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第48話「真実」

 宇宙に現れた化物を倒したことで、迷宮に関係する全ての問題が解決した。あとは帰還して一連の流れを報告すれば、仲間たちと祝杯を上げることができるはずだ。

 そう、セイカは楽観視していた。

 だが、どうやらまだ終止符を打つことはできないらしい。


「……ん? ここ、どこ?」


 瞼を開いたセイカが次に立っていたのは、真っ白な空間だった。宇宙船内部や発着場とは、似ても似つかない場所だ。


「ってか服も元に戻ってる⁉︎」


 頑丈な宇宙服を纏っていたはずが、セイカの装いはいつの間にか着慣れたものへと戻っていた。

 そんなわけはない。つまりこれは夢だろうと、自身の頬をつねって覚醒しようとする。


「……マジ?」


 どれ程力を込めても、目の前に広がる景色が変わる気配はない。ただ痛みが強まっていくだけだった。


「みんなは大丈夫かな……」


 仲間の安否が気になり、セイカは周囲を見回す。そこでようやく、この空間に迷い込んだであろう自分以外の存在に気づいた。そして、見知った『彼女』のもとへと駆けていく。


「タタラ、無事?」


 俯くタタラに声をかけるが、返事はない。

 疲労が蓄積していることもあって、この不可解な現象に理解が追いついていないのだろう。そう判断し、セイカは一旦自分だけでこの状況を整理することにした。


「カナタとランセはいない、か。発明品の誤作動かなんかなのかな? それとも、迷宮絡み……?」


 後者の可能性は、できれば考えたくない。だがなんであれ、試すべきことは一つだ。彼女の力が必要不可欠なため、セイカは今一度タタラの顔を見つめた。


「タタラ、もう一回発明品使ってみてくれない?」


 なおも、返事はない。

 船内でのやり取りから数えて、実に三回目だ。さすがのセイカも違和感を覚え、その原因が何かを探ろうと密かに思案する。

 だが彼女が自力で辿り着くよりも早く、タタラ自身の口からその答えが語られることとなった。


「……先輩は、おかしいと思わなかったんスか?」


 それは、現在進行形で思っていることだ。だが、タタラが言いたいのはそういうことではないだろう。雰囲気でそう察せられたため、セイカは口を挟まずに続きを待った。


「どうして、能力を封じられたときの挙動が変わっていたのか」


 タタラが何を言っているのか、セイカには理解できない。

 否。理解したくなかったのだ。その先に進んだら戻れなくなってしまうと、彼女は無意識で感じ取っていた。


「どうして、世界各地に出現した『原初の迷宮』を攻略するとき、姿を消していることが多かったのか」


 だが立ち止まったところで、タタラの方から歩み寄られてしまう。広大な空間であるにもかかわらず、セイカに逃げ場は残されていない。


「どうして、迷宮の化物から発された信号を解析できたのか」


 一歩、また一歩と、真実への距離を縮められていく。


「どうして、能力と同等の利便性がある発明品を次々用意できたのか」


 嫌だ。それ以上は聞きたくない。

 そう声を発することすらできず、セイカはタタラの手で強制的に核心へと触れさせられる。


「どれもこれも全部全部……ジブンが『宇宙の意思』だったから、っスよ」


「……え?」


 その告白は、しっかりと耳に届いていた。一言一句、余すところなく頭の中に叩き込まれている。

 それでも、セイカは目を逸らさずにはいられなかった。


「う、『宇宙の意思』って……意味わかんないよ。何かの冗談? あはは、趣味悪いなぁ、もう」


「冗談でも嘘でもないっスよ」


「そんなわけない!」


 動揺しながらも絞り出した言葉をタタラに一蹴されるが、セイカは更に強く否定する。納得しかけている自分自身に、言い聞かせるかのように。


「タタラは今まで、ウチらのことを助けてくれたじゃん! さっきだって……」


 本当に『宇宙の意思』であるなら、わざわざそんなことをする理由はないだろう。むしろ、目的を達成するため積極的に不利益をもたらそうとするはずだ。

 だが、彼女がこれまでに障害となったことはない。足を引っ張ったことすらないと、断言できる。

 だからこれは何かの間違いだと、タタラは信頼できる仲間のままだと、セイカは必死に思い込もうとした。


「ただの暇潰しっスよ。地球を滅ぼすまでの、些細な余興に過ぎません」


 依然として、タタラの表情は窺えない。彼女が何を考えているのかは声から察するしかないが、今のセイカにその余裕はなかった。


「地球を、滅ぼすって……そんなことするような奴じゃなかったじゃん! だって、タタラは」


「弱虫で、泣き虫な、頼りない後輩だから、っスか?」


 そう被せられたことで、セイカは言い淀んでしまう。

 いざというときに助けてくれる、頼れる後輩。それが彼女にとっての認識だ。だが、タタラの言うような印象を少なからず抱いていたことも、また事実だった。


「いいっスよ、負い目を感じなくたって」


 その反応を受けてか、タタラがようやく顔を上げる。

 彼女は微笑みを浮かべていた。その意図が、セイカにはやはり理解できない。


「そう思われるように、ずっとずっと演じてきたんスから」


 長い付き合いのなかで、一度たりとも見たことがない不気味な表情。タタラがタタラでなくなってしまったかのように感じられ、セイカの背筋は凍りついた。


「変に希望を持たせてもあれなんで、一応言っておくっスけど……ジブンは操られてるわけでも、騙されてるわけでも、成り代わられてるわけでもないっス」


 一つ一つ、希望の芽を摘まれていく。その度に、深く暗い絶望がセイカの心を染め上げていった。


「『タタラ』という人間は、生まれた瞬間から『宇宙の意思』そのものだった……それが、絶対的な事実っスよ」


 体が震える。思考が、上手くまとまってくれない。ついには吐き気まで込み上げ、今度はセイカの方が俯いてしまった。覚悟も何も決まっていない状態で残酷な事実を突きつけられたのだから、無理もない。


「……ずっと」


 そんななか、冷静に話し合えるはずはないだろう。口を開いた瞬間、セイカの感情が一気に外へと流れ出した。


「ずっと、ウチらのことを騙してたってこと?」


 真下の純白に、セイカは言葉をぶつけていく。


「ウチらは、仲間じゃ……友達じゃ、なかったの……?」


 タタラの顔が、見られない。見たくないとさえ思ってしまっている。既に、目を背けられる段階ではないというのに。


「……もういいでしょう」


 ため息混じりにそう告げられた後、殺気のようなものを感じ取りタタラに向き合うことを余儀なくされる。

 そんなセイカの目に映ったのは、どこからか取り出した刀を握る後輩の姿だった。


「さあ、最後の審判っス。大団円を迎えたいなら、ジブンを……『宇宙の意思』を、倒してみせてください」


「な、何言って……」


 反論は許さないと言わんばかりに、タタラが指を鳴らす。直後、白い空間に様々な景色が映し出された。

 地球に迫る、数多の小惑星。またしても出現して世界中で被害を拡大させていく、迷宮の数々。

 悲鳴を上げる人々。想定外の事態に困惑を隠せない様子の仲間たち────地獄絵図とも呼べる光景が、そこには広がっていた。


「ジブンを倒さなければ、地球の滅亡は止められません……さあ先輩、選んでください」


 可愛い後輩か、世界か。


「……む、無理だよ」


 セイカは一歩後ろへと下がる。

 選べるわけがない。どれだけの言葉を並べられようと、共に歩んできた仲間をものの数分で憎むべき相手に再定義することはできなかった。


「拒もうと、同じことっス」


 情けない先輩として、あるいは愚かな人間として、タタラの目には映っているのだろう。彼女は冷たく言い放ちながら、セイカとの距離を一気に詰めた。


「地球と共に死んでください、先輩!」


 容赦なく、刀が振り翳される。

 彼女の刃を受け入れられたら、どれ程良かっただろうか。だが、セイカにはその度胸すらなかった。


「……抗う、と。そういうことっスね、先輩!」


「くっ……!」


 タタラの刀を、咄嗟に大鎌の柄で受け止める。セイカは決断を先送りにしようとしただけだったが、結果的に望まぬ戦いを繰り広げることになってしまった。

 その刃を向けることなど、できはしないというのに。

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