第47話「ロマンを超えて」
「お、おお、おおおおっ⁉︎」
感動するセイカを他所に、宇宙船が次々と組み替えられていく。内装すら変貌する程の大仕掛けだったが、手際良く進行したためものの数秒で全ての動作を完了させられたようだった。
「ろ、ロマンだ……!」
正面に現れた小さなモニターを見て、セイカは感嘆の声を漏らす。
そこに映し出されていたのは、ロボットの全体図らしきものだ。以前迷宮で遭遇した機械とは異なり、人型をベースにした素朴なデザインとなっている。
恐らくは、宇宙船の変形先がこの姿なのだろう。そう理解できた彼女が胸を高鳴らせるのは至極当然の流れだった。
「……何やら、レバーのようなものがありますね」
「あ、本当だ! もしかして、ウチらも操縦できるのかな……!」
モニターの下部に取り付けられた操縦桿。ただの飾りとは思えないそれに魅入られ、セイカは好奇心の赴くままに手を伸ばした。
「へ、下手に触っちゃ駄目っスよ⁉︎」
「わかってるって。フリでしょ?」
「フリじゃないっス!」
強めに否定されたことで、セイカは渋々引き下がる。少なからず不満は感じているが、この非常時に愚痴を漏らすわけにはいかないだろうと判断した。
「ってか、こんな機能あるとか初耳だよ。もっと早く教えてくれたって良かったのに」
「本来、使う予定じゃなかったんスよ。まだ開発途中で、正常に動作するかわかんなかったんで……」
「え、怖っ」
タタラの言葉が確かなら、変形に失敗して四人の体が見るも無惨な状態になる可能性もあったということだ。そんな最悪の未来を想像して、セイカの肝は一瞬で冷やされた。
「お喋りはそこまでだ……来るぞ」
ランセからの忠告が聞こえた直後、モニターに外の様子が映し出される。カメラ越しに見ているせいで余計視認しづらくなっているが、敵はなおも四人のことをつけ狙っているようだった。
「先輩、レバーを掴んで能力を使ってほしいっス! そうすればロボットの手が能力の基点になるんで!」
「お……オッケーわかった!」
そう返事をしたものの、原理はよくわかっていない。詳細な説明を受けたところで、理解が深まる気もしなかった。
故に、セイカはただ従うのみだ。仲間から寄せられた期待に、最大限応えようと。
「こんな、感じ……?」
指示どおり、セイカは操縦桿を握った状態で能力を行使する。
自身の周囲で物体が形成されないことに対する違和感は、想像以上に強い。だが試みが無事成功していることは、モニターに表示されている映像から確認できた。
「バッチシっス! あざっス先輩!」
ロボットの手に握られた大鎌を見たであろうタタラから、満足そうに告げられる。ただ、セイカは喜びや安堵よりも困惑を強く覚えていた。
「なんでこんな巨大な武器作れたんだろ……?」
たった今作り出した大鎌の全長は、およそ百メートル。まず間違いなく、反動は避けられない程の規模だ。
だがセイカの肉体は、なんら異常を訴えてはいなかった。快調と言っても差し支えないだろう。
「行くっスよおっ!」
武器を調達できたことで、タタラがロボットの操縦を始めた。大鎌を駆使して、半透明な敵の手足を切り裂いていく。
戦況は互角と言ったところか。防戦一方だった先程までが嘘のように、彼女は一進一退の攻防を繰り広げていた。ただ、セイカの疑問に答える余裕まではさすがにないようだ。
「搭乗者の能力を補助する機能が、この宇宙船には存在する。加えて、アタシも一緒に能力を使った……ただそれだけのことだ」
「ああ、なるほど……」
見かねた様子のランセから説明を受け、セイカは肩を落とす。土壇場で自身の能力が覚醒したのかもしれないという淡い期待を、粉々に打ち砕かれたためだ。
「大先輩、同じようにお願いします!」
「え、ええ……!」
依然、戦いは続いている。出番が回ってきたカナタは、先のセイカと同様に能力を行使した。
それによって出現したのは、青白い光の壁。
「ふっふっふ……効かないっスよ」
ロボットを中心にして展開された輝きが、全方位から迫っていた攻撃を遮断する。また、カナタの能力に由来しているためか、触れた相手を痺れさせる効果も有しているようだった。
そうして生じた隙を見逃す理由など、あるはずもない。
「チャンスだよタタラ!」
「言われなくとも、っス!」
麻痺で敵の動きが鈍っている間に、包囲網を切り刻む。そして、決着をつけるため相手との距離を一気に詰めた。
(よし、これなら……!)
セイカがそう確信した、直後。
敵の姿が、一瞬にして消滅する。まだ、ロボットはとどめの一撃を放っていないにもかかわらず。
「ランセ、何かわかる?」
「……駄目だ。少なくとも、センサー類に奴の反応は引っかかっていない」
「逃げた、ということでしょうか……」
唐突に現れたのだから、その逆が可能であってもおかしくはない。そう思えてはいるものの、セイカはどうにも腑に落ちなかった。
「……そこまで追い詰められてたようには見えなかったけど」
これで終わりなはずがない。その考えは一致していたようで、全員気を緩めることなく周囲の警戒を続けていた。
だが。
「うわっ⁉︎」
なんの前触れもなく衝撃が発生したことで、セイカは間の抜けた声を漏らす。
直前まで見つめていたモニターに、相手の姿は映っていなかった。今も、それは変わりない。
「タタラ、何が起こってるの?」
「ろ、ロボットが傷つけられてるっス! 多分、見えない攻撃を受けてるっスよ!」
「損傷率三パーセント、五、七……このままではまずいぞ」
情報を共有している間も、相手からの干渉は続いている。一刻も早く次の手を打たなければ、ロボット諸共宇宙の塵になりかねない。
「いったい相手はどこに? 見えないだけで、すぐ近くに潜んでいるということなのでしょうか……」
「わかんないけど、向こうが攻撃できるならこっちだって届くはず……ってことでタタラ!」
「合点っス!」
タタラがロボットを縦横無尽に飛行させ、虚空を大鎌で切り裂いていく。だが、何度繰り返しても敵を炙り出すことはできそうになかった。
「だ、駄目っス! 一方的にやられるっスよぉ!」
「許容できる損傷率は三十パーセントまでだ。そこを超えたら、今度こそ発明品で転移するべきだな」
「……いえ、まだです」
そう食い下がったのは、カナタだ。
何か、策を思いついたのだろう。信じるというよりは半ば縋るように、セイカは彼女の声に耳を傾ける。
「膨大なエネルギーを有する『何か』とやら……それを叩けば、もしかしたら」
「……試してみる価値はありそうだが」
「で、でも、ここからとんでもなく離れた位置っスよ! 間に合うわけないっス!」
最速でも五日はかかる、というのがランセの見立てだった。単独行動の前後で座標がどの程度ずれたのかは不明だが、タタラの言葉からして要する時間に大きな変化はないのだろう。
「それでも、やらねばなりません」
カナタの意志は固いようだ。ならばと、セイカは助け舟を出すことにした。
「ま、とりあえずやってみようよ。みんなで力を合わせれば、多分なんとかなるって」
「なんとかって……どうするつもりなんスか?」
「こうすんの!」
セイカは操縦桿を握り直し、再び能力の行使を始める。ごく僅かな時間で、より強靭な物体を形成できるように。
「『奥義』を使うよ! ランセはウチを手伝って! タタラは発明品の準備しながら、ロボットをできるだけ目的地に接近させて! カナタはありったけの電気を発明品に流し込んで! 以上!」
了解、と三人の返事が重なる。
それから先、誰一人として言葉を発そうとはしなかった。全員が己のすべきことに集中し、心血を注いでいく。
(もっと早く、もっと大きく、もっと、強く……!)
詳細不明な標的を確実に葬れるよう、セイカは自身の全てを捧げる勢いで形成を進めていた。早々に限界を超えてしまい体中が悲鳴を上げていたが、知ったことではない。
(……ここで、終わらせるんだ!)
セイカは覚悟を決め、形成の速度を上昇させる。
だが、足りない。相手による不可視の攻撃が激化していたためだ。このままでは、奥義を繰り出す前に機体が限界を迎えてしまうだろう。
(早く、早くしないと……)
危機的状況が焦りを生み、その焦りが集中を乱して能力の行使に影響を及ぼす。悪循環に陥ったセイカの呼吸は、次第に荒くなっていった。
そんな彼女のことが、見ていられなかったのかもしれない。
『少しだけ、手伝いましょう。信じてくれたお礼です』
聞こえるはずのない声が、聞こえる。
刹那、大鎌の形成が加速度的に進行した。それが何故かはセイカにはわからないが、誰のおかげかは察することができる。
(……ありがとう)
きっと届くと信じながら、セイカは心の中で感謝を告げた。
そして、目を見開く。
全ての準備が、整ったのだ。
「投げるのは任せたよ、タタラ!」
「せ、責任重大っスね……でも、頑張るっスよ!」
持ち手の部分が連結された、四本の大鎌。ロボットはタタラの操縦に従い、それを頭上へ掲げた。
まるで、星々の輝きを取り込ませるかのように。
「いざ、投擲っス!」
回転を加えられた後、大鎌が標的の方角へと放り投げられる。機体の数百倍はあろうかという程の大きさだったが、この無重力空間では問題なく扱うことができた。
「からの……発明品、起動!」
タタラの掛け声に応えるかのように、大鎌が加速していく。たったの数秒で、宇宙船でもそう簡単には追いつけない程遠くまで進んでいた。
「これが、『大浪漫旋風』を超えた新しい奥義……」
急速に遠ざかっていく大鎌をモニター越しに眺めながら、セイカは続ける。
「『超浪漫旋風』!」
命名が完了する頃には、大鎌は完全に見えなくなっていた。
ただ、行方を確認する術はあるらしい。タタラの操作によって、センサーの反応を示していると思しき図が映像の代わりに表示された。
「奥義、例の『何か』に接触するっス!」
「機体の損傷率、二十五パーセントまで上昇……時間がないぞ。大丈夫か?」
「粘りましょう。ここからは棍比べです」
この攻撃が本当に有効な手立てかはわからない。だが、四人はもうこれに賭けるしかなかった。
「やれるよ、きっと」
損傷率とともに、セイカの心拍数も上昇していく。
それは決して、恐怖からくるものなどではない。『ロマン』の行く末を見届けられることに対する、感動と興奮によるものだ。
「いっけええええ!」
セイカに釣られる形で、他三人も叫ぶ。
機体の損傷率は、未だ上昇を続けていた。ついに三十という目安すら超えてしまったが、次第にその変化は緩やかなものとなってやがて完全に静止する。
「ど、どうなった……?」
「……地上との通信の復活を確認。宇宙空間に発生していた異常も、軒並み解消されたようだ」
ランセから、簡潔にまとめた報告が上げられた。だが、セイカはその内容を上手く飲み込めずに数秒程沈黙する。
「攻略達成、ということでしょう」
カナタの言葉を受け、セイカはようやく情報の整理を終えた。
だが、喜びを露わにすることはない。できなかった、と言った方が正しいか。安心した途端に強烈な脱力感が襲ってきたことで、声を発するのも億劫な状態に陥ってしまったのだ。
「とりあえず、帰ろっか」
「ああ……だが、機体の損傷が激しい。このまま帰還するのは少々危険だろう」
「なら、宇宙船は諦めて発明品で転移しよう……タタラ、よろしく」
その要請に、返事はない。
きっと、タタラも疲れているのだろう。そんなことを考えながら、セイカは発明品から生じたであろう輝きに身を委ねるのだった。




