第8話「機械の迷宮:最深部」
作戦開始から、約一時間後。
「ふぃー、やっと着いたぁ」
水色に輝く扉の前で、セイカは大きく伸びをする。緊張感に欠けているのは彼女だけだったが、他二人も疲労が溜まっていることは同じようだった。
「苦戦こそしませんでしたが……敵の数が多くて大変でしたね」
「お疲れ様っス、お二方」
「タタラも、解析ありがとね」
労い合いながら、セイカは二人の様子を確認する。
自身も含め、誰一人として負傷はしていない。一見、このまま最深部へと突入しても良いように思えた。だが、心身の疲労を無視するわけにはいかないだろう。
「どうする? 一旦引き返して休むってのもありだけど」
経路図を完成させられたため、それを元に後日攻略し直すという選択肢は決して悪手ではない。時間経過で迷宮に変化が生じたとしても、情報の修正にはさほど苦労しないだろう。
セイカの提案は、そう考えてのものだった。
「私としては、このまま進んでしまいたいですが……無理にとは言いません」
セイカからカナタへ、カナタからタタラへと、視線が動いていく。最終決定が委ねられたことを自覚したのか、彼女は体をびくりと震わせた。
「えっと……ジブンも、異存ないっス。進みましょう」
「よろしいのですか?」
「基地に戻って休みたい気持ちも、あるにはあるっスけど……面倒事は早めに片付けたい性分でして」
背中を丸めながら、タタラが答える。
本音と建前が半分ずつ、といったところだろう。セイカはそう察せたが、あえて口に出すことはなかった。
「それなら、ちゃちゃっと終わらせちゃおうか」
「そんな簡単にいくっスかねぇ……」
「そうなるように、頑張りましょう」
若干一名が怪しいものの、気合いは十分。セイカが先導する形で、三人は水色の輝きへと飛び込んだ。
「こりゃまた壮大だね」
内装自体は道中と変わりない。ただ、中央部で鎮座する三つの巨大な機械が、この空間の異質さを物語っていた。
「……来ます」
二つの機械が、起動を示すかのように点滅する。直後、それらは何回かに分けて変形を行い、戦闘用であろう形態へと移行した。
「変形ロボじゃん! かっこよ!」
一つは、複数生えた腕が特徴的な人型の機械だ。剣、ドリル、槌が左右に一つずつ取り付けられていて、近接戦闘に特化した個体であることが一目瞭然だった。
「わかるっスよ、先輩。ナイスデザインっスよね……!」
もう一つは、巨大な砲身を搭載した多脚型の機械だ。機動力に特化しているのか、壁や天井すらも足場として利用することが可能なようだった。
「そう、なのですか……?」
残りの一つは、道中で現れた球体の化物をそのまま大きくしたような外観だ。その個体だけは、なおも動きを見せることなく留まり続けている。
出方を窺っているのか、それとも動けない理由があるのか。今考えたところで、答えは出せそうになかった。
「動いてないやつは一旦放置。カナタは脚が多いやつを相手して。もう一体をウチがやるから。タタラは巻き込まれないようにしながら、援護なり相手の解析なりをよろしく」
「承知しました」
「合点っス!」
まずは適正距離で戦うべきだ。他二人もそう考えていたのか、セイカの指示に異議を唱えられることはなかった。
やり取りの後、三人は各々の役割を全うするため同時に走り出す。
「来なよ、多腕ロボ!」
その声が通じているのか定かではないが、『多腕ロボ』は目論見どおりセイカの後を追ってきた。
迫る足音とドリルの駆動音が、彼女の心拍数を半強制的に上昇させる。
「結構速いじゃん……まあいいか」
二人を巻き込まないように距離を取ったが、離れすぎるのも考え物だ。そう判断し、セイカは相手の方へと向き直る。
「そっちもなかなかイカしてるけど……」
自慢の得物を握りしめ、不敵に笑った。
「大鎌のロマンには、及ばないんだよねぇ!」
振るわれた剣と大鎌が、激突する。
だが、全長五メートルはあろうかという相手と、セイカの力が互角なはずはない。数秒と持たずに、彼女は押し負けそうになってしまった。
「見掛け倒しじゃない、か!」
セイカは相手の攻撃を受け流し、床に直撃させる。剣が刺さったことで相手の動きを一瞬遅らせられたため、その隙に武器の接合部目掛けて反撃を叩き込んだ。
「いや硬っ!」
もしかしたら弱点になっているかもしれないと期待したが、見当違いだったらしい。大鎌から伝わった衝撃に、セイカの両腕は容赦なく痺れさせられる。
「あっぶな」
次に振り下ろされたのは、槌。飛び退くだけで簡単に回避できたが、問題はその後だった。
「おわっ⁉︎」
セイカは着地の瞬間にバランスを崩し、転倒しそうになる。なんとか堪えたものの、衝撃が残存しているせいで上手く身動きを取れなくなってしまった。
「……やばそー」
頬を引き攣らせるセイカに、今度はドリルが唸りを上げて迫る。
回避はできない。かと言って、大鎌で迎え撃つことは槌同様に困難だろう。結局、今回もロマン以外の選択肢に頼ることでしか道は切り開けそうになかった。
「上手くいかないなぁ、もう!」
自身とドリルの間に、能力で分厚い壁を形成する。接触してから一秒と持たなかったが、時間稼ぎとしては充分と言えた。
僅かに生まれた猶予を利用し、セイカは体勢を崩しながらもどうにか相手の間合いから逃れることに成功する。
「カナタ、そっちはどう⁉︎」
カナタの戦況も芳しくないようだ。視線を一瞬向けただけで、セイカはそう察せられた。
「電気の通りが、異常に、悪いです! 動きを一瞬遅らせるぐらいしか、できません!」
相手の射線上に立たないよう、適宜動き回っているのだろう。カナタは息を切らしながらそう答えた。
「タタラ! 解析は⁉︎」
「今やってるっス!」
どうやら、タタラはカナタの近くで行動しているらしい。援護が必要になる可能性が高いのはどちらかと考えれば、妥当な判断と言える。
「九十八、九十九……来たっス!」
タタラからの報せが勝利への鍵となるよう、祈らずにはいられない。相手の攻撃を弾きながらもセイカは耳を傾け続けた。
「中央の個体が、他二つを制御してるみたいっス!」
「じゃあ、球体ロボを倒せば、こいつらも止まるってこと?」
「そっス! でも、ジブンらの火力じゃ、あれの装甲は突破できないっス!」
ならばどうすればいいと言うのか。セイカはそんな想いを込めて多腕ロボに全力で八つ当たりするが、事態を好転させるには至らない。
「ジブンが他二体の制御権を奪って、球体ロボに差し向けるっス! それまで、もう少し辛抱してください!」
「承知しました、タタラさん!」
「頼んだよ!」
タタラが考案した、新たな作戦。それを遂行するために何をするべきか、セイカは素早く思考を巡らせる。
球体ロボに直接干渉できれば、制御権の奪取に貢献できるかもしれない。ただ、他二体の相手をしながら接近することは困難だろう。
ならば。
「イッツショータイム! なんてね」
セイカが指を鳴らした直後、その足下から広がる形で空間の大部分が黒く塗り潰された。次いで、多種多様な障害物が至るところに形成されていく。もちろん、彼女の能力によるものだ。
「どこまで対応できるか、見せてみなよ!」
障害物を足場にし、跳躍した。相手の頭部を狙った攻撃は剣によって防がれたが、問題はない。セイカは障害物の形成を何度も繰り返し、空間を縦横無尽に駆け回る。
「うわっ、やっぱ破壊力えぐいな」
たったの一振りで、接触した障害物が粉砕された。強度を重視した形成ではなかったとは言え、ここまで容易に壊されてしまうとセイカも能力方面での自信を失いそうになる。
だが、反省するのは攻略を終えた後だ。
「カナタ!」
相手の攻撃を捌きつつ、カナタが戦っている方へと近づいていく。互いの表情をはっきりと視認できる距離にまで達すると、セイカはアイコンタクトだけで直後の流れを指示した。
(……よし)
カナタの頷きを確認する。考えが無事に伝わったらしいとわかったセイカは、タイミングを見計らい始めた。
「────行くよ」




