第50話「ロマンは続くよどこまでも」
しばし、時は流れ。
「な、何がどうしてこうなったんスか……」
今日も今日とてカナタ邸の一室にて、タタラが納得いかない様子で呟く。
無理もないだろう。彼女は今、趣味に合わないメイド服を強制的に着せられているのだから。
「あら、タタラさんが仰ったのではありませんか」
優雅な仕草で紅茶を飲んだ後、カナタが微笑を浮かべる。かつて彼女も戯れで似たような衣装を着用していたが、この日は普段どおりの服装で過ごしていた。
「『なんでもするから、これまでのことを許してほしい』、と」
「うっ、それはそうっスけど……」
ばつの悪そうな表情を浮かべるタタラ。亜空間から帰還した後、彼女はカナタとランセにも真実を打ち明けていた。
セイカが促したわけではない。これ以上隠し続けることは誠実ではないと、自分で決断したようだった。
「まさかこんなギャグ展開みたいなことになるとは……こういうのって、もっとシリアスなシーンが挟まるもんじゃないっスか?」
「何か言いましたか?」
「なんでもないっス!」
カナタに圧をかけられたことで、タタラの背筋が伸びる。『宇宙の意思』が聞いて呆れる光景だ。事態が完全に解決した今でもその能力を保有しているらしいが、とてもそうは思えない。
(まあ、一件落着……かな?)
二人のやり取りを見て苦笑いしつつ、セイカはそんなことを考えていた。
誰一人欠けることなく当初の目的を達成し、タタラの正体を仲間たちに受け入れてもらうこともできたのだから、最良の結果と言っていいはずだ。唯一、カナタの心情が気がかりではあったが。
(……まだ気持ちの整理がついてなくても、おかしくないよね)
これまで、三人がタタラに何度も助けられてきたことは事実だ。ただ、彼女の企てによって大きな被害が発生していたこともまた否定はできないだろう。
本来、仲間内でも割り切ることは容易ではない。迷宮に肉親の命を奪われているカナタなら、なおさら。
それでも、許すと決めたらしい。犯した罪に似合わない風変わりな罰は、彼女なりに折り合いをつけようとしていることの表れだろう。
(強いな、カナタは)
突然の告白に狼狽えていたどこかの誰かとは大違いだと、内心で自嘲する。
カナタの強さを見習わなければ。そんな想いを胸に、セイカはタタラに勢い良く抱きついた。
「ま、似合ってんだからいいじゃん?」
「いや、こんなフリフリな服がジブンに似合うわけないっスよ……」
急な抱擁のせいか、それとも衣装のせいか。褒め言葉を素直に受け取らないタタラの頬は赤く染まっていった。
彼女が身に纏っているメイド服は、この家の使用人たちが着用しているそれとは全くの別物だ。丈も短く、まず給仕に徹する者の服装ではない。コスプレ、という表現が最適だろう。
「……というか」
「およ?」
突然タタラに引き剥がされ、更には指を差される。いったい何事かと、セイカは目を丸くした。
「なんで先輩までメイド服着てるんスか!」
タタラの声が部屋に響き渡る。
セイカもまた、全く同じ衣装を着用していたのだ。恥ずかしがる後輩とは対照的に堂々と振る舞っていたが。
「言ったでしょ? 罪も責任も一緒に背負うって」
「こういうことじゃないと思うんスけど⁉︎」
「セイカちゃんメイドフォームです、ぶい」
セイカは目の横でピースサインを作り、ウインクする。写真撮影にでも臨むかのように。
彼女も年頃の少女だ。普段着こそ大して意識していないものの、こういった可愛らしい服装への興味がないわけではなかった。
「騒々しいな。何事だ?」
部屋の扉が開くと同時に、そんな声が聞こえてくる。もう一人の仲間である、ランセのものだ。
「聞いてくださいよランセさん。お二人が……」
助けを求めるかのように、タタラが視線を送る。だがランセの姿を確認した直後、彼女は言葉を途切れさせた。
「あれ、ランセもメイドに転職? 昨今は人材豊富だねぇ」
三人目のメイド姿に絶句しているタタラを他所に、セイカは軽口を叩く。意外にもランセの装いが様になっていたため、驚きよりも感心が勝っていた。
「まあ、色々とあってな」
多くを語ろうとしないあたり、どうやら進んで着ているわけではないらしい。ならば理由も限られてくるかと、セイカはカナタへと視線を戻した。
「私が命令したのです」
尋ねられる前に、カナタが口を開く。彼女はまたしても、威圧感のある微笑みを向けていた。
「迷宮の攻略資金とは別で、いくらか立て替えさせていただいていたのですが……一向に返済されなくて。あまつさえギャンブルに励み続けていたようですから、少々お灸を据える必要があると思い今に至る、というわけです」
「……うわぁ」
呆れて物も言えないとはこのことだ。汚物を見るような目へと変えながら、セイカは声を漏らした。
ただ、当の本人は何食わぬ顔をしている。
「ランセさん。何か言うことはありますか?」
「反省している。次はばれないようにやろうと思う」
「もっと短い丈をご所望のようですね」
反省の色が見られないランセの返答を受け、カナタは即座に鋏を取り出した。その手の能力を有する者も驚きの速度だ。
「勘弁してくれ。これ以上はただの変質者だ」
「負債持ちギャンブラーよりはマシでしょう。ほら、動くと危ないですよ」
債務者の懇願に耳を傾けることすらせず、カナタは衣装を仕立て直そうとする。名家のお嬢様とは思えない程の大胆さだ。
仲間にとっては微笑ましい光景だが、他所にお出しできるものではないだろう。メイド長に見つかったらお小言は避けられない。
セイカがそう危惧した直後、部屋の扉がノックされる。不幸にも、その音は他の三人に聞こえていないようだった。
「失礼します。カナタお嬢様、ご報告が……」
なんの偶然か、本当にメイド長が現れてしまう。ただ、さすがの彼女も状況の整理に時間がかかったようで数秒程目を丸くしていた。
「……お戯れは程々にしてくださいね」
メイド長はこの状況に対してそれ以上何も言おうとはしなかった。先のセイカと、同じようなことを考えたのかもしれない。
今の言葉は冗談か、はたまた本心か。それがわかるのはカナタぐらいのものだろう。
「依頼されていた調査について収穫がありましたので、ご報告に参りました」
「……ありがとうございます。早速、聞かせてください」
カナタは何事もなかったかのように椅子へと戻り、カップを傾ける。セイカたちも、座りこそしないが続きが語られるのを黙って待っていた。
「大鎌を扱う女性の目撃情報……およびそれに関連する手掛かりが得られると思われる情報を、世界各地から入手しました。リストにまとめておきましたので、ご一読ください」
大鎌と言えばセイカだが、今話に上がっている存在は彼女ではない。そのロマンの原点となったあの女性のことを、メイド長は指していた。
「本当? ありがとうメイド長!」
資料を受け取りつつ、セイカは感謝を伝える────刹那、メイド長から手刀が振るわれたことで彼女は咄嗟に身を屈めた。
「あっぶな⁉︎」
「その衣装を着用している間は、私が『上』です……口の利き方には気をつけることですね」
殺気にも近い何かが、メイド長から放たれる。素人のそれとはおよそ思えない程だ。カナタが時折発する圧も、そこから影響を受けていると見て間違いないだろう。
「……じゃ、とっとと着替えるとしようかな。タタラ!」
「は、はいっス!」
タタラが、セイカとランセの肩に触れる。直後、三人の装いはメイド服からいつものそれへと変化した。『空間操作』の能力による現象だ。
「目撃情報の分布……かなり広範囲だな」
「まあ、タタラの能力があればなんとかなるでしょ」
「ふ、不法入国は勘弁っスよ⁉︎」
できないとは言わないあたり、『宇宙の意思』としての自信が透けて見える。今まで以上の頼もしさを後輩に覚えながら、セイカはカナタの方へと振り向いた。
「……カナタ、本当に行かないの?」
「ええ。長らく家を空けてしまいましたから……そろそろ、腰を据えて家業に取り組まなければ」
そう返しつつも、カナタは哀しげな表情を浮かべている。同行したいという気持ちは、彼女の中にも少なからずあるのだろう。
「……カナタ様。もう一つご報告が」
「え、ええ。なんでしょう?」
このタイミングで別の報告を受けるとは思っていなかったのか、カナタが僅かに動揺を見せる。そんな彼女に、メイド長は淡々と詳細を伝えていった。
「新規事業の立ち上げに付随して、海外視察の必要が出てきたのですが……偶然にもその行き先が、先程リストにまとめた国と一致するのです」
「それって……」
「非常に長い期間を要するため社員や役員に任せても良いかとは思いますが、やはり長たるカナタ様直々に向かっていただくのがよろしいかと。ちなみに行き先の一致は偶然です。カナタ様に誓って偶然です」
早口で言い切られたためか、メイド長の意図を汲み取れていない様子のカナタ。そんな彼女の手を、セイカは迷わず掴んだ。
「せ、セイカさん……?」
「行こう、カナタ!」
「……はい!」
四人は勢い良く部屋を飛び出し、カナタ邸の広々とした廊下を駆けていく。メイド長の恭しい挨拶を、その背中に受けながら。
「んじゃ、心機一転ってことで全員ロマンを語ってこうか! まずカナタ!」
「え、ええ? えっと、では……未曾有の大災害にも対応できるような事業を設立する、なんていかがでしょう?」
「いいじゃんいいじゃん! 夢はでっかく、だよね。はい次タタラ!」
外へ出ると同時に、今度はタタラに話を振る。便利な能力を有する彼女は走る必要などないはずだが、律儀に付き合ってくれていた。
「ロマンというか、ただの抱負になっているような気が……」
「それもまたロマンだよ」
「もうロマンって言いたいだけじゃないっスか……じゃあジブンは、もっと多くの発明品を作って人様の役に立ちたいっス。なんだかんだ好きなんスよね、ああいう作業」
嘘から出たまことか、それとも元から嫌いではなかったのか。なんであれ、タタラも前向きな目標をしっかりと持っているようだった。
「いいね。これからもサポートよろしく! じゃあ今度はランセ!」
「一攫千金。狙うはそれだけだ」
「ぶれないねぇ……ま、そこも嫌いじゃないけど!」
次第に、正門へと近づいていく。残すはセイカのロマンのみとなった。
「ではセイカさん。最後、お願いします」
「任せてよ」
清々しい程に晴れやかな空へと、セイカは手を伸ばす。先で待ち受けるロマンを、掴み取るように。
「大鎌で、もっともっとたくさんの人を救う! そんでもっていつか、憧れの……本当の『あの人』に会う! それが、ウチのロマン!」
迷宮がなくなろうと、変わることはない。セイカは胸を張って自身のロマンを明かした。
「お前の方こそ、ぶれないな」
「そこが先輩のいいとこっスよ」
「ええ。素晴らしいと思います」
微笑みとともに、そんな言葉を返される。セイカは照れ臭さから鼻を擦りつつ、正門の手前に辿り着いたことでその足を止めた。
「……よし。行くよ、みんな!」
頷きを確認し合った後、一斉に踏み出す。
「それぞれのロマンに向けて……出発!」
境界を飛び越える四人。ロマンに魅せられた彼女たちの新たな旅が、今、ここから始まるのだった。




