第45話「暗闇の迷宮」
「何、これ……」
船外の光景を見て、セイカは絶句する。
一面に、暗闇が広がっていたためだ。宇宙船と自分たちの姿以外は何も見えず、更には何も聞こえない。この空間では、ありとあらゆる情報が完全に遮断されていた。
「これでは飛行を再開することもできんな」
後方から、同様に景色を確認したらしいランセの声が聞こえる。
壁や床がどこにあるのかもわからない状況で宇宙船を動かせば、どこかしらに衝突して今度こそ大破しかねない。そのため、危険ではあるが自分たちの身だけで調査を進める必要があった。
「……急に足場がなくなってたりしないよね?」
恐る恐る、セイカは暗闇へと踏み出す。
どうやら、先の考えは杞憂だったらしい。足裏には、床のような固い感触がしっかりと伝わっていた。
同じことを何度か繰り返し、数歩進んでいく。ある程度の安全性を確認できたことで、彼女は三人の方へ振り向いた。
だが。
「大丈夫みたい! みんな、ゆっくり進も、う……」
またしても想定外の事態が発生したことで、セイカは言葉を途切れさせる。
視線の先には、何も存在しなかった。宇宙船も、その扉付近に立っていたはずの三人さえも。
「カナタ、タタラ、ランセ!」
返事はない。完全に三人と分断されてしまったようだった。
そう理解した直後、セイカの鼓動が急激に加速していく。過去にも同じような状況には陥っていたが、今回ばかりはわけが違った。
能力を封じられた状態での孤立。さすがのセイカも、不安や恐怖を強く抱かずにはいられない。
「止まれない……よね」
震える拳を握りしめ、セイカは顔を上げる。そして宇宙服越しに頭部を思い切り叩き、自身の中に芽生えていた後ろ向きな感情を強引に振り払った。
「みんなが来る気配はなし、か」
一向に、三人の姿は見えない。
仲間が突然消えたことで次の行動を決めかねているのか。それとも、構わず暗闇に進んだ結果別の空間へと飛ばされたのか。
宇宙船に戻る方法をセイカが見つけられればいいが、付近に留まっていてもそれは叶わなそうだった。
「進もう。他にできることないし……」
ため息を吐いてから、セイカは歩を進めていく。足下すら見えない状況が続くが、石橋を叩いて渡るような真似はもうしない。
ここまで来てしまえば後はなるようにしかならないと、半ば開き直っていたのだ。
「よく、ここまで辿り着きましたね」
「……! だ、誰⁉︎」
女性のものと思われる馴染みのない声が突如聞こえてきたことで、セイカは後方へと振り向く。
そこに立っていたのは、一人の人間と思われる存在。宇宙に展開されているであろうこの空間に足を踏み入れられる者など四人以外にはいないため、迷宮由来の敵と判断するのが妥当だ。
実際、彼女も最初はそのように考えていた。だが、『それ』を直接見たことで自信が揺らぐ。
「初めまして……いえ、こういった形での接触になっているということは、二回目以降なのでしょうね。私が覚えていないだけで」
言葉どおりだ。セイカは『彼女』のことを知っていた。
パーカーのフードを目深に被ったその姿を。美しく、逞しく、隙など感じられない佇まいを。
そして、体躯より遥かに大きなその鎌を。
忘れるはずもない。
それは間違いなく、セイカという人間が抱いた『ロマン』の原点だった。
「……どうして、あなたがここに?」
駆け寄りたい気持ちをぐっと堪え、セイカは相手に尋ねる。意思疎通が可能なら、まずは話し合いに流れを運ぶべきだと考えたのだ。
「ふむ……さて、どこから話しましょうか」
顎に手を当てる女。どうやら、知っている情報を共有するつもりはあるらしい。変に急かして機嫌を損ねても面倒だったため、セイカは黙して続きを待つことにした。
「まあ、一つ一つ説明していくしかありませんね」
一通り考えがまとまったのだろう。呟いた後、女は自身の胸に手を当ててから再び話し始めた。
「まず、私についてですが……今ここにいる私は、本来の『私』ではありません」
「……うん?」
先程の問いに対する答えとは思えず、セイカは首を傾げる。相手の物言いがやけに回りくどいこともあって、理解が追いつかなかったのだ。
「本物が持つ記憶、思考、感情……それらを複製されただけの紛い物、程度に思っていただければ良いです」
「ああ、なるほど……ってなんで? いや、色々と」
なおも、セイカの疑問は続く。
本物でないのなら、目の前に立つ女は迷宮によって作り出された存在と見て間違いないだろう。だがそれにしては、やけに相手が友好的に感じられていた。
「戦いたくない、勝てる気がしない、あるいは勝つべきではない……対象が抱くそれらのイメージを具現化する性質が、この迷宮には存在するようです」
「……勝てる気がしない、か」
その言葉を受け、セイカはようやく腑に落ちる。
あの日、絶体絶命の窮地に立たされていた自分を救ってくれた、憧れの人。そんな存在との手合わせを夢見たことはあっても、実力が届くなどと考えたことは一度もなかったのだ。
「でも、なんでそんなことがわかるの? 口ぶり的に、最初から知ってたってわけじゃないんだよね?」
「それは……本物の私がこのような場所にいるはずがないから、ですね。まあ、詳細は割愛させていただきますが」
重要なことではないからか。それとも何か話したくない理由があるのか。いずれにせよ、その話題について女からこれ以上引き出すことは難しいようだった。
ならばと、セイカは話を先へ進めることにする。
「どうしたら、ここから出られるの? ウチ、仲間とはぐれちゃって……早く戻んないといけないんだよね」
「私を倒せば良いのでは? 試練にはおあつらえ向きの存在でしょう」
「い、いや、そうなんだろうけど……」
未だ、セイカの手には何も握られない。能力を封じられた状態で憧れの相手に勝つ未来など、彼女には想像できなかった。
「何かわけありのようですね……では、こうしましょう」
人差し指を立ててから、女は続ける。
「今からとあることを行いますので、後ろを向いていただけますか?」
「え? ああ、うん」
敵意のなさは既に充分感じられていた。そのため、セイカは疑うことなく女に背を向ける。
「では、しばらくそのまま……そうですね、少なくともこの空間からの脱出を確認できるまでは、絶対に私の方を見ないようにお願いします」
「……わかった」
深呼吸をした後、セイカはそう答える。罠の可能性など微塵も思い浮かべずに。
背後から、一歩、また一歩と足音が近づいてきても、それは変わらない。彼女の瞳は、揺れることなく前だけを見つめていた。
「ありがとうございます。私の言葉を、信じてくれて」
先程までよりも、はっきりと声が聞こえる。手を伸ばせばすぐ届く距離に立っているのだろうと、セイカにも容易に想像できた。
「その想い、どうか最後まで忘れないでくださいね」
刹那、背後から嫌な音が聞こえる。
まるで、何かを切断したかのような。
「これ、は……⁉︎」
振り向きそうになるセイカだったが、変化の予兆らしきものを捉えたことで図らずも自身の視線を固定することに成功した。
そして、目の当たりにする。
暗闇を照らし出す、星々の輝きを。
「……戻っ、た?」
約束は果たせたはずだ。そう思い振り向くが、女の姿は既に消えてしまっていた。
代わりに、セイカの瞳が映したのは。
「な、何? こいつ……」
自身の矮小さを思い知らされる程に広大な宇宙。そこに、巨大で、半透明な、不定形の『何か』が、空間を掌握したかのように揺らめいていた。
まず、友好的な生命体ではないだろう。そう思えるだけの殺意に近い何かを、セイカはその存在から感じられていた。
「……最終決戦ってわけね」
懲りずに能力の行使を試みたセイカ。久方振りの大鎌がその手に握られたことで、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「やってやろーじゃん」
仲間たちの姿は見えない。能力が使えるようになったとは言え、状況は依然として絶望的だ。
それでも、セイカは刃を振るう。
「ウチのロマン、見せてあげるよ」
あの日憧れた存在に。たった今助けてくれた『彼女』に。少しでも近づくための戦いが、今、始まるのだった。




