第1話「ロマンの邂逅」
剣の方が華がある。
槍の方が使いやすい。
破壊力では大槌や斧に軍配が上がり、飛び道具なら距離を取って戦える。
それでも『少女』は、大鎌を選んだ。
何故なら。
「それがウチの、ロマンだからね」
そう呟いた後、少女────『セイカ』は眼前の敵を大鎌で切り裂いた。手狭な空間で、器用に立ち回りながら次々と獲物を屠っていく。あっという間に、彼女の行く手を阻むものはなくなった。
「はいヨユー」
大鎌に付着した血を振り落としながら、セイカは誰に聞かせるわけでもなく軽口を叩く。
その眼下に広がるのは、犬や狼といった獣を模したであろう『何か』。世間では既に俗称が浸透しているが、彼女にとってはどうでもいいことだ。
それらの息の根が止まっていることを確認した後、すぐさま歩き出す。
「まあでも、もうちょっと開けた場所だと嬉しかったなぁ」
現在、セイカはビルの中を探索していた。
より正確に表すならば、『つい数十分程前までビルだった場所』だ。至るところから樹木が伸びていて、人工物を破壊しながらビル全体を侵食している。デザイン、という言葉で片付けるにはあまりに前衛的すぎるだろう。
「とっとと最深部に行こっと。元々、長居できるわけでもなかったしね」
歩を進めながらも続く独り言は、何もセイカの癖というわけではない。明確な意図の下、発されているものだ。
だが期待した効果は得られなそうだと、彼女はある一室のドアを開いた直後に痛感させられることとなる。
「やっぱり、間に合わないか……」
そこに広がっていたのは、見るも無惨な光景だった。
樹木の急速的な成長に巻き込まれた者。先程の『獣』に食い荒らされたであろう者。それらの死体が、部屋中を赤く彩っている。
「……お、あっちか」
心が痛まないわけではないが、セイカにとっては見慣れた光景であることもまた事実。彼女はお目当てのものを見つけると、即座に切り替えてその方向へと駆け出した。
「意外と早く見つかったなぁ。さて、何が出てくることやら」
そう言ってセイカが立ち止まったのは、淡い水色の輝きを放つドアの前だ。
本来ならば、その先には通路やまた別の部屋がただ続いているだけだろう。
だが、『それ』は違う。ビルの設計者が意図した挙動ではないはずの輝きが、そう証明している。
誘われるように、彼女は光の中へと飛び込んだ。
「あれ?」
ビルの面積を半分以上占有するだろうという程の、広大な空間。その中央では、樹木で構成された人型の『何か』が佇んでいる。
異空間に足を踏み入れたと言う他ないが、セイカが首を傾げたのはそれらが原因ではなかった。
「生存者いるじゃん⁉︎」
人型の樹木からやや離れたあたりに、異形の存在を目の当たりにして腰を抜かしてしまったであろう一人の少女がいたのだ。思わず大声を上げながら、セイカは彼女を指差した。
「……! 貴方、は……?」
当然、声が届かないはずもなく、生存者の少女からセイカへと視線が向けられる。普段ならば好ましい反応だが、今回ばかりはタイミングが悪かった。
「危ない!」
隙を突くかのように、樹木が少女へと襲いかかったのだ。
とは言え予期できないことでもなかったため、セイカは即座に大鎌を両者の間へ放り投げる。それが相手の進行方向上に刺さった時には、彼女は既に次の行動へと移っていた。
「おらあっ!」
無から二本目の大鎌を生み出し、再び投擲すると同時に自身も走り出す。樹木自体を狙った攻撃はいとも容易く弾かれてしまったが、セイカは眉一つ動かさずに三本目を握りしめた。
「伐採開始ぃ!」
反撃のために伸ばされたであろう樹木の右腕を、たった一振りで断ち切る。そのまま二回、三回と流れるように攻撃を続けることで、相手をただの木材同然にしてみせた。
「す、すごい……」
大きいとは決して言えない体躯で、背丈以上の武器を軽々と振り回すセイカの姿を見れば、そんな声が漏れるのも無理はないだろう。ただ、少女からのそんな称賛を受け取る余裕は、まだ見せるわけにはいかなかった。
「……まあ、こんな簡単に済むわけないよねぇ」
今倒したばかりの樹木と似たような個体が、次々と出現する。
数はおよそ十匹。ゆっくりと、しかし確実に、包囲網を形成するように二人との距離を詰めていた。
「一応聞くけど、戦える?」
セイカは少女に近づきつつ、そう尋ねる。やはりと言うべきか、直後に返ってきた答えは芳しくないものだった。
「い、いえ……ごめんなさい」
「ふふっ、いーよいーよ」
微笑みながら、軽く手を振る。
少しばかり負担は増えるが、それが苦にならない程に今のセイカはやる気に満ちていた。
「広々とした場所! すぐ近くには助けを求めるお姫様!」
「お、お姫様……?」
突如開示された脳内設定に戸惑う様子の少女を他所に、腕を大きく広げて続けるセイカ。その顔は、劣勢には相応しくない笑みを浮かべていた。
「ここで滾らなきゃ、嘘でしょ」
語りに一区切りついたことで、セイカは大鎌を構え直して振り返る。表情を少しだけ柔らかくした後、少女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「大丈夫、絶対に守る。だから見ててよ」
二人を取り囲む樹木のうちの一体に大鎌の先を向けてから、セイカは続ける。
「ウチの、『ロマン』ってやつをさ!」
言い終えると同時に、指を鳴らした。直後、どこからともなく檻が出現して少女の身を閉じ込める。彼女の安全を確保した上で戦うための策だ。
その際に響いた音が、合図となる。セイカは一番近くにいた個体との距離を一気に詰めた。
そして、一閃。
「お? 意外と硬い……けど」
樹木を切断しきれずに大鎌の勢いが殺されるが、力を入れ直すことで何事もなかったかのように両断する。更に、背後から迫っていた別個体を振り向きざまの一撃で処理してみせた。
「雑魚が何匹束になろうが、それで倒せるのは雑魚だけなんだよねぇ!」
数が増えただけで、相手の動きが鈍重ということに変わりはない。連携しているつもりで同時に襲いかかってきたであろう三体の樹木を、セイカは変則的な軌道の攻撃で切り伏せる。
「きゃあっ⁉︎」
少女の声。
どうやら、セイカの間合いから離れた位置にいた四体の樹木が、檻の突破を試みているようだった。仕掛けを施しているためある程度の安全性は確保されているのだが、彼女からしたら知ったことではないだろう。
「弱い者いじめしてる暇ないよ」
セイカはすぐさま檻の近くへと戻り、少女の恐怖心を煽る原因の駆除に勤しむ。幸い、注意が檻の中へと向いていたおかげで、不意打ちに近い形で樹木を切り裂くことができた。
「……あれ、一匹どこ行った?」
見回しても、残りの一体が確認できない。
数え間違いだろうか────そんなことを考えた直後、セイカは更なる違和感を覚えた。
(倒した樹木の残骸まで消えてる……)
何かがおかしい。そう理解したセイカは、なおも警戒を緩めずに周囲を注意深く観察する。地響きと衝撃が発生するが、視界の中に怪しいものは存在しなかった。
「……真下か!」
そう気づいた直後、檻と大鎌を消滅させて少女の身を抱きかかえる。大股で全力疾走をした数秒後、今しがた二人がいたあたりの真下から、巨大な樹木が飛び出してきた。
「あ、危ねー……」
仕掛けも万能ではない。今の一撃を受けていたら檻は跡形もなく粉砕されていたことだろう。
やはり同じ位置に留まらせておくのは危険かと、セイカはつい先程まで抱いていた考えを改めさせられた。
「さあ、次はどう来る?」
恐怖と、それを上回る程の興奮が、セイカの鼓動を加速させる。反対に思考は冷静であれるよう心掛けていたが、どうやらその必要はなかったらしい。
「……ありゃ、もう終わり?」
空間の中央部に突然生えた、一本の大樹。それは形を変えることも、セイカたちに危害を加えることもなく、ただそこにそびえ立っていた。
「お? あれは……」
幹の下あたりに、煌めきを発見する。それが反射したかのように、セイカは瞳を輝かせて大樹へと駆け寄った。
「よっしゃお宝ゲット!」
樹洞の中に、宝石や上質な武具などが詰め込まれている。足を踏み入れた原因が詰まりに詰まったそれを見て、セイカは涎を垂らさずにはいられない。
もちろん、罠である可能性も否定できないのだが、そのときはそのときと割り切っている。喜べそうなら喜んでおく、というのが彼女の性分だった。
「これだから『迷宮』探索はやめらんないよねぇ……!」
迷宮。それが、この『ビルだった場所』全体の名称だ。
ただ、ここだけを指すわけではない。なんの変哲もない建造物や自然を巻き込む形で出現した危険地帯は、全てそのように呼ばれている。
「も、もう安全なのですか……?」
そう声をかけられ、セイカは宝の山からそちらへと意識を向けた。声の主は、回避のために抱えていた生存者の少女だ。
「あー、うん。多分ね」
「でしたら、お父様を……! お父様を助けてください!」
「お父様……? あっ、ちょ、待っ……!」
セイカが情報を整理し終える前に、少女は腕の中から離れてしまった。声をかける間もなく、どこか、ある地点を目指しているかのように駆けていく。
「ちょっと待ってって……」
ひとまず安全になったとは言え、自衛手段を持たない少女が歩き回るにはやはり危険だ。先程の敵とはまた別の、新たな脅威が現れることも考えられる。
ここまで守って最後の最後で命を落とされても寝覚めが悪くなるだろう。そう考えたセイカは後ろ髪を引かれる想いで大樹から離れ、少女のもとへと近づいた。
「お父様……」
「だから、お父様って誰……」
立ち止まった少女の先にあるものを見て、セイカは『ああ』と納得する。
そこには、水晶のようなものに閉じ込められた、一人の男性の姿があった。虚ろな眼差しが、彼の生死を物語っている。
ただ、少女にはそれがわからないようだった。
あるいは、受け入れられなかったか。
「あの、私、迷宮にはあまり詳しくなくて……どうしたら、お父様を助けられますか?」
迷宮に出入りすることができる人物は限られている。知識を有する者についても、同様に。
それ自体は少女も理解しているはずだ。だからこそ、微かな希望に縋ったのだろう。
だが、セイカはその期待に応えることはできなかった。
「無理だよ」
「え……」
少女が、目を見開く。
酷な事実だろうが隠していても仕方がないため、セイカは今一度はっきりと伝えることにした。
「もう死んでる」
「そん、な……」
つい先程立ち上がったばかりの少女が、またしてもその場に崩れ落ちてしまう。彼女一人生存しているだけでも奇跡的、とはとても言い出せない雰囲気だ。
「辛いのはわかる、なんて簡単に言えないけど……早くここから出よう。いつまた襲われるかわかんないし」
「ま、待ってください!」
セイカの裾が、少女によって掴まれる。振り解くことは容易だったが、この場面で冷たくあしらうことができる程セイカも淡白な人間ではない。落ち着かせるためにも、とりあえず相手の言い分を聞いてみることにした。
「それならせめて、ちゃんと弔わせてください! たった一人で、こんな状態で……そんなの、あんまりじゃないですか……」
見せ物のような状態にされていることが、我慢ならないのだろう。
セイカもこのような死に様を迎えたくはないため、少女の意志を尊重したい気持ちはあったが、またしても首を縦に振ることはできなかった。
「他のエリアなら、どうにかしてあげられたかもしんないけど……今回ばかりは無理だよ」
「ど、どうしてですか⁉︎」
「遺体の回収ができないからね……ああ、運んで帰れないとか、そういう意味じゃなくて、そもそもこの中から取り出せないの」
答えながら、セイカは水晶のようなものを小突く。この程度の衝撃では傷一つつかないが、全力で攻撃すれば壊せるだろう。
故に、硬度自体は問題ではなかった。
「この水晶……まあ厳密には違うんだけど、それと、遺体がほぼ同化しちゃってるんだよ。だから、水晶を壊したらそのまま中身ごと壊れちゃうってわけ」
「そんな……」
水晶もまた壁と床を侵食する形で存在しているため、傷をつけずに丸々採取する、といった手段は取れそうにない。そうでなくとも、二人で運ぶことは不可能な大きさだ。
「それなら、いっそ、水晶ごと……」
大人しそうな第一印象に反し、思い切りのいい発言。セイカはつい素っ頓狂な声を漏らしそうになったが、ぐっと堪えて応答を続ける。
「それならできなくはないんだけど……ちょっと問題があるんだよねぇ」
「……問題?」
怒りか、あるいは呆れか。少女の声音がやや低いものとなった。未だ不安定な精神状態であろう彼女を刺激しないよう、セイカは気をつけながら続ける。
「この水晶は迷宮の核みたいなものでさ、壊れると迷宮がなくなっちゃうんだよね」
「生き埋めになってしまう恐れがある……ということですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
しまった。
反応した直後に、そう後悔する。
わざわざ仔細を伝える必要はないのだ。もっともらしい理由で納得させられるなら、それに越したことはなかった。
だが、時すでに遅し。面倒事が増える予感を抱きつつも、セイカは重い口を開くことにした。
「政府のお偉いさんがね、『迷宮を壊したり消したりするな』ってうるさいんだよ」
「……確か政府は、既にある迷宮の根絶と、新たな迷宮出現の阻止を目指しているはずですよね?」
詳しくないと言っていたはずの少女でも耳にしたことがある程度には、政府も大々的な目標として掲げている、ということだろう。
だが、その裏では様々な目論見が交錯していた。
「ビジネスだよビジネス」
「それって、迷宮に眠る財宝の類ですか? でも確か、発見され次第研究に回されるはずでは……」
「そんなん真っ赤な嘘……迷宮に眠るお宝は既存の物質とかとは全く違うからさ、希少性が高いってことでかなりの金額で売れるんだよね」
セイカは鼻で笑いながら、ごく一部の人間しか知らない真実を明かす。嘲る対象は目の前にいる少女ではなく、欲望に脳を支配された哀れな大人たちだ。
「事態解決に奔走しているというのはあくまでも表向きだけで、政府の人間は迷宮を利用して私服を肥やしている……というわけですね」
「そういうこと」
当然、無闇やたらと話していいことではない。同じ秘密を共有している者同士でも、口に出すことはほとんどない程に。
だからだろうか。セイカの中には、ある種の清々しさが生まれていた。
「他の迷宮でも、核とやらには人間が閉じ込められているのですか?」
「ウチが見た限りでは、そうだね」
恐らくは、全ての迷宮に共通しているのだろう。そんなことを考えながらセイカは頷いた。
「政府は、核のことを黙認しているのですか?」
「……そうなるね」
怒りのボルテージが上がっていくのが、見て取れる。セイカはその矛先が自分に向けられないよう祈るばかりだ。
「……先程、鎌を持っていましたよね? 少々拝借してもよろしいですか?」
「え? まあ、いいけど」
大鎌を出現させ、二つ返事で少女に貸し出す。戦い慣れていない人物が扱うにはやや重いが、持ち上げられないということはなさそうだった。
(八つ当たりでもする気……?)
意図が読めず、注意深く相手を見つめる。何が起ころうとも、即座に対応できるように。
そのはずだった。
だが、直後に少女が取った行動をセイカが止めることはなかった。
できなかったのではない。しなかったのだ。
理由は一つ。
その方が、面白そうだと思ったためだ。
「せいっ!」
甲高い音が響く。
振り下ろされた大鎌によって、水晶が破壊される音だ。肉親が同化しているそれを、少女は躊躇うことなく攻撃してみせた。
「……私はっ!」
息を目一杯吸い込んだ後、少女が振り向く。
「私は納得いきません!」
大鎌を地に突き立て、声を張り上げる少女。その力強い眼差しが、セイカへと向けられた。
「だから決めました!」
口を挟む間など与えないと言わんばかりの勢いで、彼女は言葉を紡いでいく。絶体絶命の窮地に立たされて怯えていた少女の姿は、どこにもなかった。
「全ての迷宮の核を壊して、同化している人々を弔います! たとえ、政府を敵に回そうとも!」
少女は自身の胸に手を当て、続ける。
「それが……私の『ロマン』です!」
世間知らず。夢見がち。理想主義。彼女の言葉は、絵本の中のお姫様が宣うような綺麗事でしかなかった。そんなことで政府を敵に回すなど、馬鹿馬鹿しい。
そう、頭では理解できる。
だが、セイカの瞳には、迷宮の最深部に眠る宝を発見したとき以上の輝きが宿っていた。
「貴方も、手伝ってください」
何故、と普通の人間なら返すだろう。
だがセイカは違う。彼女もまた、『ロマン』に魅入られた人間なのだ。そんな彼女が、同族として覚醒した相手から伸ばされた手を振り払うことなど、できるはずもなかった。
「……いいね、やっぱり最高」
セイカは少女の手を取り、微笑む。
「政府の銭ゲバどもに見せてやろうよ。ウチらの『ロマン』!」
この出会いが世界の運命を大きく変えることになると、セイカは確信していた。それだけのことを自分たちは成すのだと。
かくして、二人の少女は奇妙な絆を結ぶことになるのだった。




