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第43話「因縁」

「おうおうおう! ウチらのシマに足踏み入れるたぁいい度胸しとるやんけ!」


 カナタ邸の応接室で、セイカの怒号が響く。部屋の中央に設置された長机の上に足を預ける彼女の態度は、来客対応をする者のそれとはあまりにもかけ離れていた。


「しばき倒すぞワレェ!」


 直後、暴言を吐いたセイカの後頭部が勢い良くはたかれる。傍らに控えていたメイド長による一撃だ。


「いたた……何するのさメイド長!」


「教育的指導です。セイカ様に粗相をされては、カナタ様の品性まで疑われかねませんので」


 客人の前で体罰を披露することはいいのかと不満を抱いたが、口には出さない。数時間前に目撃されたごっこ遊びのせいで、既にメイド長の怒りを充分すぎる程に買っていたためだ。


「セイカさん、足を下ろしてください。お行儀が悪いですよ」


「いや、ナメられちゃ駄目だと思って……」


「セイカさん?」


 隣に座るカナタからの圧に負け、セイカは渋々彼女に従う。聞こえるかどうかという程度の声量で謝罪の言葉を述べた後、向かい合う相手に再び視線を送った。


「申し訳ありません。せっかくお越しいただいたというのに、とんだご無礼を」


「いえいえ、お気になさらず。我々がこれまでしてきたことを考えれば、先の反応も無理はありません」


 涼しい顔でカナタにそう返す、一人の男。セイカには覚えがないが、インターネットの情報によれば彼こそが攻略部隊の代表であるようだった。


「むしろ、謝罪をしなければならないのは我々の方です。あるときは騙し、あるときは悪事の片棒を担がせ……そしてあるときは、人に危害を加えてでもそれらを隠蔽しようとしてきたのですから」


 どうやら、自分たちに非があることは理解できているらしい。もっとも、本当に罪悪感を覚えているかどうかは定かではないが。


(……護衛はなし、か)


 敵意がないことの証明だろうが、あまり楽観的にはなれない。どこかに潜んでいるだけ、という可能性も充分に考えられた。


(タタラたちは大丈夫かな……)


 この場にいるのは、セイカを含め四人だけだ。なおも自身の部屋に籠っているタタラが辺り一帯の監視を行い、ランセはその護衛に当たっている。


「……それはそうと、本日はいったいどのようなご用件で?」


「おっと、そうでしたね……では、話が脱線する前に本題へと入らせていただきましょうか」


 カナタに促されたためか、男の雰囲気が変わった。つい先程までは人当たりが良さそうな印象だったが、今は一転して怪しい大人のそれになっている。


「地球に、小惑星……のようなものが飛来している、というニュースはご覧になりましたか?」


「ええ。こちらへお越しいただいたのと、ちょうど同じタイミングに」


「話が早くて助かります」


 その言葉の後、貼り付けたような笑みが浮かべられた。

 やはり、信用できない。何が起こってもすぐに反応できるよう、セイカは相手の動きを注意深く観察することにした。


「甚大な被害、という程度では済みません。あれらが衝突すれば、地球は容易に破壊されてしまうでしょう。故に、一刻も早く手を打つ必要があります」


 神妙な面持ちで、男は続ける。


「その役を、貴方がたに引き受けていただきたいのです」


 前置きがあったため、その要請はセイカには意外なものに感じられなかった。ただ、だからと言って即座に引き受けることはできない。


「……答えを出す前に、まずはそう打診するに至った経緯を教えていただけますか?」


「もちろんです」


 まともに取り合ってもらえないのではないか、と危惧していたのだろう。頷いた男の表情には、僅かに嬉しさが滲み出していた。


「公式な発表が今日だったというだけで、観測自体は半月程前からできています。そして、『それ』がただの小惑星などではないことも早々に判明していました……と言っても我々の成果ではなく、あくまで専門機関の方々による努力の賜物ですが」


 眉を八の字にしながら、男が丁寧に注釈を入れる。数秒程待って二人の様子を確認すると、彼は再び話し始めた。


「衝突する数時間前から数日前に、ようやく観測できるというパターンもあるようですが……今回は文字どおり無から発生しています。よって超常現象の類であると判断され、我々が駆り出されることになった次第です」


 小惑星など、一朝一夕で現れるものではない。その判断は、宇宙についての造詣が深くないセイカでも妥当と思えるものだった。


「合同で研究を進めた結果、件の存在は迷宮と同種のエネルギー体であることがわかりました」


「じゃあ、迷宮そのものが地球に向かって飛んできてるってこと……?」


 研究の概要が気になりはしたが、今明らかにすべきことでもない。そのため、セイカは話を進められる可能性がある質問をぶつけた。


「なんとも言えませんね。形状は小惑星等のそれと大して変わらないようですし……ただ、いずれにせよ早急に対処する必要があることは確かです。地球に到達するまでの猶予は、長く見積もっても数ヶ月程度とのことですから」


「なるほど……して、その対処法とは?」


 カナタが、言葉少なに核心へと切り込む。その流れを想像できていたのか、男は慌てることなく説明を再開した。


「こちらはまだ発表されていないことなのですが……飛来する物体の他に、一点、膨大なエネルギーを有する『何か』が観測されています」


「何か、って……何?」


「恥ずかしながら、他に形容できないのです。そこに『ある』ということしかわかっておらず……」


 ブラックホールのようなものか、とセイカは一人納得する。厳密には違うのだろうとも理解しているが、ひとまずはそのように解釈しておこうと決めた。


「ともかく、その存在によって今回の現象を引き起こされているのではないかというのが、我々の見解です」


「つまり、その『何か』を消滅させることができれば、飛来する物体も全て消滅させられるかもしれない……そういうことですね?」


 先読みしたカナタに、男が頷きを返す。


「方法は一つ。実際に宇宙へと赴き、能力を有する人間の手で消滅させること……そのための計画は、既に進められています。残るは、それを実行する者の選定のみです」


「で、ウチらが選ばれた、と……いやなんで?」


 情報が洪水のように押し寄せていたが、セイカはどうにか話についていくことができていた。ただ、自分たちが指名される理由だけは皆目見当がつかない。


「能力持ちなんて、それこそあんたらの組織に山程いるじゃん。なんでそっちだけで解決しようとしないの?」


「貴方がたを評価しているのです。『原初の迷宮』を三つ……いや、四つも消滅させることに成功した、貴方がたの実力を」


「い、いやー、なんのことかな? セイカちゃんちょっとよくわかんないなぁ、あはははは……」


 どうやら、これまでの動向は筒抜けだったらしい。知らぬ存ぜぬを貫こうとしたセイカだったが、大きなため息が二つ聞こえてきたことで観念した。


「日本が安全な状態でいられるとは限らないなか、不確実な作戦に公的な戦力を投入したくない……そういった理由もあることは否定しません。ですが、先の言葉もまた紛れもない本心です」


 そう言うと、男は徐に立ち上がって深々と頭を下げる。


「お願いします。我々に、力を貸していただけないでしょうか」


 懇願の後、沈黙が続く。それを自分から破ることができず、セイカは隣へと視線を動かした。


「顔を、上げてください」


 カナタの言葉に従って、男が姿勢を戻す。一組織の代表という肩書きを持つ程の人間であるにもかかわらず、彼は判決を待つ被告人のような表情を浮かべていた。


「まずお伝えしますが……私は、攻略部隊の隊員や政府の人間が嫌いです。くだらない方針のせいで多くの方々が傷つき、そして命を落としたのですから」


 カナタらしからぬ強い言葉に、セイカも目を見開かされる。ただ、メイド長からの教育的指導が行われる気配はなかったため、黙して続きを待つことにした。


「ですが、そのような私情で選択を誤ってはそれこそ貴方がたと変わりません」


 立ち上がり、机を半周して男の方へと近づくカナタ。感情を整理するかのように深く呼吸をすると、彼女は自身の手をゆっくりと差し出した。


「攻略部隊代表からの要請、お引き受けいたします」


「……そうこなくっちゃ!」


 男よりも早く、セイカは喜びを露わにする。カナタのもとへと駆け寄り、肩に手を回して彼女へ笑顔を向けた。


「あ、そーだ! 協力するんだから、もうウチらにちょっかいかけんのやめてよね」


 困惑した様子の男に指を差し、セイカは堂々と言い放つ。失礼極まりない言動だが、今更それを咎める者はいなかった。


「え、ええ。それはもちろん……では、改めてよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 カナタと代表の男による、固い握手が交わされる。地球滅亡という危機に直面したことで、打算に打算を重ねた関係が今ここに成立するのだった。

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