第49話「裏面」
思い起こされる、遠い日の記憶。
『ねーねーしってる? おとなは、はやくうまれたひとのことを、センパイってゆーんだって!』
『じゃあ、セーちゃんはわたしのセンパイだね!』
そう返して屈託のない笑みを浮かべる『彼女』は、もうどこにもいない。
「守ってばかりじゃ勝てないっスよ、先輩!」
「ぐ、くっ……!」
表情を歪めるセイカに、次々と刀が振るわれていく。彼女は猛攻を防ぐだけで精一杯だった。
疲労の蓄積。気乗りしない戦い。それらにも確かに悪影響を及ぼされているが、大きな理由は別にある。
(……一撃一撃が、重い!)
どうやら、タタラの身体能力自体が飛躍的に上昇しているようだった。あるいは、これが本来の実力ということか。
なんであれ、このまま攻撃を受け続ければいずれ押し負けてしまう。そう思わせる程の力量差が、今の二人には存在した。
(一旦、距離を取る!)
セイカは素早く足場を形成し、タタラの身だけを押し上げる。その隙に息を整え、穏便に事を運ぶための方法を考えようという魂胆だった。
「……好きっスよね、その戦い方」
見下ろしながら、タタラが呆れたように呟く。彼女は刀を収納すると、また別の武器をその手に握った。
(あれは、カナタの……⁉︎)
そう気づいた瞬間、セイカは自身とタタラを隔てるように壁を形成する。直後、その向こう側から弾けるような音が聞こえてきた。
恐らくは、カナタが愛用している武器を使用されたのだろう。もっとも、能力に依存した性能という問題をどう解決したのかまでは不明だが。
「防げた、って思ったっスか?」
背後から声が聞こえたことで、セイカは咄嗟に振り向く。驚愕しつつも大鎌を構えようとしたが、少しばかり遅かったらしい。
「……っ!」
目の下あたりに、熱が走る。
それ自体は些細な傷だ。痛みも、これまで経験してきたものに比べれば大したことはない。
だが、旧友に傷つけられたという事実がセイカの心に重くのしかかっていた。タタラは本気で人類と対立するつもりなのだと、今の一撃で改めて実感させられてしまったのだ。
「ジブンの能力……正確には『収納』じゃなくて『空間操作』なんスよ。なんで、こうして転移することもできるんス」
困惑による沈黙と誤解したのだろう。いつの間にか握り直していた刀の切先を向けながら、タタラは渋る様子も見せずに自らの能力を開示した。
ただ、セイカにとってはどうでもいいことだ。
「どうして……」
攻撃の手が緩んだことで、セイカは口を開く。
まだ、聞けていないことがあったためだ。それを聞かずに戦いを続けられる気は、しなかった。
「どうして、地球を滅ぼそうとするの?」
どのような理由があろうと、容認することはできない。それでも、聞かなければならなかった。
わかり合えたつもりになっていた、友達のことを。タタラのことをもっと知りたいと、セイカはそう考えていたのだ。
「地球が……人類が、発展しすぎたからっスよ」
セイカを見つめたまま、タタラは淡々と明かしていく。事情を伏せたまま隙だらけの相手を仕留めることもできたはずだが、そうしなかったのは『余興』故か。
「弱きを食らい、資源を貪り……己の首すら絞めながら、人類は発展してきました」
実際に『見て』きたのだろう。忌々しげな表情を浮かべながら、タタラは言葉を連ねていく。
「同じことを続けていれば、いずれ勝手に滅びゆく……ですが、人類はなおも抗うでしょう」
お前のように。暗にそう告げられたような気がしたことで、セイカは僅かに肩を震わせた。
「地球を食らい尽くした人類は、他の星々をも歯牙にかけかねません。それを放置すれば、宇宙の崩壊に行き着くのみ」
ですから、とタタラは続ける。
「その前に間引くんス。この宇宙を守るために」
「……そっか」
セイカは肯定も否定もせず、短くそう返した。ただ、タタラの覚悟を受けて意気消沈したわけではない。
「大人しく滅んでくれる気になったっスか?」
「いいや……」
首を横に振った後、セイカは大鎌を構え直す。その瞳に、世話が焼ける後輩の姿を映しながら。
「なら、やっぱり戦うしかないっスよねぇ!」
唐突に、戦闘を再開される。血を求めるかのように怪しい煌めきを放つ刃が、セイカへと迫った。
だがそれを、彼女はたったの一振りで弾き飛ばす。
「一つ、言っておくけど」
刀が宙を舞っている間に、セイカはタタラを指差した。
「あんたなんか……」
友達じゃない。セイカにとって、それは声に出すどころか思うことすら難しかった。
故に、続く言葉は。
「あんたなんか、『宇宙の意思』とは認めない!」
「……は?」
彼女もまた、ありきたりな言葉を想像していたのだろう。セイカの突拍子もない宣言を聞いたタタラは、目を丸くしていた。
「あんたがなんて言おうが関係ない。ウチにとって、タタラはタタラだ。可愛い後輩で、頼れる仲間で、大切な友達の、タタラなんだよ」
「そんな無茶苦茶な……」
「だから!」
反論の兆しを、セイカは大声でかき消す。まだ、決意表明は終わっていないのだ。
「余計、タタラに地球を滅ぼさせるわけにはいかない。先輩として、仲間として、友達として……絶対に止めてみせるよ」
みっともなく映ろうと、構わない。それがセイカにとってのやるべきことで、やりたいことなのだから。
「タタラのことも、救ってみせる。ウチの、ロマンにかけて」
「……言うは易く、っスよ。先輩」
タタラの手に、刀が三度握られた。
「情けをかけて倒せる相手とは、思わないことっスね」
「上等!」
大鎌と刀の競り合いにより、火花が散る。先程まではセイカが押されていたが、戦意を取り戻せた今二人の力は拮抗していた。
「互角だと思ったら大間違いっス」
数回打ち合った後、タタラが姿を消す。
能力で転移したのだろう。そう直感したセイカは、迷わず振り向いて攻撃を繰り出す。
「なっ……⁉︎」
読みどおり、タタラは背後に転移していた。大鎌を防いでこそいるが、驚愕しているあたりセイカの動きは想定外のものだったらしい。
「お見通しだよ。どれだけ一緒にいたと思ってんの」
「……まぐれっスよ」
「じゃあ試してみようか!」
またしても、タタラの姿が消える。今度は間髪を入れずに連続で。だがセイカは惑わされることなく、相手の攻撃が迫る瞬間だけに反応して立ち回っていった。
「くっ……なら、これで!」
タタラは大きく距離を取りつつ、刀から拳銃へと持ち替える。セイカの間合いで戦い続けることは不利だと判断したのだろう。
「させないよ」
自身に向けられた銃口へ、セイカは手を伸ばす。その直後、タタラの握っていた拳銃が爆発した。
「さっき奥義を使ったときの『ズル』が、まだ残ってるってことなのかな」
力を貸してくれた『彼女』の姿が、脳裏に浮かぶ。
「いつものウチにはできないことも、今ならできる気がするんだ」
「……銃口の付近に硬度の高い物体を形成して詰まらせることで、銃を暴発させたってことっスか」
「そういうこと」
基本的に、セイカは自身の付近からでなければ『形成』を開始することはできない。本来なら、拳銃に能力が届くはずはないのだ。そのため、タタラが反応できなかったのも無理はないと言える。
「こんなことも、できたりしてね」
正面方向に手を伸ばし、セイカは新たな物体を形成する。そうして二人の間に現れたのは、小ぶりな砲台だった。
そこから放たれる弾丸を受ければひとたまりもないはずだが、タタラは何故か不敵な笑みを浮かべている。
「能力が強化されても、発射まではできないはずっスよ」
「どうかな。試してみれば?」
「試すまでもないっスよ!」
吐き捨てた後、自らの足で距離を詰め始めたタタラ。そんな彼女を、セイカは砲台の後ろで悠然と待ち構えた。
(……消えた!)
タタラの転移を確認した瞬間、セイカは後方へと振り向く。
だが、その先には誰もいなかった。また別の位置に連続で転移されたということなのだろう。
(上にはいない。なら……!)
セイカは相手の大まかな位置を瞬時に予測し、能力を行使する。対象は当然、例の砲台だ。
「発射!」
掛け声の後、タタラが再びセイカの前に姿を現す。砲台の仕掛けを回避するためだろう。
その動きもまた、読めていた。
「ぐあっ……⁉︎」
タタラの鳩尾に、長く伸びた大鎌の柄がめり込む。刀をセイカに届かせることができないまま、彼女の身は押し出されていった。
「……視野が狭まりすぎだよ」
セイカは柄の長さを戻しつつ、諭すように指摘する。
「能力で形成した物体も基点にできるってことぐらい、わかってたはず。弾丸の発射はハッタリだったわけだけど……それを見抜けたからって迂闊に近づくべきじゃなかったね」
先程の攻防において、セイカは特別なことをしてはいない。砲台の形成を再開してタタラに奇襲を仕掛けつつ、回避先に見当をつけていち早く次の攻撃を繰り出しただけだ。
「裏の裏……ってことっスか」
大して負傷していないのだろう。やや気怠げではあったが、タタラは何事もなかったかのようにその身を起こした。
「いや、さすが先輩。なかなかやるっスね」
そのわざとらしい賞賛に、舞い上がることはない。セイカは相槌を打つことすらせずにタタラの動きを注視する。
「でも、ここまでっス」
次にタタラが取り出したのは、実銃だった。
撃ち出されるものがなんであろうと先程の要領で防げると、彼女も理解しているはずだ。
ならば、何故。相手の意図を察せず、セイカの集中は僅かに乱される。
(……届く!)
セイカは再び能力で銃口を塞いだ。
直後、二回の発砲音が続けて鳴り響く。
「ぐ……ああっ!」
両足に走る、激痛。たまらず、セイカは呻き声を上げてその場に蹲った。
(な、何が……)
痛みに襲われながらも、セイカは必死に思考を巡らせる。この負傷があまりに不可解なものだったためだ。
二発の弾丸が放たれたはずだが、最初から最後まで銃口はいっさい動いていなかった。仮に能力での妨害が失敗していたとしても、従来ではあり得ない挙動だ。
「やろうと思えば、いつでもどこでもなんでも転移させられるんスよ」
種を明かしながら、タタラがゆっくりと近づく。どうやら、銃の内部で詰まる直前の弾丸をセイカの足下付近に転移させたということらしい。
「視野が狭いのは、先輩の方でしたね」
続けて、タタラはまたしても武器を持ち替えた。彼女の手に今日初めて握られたそれが、セイカの目を見開かせる。
「最後は、先輩の大好きな大鎌で終わらせてあげますよ」
黒光りするその刃を見ても、セイカの心が躍ることはなかった。
大鎌を操る相手と戦いたいと思ったことがないわけではない。ただ、少なくとも今その機会を望んではいなかったのだ。
「ははっ、最後か……そうだね、そうかも」
痛む足を震わせながらも、セイカは立ち上がる。そして、負けじと自らの大鎌を握り直した。
「次で、終わりにしよう」
「……まさか、ジブンを仕留められるつもりでいるんスか? まともに踏ん張ることもできない、その足で?」
「やってみなきゃ、わかんないでしょ」
それは、ただの強がりだ。今のセイカは立っているのがやっとで、反撃などとてもできる状態ではない。
だが、それでも。
(……やるしか、ないんだ)
これ以上戦いを長引かせたところで、不利になるのはセイカの方だ。故に、多少なりともタタラが油断している今しか勝機はない。
覚悟を、決めなければならなかった。
「そうっスね……」
頷いた後、タタラがゆっくりと瞬きをする。程なくして再び向けられたその瞳は、依然として暗い感情をはらんでいるようだった。
「最後まで全力でやりましょう。それぞれのなすべきことを、なすために」
「うん」
二人の間に流れる空気が、より一層重苦しくなる。
足を負傷しているセイカから仕掛けることはできない。故に、彼女はタタラが自身の方へと踏み込んでくるのを待った。
「これで、お別れっス……先輩」
一歩、踏み込まれる。
二つの大鎌が、同時に振るわれる。
雌雄が決されるはずだった。人類の未来を懸けた戦いに、終止符が打たれるはずだった。
だが、互いの信念を乗せた刃が血を啜ることはなかった。勢い良く迫っていたそれらは、標的に触れる寸前で消滅する。
少なくともセイカが握っていたものに関しては、彼女自身の意思でそうなるように仕向けられていた。
「なん、で……」
そう声に出したのは、タタラだ。彼女は次の手を繰り出すことなく、困惑したような表情で立ち尽くしている。
それが、答えだった。
「……都合良く考えすぎだったかもしれない」
タタラの瞳を見つめながら、セイカは言葉を紡ぐ。
「ただの、気のせいだったのかもしれない」
耐えきれず片膝をつくが、それでも視線は外さない。
「夢を見たかっただけかもしれない」
もう一方の膝も、床へと引き寄せられる。もはや、立ち上がることはできそうになかった。
「それでも、信じたかったんだ」
信じていたいと、そう思ったのだ。
そして、ようやく辿り着いた。
答えに。タタラの真意に。
「ば、馬鹿なんじゃないスか……? ジブンが攻撃を続けてたら、先輩死んでたんスよ!」
「でも、ウチは生きてる……もちろん、タタラも」
食い気味に答えつつ、微笑むセイカ。
そんな彼女の姿に何を思ったか、タタラは膝から崩れ落ちた。怪我など、全くしていないというのに。
「馬鹿っス。本当に馬鹿っス、先輩……」
俯くタタラの頬を、一筋の雫が伝った。
「……でも、本当に馬鹿なのは、ジブンっス」
堰を切ったかのように、涙が溢れ出していく。
冷酷無比な『宇宙の意思』の姿は、もう存在しない。そこにいたのは、手のかかる後輩であるただの『タタラ』だった。
「人の暮らしなんて、試さなきゃ良かった……」
口角を僅かに上げながら、タタラは呟く。まるで、自嘲するかのように。
「先輩と出会って、だんだん居心地が良くなって、地球を滅ぼすことなんてどうでも良くなって……それでも、もうジブンですらすぐには止められないところまで計画は進んでて」
感情と共に、真実がこぼれ落ちていく。
「迷宮のせいで不幸になる人は増える一方で。大切な人の、大切な人まで奪ってて……」
恐らくはカナタと、彼女の父親のことを指しているのだろう。本人から打ち明けられている場面にセイカは遭遇したことがないが、タタラであれば自力で調べ上げられたとしてもおかしくはないように思えた。
「だからせめて、最後ぐらいは責任を果たさなきゃって……そう、思ってたのに」
「……そっか」
タタラの告白を聞いて、セイカは改めて納得する。
不自然なまでに煽ってきたことも。何度も訪れた好機を自らふいにしていたことも。最後に自らの大鎌を消滅させたことも。
全ては、この戦いで命を落とすためだったというわけだ。
「ごめんね。気づいてあげられなくて」
啜り泣くタタラのもとに、セイカはゆっくりと近づいていく。立ち上がれないため、無様にも床を這いながら。
「誰にも言えなくて、辛かったよね」
止血できないまま、かなりの時間が経過している。今にも意識が飛びそうだった。
だが、まだだ。涙を流す後輩一人慰められないようでは、先輩失格だろう。そう自らに言い聞かせ、セイカはようやく手が届く距離にまで達する。
「ずっと、一人で苦しんでたんだよね」
「ち、違っ、ジブンは、そんなこと言ってもらえるような存在じゃ……」
「いいから聞いとけ」
有無を言わさず、セイカは自身の胸にタタラを抱き寄せた。そして、その頭を優しく撫でていく。
何度も、何度も。
「ウチはさ、タタラに生きててほしいよ」
それは、紛れもないセイカの本音だ。タタラが罪を犯していようと責任を負う必要があろうと、変わることはない。
「ウチだけじゃない。カナタも、ランセも。メイド長とかだって、きっとそう思ってる」
共に苦難を乗り越えてきた仲間たちが。支えてくれた多くの人々が。タタラの無事を願わないはずはないだろう。
「別に、タタラが死ななきゃ諸々を解決できないってわけじゃないんでしょ? 小惑星もどきとかも、さっきは消えてたわけだし」
「それは、そうっスけど……」
「ならいいじゃん」
なおも渋る様子のタタラを、強く抱きしめる。決して、離さないように。
「それでも気が済まないって言うなら……罪も、責任も、ウチが一緒に背負ってあげる」
だから────そう言って、セイカは目を閉じた。
「帰ろう、タタラ」
直後、瞼越しでもわかる程の光が発生する。不思議と心地良さを感じさせるその輝きに、セイカは身を委ねることにした。
かけがえのない、友と一緒に。




