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第3話「試運転」

「さっ、今日も迷宮攻略に勤しむとしますか」


 迷宮の中を意気揚々と進むセイカだが、連れとの歩幅が合わないことに気づきそちらへと振り向く。視線の先では、カナタが頬を膨らませていた。


「もー、まだ昨日のこと怒ってんの?」


「当たり前です! あんな怪しい装置を無理やり着けられて……怖かったんですからね!」


「でも、ちゃんと安全だったでしょ? それに能力も目覚めさせられたんだから、結果オーライってことで」


 セイカに両頬をつつかれたカナタの口から、ぷすっと空気が抜ける。一拍置いてため息を吐き直すと、彼女は自身の腰から拳銃のようなものを二丁取り外した。


「タタラさんの発明品、上手く使えるでしょうか……」


「それをこれから試すんだよ」


 その武器は、発現した能力を最大限に活かすべくタタラが用意したものだ。白を基調とした色合いはカナタのイメージに近しいが、デザイン自体はやや機械的で製作者の好みが透けて見えている。


「そういえば、タタラさんに私たちの目的をお伝えしなくても良かったのですか?」


「え? あー、忘れてた……」


 能力発現に気を取られ、完全に頭から抜け落ちていた。

 今後も協力を仰ぐ可能性がある以上、いずれは共有しなければならない情報だ。どうしたものかとセイカは思考を巡らせようとしたが、すぐにそれを放棄する。


「まあ、大丈夫でしょ」


「……確かに、打ち明けてもタタラさんを巻き込んでしまうだけかもしれませんしね」


「いや、そうじゃなくてさ」


 納得した様子のカナタを見て、セイカは訂正を入れた。


「ギリギリまで黙ってた方が、面白そうじゃん?」


 泣き出しそうなタタラの顔が、鮮明に浮かぶ。カナタもそれは同じだったようだが、セイカとは対照的に呆れたような表情をしていた。


「……じゃあ、気を取り直して進むとしようか」


 たちの悪いいたずらを反省することもなく、セイカは再び歩を進めていく。現在、二人はとある水族館に発生した迷宮の攻略に挑んでいた。

 理由は二つ。一つはもちろん、核を破壊するため。もう一つは、カナタの能力と武器を試すためだ。


「ところで、この……『泡』? は、なんなのでしょう?」


 前回の迷宮でビルを樹木が侵食していたように、この水族館でも異常が発生していた。

 通路のあちこちに、泡のようなものが浮いているのだ。カナタは疑問に思ってこそいるようだが、迂闊に触ることはなくただそれらを眺めていた。


「うーん……よっと」


 セイカは大鎌を出現させ、泡の方へと放り投げる。大鎌と接触したことによる衝撃で、泡が飛沫を上げるかのように弾けて近くの床を水浸しにした。


「ただの水……で、いいのでしょうか」


「攻撃が当たっても問題なさそうだけど、それでも直接は触んない方がいいかもね。何かあってからじゃ遅いし」


 迷宮を甘く見たことで命を落とした人間の数は数えきれない。警戒しすぎるぐらいが、この過酷な環境下では適切と言えた。


「……おっ、おいでなすったね」


 どこからか、魚を模した『何か』が数匹現れる。揺蕩う水と同じように空中を移動するそれらは、明らかに従来の生命体とはかけ離れた生態をしていた。


「この化物たちと言い……迷宮とは、いったいなんなのでしょう」


「考えるのは後。来るよ」


 魚群は真っ直ぐ二人の方へと向かってきている。さほど速くはないが、ただ様子を窺っているだけで今が最高速度というわけではないだろう。


「お手並み拝見、ってことで……まずはカナタ一人でやってみてよ。危なそうならウチが入るからさ」


 そう声をかけ、数歩退いた。

 二人で戦った方が、確実に早く終わらせられる。この戦力差であれば、セイカ一人の場合でも大きくは変わらない。

 故に、彼女はカナタ一人での戦いを推奨した。なるべく多く経験を積ませて、少しでも早く自身と同等の戦力に育てたいと考えたのだ。


「……では、参ります!」


 狼狽えることなく、カナタは動いた。

 手にした二丁の拳銃。その銃口に、青白い輝きが収束していく。彼女の指によって引き金を絞られると、それは弾けるような音を立てながら魚群へと向かっていった。


「ナイス電力……ってところかな?」


 電気の発生。それが、カナタが目覚めた能力だった。

 戦闘時はもちろんのこと、それ以外にも活かせる能力ではあるのだが、威力や放出範囲には難があるらしい。

 その問題を解決するためにタタラが武器を用意した、というわけだ。詳細は理解できなかったが、期待以上の結果がもたらされたことは今の光景を見れば明らかだった。

 セイカ自身、何度も世話になっているため頭が上がらない────それはそれとして、揶揄うことをやめるつもりは毛頭ないが。


「……お、ちょっとピンチ?」


 魚は早くも残り一匹となっていた。ただ、その一匹にひどく苦戦しているようだ。カナタも懸命に射撃を繰り返すが、焦りが生まれてきたのか狙いを上手くつけられないでいる。

 次第に、両者の距離は縮まっていった。

 そして、今にも魚が彼女の懐に入ろうかという瞬間。


「そこまで」


 滑らかな動きでカナタの背後から飛び出すと、セイカは大鎌の切先で魚を一突きにした。

 死に際の悪あがきはない。魚は断末魔の叫びを上げることもなく、崩れるようにして消滅していった。


「いやー、惜しかったね」


 セイカの微笑みを見て、緊張が解けたのだろう。銃を下ろしたカナタは、ほっとため息を漏らした。


「あ、ありがとうございます。もう駄目かと思いました」


「助け合いの精神だよ。ウチが危なくなったら、そのときはカナタが助けてね?」


「はい! 頑張ります!」


 鼻息とともにそう答えるカナタ。気合い充分と言ったところか。恐怖は感じているだろうが、それに心身を支配されることはなさそうだった。


「じゃあ、気を取り直して進もうか。あんまり長居してると、面倒なことになりそうだし」


「面倒?」


 歩き出しつつ、セイカは再び口を開く。


「迷宮で起こってる異常は、時間が経つにつれてより侵食していくからね」


「……この間のビルも、あのとき核を破壊していなければ、樹木が成長を続けていたということですか?」


「そうそう。ただ、あれの場合は攻略が多少複雑になる程度で済むだろうから、そこまでの脅威じゃないんだけど……今回は話が別なんだよね」


 浮遊している水を指差しながら、セイカは続けた。


「今回建物を侵食してるのは、水。放っておくと、そのうち迷宮全体が水没してまともに攻略できなくなっちゃう」


「酸素ボンベを持ち込んで……なんて、考えたくないですね」


 能力によっては、問題なく攻略することができるかもしれない。だが少なくとも、セイカ、カナタ、およびタタラの三人には当てはまらない話だ。


「迷宮攻略の難易度が跳ね上がったとしても、政府の意向は変わらないのでしょうか?」


 労力に対して利益が見合わなくなれば、迷宮をわざわざ残しておく必要もないのではと、カナタは暗にそう言っているようだった。

 ただ、彼女の疑問をセイカが解決することはできそうにない。


「どうだろうね? 迷宮が消滅した、って話は前にも聞いたことあるけど、それが意図的なものかまではわかんないな」


 迷宮攻略におけるタブーを知っているだけで、政府の内情に特別詳しいわけではないのだ。そのタブーも、迷宮最深部の経験者であれば否が応でも知ることになる。

 先輩風を吹かせたい気持ちはあるが、見栄を張っても仕方がないためセイカは正直に答えていた。


「まあ、気にする程のことでもないと思うけどね。政府がどうだろうと、ウチらの目的は変わんないし」


「確かに、そうですね」


 今考えるべきは、この迷宮をどう攻略するかだ。

 迅速に、確実に。そして何より、安全に。

 それにばかり気を取られていても問題だが、少なくとも現段階では答えの出ない問いについて考えている暇はない。


「よし、じゃあ次は探索の勘を鍛えてもらおうかな!」


「勘、ですか?」


「そ!」


 分かれ道に差し掛かり、二人は立ち止まる。

 右か、左か。

 今のところ、周囲に敵の姿は確認できない。通路の幅は同程度で、水槽のレイアウトが多少異なる以外には特に違いは見られなかった。


「ここからは、カナタが進路を決めて」


「え、ええ? 大丈夫でしょうか……」


 薄暗い空間で、カナタの表情が更に暗くなる。先程初めて単独戦闘を行ったときよりも気後れしているように見受けられた。


「習うより慣れろ、って言うでしょ? あ、ギブアップしたら罰ゲームね!」


「うぅ……」


 カナタはまだ何か言いたげだったが、渋々といった様子で歩き始める。心なしか小さく見えるようになった彼女の背中を、セイカもゆっくりと追うことにするのだった。

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