第44話「宇宙」
「と、いうわけで……やって来ました、宇宙!」
「な、ななな、何が『というわけで』なんスか⁉︎」
無線によって届けられたタタラの声が、セイカの頭に響く。
四人は現在、宇宙船に搭乗して地球の外へと訪れていた。一ヶ月程度の準備期間を経て、ついに件の作戦を実行する運びとなったのだ。
「ちょっ、声でか……耳痛くなっちゃうじゃん」
今は宇宙服を着ていて、互いの声が届きづらい。そのため内蔵された無線を使用していたのだが、それが裏目に出てしまった。
「す、すんません……って、そうじゃなくて」
声量を抑えながらも、タタラは抗議を続けようとしている。しばらく暇を持て余すことになるため、セイカは彼女に付き合ってやろうと決めた。
「おかしいじゃないっスか。たかだか一ヶ月で、素人が宇宙船に乗れるようになるわけないっスよ?」
「もー、タタラも一緒に説明受けたじゃん。最先端の科学とか攻略部隊側の能力とか、諸々使ってなんとか仕上げてもらったんだよ。覚えてないの?」
「話についていけてなかったんスよ! 急展開すぎて!」
どうやら、ここまで円滑に話が進むとは思っていなかったのだろう。攻略部隊の代表から要請を受けたとき同席していなかったことが、少なからず影響しているのかもしれない。
もっとも、先日彼女と一緒にいたはずのランセは動じることなく流れに身を任せていたが。
「まあ、どうにかなったってことだよ。とりあえずほら、外でも見て落ち着きなって」
セイカは手招きをし、興奮気味のタタラを窓の近くへと誘導する。そこには、画面越しでしか拝めないような景色が広がっていた。
「わぁ……」
一面の闇に、点在する星々。地球を離れてもなお手が届きそうにないそれらの輝きを見れば、感嘆の声を漏らすのも無理はない。
「ロマンだよねぇ……にしても、小惑星もどきにはまだ近づかないの?」
宇宙空間に到達してから、およそ一時間。未だに、それらしき物体を目視で確認することはできていない。
いかに神秘的な光景と言えど、変化がなければいずれ飽きてしまう。早くも暇を感じ始めていたセイカは、今後の流れを再度確認することにした。
「どれだけ離れていると思っている。最速でも五日はかかるぞ」
「だよねぇ……」
ランセから淡々とした説明を受け、セイカは苦笑する。
数ヶ月かけて地球へ飛来するものに、たった数時間で遭遇できるわけがない。頭では理解できているが、何もできない状況が数日続くことを考えると憂鬱にならざるを得なかった。
そしてそれにより、更なる不満が芽生えてしまう。
「ってか、いつまで宇宙服着てなきゃいけないの? もう脱いでもよくない?」
腕のあたりをまじまじと見つめながら、セイカは子供のような文句を漏らした。着用してすぐは高揚感に包まれていたが、今ではただただ窮屈にしか思えない。
「駄目ですよ、セイカさん。今回はいつ何が起こるかわからないのですから、なるべく着用しておかないと」
母性すら感じさせる程に優しい声音で、カナタがそう諭す。重要な作戦の真っ只中ではあるが、彼女は過度に緊張することなく臨めているようだった。
「って言っても、目的地までまだまだあるんだし……そんなアクシデントに見舞われることなんてそうそうないでしょ」
セイカがそう楽観的に告げた、直後のこと。
「……え?」
何かに驚いたような声が上がる。
声の主は、タタラだ。彼女は窓の外を見つめたまま固まっていた。
「どうかした、タタラ?」
「いや、あの、えっと……」
ゆっくりと振り向きながら、窓を指差すタタラ。彼女は、引き攣った笑みを浮かべていた。
「なんか、急に何も見えなくなったんスけど……」
「……い、いやーまたまた! 冗談きついってタタラぁ!」
あれだけ無数に存在した星々が一瞬で見えなくなることなど、あるわけがない。そう思ってはいるものの、セイカは嫌な予感がよぎったことで声を上擦らせた。
そして窓に顔を近づけ、驚愕する。
「……マジ?」
つい先程まで届いていたはずの輝きは、黒一色で塗り潰されていた。窓に直接、何かを貼り付けられたかのようにも感じられる。
間違いなく、異常事態だ。だが、それだけでは終わらない。
「うわあっ⁉︎」
機体が、強い衝撃に襲われる。行儀良く着席していたわけではないため、全員が大きく体勢を崩した。
「くっ……ランセ、周囲の状況はわかる?」
「……駄目だ。何も見えんし、検知できん」
いち早く身を起こしたランセが、センサーやカメラなど様々な機器を確認していく。だが、望んだ情報を得ることはできなかったようだ。
「カナタ、地上との通信は?」
「試していますが……繋がりません!」
通信障害まで発生しているとなると、いよいよ選択肢は限られてくる。セイカは焦燥感に駆られながらも、それを露わにすることなく思考を巡らせ続けた。
「タタラ、発明品の準備! 最悪、宇宙船捨てて転移するよ!」
タタラの発明品なら、距離に関係なく転移することができる。なんの進展もないまま戻ることは気が引けるが、無駄死にするよりはいいだろうと判断した。
「……む、無理っス!」
「嘘でしょ⁉︎」
「な、なんでか能力が使えないんス! これじゃ発明品を取り出せないっスよ!」
そんな説明を受け、セイカも能力の行使を試みる。だがやはりと言うべきか、タタラと同様でその手に何も掴むことはできなかった。
「ま、マジの詰みじゃん! いったいどうしたら……っておわぁ⁉︎」
またしても、衝撃が発生する。一回目程強くなかったが、それは断続的に機体と四人を襲った。
「な、何がどうなってんのさ!」
「通信障害のせいで、飛行が不安定になってるみたいっス! ランセさん、手動で制御を!」
「わかっている」
タタラとランセが、駆け足で操縦席へと向かう。この場に残された他二人はできることがないため、転倒して船内を傷つけないよう必死にしがみついていた。
「お、おおおお……⁉︎」
揺れ自体と恐怖によって、声が震える。宇宙船が壊れないよう、セイカはただ祈ることしかできなかった。
そして。
「────と、止まっ、た……?」
数十秒程で、揺れが収まる。カナタに手を貸しながら恐る恐る立ち上がると、セイカはゆっくりと船内を見回した。
「……少なくとも、内部に届く程の損傷はないようですね」
「うん。あんまりにも衝撃がひどかったから、下手すりゃ爆発すんじゃないかと思ったけど……その心配もなさそうだね」
詳しく調べないとわからないが、衝撃の割に宇宙船の被害は大きくないようだった。ひとまず難を凌げたとわかり、セイカはほっと胸を撫で下ろす。
「せ、先輩方……だ、大丈夫っスか?」
息を切らした様子のタタラが、二人のもとへと戻ってきた。その後方にはランセの姿も確認できる。彼女らにも、大事はないらしい。
「うん、なんとかね……それより、状況はどう? なんかわかってたりする?」
「何が起こったのか、まではわかんないっスけど……とりあえず今は、どこかに不時着できたみたいっス」
「不時着、って……」
復唱しながら、セイカは窓へと視線を向ける。そこには、依然として暗闇が広がっていた。
「近くに、着陸できる場所なんてなかったよね。ってことは……」
「……迷宮、だろうな」
思い起こされるのは、最後に攻略した迷宮のこと。あのときと同様に、今回も迷宮に誘われてしまったと考えるのが妥当だった。
「膨大なエネルギーを有する『何か』、とやらと関係があるのでしょうか……?」
「それが観測された場所は遥か遠くのはずだが……無関係とも思い難いな」
「……とりあえず、外に出てみるしかないよ」
提案しつつ、セイカは形成に再挑戦する。
能力はまだ封じられているようだった。これでは、接敵しても碌に戦えないだろう。
だが、だからと言ってただ留まるわけにもいかない。行動なくして事態を解決へと導くことなど、できはしないのだから。
「行こう、みんな」
少なからず、不安はある。それはきっと他の三人も同じだろう。そう理解しているからこそ、自身の抱いた感情を気取られないようセイカは足早に船外へと飛び出すのだった。




