第2話「能力発現」
「到、着!」
崩れゆく迷宮に、いつまでも滞在するわけにはいかない。人目を避けながら三十分程歩いた二人は、現在、小さな工房のような場所へと辿り着いていた。
「ここが、ウチらの秘密基地……って、ありゃ?」
視線を向けてようやく、セイカは連れが息を切らしていることに気づく。
生存者の少女は壁に手をつき、胸に手を当てるといった上品な仕草で呼吸を整えていた。整った顔立ちをしていることもあり見惚れてしまいそうになるが、生憎そんな暇はない。
「大丈夫?」
「え、ええ……すみません。運動はあまり得意ではなくて」
迷宮攻略に縁のない一般市民であれば無理もないか、という考えが頭をよぎりながらもセイカはかぶりを振る。
今日からは、彼女も『こちら側』の人間になるのだ。この程度で根を上げてもらっては困る。
彼女自身の、ロマンのためにも。
「……さて、それじゃあまずは」
セイカはわざとらしく声音を高くすることで話を切り替えた。今すぐ解決できない問題で相手を詰めても仕方がないのだ。
やるべきことを、少しずつ。ロマンが大きければ大きい程、その意識もまた大事なものとなってくる。
「なんだかんだできてなかったし、自己紹介ね。ウチはセイカ、十七歳! 今はもっぱら、迷宮の攻略をやってるよ!」
「わ、私は、カナタ。歳は十八です。経歴は、特に……ただの女子高生、ということぐらいしか」
迷宮が存在するような時代とは言え、それとは無縁な生活を送る者も珍しくない。むしろ、未成年でありながら危険な場所へ赴くセイカの方が異常と言えるのだが、あえて自分からその話題を出すことはなかった。
「え、カナタ年上? 敬語使った方が良かったかな……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そっか、じゃあウチにもタメでいいよ」
そう返すことはセイカには至極当然の流れに思えたが、カナタは何故か申し訳なさそうな表情を浮かべながら自らの頬を掻いていた。
「私の『これ』は、癖のようなものでして……気にしないでいただけると助かるのですが」
「ふーん? まあいいや。でも、気が向いたらタメで話してね!」
「ええ。お心遣い、感謝します」
ますますお姫様のようだ。ビルの核と同化していた『お父様』と言い、もしかしたら、本当にやんごとなき生まれの人間なのかもしれない。そんなことを思いながらも、セイカは話を進める。
「よし。自己紹介も終わったことだし、次はウチらの目標を再確認しようか」
「……迷宮に存在する核を、破壊していくことですよね?」
「そうだね。じゃあ、そのためには何が必要だと思う?」
迷宮を攻略するうえで、思考力は大切だ。鍛える習慣をつけてもらうため、セイカはカナタに自分で考える時間を設けた。
「……『能力』、でしょうか。私は、まだ能力を持っていませんから」
「正解」
能力。それは、迷宮を攻略する者ならば誰もが持っている特異な力だ。セイカが、大鎌の出現を自由自在としているように。
「ですが、能力の発現は政府が厳重に管理していますよね? 申請しても、すぐに許可が下りるかどうか……」
迷宮の外でも、能力の行使は可能だ。故に、悪意ある人間が能力に目覚めることのないよう発現方法は秘匿とされ、審査も厳しくなっている。
「その点は大丈夫。政府に頼らなくてもいい方法があるから」
「……念のため確認しますが、法的には」
「ゴリゴリ違法だよ。ってか、そうでもしなきゃ未成年で迷宮攻略なんてできないし」
命を懸けなければ生きていけない程、この世も世紀末ではない。本来、未成年のセイカに能力発現の許可が下りることなど、あるはずはないのだ。
「でも、危険とかはないから安心してね!」
「え、ええ……それで、その方法というのは?」
「こっちに来ればわかるよ」
そう言って、セイカはとあるドアへと近づく。中に人がいることはわかりきっていたが、ノックもせずに勢い良く開いた。
「おーい、戻ったよー!」
椅子に座って何かの作業をしていた一人の少女が、セイカの声によって肩を振るわせる。直後に視線を向けた彼女は、困惑したような表情を浮かべていた。
「せ、先輩……びっくりさせないでくださいよ。ノックぐらいしてほしいって、いつも言ってるじゃないっスか」
「ごめんごめん。それより、頼みたいことがあるんだけど」
口だけの謝罪。だが、普段と変わらないやり取りであるためか少女からそれ以上詰められることはなかった。
「……その前に教えてほしいんスけど、後ろの方は先輩のお知り合いっスか?」
「うん。さっき会ったばかりだけどね」
「カナタと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って、カナタが仰々しく頭を下げる。今日日聞かない挨拶によって面食らったのか、三人目の少女は数秒程硬直していた。
「……あ、え、えっと!」
思い出したかのように立ち上がり、少女もまた一礼する。
「ジブンは、タタラって言います。こんな名前ですが、得意なのはソフト方面全般っス。まあ、ハード方面も多少の知識はあるっスけど……」
「タタラ、気ぃつけなよ? カナタパイセン、ウチより年上なんだから。ナメた口聞いたら、こうだよ、こう」
タタラの肩を掴んだあと、セイカは自身の首あたりで親指を動かした。喉を掻き切るような仕草だ。
「ぴ、ぴえっ……⁉︎」
「そ、そんなことしません!」
タタラは顔を青ざめさせていて、逆にカナタは顔を真っ赤にして抗議している。対照的な二人を見て、セイカは謝りながらもけらけらと笑った。
「つ、つまり、先輩の先輩ってことっスから……大先輩、ってことっスね!」
「そ、そうなるのでしょうか……?」
何が『つまり』なのかわからない、と言いたげだったが、言葉にしなかったのは距離感を掴みかねているからだろうか。ただ、険悪な雰囲気には見えなかったため、セイカは内心安堵していた。
「ええと……タタラさんとセイカさんは、どのようなご関係なのですか?」
「幼馴染だよ。タタラも割と反体制派でね。色々できるから、迷宮を違法に出入りするときはいつもサポートしてもらってるんだ」
「せ、先輩が無理やり巻き込んでくるんじゃないっスか……ジブンは足を洗いたいって何度も言ってるのに」
徐々に口を尖らせていくタタラ。セイカは特に罪悪感を覚えることもなく、彼女の頬を人差し指でつついた。
「その分いい思いもしてるんだから、ぴーぴー言わないの」
「そ、それはそうっスけど……」
「いい思い?」
濁した言葉に、カナタが首を傾げる。
生真面目な彼女に明かすべきか悩んだが一人蚊帳の外にすることも憚られ、セイカは仕方なく語り始めた。
「迷宮のお宝が高く売れるってのは話したでしょ? ウチらも、それでちょこちょこ稼いでるんだよ」
「先程も疑問に思ったのですが……つまりは買い手がいるということですよね? いったい、誰が欲しがるのでしょうか……?」
カナタは興味深そうに次の質問をぶつける。政府の人間と同様の行いを二人が過去にしていたという事実は、あまり気にしていないようだった。
「コレクターとかじゃない? 腕っぷしの問題で迷宮に入れる人間は限られてくるから、それなりに需要はありそうだよね」
「そうっスね……あとは、海外の人らも欲しがってるはずっスよ」
「海外、ですか?」
カナタに頷きを返してから、タタラは続ける。
「日本と違って、海外には迷宮が出現してないっスからね。どんなものでも、迷宮産なら価値爆上がりっスよ……まあ、さすがにジブンらが直接やり取りすることはありませんけど」
「足もつきやすそうだしねぇ」
「なるほど……」
日本国内にしか、迷宮は出現していない。それは広く周知されている事実だ。故に、カナタもタタラの解説に納得している様子だった。
「……そういえば、結局頼みたいことってなんなんスか?」
「おっと、そうだった」
女三人寄ればなんとやら。長話をしていられる余裕もないため、セイカはタタラの疑問を解消することにした。
「タタラ。能力発現装置は使える? カナタの能力を目覚めさせたくてさ」
「え? あー……随分使ってないんで多少調整が必要なはずっスけど、多分大丈夫っスよ。ちょっと待ってください」
そう返し、タタラが部屋の奥へと歩いていく。金属音と独り言のセッションを数十秒程続けた後、彼女はお目当ての物を取り出して二人のもとに戻ってきた。
「これっスね!」
「わっ、懐かし〜」
タタラの手に握られていたのは、ヘルメットのようなものだ。内外にそれぞれ奇抜なデザインの通信機器が取り付けられていて、胡散臭さに満ち満ちた一品だった。
「ウチも、これで能力を発現させたんだよ」
「ほ、本当ですか……?」
訝しげな眼差しを送るカナタ。その奥で、タタラが独り言を繰り返しながら装置の調整と思しき作業を進めている。
「……よっし、準備できたっス!」
「えっ」
隙ありと言わんばかりの勢いで、カナタの頭に装置が取り付けられた。心の準備ができていないのか、彼女は自身を挟む形で立つ二人へと交互に視線を向ける。
「ま、待ってください! 本当に安全なんですよね⁉︎」
「大丈夫大丈夫……多分」
「多分⁉︎」
急に梯子を外されたことで、カナタの目が大きく見開かれた。セイカは彼女を宥めつつ、装置が取り外されることのないようにその体を押さえる。
「タタラ、いつでもいいよ」
「良くないです!」
「了解っス」
ポチっとな────という緊張感に欠けた一言の後、無情にも装置の電源が入れられた。




