第41話「空の迷宮:最深部」
「は……?」
理解が追いつかず、セイカは素っ頓狂な声を漏らす。隙を晒してしまったはずだが、何故か攻撃を仕掛けられることはなかった。
「いや、どういう意味? 何かの隠語?」
「人間はすぐ言葉の裏を読みたがるねえ……どういう意味も何も、言葉どおりだよ」
セイカを指差してから、男児は続ける。
「地球に降り立った『宇宙の意思』が、唯一認めた存在。それが君さ」
「……いや、ウチはそんなのに会った覚えないけど」
遠い昔の話ならわからないが、少なくともここ数年間でやり取りをした人物の中に該当者はいないように思えた。
故に、疑うべきは自らの記憶ではなく相手の主張だ。そう考え、セイカは眉をひそめる。
「君が覚えていなくても、それが事実だよ。現に、地球滅亡の計画は随分と長期的なものを強いられているしね」
「長期的……?」
目の前にある問題を片付けるだけで手一杯だったため、セイカがそのように考えたことは一度もなかった。
彼女の内心を知ってか知らずか、男児は時間を置かずに補足する。
「疑問に思ったことはないかな。どうしてしばらくの間、日本にしか迷宮が出現しなかったのか」
「それは……」
早々に挙がってはいたが、情報が不足していたために解明を後回しにしてしまった謎だ。今もその答えを出せる気がせず、セイカはただ続きを待つことしかできなかった。
「単純な話さ。『宇宙の意思』が君に免じて……いや、君に絆されて、人類に猶予を与えた。ただそれだけのことだよ」
説明を受けてもなお、セイカは納得できない。
その出来事は、世界の命運を変える程に重要だったはずだ。それなのに何故、自分には思い当たる節がないのか。そもそも、何故『宇宙の意思』に認められたのか。
「……あー」
後頭部を掻きながら、セイカは短く唸る。
考えても答えが出ない。そんなことは日常茶飯事だった。だからこそ、そのときの対応も定型化している。
先のとおりだ。わからないなら、後回しにすればいい。
「まあ、とりあえずそれが本当だとして……なんであんたはそんなこと知ってんの?」
「……ずっとここで、見てきたからさ」
言いながら、男児が玉座を二回叩いた。何かの合図かと思い、セイカは咄嗟に身構える。
ただ、その予想は外れていたらしい。相手が他にこれといった動きを見せることはなかった。
「出現していなかっただけで、僕もこの迷宮もずっと存在していたんだよ。他の子たちも同様にね」
他の子とは、湖上の神殿にいた男と、青いピラミッドにいた女のことだろう。即座にそう察せたため、セイカが話の腰を折ることはなかった。
「そして、ここからでも地球全体の様子をある程度確認することができた。さすがに、直接干渉することは無理だったけど」
「……だから、ウチについても知ってたってわけか」
様々な能力を有する超常的な存在であれば、不可能ではないように思える。真実を確かめる術がないということもあって、セイカは相手の言葉をそのまま受け取った。
(……あれ?)
唐突に、違和感を覚える。
何かを見落としているような。何か勘違いしているような。それに気を取られ、セイカはつい沈黙してしまった。
「もう質問は終わりかい? 僕はもっと君と話したいんだけどな」
「え? あ、ああ、えっと……」
時間が経つにつれ、違和感は大きくなっていく。怪しまれないよう相手に反応を返しながらも、セイカは密かに考えを巡らせ続けた。
「単刀直入に聞くけど、その『宇宙の意思』って誰なの。ウチの知ってる人?」
「うーん……それは内緒!」
どうやら、なんでも答えてくれるわけではないらしい。男児は口元で人差し指を立てて無邪気に笑った。
「本人から明かされた方が、面白い反応を見れそうだからね」
男児の悪趣味な発言。セイカがそれに苛立たされることはなかった。
元より、核心たる情報を引き出せるとは思っていなかったためだ。相手の意識を逸らし、先程芽生えた違和感の正体を探る時間が確保できればそれで良かった。
(……そもそも、なんでこいつは悠長に話してんだろ?)
本体の捜索に向かった二人の後を、一秒でも早く追うべきだろう。にもかかわらず、男児はこうして無駄話に耽っている。
理由は本人の口から語られていたが、複数の情報を聞き出せた今、セイカはそれ自体が疑わしく思えていた。
(ウチと『宇宙の意思』のやり取りを見れたなら、ウチの人となりだって簡単に知れたはず。わざわざ、直接話す必要なんてない)
実際に会って話してみたかった、という理屈もわからなくはない。だがやはり、危険を冒してまで叶えるべき願いではないだろう。
自分が倒されることはないと、確信していない限り。
(……まさか!)
ようやく、セイカは思い至る。
たった一つの可能性に。
「ねえ、本当に終わりなの? それとも、僕からも色々聞いた方がいいのかな」
手持ち無沙汰なのか、男児は指をくるくると回している。それに連動して、浮遊する物体も同じ軌道を描き出した。
「いや、別にいいよ」
セイカは大鎌を握り直し、前へ真っ直ぐ突き出す。その瞳に、倒すべき敵を捉えながら。
「あんたさっき、面白い反応を見れそうって言ってたけど……」
挑発するように口角を吊り上げてから、セイカは続けた。
「そのときまであんたが生きていられる保障なんて、あんの?」
セイカの言葉を受けてか、男児の動きが止まる。だがそれは一瞬のことで、すぐに余裕綽々と言った振る舞いへと戻った。
「あるさ。だって、僕が負けることなんてあり得ないんだから」
「へえ……じゃあ、試してみようか!」
不敵な笑みを浮かべたまま、セイカは駆け出す。直後、その挙動を見た男児から浮遊する物体での攻撃を仕掛けられた。
「弱いし遅いし荒い!」
セイカは足場の形成を駆使し、回避と破壊を繰り返していく。それにより、両者の距離は数秒とかからずに詰められた。
そして、大鎌が相手の喉元を掻き切ろうとする────が、直前でその刃は引き戻される。
妨害を受けたわけではない。彼女自身の意思で、攻撃を中断したのだ。
(本命は、こっち!)
足場を形成することで相手を飛び越え、後方に回り込む。逆様になった状態で宙を舞うセイカの視線は、玉座の裏へと向いていた。
(あれか……⁉︎)
そこには、緑色に輝く宝石のようなものが埋め込まれている。隠されているときにはわからなかったが、直接見た今はそこからただならぬ気配が感じられた。
「いっけええ!」
セイカは躊躇せず大鎌を振り抜く。その切先は見事に命中し、緑色の宝石に亀裂を生じさせた。
「あっ、ぶっ、なっ……⁉︎」
床に激突した直後、セイカは体を捻って転がっていく。距離と時間によって衝撃を上手く受け流すと、即座に起き上がって相手の方へと向き直った。
「どうだ……?」
宝石は無事に割れている。だが、それが相手に大きな影響を与えるという確証はない。そのため、セイカは祈るように視線を注ぎ続けた。
「……よく、気づいたね」
玉座の向こうから、男児の声が聞こえる。身動きを取るつもりがないのか、その姿を拝むことはできそうにない。
「本体が……『核』が、ここにあると」
そう告げられた後、物体が重力に従って次々と落下し始めた。恐らくは、能力が解除されたのだろう。
「そうじゃなきゃ、ウチと長話する意味なんてないしね」
平静を装っているが、セイカの心臓は速く脈打っている。読みを的中させられたという実感が未だになかったためだ。
「勘違いして出ていった二人を遠隔で倒してから、本当の意味で一人になったウチを倒す……それが、あんたの狙いだったのかな」
「そこまで見抜かれちゃったのか……意外と、鋭いんだね」
「『意外と』は余計」
指を差し、セイカはそう言い放つ。自覚はあるが、親しくもない相手からの揶揄を許容できる程器が広くはなかった。
「まあでも、あんたがべらべら喋ってくれたおかげだよ。時間稼ぐにしても、もっと上手くやれば良かったのに」
「君と話してみたいと思ったのも、本当だからね……おっと、もう、時間みたいだ」
玉座が、緑色の輝きに包まれていく。念のため警戒しつつ、セイカは相手の言葉に耳を傾け続けた。
「これから、より恐ろしい脅威がこの星を襲うだろう。それに君たちがどう抗うのか……空よりも、宇宙よりも高い場所から、眺めさせてもらうとするよ」
示し合わせたかのように、輝きが玉座を消滅させる。その先に、男児の姿は存在しなかった。
「より恐ろしい、脅威……?」
セイカは顎に手を当て、男児の言葉を復唱する。
またしても謎が増えてしまった。だがこれも、今考えたところでどうしようもないものだ。
それより今、優先すべきことは。
「……早く戻んないと」
飛行機の離陸を考慮する必要があるため、脱出までに残された時間は想像以上に少ない。急ぎ合流を済ませなければと、セイカは二人のもとを目指して走り出すのだった。




