第40話「空の迷宮」
「なんていうか……イメージどおりの城、って感じだね」
周囲を見回しながら、セイカは思ったことをそのまま口に出す。
燦然と輝く照明や独創性の強い絵画に、赤い絨毯。豪華な装飾を施された家具の数々など、一般に想像されるような光景がそこには広がっていた。
「人ならざる者が用意したにしては、造りがあまりに人為的です。何か理由があるのでしょうか……?」
前回攻略したピラミッドとは違って、色味にも異常はない。また、今のところ罠も見受けられず、迷宮特有の不調和は全く見当たらなかった。
「相手の趣味……? いや、それにしたって罠の一つや二つあっていいと思うけど……」
思考を巡らせながらも、セイカは足を動かし続ける。あまり探索することなく一階の広間を抜け、早くも二階へ向かおうとしていた。
「そんなことより、最深部がどこか見当はついているのか?」
「もち!」
逡巡する様子を見せずに進行方向を決定していく後ろ姿に、疑念を抱いたのだろう。そんなランセを納得させるべく、セイカは親指を立ててから彼女の方へと顔を向けた。
「こんな立派な城用意しといて玉座にいなかったら嘘でしょ。ってことで、玉座のある部屋……えっと、なんていうんだっけ……」
「謁見の間、でしょうか?」
「多分それ!」
セイカは勢い良く振り向き、カナタを指差す。ランセのため息が聞こえてきたような気もしたが、構うことなく前に視線を戻した。
「ぶっちゃけ城のことなんてよく知らないけど、上の階行けばなんとかなるって。ほら、金持ちって高い所に住みがちだし」
「……『馬鹿と煙は高い所に上る』とはよく言ったものだな」
「あー! 今遠回しに馬鹿にしたでしょ!」
聞き捨てならない言葉を吐かれたことで、セイカはランセに食ってかかる。タタラたちに比べて賢くないのは事実だが、皮肉が通じない程無知でもなかった。
「遠回しのつもりはなかったが」
「余計酷くない⁉︎」
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください」
見かねたのか、カナタが仲裁に入る。心優しい彼女に癒してもらおうと、セイカは渾身の猫撫で声を披露することにした。
「うぅ、カナタぁ……セイカちゃん傷ついちゃった。慰めて?」
「あ、あはは……」
「……ドン引きで苦笑いされるのが一番傷つくんだけど」
思わぬ伏兵から精神攻撃を受け、さすがのセイカも傷心気味になる。ただ、目的地と思われる場所が見えてきたことで早々に活力を取り戻した。
「お、あれじゃない?」
最上階で、一層豪勢に作られた巨大な扉。それもまた、例に漏れず水色の淡い輝きを放っている。
最深部に続くものと見て、間違いないだろう。
「さっきの発言、撤回してもらおうかぁ」
「断る」
「頑なだな……まあいいや」
くだらない諍いに興じている場合ではない。扉の前に立ったセイカは二人を後方に控えさせると、それを躊躇なく一気に開け放つ。
「おお……」
空間の歪みは、発生しなかった。推測できる敷地面積から逸脱しない程度の広さを有する部屋が、そこには存在している。
そしてその奥には、セイカの予想どおり玉座が設置されていた。
ただ、驚くべきはその主だ。
「やあやあ。よく来たね、人間さん方」
三人にそう声をかけたのは、年端も行かない幼子だった。判別が難しいが、恐らくは男児と思われる。
ただ迷い込んだだけ、ということはないだろう。無邪気な子供に似つかわしくない妙な余裕が、その存在からは感じられていたのだから。
「あんた、『宇宙の意思』に従う者ってやつ?」
「うん。あ、でも毎回そうやって呼ぶのはまどろっこしいよね……まあ、他に名前らしい名前はないから好きに呼んでよ」
「その必要はない」
食い気味に答えながら、ランセが飛び出した。彼女は相手との距離を一瞬で詰め、自慢の得物を容赦なく振るう。
だが。
(効いてない……?)
相手の首と胴体は、依然として繋がったままだった。まるで、攻撃が空振りに終わったかのように。
「無駄だよ」
なおも仕掛け続けるランセを鬱陶しそうに見つめながら、男児が告げる。ただ、何故か反撃に移る気配は感じられなかった。
「僕は攻撃を全部透過させられるんだ。だから、君たちじゃどれだけ頑張っても傷一つつけられやしない」
「……欺瞞だな」
絶望をもたらしそうな相手の言葉を、ランセが一蹴する。一度距離を取ってセイカたちのもとに戻ってから、彼女は再びその口を開いた。
「アタシの能力は『コピー』だ。概要がわかれば、お前たちもその対象に入れることができる」
それは、湖上の神殿を攻略したときに判明した事実だ。青いピラミッドでは戦闘時間が短かったために確認できなかったが、恐らくはそのときも問題なく能力を行使できたのだろう。
「だが、今お前が開示した能力をアタシはコピーできなかった。つまり、『透過』自体は能力の本質ではないということだ」
そして、とランセは続ける。
「似たような現象を引き起こせる能力は限られている。察するに、今ここにいるお前は幻や分身の類で、本体がどこか別の場所にいるのではないか?」
今の一瞬で看破されるとは夢にも思わなかったのか、ランセの推測を聞いた男児は目を丸くしていた。
だが、それも数秒のこと。なんら影響はないと言わんばかりの微笑が、徐に三人へと向けられる。
「鋭いね。確かに君の言うとおりだよ。ただ……少し惜しいかな」
男児の意味深な呟き。
直後、この空間に存在するありとあらゆる物が浮遊した。これもまた、相手の能力による現象だろう。
「それを見抜かれて、僕が放置するわけないよね」
椅子やテーブル、燭台に照明────それらが、指先の動きに従うかのように飛来する。瞬く間に、三人は部屋の中央で包囲されてしまった。
「なんでわざわざ指摘しちゃったの⁉︎」
「確証が得たかった。勘違いしたまま作戦を練るわけにはいかないからな」
「そりゃ、そうだけど……!」
文句を垂れながらも、セイカは咄嗟に形成した大鎌で相手の攻撃を捌いていく。カナタもまた、拳銃と棍を適宜使い分けて対応していた。
物体一つ一つの強度は高くない。特別力を込めずとも破壊できる程度だ。だが壊しても即座に再生されてしまい、一向に状況を好転させることができなかった。
「ランセ、この能力はどう?」
「無理だ。先程と違ってコピーはできているが、行使できない。何か条件があるのだろう」
「……なら」
全員の位置関係を確認した後、セイカは能力を行使する。広く展開した足場の一部を上方向に伸ばし、浮遊している物体だけを押し上げた。
「ここはウチが抑えるから、二人であいつの本体探してきて!」
「し、しかし……!」
「残るならウチが適任でしょ! だから早く!」
大鎌一つで充分持ち堪えられる自信が、セイカにはある。ランセに任せても良かったが、新たな能力の補充ができない場に留まらせる利点は少ないため、本体の捜索に彼女を向かわせることにした。
「ここは任せた……行くぞ」
多くを語らずとも、通じたらしい。ランセは扉へ向かって一目散に走り出した。
数秒足踏みした後、カナタも渋々と言った様子で戦線離脱する。振り返ったその表情は、遠目に見てもわかる程不安に満ちていた。
「セイカさん、どうか、ご無事で……!」
「そっちもね!」
安心させるべく、笑顔で返す。二人の姿が扉の向こうに消えたことを確認すると、セイカは能力を一部解除した。
「あーあ、逃げられちゃった」
「……そう言う割には、あまり残念そうに見えないけど?」
出し抜かれたことで怒りや不快感を露わにしてもおかしくないはずだ。だが、男児の笑みは崩れていない。それが、セイカは妙に引っかかっていた。
「まあ、実際別に残念じゃないしね。それより、君とこうして二人きりで話せることが嬉しいんだ」
「ウチと……?」
「うん」
セイカは相手の発言を薄ら寒く感じられたが、同時に当然の疑問も抱く。
何故、自分なのかと。
考える間もなく、その答えはすぐに明かされることとなった。
「だって君は、『宇宙の意思』に認められた者なんだからね」




