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第5話「作戦開始」

 再び足場を形成し、走り出す。今度は迂回することなく、相手に向かって一直線で。

 ただ、三体の人魚も静観を決め込んではくれない。即座に散開し、セイカを撹乱するかのように宙を舞い始めた。


「に、げ、ん、なっ!」


 セイカは左右の手に一つずつ大鎌を握り、二体の人魚へ投擲する。距離があるため簡単に躱されてしまうだろうが、一瞬でも牽制できれば充分だ。

 新しく形成した大鎌の錆とするべく、彼女は残りの一体に接近した。


(……! 来る!)


 人魚の口が大きく開いたことで、セイカは咄嗟に足を止める。足場の一部を上方向へ伸ばすようにして形成し直し、簡易的な壁を作り出した。

 直後、その壁の向こうから何かが打ちつけられたような音が発生する。恐らくは、相手から水流が放たれたのだろう。


「きったないなあっ!」


 相手の攻撃が止んだことを確認し、壁から飛び出す。間合いに入った瞬間、セイカは自慢の大鎌を振るった。

 だが、一撃で葬り去ることはせず右腕だけを切断するに留める。

 致命傷を与えなければ、新たな人魚が補充されることはないのではないか────その仮説を立証するためだ。


(よし、狙いどおり)


 負傷した人魚は呻き声こそ上げているが、消滅する素ぶりは見せていない。新手が現れることもなければ、傷が癒えるといったこともなかった。

 ただ、安心している暇はなさそうだ。


(まずい……!)


 一体の人魚が、カナタのもとへと向かっている。

 ある程度の攻撃なら檻で防げるはずだが、油断は禁物だ。可能な限り、相手の注意を彼女から逸らさなければ。

 そう考えたセイカは、形成済みの足場を使って引き返そうとした。

 それがまずかった。


「おわっ⁉︎」


 突如として発生した衝撃により、セイカは体勢を崩されて落下する。

 足場を破壊されたのだ。どうやら、健在だったもう一体の人魚から水流を放たれたらしい。


「こ、のっ!」


 宙を舞いながらも、セイカは新たな足場の形成を試みる。だが、相手からすればそれは千載一遇の好機だったのだろう。


「くっ……」


 負傷した人魚から、残っていた左腕の爪が振るわれる。セイカはどうにかその攻撃を弾いて新たな足場に着地したが、まだ窮地は脱せていなかった。


「やばっ……!」


 他の二体から、続け様に水流が放たれている。

 壁の展開は、間に合わない。


「セイカさん!」


 カナタの呼びかけも虚しく、セイカは激流の中に呑み込まれた。

 身を持ち上げられ、内壁に勢い良く叩きつけられる。全身を急激に冷やされたが、強く打ちつけた背中だけは熱を発しているかのように感じられた。


「が、はっ……」


 体がずり落ちていく。

 そんな状態でも、セイカは大鎌を力強く握りしめていた。

 ここで終わる程度の『ロマン』ではないと、言わんばかりに。


「セイカさん! 準備できました!」


 闘志は未だ潰えていないと、カナタも感じ取ったのだろう。青白い閃光を手元に纏いながら、彼女は叫んだ。

 それが、反撃の合図。


「……最っ高!」


 セイカは壁を基点に足場を形成し、強引に着地する。更に足場を前方へと伸ばし、その勢いを推進力にして人魚へ急接近した。


(来るなら来なよ)


 またしても水流を放たれそうになるが、防御も回避もするつもりはない。被撃してでも一太刀浴びせるという覚悟を、今のセイカは有していた。


「いくよカナタ!」


「お任せください!」


 やり取りの直後、セイカは檻と全ての足場を同時に消滅させる。空中に放り出される形になってしまったが、カナタの射撃を妨げないようにするにはこれしか方法がなかった。


「せーのっ!」


 互いの動きに気を配りながら、各々の攻撃を繰り出す。

 一つの鋭き刃と、二つの弾ける閃光。同時に放たれたそれらは、迫り来る激流をものともせずに三体の人魚へと襲いかかった。


「ごごぼっ⁉︎」


 距離を取っているカナタはともかく、セイカも相手と同様に被撃する。視界不良に襲われたことで、作戦の成否をすぐに確認することができなくなってしまった。


「……カナタ、助けて!」


 視界不良が、能力の行使にまで影響を及ぼしている。このままでは、足場を形成できずに床へと叩きつけられてしまうだろう。

 上手く受け身を取る自信もない。故に、セイカが生き残る選択肢は他力本願なものしか残されていなかった。


(信じてるよ……!)


 カナタを負傷させないように、大鎌を消滅させる。程なくして背面に強い衝撃を感じたが、セイカの意識はなおも鮮明に保たれていた。


「……セー、フ?」


 次第に、視界が良好になっていく。

 セイカの体は、息を切らしたカナタの両腕に包まれていた。間一髪、と言ったところだろう。


「お、重、い……」


「嘘おっ⁉︎」


 助かったと思ったのも束の間。カナタがその場に崩れ落ちてしまい、抱えられたままだったセイカも同様に床へと引き寄せられた。


「あいたたた……って、カナタごめん! 大丈夫⁉︎」


 激痛続きだが、悶えている暇はない。セイカは即座に飛び退き、カナタの安否を確認した。


「え、ええ。なんとか……」


 カナタの意識ははっきりとしている。これといった負傷も見受けられない。意図的かどうかはわからないが、衝撃を上手く逃がせたのだろう。

 大事ないとわかり、セイカはほっと胸を撫で下ろす。だが安心するにはまだ早いと思い出し、即座に周囲を見回した。


「人魚たちは⁉︎」


 警戒しながら隈なく視線を送るが、人魚たちの姿は見えない。先のように、水から新手が現れることもなかった。


「ちゃんと倒せたみたいです。今度こそ、攻略完了ですね」


 咄嗟に放り投げたのだろう。落ちていた拳銃を腰へと戻しながら、カナタが隣に立った。


「……同時処理作戦成功、ぶい!」


 満面の笑みを向けながら、セイカはピースサインを作る。それに釣られてか、照れ臭そうな表情を浮かべながらカナタも同じように返した。


「しかし何故、『同時に倒さなければいけない』とわかったのですか?」


「『わかった』ってより……『そうだったらいいな』って思っただけだよ」


 人魚たちに残機というものが存在するのであれば、最初から三体以上で戦えばいいはずだ。

 二体以下になった場合のみ例の現象が発生していることを踏まえると、あれは『新手の登場』ではなく『倒された個体の復活』である可能性が高いと言えた。

 その仮説が正しいとすれば、残る謎は復活の条件のみ。それを探るために考えた最初の作戦が、偶然にも正攻法だったというわけだ。


「ゲームとかでも、よくあるギミックだしね」


「ゲーム……?」


「ありゃ、やったことない?」


 セイカはわかりやすい例えとして挙げたつもりだったが、カナタには首を傾げられてしまった。


「すみません。あまり馴染みがなくて」


「なら今度やってみようよ。タタラも入れて三人で……って、そうじゃないそうじゃない」


 首を左右に振って、話を強引に切り替える。先に、済ませなければならないことがあるためだ。

 目当ての物はどこかと視線を動かしたことで、セイカはあることに気づいた。


「あれ、噴水止まってんじゃん」


 到着直後から勢い良く噴き出していた水が、いつの間にか止まっている。恐らくは、人魚を倒したことによる変化だろう。

 もしかしたらと、セイカは期待を抱きながら噴水へと駆け寄る。


「……あー、そっちかぁ」


 中に溜まっているべき水は、存在しなかった。

 その代わりにセイカを出迎えたのは、お馴染みの水晶。今回は一人の女性が閉じ込められていた。

 確認こそできないが、十中八九死んでいるだろう。


「……では、壊しましょうか」


 再び隣に立ったカナタが、水晶を見てそう口に出す。

 そんな彼女の肩を、セイカは掴んだ。核の破壊が本来の目的であるため今更止めるつもりはないが、その前に確認したいことがあったのだ。


「最深部のお宝を手に入れてからにしない?」


「……ですが、見当たりませんよ?」


「攻略達成したら絶対手に入るはずなんだって! あと二、三分もしたら出てくるはず……!」


 最深部で待ち構えている化物を倒すと、どこからともなく財宝が出現する。それが、今まで攻略してきた全ての迷宮に共通している事実だった。

 もっとも、何故そうなるのかは未だに解明されていないが。


「前回はすぐに出てきましたよね?」


「うっ……も、もしかしたら、水の中に沈んでるかも!」


 噴水以外の水は、消えずに残っている。どの程度の深さがあるかはわからないが、財宝が隠れているとしたらその中だろう。


「なおさら駄目ですよ……水中で何があるかわかりませんし。セイカさんも負傷しているのですから」


 潜水と、単独での待機。負傷しているセイカでは、どちらを選んでも危険だ。それは彼女自身が一番理解できているため、カナタの制止を振り切ってまで動くことはできなかった。


「では、参ります」


 カナタが再び構えた拳銃に、青白い輝きが収束していく。直後の射撃による破裂音と、水晶が破壊されたことによる甲高い音が、セイカの長いため息をかき消すのだった。

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