最高!!」
カナは満足そうに飛び跳ね、再び部屋の真ん中で歌い踊り始めた。
その無邪気な後ろ姿を見つめながら、恭介はニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、ポケットから自分のスマホを取り出した。
「まったく……。これ、明日シラフに戻った時、地獄を見せるために動画でも撮っといてやるかw」
カメラアプリを起動し、録画ボタンを押す。
「はいカナさん、こっち向いてー! 全力で歌ってー!」
「はーい!! 〜〜♪」
明日、絶対に絶叫しながらのたうち回るであろう彼女の姿を想像し、恭介は悪魔のような楽しげな気分で、下着姿で熱唱するカナの姿をカメラに収め続けた。
画面越しにノリノリで答えるカナの姿に、恭介は腹を抱えて笑いを噛み殺しながら、スマホのカメラを向け続けた。
「カナさん、インタビューいいですか?」
「はい、どうぞーー!」
下着姿でリモコンマイクを握りしめたカナは、すっかりアイドル気取りでキリッとした(つもりの)決め顔を作ってみせる。
「彼氏がいるって聞いたんですけど、本当ですか?」
「あ、あれは、仲の良い友達です。私の恋人はファンのみなさんなので!」
カメラに向かって思いっきりのアイドルスマイルとウインク。目の前に立っている「仲の良い友達(=本物の彼氏)」の存在など、完璧に脳内からノックアウトされているらしい。
「同棲してるって聞きましたけど?」
「え、いや、遊んだことはありますけど大勢いました!」
「大勢ってなんだよw 」と恭介が心の中でツッコミを入れるのも構わず、カナは必死にアイドルとしてのプロ意識(?)を発揮してスキャンダルを揉み消そうとしている。
「ファンのみなさんに一言!」
「これからもカナを応援してください!」
最後にキュートなポーズを決めて見せたカナに、恭介はついに耐えきれず「ブフォッ」と吹き出した。
インタビューごっこが終わるやいなや、カナは再びリモコンマイクを握り締め、意気揚々とサビを歌い出す。
「〜〜♪」
恭介は諦めて、完全に客席のファンになりきることにした。
「L.O.V.E! カナちゃーーん!」
手拍子を叩きながらオタク特有のコールを叫ぶと、カナは歌いながらパッと顔を輝かせ、ステージ上からレスを送ってくる。
「ありがとうーーー!」
アイドル顔負けの眩しい笑顔で手を振られ、恭介の悪ノリにもさらに火がついた。
「脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!」
居酒屋のコールよろしく拳を突き上げて悪質なアンコールを煽ると、カナはリモコンを握り直し、プンプンと頬を膨らませてマイクに向かって叫んだ。
「私はアイドルなので脱ぎませんー!」
「はぁーー? 帰ろ帰ろ。金返せー!」
恭介がわざとらしく冷めた顔で背を向け、ソファーに座り直そうとすると、焦ったカナが叫んだ。
「待って!!」
次の瞬間、カナは背中に手を回すと、素早い手つきでブラジャーのホックを外した。そのまま下着を取ると、クルクルと頭上で回して恭介に向かって豪快に投げつけてきた。
「はいっ!」
「おっ!?」
空を舞うブラジャーを、恭介はナイスキャッチした。手に残る柔らかい感触と甘い香り。
「うぉーーーー! カナちゃん最高ーーー!!」
「ふふーん! これが神対応よ!」
ブラを剥ぎ取られ、完全に上半身裸状態になったカナは、恥ずかしがるどころか達成感に満ちた顔で、再びリモコンを掲げた。
跳ねるたび、踊るたびに、遮るもののなくなった豊満な胸が豪快に、そして美しく揺れる。
「〜〜♪」
(やべぇ……神ライブすぎるだろ……w)
「はぁー、疲れた。寝よ」
さっきまで下着を投げ飛ばして豪快に踊っていたのが嘘のように、カナは急に電池が切れたロボットみたいに呟くと、リモコンを床にぽいと放り出して、フラフラと寝室へ向かって歩き出した。
「おい、ちょっと待て……」
恭介が手にブラジャーを握りしめたまま呆然と立ち尽くす中、寝室のドアがパタンと閉まる。
リビングに残されたのは、脱ぎ捨てられた服と、スマホから静かに流れ続ける音楽、そして完全に置き去りにされた恭介一人。
数分後、恭介は静まり返った寝室のドアをそーっと開け、隙間から中を覗き込んだ。
ベッドの上には、服も下着も何ひとつ身につけていない、完全な素裸のカナが横たわっていた。
「……すー……ぴー……」
近づいて顔を覗き込むと、規則正しい小さなイビキをかいて熟睡している。あんなにテキーラを煽って暴れまわったのだから、一気に酔いと疲労が押し寄せてきたのだろう。
「……おい、カナ」
肩をゆすってみるが、「んー……」と気持ちよさそうに身返りを打つだけで、まったく起きる気配がない。無防備にも程がある姿で、すやすやと幸せそうな寝顔を晒している。
「……はぁぁぁ……」
恭介は深いため息をつき、天を仰いだ。
手に持っていたブラジャーをそっとベッド脇のチェストに置き、リビングから毛布を持ってきて、すっぽりとカナの体にかけ直してあげる。
恭介は自分のスマホを取り出し、さっき撮影した「カナのアイドルインタビュー動画」を再生してみた。画面の中では、下着姿のカナが「私の恋人はファンのみなさんなので!」と元気にウインクしている。
「……よし」
動画がバッチリ保存されているのを確認し、恭介はニヤリと悪い顔で笑った。
「明日の朝、覚悟しとけよ」
毛布から少しだけ覗くカナの頭を優しく撫でると、恭介は火照った体を冷ますために、冷たい水を飲みにリビングへと戻っていくのだった。
◇
「あぁ、頭痛い……」
翌朝、眩しそうに目を細めながら、カナが頭を押さえてリビングに這い出てきた。
「昨日結構飲んだからな」
恭介がキッチンで淹れたての温かいお茶を差し出す。カナはそれを受け取ると、ふぅふぅと息を吹きかけながら小さく首を傾げた。
「アンカーを出たところまではうっすら覚えてるんだけど……」
「ノリノリで歌ってたぞ」
「えー、そうなんだ。楽しかったからかな」
お茶をズズッとすすりながら、他人事のように軽い返事を返すカナ。自分の奇行など微塵も疑っていない、完璧なシラフの顔だ。
恭介はニヤリと口元を歪め、ポケットからスマホを取り出した。
「一応、動画撮っといたぞ」
「え、ほんとー? 見せて見せて!」
カナは目を輝かせ、楽しそうに爆唱する自分を見るワクワク感を全身から溢れさせながら、恭介の隣にちょこんと腰掛けた。
「ほら」
恭介が画面の再生ボタンを押す。
画面の中では、下着姿のカナがリモコンマイクを握りしめ、豪快にブラジャーを投げ飛ばしてノーブラで胸を揺らしながら熱唱している。さらに「私の恋人はファンのみなさんなので!」とウインクまで決めていた。
「……」
再生が進むにつれて、カナの顔から一気に血の気が引いていく。輝いていた瞳は見開かれ、顔面はみるみるうちに真っ白になっていった。
「え……ちょっと……どういうこと? これ、私……?」
震える声で、画面と恭介の顔を交互に見つめるカナ。
「カナだろ。ノリノリだったって言ったろ?」
「うわあああぁぁぁ……! もう絶対お酒やめる……」
枕に顔を埋めたまま、カナが消え入りそうな声で呻いた。
「なんでだよ? 楽しそうでいいじゃん」
ソファでくつろぎながら、恭介はおかしくなってニヤニヤが止まらない。
「私……酒乱なのかな……? 記憶飛ぶし、あんな……あんなことするなんて……」
「いや、泣いたり暴れたり怒ったりする酒乱より、100倍いいだろ。明るくて最高だったぞ」
「でも流石に恥ずかしすぎるよ……」
泣きそうな顔でむくりと起き上がったカナに、恭介はさらに追い打ちをかけるべく、大真面目な顔を作って言った。
「そういえばさ……昨日のアンカーでも、みんなの前で脱いでたぞ。覚えてないのか?」
「え!!!! うそでしょ!!!?」
カナの動きがピタッと止まり、目玉が飛び出そうなほど開いた。顔面が再び紙のように真っ白になっていく。
「胸をボロンと出して。『乾杯ー!』って」
「はぁ!?!?!?」
カナはベッドから跳ね起き、髪を振り乱しながら恭介の肩を掴んで激しく揺さぶってきた。
「嘘!! 嘘嘘嘘!! 絶対嘘!! やだ!! みんなの前で!? 私もう外歩けない!! 生きていけないんだけどーーー!!!」
完全にパニックを起こして半狂乱になるカナの姿に、恭介はついに耐えきれず腹を抱えて爆笑した。
「ハハハハ! 嘘だよ嘘! アンカーではちゃんとしてたよ! 脱いだのはこの部屋に入ってからだw」
「……え?」
恭介の爆笑っぷりを見て、カナはハッと固まった。
「……恭介さん……嘘ついたの……?」
「いや、あまりにも反応が面白すぎてついなw」
「〜〜〜っっっ!!! 最低!!! 本当に最低!! びっくりして心臓止まるかと思ったじゃん!!!」
怒りと安堵が混ざった叫び声を上げながら、カナはポカポカと拳で恭介の胸を叩きつける。
「でもさ、覚えてないってことは、今後また脱ぐ可能性もあるよな?」
恭介がニヤニヤしながら意地悪く追い打ちをかけると、カナは即座に叫んだ。
「ないよ! 絶対にない!!」
「でも、昨日のことよく覚えてないんだろ?」
「う、うん……」
痛い所を突かれたカナはぐうの音も出ず、急に気まずそうに目を泳がせる。
「俺以外のやつと飲んでてノリノリになってさ、そういうことが絶対ないとは言い切れないかもしれないだろ?」
「えー……」
カナは想像しただけでも恐ろしいのか、自分の肩をギュッと抱きしめて青ざめた。みんなの前でテキーラを煽っていた時のテンションを思い出すと、自分でも自分が信じきれなくなってきたらしい。
「本当に気をつけろよ? 俺がいない席でそんな『神対応』披露されたら、俺が困るからな」
恭介が真顔で、けれど少しだけ釘を刺すように言うと、カナはしおしおと肩を落として恭介の胸にすがりついてきた。
「……もう恭介さんがいないところでは絶対にお酒飲まない。テキーラも禁止にする……」
「おう、それがいい。」
「うん……」
すっかりしゅんとしてしまったカナの頭を、恭介は笑いながらポンポンと撫でた。
「ま、俺の前でなら、いつでも神ライブ開催してくれて構わないけどな」
「もう絶対しない!! 動画も早く消してーーー!!」
朝の光が差し込む部屋に、二人の笑い声とカナの悲鳴が心地よく響き渡っていた。
「家でテキーラ飲んで2人でパーティーしようぜ」
恭介がニヤニヤしながら提案すると、さっきまで恥ずかしがっていたカナは、一転して「うんうん、それならいいね」と嬉しそうに頷いた。
「おいおい、さっき『二度と飲まない』って言ってなかったか?」
「だって、お店じゃなくてここだし! 恭介さんと2人なら、誰にも見られないでしょ?」
「よし、じゃあ今週末はテキーラパーティーだな。ショットグラスもおしゃれなやつ買って、ライムと塩も用意してさ」
「あ、ライム多めにしてね! おつまみもテキーラに合うやつ、私がいっぱい作っておく!」
すっかりノリノリでパーティの計画を立て始めるカナ。
「次の日『頭痛いー』って泣きついても自業自得だからな?」
「大丈夫! ちゃんとウコン飲んで挑むから!」
「そういう問題かよw」
呆れつつも、自分にだけ見せてくれる彼女の無防備で愛くるしい姿を思い浮かべ、恭介は今から週末の「2人だけのライブ会場」が楽しみに思えて仕方がなかった。
「テキーラをガンガン飲むカップルってパリピかよ……」
恭介が呆れ混じりに突っ込むと、カナは腰に手を当てて胸を張り、ドヤ顔で言い放った。
「いいじゃない? この部屋ではパリピだよ!ドアを開けたらここはクラブのVIPルームです!」
「騒ぎすぎて隣から苦情来たらカナが謝れよな?」
「大丈夫! 音楽のボリュームは控えめにして、心の中で重低音を響かせるから!」
そう言って、無音の中でノリノリのDJの真似をして見せるカナ。
「心の中の重低音ってなんだよw まったく、都合のいいパリピだな」
「でもまあ、外でパリピやられるよりは、この部屋限定のパリピでいてくれた方が安心だけどな」
「でしょ? だから今週末のテキーラパーティー、パリピなカナちゃんをたっぷり楽しんでね、恭介さん!」
恥ずかしさを完全に吹っ切って、すっかり「部屋限定パリピ」になりきったカナの笑顔に、恭介は「へいへい、楽しみにしてるよ」と優しく目を細めるのだった。




