第6話「買い出し」
水の迷宮を崩壊させた、翌日。
セイカはカナタと共に、街の商業施設を訪れていた。既に一通り回った後で、二人の手には大量の袋が抱えられている。
「いやー、今日はありがとね、カナタ。買い出し手伝ってくれて」
「いえ。これからは私も基地でお世話になることですし、当然です」
随分と大荷物になってしまっているが、カナタはなんでもないことのように微笑みながらそう返した。
「優しいねぇ……でも、さすがに学校やめる必要はなかったんじゃない?」
「休学ですよ、休学。まあ、復学するかどうかはわかりませんが」
「じゃああんま変わんないじゃん……」
同居しようと言い出したのは、セイカからだった。
全迷宮の崩壊。国家への反逆に他ならないその活動のなかで、下手を打って政府に尻尾を掴まれる可能性もないとは言いきれない。
例の秘密基地で寝食を共にすれば、そのような非常事態への対応も多少は楽になるだろうと考えての提案だ。ただ、カナタが休学までするとは思いもしなかった。
「別に、学校行きながらでも良かったんじゃない? あともう少しで卒業だったんでしょ?」
「いいんです。勉強は、いつでも、どこでもできますから」
学業から逃げるため、というわけではなさそうだ。よほど、迷宮の現状を問題視しているのだろう。
その二点において、セイカはカナタと対照的だという自覚があった。ただ、口に出すわけにもいかないため笑って誤魔化すことにする。
「ま、まあ、ロマンは大事だもんね、うん」
「そういえば、セイカさんの言う『ロマン』とは、いったいなんなのですか?」
「え?」
思わぬ質問に、セイカは素っ頓狂な声を漏らした。
ただ面食らっただけなのだが、その反応に対して何か別の印象を受けたのだろう。カナタは慌てた様子で言葉を続けた。
「その、大鎌に何か思い入れがあるのだろうな、ということしかわからなくて……以前から興味があったので、これを機に教えていただければと思ったんです」
「あ、あー、そういうことね」
カナタの言葉を受けて初めて、セイカは自身のことをほとんど話していなかったと気づく。同時に、現時点で判明している情報から大鎌への愛着を見抜かれたことに対する驚きも覚えていた。
「すみません。もしかして、話しづらいことだったでしょうか……? であれば、無理には……」
「いや、そんなことないよ! ちょっとびっくりしただけだから、大丈夫!」
聞かれて困るようなことではない。雑談にはちょうどいいかと、セイカはカナタの疑問を解消することにした。
「ウチもさ、カナタと同じだったんだ」
「同じ?」
「突然出現した迷宮に、巻き込まれたんだよ。確か、中学に上がってすぐの頃だったかな」
そう告げるとカナタには深刻そうな表情を浮かべられたが、本人の気分はこれといって落ち込んでいない。さほど遠くもない過去を懐かしみながら、セイカは続ける。
「今でこそ平気だけど……当時は何がなんだかわからない状況で、化物に襲われても逃げることすらできなかった」
余裕綽々と迷宮攻略を進めていたセイカだが、最初から恐怖心が乏しかったわけではない。むしろ、その出来事が起こる前までは、同年代の少女たちと大して変わらない感性を有していた。
「能力の発現もまだだったから、戦うなんて選択肢もないし……もう死ぬしかないなって諦めそうになったとき、ある人が助けてくれたんだ」
「ある人?」
「うん。全然知らない人だったし、連絡先を交換したわけでもないから、その後は一回も会えてないんだけどね」
それでも、今なお鮮明に思い出せる。
何よりも逞しく見えた、あの背中を。
憔悴した心に寄り添ってくれた、あの声を。
そして────
「そのとき助けてくれた人が、大鎌を使ってたんだよ」
その大鎌は、化物だけではなくセイカが抱いていた恐怖すらも刈り取っていった。それだけ、彼女にとっては衝撃的な体験だったのだ。
「そこからはもう、大鎌に心を奪われちゃってね……! ウチも同じ武器を使って、あの人みたいに誰かを助けられたらと思って、迷宮攻略を始めたんだ」
それが、セイカの原点。『ロマン』の始まり。
「そうだったのですね……」
「……まあ、そういう意味では、もうウチのロマンは達成できてるのかも」
「え?」
理解が追いついていない様子のカナタ。その前方へと回って彼女の顔を覗き込んでから、セイカは微笑んだ。
「カナタを、助けられたから」
迷宮に巻き込まれて生還できる人間は、ほとんどいない。セイカのときも、他に生存者はいなかった。
「ウチの救助が間に合ったのは、カナタが初めて。カナタが、ウチのロマンを叶えてくれたようなもんなんだよ」
「私、が……?」
「そ!」
だから、と続けながらセイカは顔を更に近づける。
「ありがとね、カナタ。生きててくれて!」
その礼を受けてなお、カナタは呆けたような表情を浮かべていた。だが数秒程経過した後、彼女は珍しく息を噴き出す。
「礼を言うのは私の方ですよ。助けていただき、ありがとうございます」
「どういたしまして。ところで、カナタはどうしてあの日、あんな所に……あ」
しまった、とセイカは言葉を途切れさせた。疑問をつい口に出してしまったが、これこそ聞かれたくない話題だろうと今更ながらに思い至ったのだ。
「ご、ごめん。思い出したくないことだったよね。今のなし! 忘れて!」
セイカは振り返り、足早に歩き出そうとする。だが、直後に声をかけられたことで再びカナタへと視線を向けた。
「構いませんよ、セイカさん」
「でも……」
「あの経験自体は、確かにまだ折り合いをつけきれていませんが……そこまで気を遣っていただかなくとも大丈夫です」
肉親との死別。
その哀しみがわかるなどと簡単に言うことは、セイカにはできない。だがそれでも、容易に乗り越えられるものではないことだけは理解しているつもりだ。
「……そっか」
優しさ故か、それともただの強がりか。
察することも、ましてや直接聞き出すこともできない。結局、セイカはカナタの言葉をただそのまま受け止めることしかできなかった。
「じゃあ、聞かせてくれる?」
「ええ。と言っても、特別語れるようなこともないのですが」
そんな前置きをしてから、カナタは再び口を開く。
「あのビルは、お父様が経営していた会社のものでして……」
「え、じゃあガチのお嬢様ってこと⁉︎」
直後、周囲の視線がセイカへと突き刺さった。それなりに往来の多い商業施設で急に大声を上げたとなれば、無理もない。
そんな彼女を、カナタは自身の口元に指を近づけることで優しく注意する。
「ご、ごめん」
「いえ……まあ、そういうわけでして。私も、時折お邪魔させていただいていたのです。あの日は、お父様の忘れ物を届けに来ていました」
大したことではないと考えているのか、社長令嬢であるという事実をカナタが誇るようなことはなかった。
気になりはしたものの、迂闊な発言を繰り返さないようセイカも深掘りせず頷くに留める。
「手短に済ませて帰るつもりだったのですが、まさか迷宮の出現に巻き込まれることになるなんて、思いもしませんでしたね……」
「まあ、自分で経験しないと迷宮の被害ってのも他人事気分になっちゃうよね。ウチもそうだったし」
今の時代、いつ、どこが迷宮と化してもおかしくはない。
ただ、そんななかでも能天気な考えを抱いている人間というのは珍しくなかった。メディアでこそ、政府に迅速な対応を求める声が取り上げられているが。
「そんな私が助かったのは、まさに奇跡だと思っています」
「あ、ごめん。別にそういうつもりで言ったわけじゃなくて……」
「いいえ、奇跡ですよ。間違いなく」
でも、とカナタは続け、セイカの方へ一歩踏み出した。
「そんな奇跡が必要な世であっては、ならないのです」
「……そうだね」
「セイカさん」
真っ直ぐな瞳が、セイカのそれを射抜く。
「いつか、全部終わらせて、奇跡なんて必要ない世界に作り変えてやりましょうね」
誰に聞かれても大丈夫なように配慮したであろう、曖昧な表現。それでも、セイカがカナタの真意を理解するには充分だった。
「もち!」
買い物袋を握りしめたままの手を、セイカはカナタへと突き出す。互いの拳がそっと触れ合った後、二人は同時に微笑むのだった。




