第46話「最終決戦」
(って、意気込んでみたはいいものの……)
セイカは自分から仕掛けることなく、ただ宙を揺蕩っている。得体の知れない存在を相手にどう戦うべきか思案していたと言えば聞こえはいいが、彼女が先手を取ろうとしない理由はそこまで大層なものではなかった。
「……身動き取れないんだよねぇ」
呟きが、宇宙服の中で反響する。
重力が存在しないこの空間では、セイカが自らの意思で動き回ることは不可能に近い。そのため、相手の攻撃に対応する形でしか戦闘を進められないのだ。
(そもそも、『あれ』なんなの……?)
今一度、セイカは眼前の敵を観察する。
半透明であるために視認性が著しく悪いが、『それ』は軟体動物に近しい存在だった。幾多にも枝分かれした手足が、宇宙全体に張り巡らされるかのように長く長く伸びている。
人によっては見ただけで卒倒してしまいそうな程に、その生命体は不気味な姿形をしていた。彼女もまた、少なからず不快感を覚えさせられている。
(……来る!)
何も起こらないまま時間だけが過ぎていく、などという事態にはならなかった。
水々しさを感じさせる相手の足が、ゆっくりとセイカのもとに迫る。当然回避できるはずもないため、彼女はこのまま迎え撃つ覚悟を決めた。
「お、らあっ!」
普段以上に取り回しづらくなった大鎌で、相手の攻撃を受け止める。だがこの空間では踏ん張ることができず、セイカの体は質量差で容易に弾き飛ばされてしまった。
「くっ……まだまだ!」
休んでいる暇はない。早くも次の攻撃が迫っているのだから。
続け様に襲いかかってきた相手の足に対し、セイカは懲りずに大鎌をぶつける。一秒と持たずに同じ結果へと回帰するが、それで構わなかった。
(とにかく、死なないこと。今は、それだけ考える……!)
自分一人では、勝てない。それは先の一撃を受けた時点で充分に理解できている。
だが四人の力を合わせれば、あるいは。その希望を繋ぐためにも、セイカは仲間が辿り着くまでなんとしてでも生き延びなければならない。
「意外と速っ」
進行方向上で、既に別の足が待機していた。等速で動き続けるセイカを逃がすまいと言わんばかりだ。このままでは、大鎌よりも早く彼女の身が接触してしまう。
「ぬ、おおっ……!」
悪影響があるとも限らないが、触れないでおくに越したことはないだろう。そう考えたセイカは大鎌を振り、慣性の働きを利用して強引に身を捻る。そして三度、相手の攻撃を防ぐことに成功した。
「しゃあどんなもんじゃい!」
飛ばされながらも、セイカは挑発気味に拳を突き上げる。戦い方を確立できたことで自信が湧いてきていたのだ。
(この調子でいけば……)
次の攻撃に備えようとした瞬間、その期待は儚くも崩れ去る。
相手の足が、四方からセイカに迫っていた。全てがほぼ同時に飛来しているため、どう対応しようとも圧死は免れない状況だ。
「う、嘘……⁉︎」
調子に乗り始めていたことを後悔しつつ、セイカはこの窮地から脱するための方法を考える。だが、一向に妙案を思いつくことはできなかった。
(あ、やば、死ぬ……)
幕引きを予期したことで、これまでの人生が走馬灯のようにセイカの頭を駆け巡る。星々に負けない程の輝きを有する想い出のおかげか、不思議と恐怖は和らいでいった。
だが、まだだ。
「ぐえっ⁉︎」
脇腹のあたりを小突かれる感覚によって、セイカの意識は唐突に現実へと引き戻される。
どうやら、何かに体を押し出されたらしい。ただ、相手の攻撃を受けたわけではなさそうだった。
「い、いったい何が……」
つい先程まで自身がいた位置へと、セイカは視線を向ける。そこには、大鎌と同じような物質で構成された棒状の何かが存在していた。もっとも、四本の足で即座に押し潰されてしまったが。
当然、彼女の能力によるものではない。と来れば、それを形成できる者は他に一人しかいないだろう。
「間に合ったようだな」
「ランセ……!」
無線から発された声で確信し、セイカはその名を呼ぶ。遠目に見ただけでは、宇宙服を着た仲間の判別をすることは難しかったのだ。
「じ、ジブンもいるっスよぉ!」
続けて、別の声が聞こえてくる。その主がどの方向にいるかまでは今の一瞬で確認できないため、セイカは周囲をぐるりと見回した。
そして、発明品と思われる球体を手に持った後輩の姿を捕捉する。
「タタラ、これ掴んで!」
そう告げながら、セイカは一本の棒を形成して勢い良く伸ばした。そして掴まれた直後に収縮させることで、一瞬でタタラの近くまで到達する。
「ありがと……ランセも、こっち来て!」
「了解した」
散開して敵の注意を逸らすより、密に連携を取る方が良いだろう。そんなセイカの判断に異存はないらしく、ランセもコピーした能力を行使することで同様に合流した。
「二人とも、怪我はない?」
「ああ。宇宙服にも損傷はない」
「右に同じっス!」
セイカは手短に仲間の状態を確認する。
今に至るまでの経緯が気になりはしたが、それを悠長に聞いていられる程の時間はない。そのため、本当に必要な情報だけを求めることにした。
「カナタがどうなったかわかる?」
「……あれから、全員お前の後を追った。恐らくまだ一人で亜空間に閉じ込められているのだろう」
「そっか……」
予想どおりの返答を受け、セイカは一抹の不安を覚える。
戦いたくない相手。勝てる気がしない相手。勝つべきではない相手。いずれにせよ、突破することは困難だろう。むしろ、早々に脱出できた三人の方が異常と言えた。
(大丈夫だよね、カナタ……)
どれだけ考えたところで、カナタのためにできることはない。セイカは胸を押さえながら自らにそう言い聞かせ、次の攻撃に備えるべく相手の方へと意識を戻す。
その、直後のこと。
青白い閃光が、流星のように暗闇を切り裂いた。
「……カナ、タ?」
唐突に飛来した仲間の姿を見て、セイカは目を丸くする。どれだけ短くともあと数分は会えないだろうと思い込んでいたため、呆気に取られてしまったのだ。
「だ、大丈夫っスか、大先輩……?」
息が上がっている彼女のことを心配したのだろう。タタラはランセによる補助を受けつつ、カナタの顔を覗き込むように移動した。
「ええ……問題、ありません」
心身ともに疲労しているであろうことは、誰の目から見ても明らかだ。それでも、カナタが弱音を吐くことはなかった。
「勝ちましょう。絶対に」
そう覚悟を決めるだけの何かが、単独行動中に起こったらしい。カナタの気迫は、セイカですら息を呑ませられる程だった。
だからだろう。次に口を開いたのは、特にこれといった反応を見せていなかったランセだった。
「……タタラ。宇宙船を呼び寄せることは可能か?」
「え? ああ、えっと……やってみるっス!」
ランセに促されたタタラの手から放り投げられた、発明品。それと入れ替わるようにして、四人を乗せていた宇宙船が出現した。
「戻るぞ、掴まれ」
セイカ以外の二人も理解が追いついていない様子だったが、意図を確認することなく指示に従う。
その後、ランセは自力での移動を開始した。恐らくは、コピーしたなんらかの能力を行使したのだろう。彼女の尽力によって、敵から攻撃を受ける前に全員が宇宙船へと帰還することに成功した。
「全員席に座れ」
「ランセさん、もしかして『あれ』やるんスか⁉︎」
「ああそうだ手伝え!」
何かを察したらしいタタラと共に、ランセは制御盤を操作していく。セイカはただ、忙しなく響き続ける打鍵音に耳を傾けることしかできなかった。
「……さあ、始めるぞ!」
「ど、どうなっても知らないっスよぉ⁉︎」
一際大きな音が船内に響く。そこから数秒程の沈黙が続いた後、今度は警報のようなものが聞こえてきた。
「な、何事……?」
困惑を隠せず、セイカは呟く。だが、直後に流れた機械音声が彼女の抱いていた感情を一瞬で霧散させた。
『認証しました。これより、変形シークエンスへと移行します』
主に、『ロマン』が原因で。




