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第4話「水の迷宮:最深部」

「なんか……ごめんね」


 両手で顔を隠してさめざめと泣くカナタの肩に、セイカはそっと手を添える。二人は現在、最深部に続くであろうドアの前に立っていた。


「まさか、カナタが方向音痴だったとは……」


 攻略を開始してから、数十分。カナタが先導する形で迷宮を探索していたが、二人は一向に最深部へと辿り着けなかった。それどころか、十回以上も同じ場所へ戻ってきてしまう始末だ。

 そういった異常が発生する迷宮なのかと思い、途中からセイカが進路を決めることにした。だが、交代してから五分とかけずに目的地へ辿り着くことができたとなれば、その予想は外れていたと認めざるを得ないだろう。


「罰ゲームは、なかったことにするね」


「すみません……役立たずですみません……」


 精神的に参っているであろう相手に追い討ちをかけられる程、セイカも無神経ではない。その優しさを自分にも向けろと、可愛い後輩の声が聞こえてきたような気がしたが、セイカは素知らぬ顔でドアへと向き直った。


「さっ、このドアをくぐれば最深部だよ。切り替えてこ!」


 先日の迷宮と動揺に、淡い水色の輝きがドアから放たれている。この光こそ、最深部への入り口である証拠だ。


「……この失敗は、戦いで取り戻します」


「いいね、その意気! じゃあ……行くよ!」


 光の中へと、二人は足を踏み入れる。

 開いたのは非常ドアだ。造りからして、非常階段かそこに向かうための通路が本来なら続いているはずだが、前回同様、ドアの先には全く別の光景が広がっていた。


「ここが、最深部……」


 カナタが、ぽつりとそう呟く。

 そこは、広場のような空間だった。中央部には噴水が拵えられていて、まるで憩いの場であるかのように錯覚させられる。また、所々に空いている床の窪みには水が張られていた。


「……お出ましだね」


 噴水の上に、三体の化物が出現する。

 人間の上半身に、魚の下半身。俗に人魚と称される存在だ。

 露出の激しいその風貌は男たちを虜にするのだろうが、今この場にいるのは女子二人。色仕掛けを受ける心配はなさそうだった。


「数的不利だけど、どうやって戦う?」


 道中で、既に二人での戦闘を経験している。だが、最深部での立ち回りは大きく変わることがあるため、ここでもカナタの思考力を試さなくてはならなかった。


「敵は浮遊が可能なようですが……セイカさんは、飛び道具を持っていませんよね」


「実は、隠し球がなくもないんだけど……あまり当てにしない方がいいのは確かかな」


 セイカが得意とするのは近接戦闘だ。距離を取った状態でも戦えるよう備えてはいるが、付け焼き刃程度にしかならない。


「でも、この程度の高さなら空中戦もいけると思うよ。隠し球なしでね」


「なら、私が距離を取りつつ敵の動きを牽制します。セイカさんは隙を見て、一体ずつ確実に処理していってください」


「りょーかい」


 初めての攻略とは思えない程、カナタの指示は的確だった。仲間の頼もしさに口角を上げさせられつつ、セイカも武器を構え直す。


「それじゃ、やってみようか!」


 その言葉を合図に、セイカは走り出した。

 ただ、人魚たちのもとへ真っ直ぐ向かいはしない。相手を中心に大きな円を描くような軌道で動き、出方を窺った。


(すぐには動かないか……なら!)


 走りながら、大鎌を人魚たちへと投げつける。直線的に飛んでいったそれは容易に躱されてしまったが、問題ない。

 回避によって、人魚同士の距離を広げさせることに成功したためだ。


(今!)


 好機を逃さぬよう、セイカは空を駆ける。

 と言っても、彼女に人魚たちのような浮遊能力はない。身体能力は高い方だが、常人離れした跳躍力を有しているわけでもなかった。

 そんな彼女が空中戦を行う、唯一の方法。

 それは、『能力』の応用だ。


(大鎌以外はあんま使いたくないけど、そうも言ってらんないよね……!)


 セイカの能力は、大鎌を出現させるだけのものではない。ただそれを好んで使用しているに過ぎなかった。

 物質の形成。それこそ、彼女が発現した能力の全容だ。自身の近くであれば、掌からでなくとも物質を作り出すことができる。

 質量や体積に制限こそあるが、この程度の高さであれば足場として充分に機能させられた。


(狙うべきは、あいつ!)


 カナタの射撃により、二体の人魚が怯ませられる。残りの一体に、セイカは狙いをつけた。

 足場を次々と作り出しながら、跳ぶように駆けて高度を上げていく。相手の動きが鈍くなっている間に距離を一気に詰めると、新しく出現させた大鎌を豪快に振り抜いた。


「よっし、一体目撃破!」


 人間に近い容姿でこそあるが、その構成はまるで別らしい。断ち切った人魚の体は一滴の血も流すことなく、泡へと変化して消えていった。


「うわっ、危なっ⁉︎」


 怯んでいたはずの、二体の人魚。それらの口から、水が勢い良く発射された。

 足場の出現は間に合わない。セイカは空中で体を捻ることで、どうにかその攻撃を回避した。


「セイカさん、大丈夫ですか!」


「ウチは平気! 気にしないで!」


 足場の形成を再開して相手との距離を取りつつ、カナタへと視線を送る。

 どうやら、彼女は空間中に張られていた水から攻撃を受けていたらしい。相手の牽制に支障が出たのはそれが原因だろう。


(これで二対二。だいぶ戦いやすくなったはず……)


 セイカが抱いたその期待は、すぐに裏切られることとなる。


「なっ⁉︎」


 張られていた水から、人魚が新たに一体出現したのだ。まるで、失った戦力を補充するかのように。

 それだけなら、セイカも大して驚かなかっただろう。だが、その新手はカナタに狙いをつけていた。

 両者の距離は数メートル程。助太刀は、間に合いそうもない。


「カナタ!」


 人魚の爪が伸び、カナタへと振るわれる。

 間合いの内側に入られたら────セイカはそう危惧したが、相手の攻撃が届くことはなかった。


「えっ、何あれ」


 予想外の光景に、セイカは目を丸くする。

 二丁の拳銃が一瞬で合体し、長い棍のような形状へと変化したためだ。カナタは新たに握り直したそれで人魚の腹部を一突きすると、即座に武器の形を戻してお得意の射撃を浴びせた。


「そんなこともできたんだ、ねっ!」


 背後から迫っていた一体の人魚を、セイカは振り向き様に切り裂く。これで、残るは一体。

 この勢いのまま勝負を決めたいところだが、やはりと言うべきか相手もそう易々と倒されてはくれないようだった。


「しつこいなぁ……!」


 またしても、人魚が補充される。同時に存在する個体数こそ増えていないが、常に数的不利を強いられるとなると、さすがのセイカも顔を歪ませずにはいられない。

 ただ、打つ手が全くないというわけでもなかった。


「よっ、ほっ、よっ、と……」


 作り出した足場を使い、セイカは軽やかに高度を下げていく。幸い相手も態勢を整えていたため、問題なくカナタと合流することができた。


「セイカさん、大丈夫ですか?」


「うん。そっちは?」


「大事ありません。ですが、このままではキリがありませんね……」


 肩を大きく上下させながら、カナタがそう答える。

 大きな怪我こそないが、随分と疲弊しているようだ。このまま体力を消耗させられれば、能力の行使もままならなくなるかもしれない。


「カナタ。試してみたいことがあるんだけど、いい?」


「構いませんが、具体的には?」


「それは……」


 セイカは密着し、カナタに耳打ちする。相手が人語を介するかどうかは不明だが、警戒しておくに越したことはない。


「……その作戦、セイカさんの負担が大きいのでは?」


「奴さんがどっちを狙うか次第じゃない? まあ、危なくなったらそのときは臨機応変にってことで」


 そう微笑みながら、手を翳す。

 直後、巨大な檻が出現してカナタの身を拘束した。前回の迷宮で出現させたものより、一回り程大きい。

 これにもまた、『仕掛け』を施してある。現状把握できている攻撃であれば、充分に耐えられるだろう。

 あとは、セイカの頑張り次第だ。


「じゃあ、もういっちょやってみるとしますか」

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