第39話「不時着」
青いピラミッドを消滅させることに成功してから、数週間後。
(……何回乗っても慣れないなぁ)
セイカは座席の肘掛けに寄りかかり、頬杖をつく。ただ、彼女が使っているのは車や陸上の公共交通機関などではなかった。
「……うぷっ、気持ち悪いっス」
「タタラさん、大丈夫ですか?」
「は、早く着いてほしいっス……」
一番端の席に座り、吐き気を堪えている様子のタタラ。そんな彼女の真横に取り付けられた窓から見えるのは、青空と雲だ。
「あと数時間程で着陸いたしますので、今しばらくお待ちください」
「うぅ……長いっスよぉ」
メイド長に背中をさすられながら、タタラが愚痴を漏らす。
一行は現在、プライベートジェットに搭乗していた。言うまでもなく、カナタの経済力によって用意されたものだ。
「最高級のおもてなしでも、乗り物酔いだけはどうにもならないか……にしても、こんなに何回も飛行機使って大丈夫なの?」
泣きべそをかいている後輩の姿を横目で見ながら、セイカは尋ねる。
交通費はほぼ全てカナタの負担となっていた。他三人も申し訳程度に資金調達を行っているが、彼女が支払ってきた総額には遠く及ばない。
「ご心配なく……と言いたいところですが、そろそろ厳しくなってきましたね。蓄えを使い切るわけにもいきませんし……乗れてあと数回、と言ったところでしょうか」
そう答え、カナタは困ったように笑う。
追手の目を欺く偽装も続けているため、彼女の経済的な負担は想像以上に大きいはずだ。
「早いとこ決着つけないとねぇ……って言っても、特別できることもないんだけど」
隣に座るカナタへそう返した後、セイカは残る一人へと視線を向ける。
タタラとは対照的に、ランセは穏やかな寝息を立てていた。アイマスクとイヤホンを装着して、外界から完全に隔絶されている。
「……呑気な奴」
毒を吐きつつ、セイカは微笑を浮かべた。休めるときに休むというその精神は見習うべきだと、素直に感心したのだ。
「ウチも少し寝ようかな」
「ええ。着陸時刻が近づいたら起こしますね」
「いや、そんながっつり寝るつもりないから大丈夫。それより、カナタもちゃんと休みなよ」
真面目が服を着て歩いているような彼女のことが心配で、セイカは釘を刺す。そして、瞼の裏に広がる暗闇へと飛び込んだ。
その、直後のこと。
「……! な、何⁉︎」
機体が大きく揺れたことで、セイカは飛び上がる。
夢でも気のせいでもないらしい。他四人も、突然の出来事にそれぞれの反応を見せていた。
『皆様にご案内いたします』
次に聞こえたのは、アナウンスだ。事態を正確に把握するため、全員が黙ってそれに耳を傾ける。
『これより、緊急着陸を行います。衝撃に備え、今一度シートベルトの確認をお願いいたします』
「緊急着陸……? この辺に降りる場所なんてあったっけ?」
「いえ、近辺には海しかないはずです。そもそも、着陸態勢に移行するような高度でもありません」
セイカの問いに、メイド長が答える。平静を装っているようだが、彼女の表情も僅かに険しくなっていた。
「……なんであれ、放送に従うしかないな。航空事故にならなければいいが」
「え、縁起でもないこと言わないでほしいっス……! う、うぷっ」
なおも、アナウンスは繰り返される。わけがわからないまま、五人は座席にしがみついた。
そして。
「うわああああっ⁉︎」
先程とは比べ物にならない程の、大きな揺れに襲われる。身構えていなければ、容易に転倒させられていたことだろう。
「……み、みんな、大丈夫?」
セイカの呼びかけに、各々の返事がなされる。
幸い、全員無事だったようだ。また、機体にも見える範囲での損傷はない。機長の操縦技術に感謝、と言ったところか。
「もう、散々っスよ……って、ええっ⁉︎」
窓の外に視線を向けたタタラが、大声を上げる。彼女の見た光景が気になり、セイカも席を立って窓辺へと駆け寄った。
「セイカさん、まだ動いては……!」
「……これ、は」
カナタに声を返す間もなく、セイカは驚愕させられる。
そこに映っていたのは、建造物と思われる巨大な『何か』だ。至近距離に存在していることもあって、機内からはその全貌を窺えない。
「メイド長、外に出て確認したい! 話つけてきて!」
「承知しました」
主以外からの指示だが、そんなことを気にしている場合ではないと理解できているのだろう。一礼すると、メイド長は足早に機長室へと向かった。
「セイカさん。これはいったい……」
気づけば、制止していたはずのカナタも窓に近づいて状況の把握を試みている。揺れに襲われる心配はなさそうだと、判断したのかもしれない。
「迷宮、だろうね」
言葉にしたのはセイカだが、全員考えは同じだったらしい。その意見が出てきたこと自体には誰も驚いていないようだった。
「お待たせいたしました」
そう言いながら、メイド長が客室へと戻る。
同時に、飛行機の乗降口がゆっくりと開かれた。セイカの要望は無事に聞き入れられたらしい。
「皆様、お足元にお気をつけくださいませ」
「ありがとメイド長!」
我先にと、セイカは外へ飛び出す。
そんな彼女の視界に映ったのは、広大な大地と、そこに悠然とそびえ立つ一つの巨大な城だった。
「でっ、か……⁉︎」
セイカは思わず息を呑む。ここまで大規模な迷宮は、未だかつて見たことがなかったためだ。
「この場所、どうやって浮いているのでしょう……?」
後に続いたカナタが、周囲を見回しながらそう口に出す。
踏み締めている大地には果てが存在した。その向こうでは、先程までと変わらない青空が広がっている。
「よっ、と」
セイカは掌より一回り小さな立方体を形成し、大地の外に放り投げた。そしてそれが重力に従って青へと飲み込まれていったことを確認すると、即座に能力を解除する。
「この空自体は迷宮とは関係ないっぽい、かな?」
「確証はありませんが、なんであれ落ちたら大惨事ですね。それにしても、何故空中に迷宮が存在するのでしょうか……?」
「急に現れたのも謎だね。それらしい目撃情報もなかったから、ずっとあったとは思いづらいし」
これ程巨大な浮遊物体を、現代技術で観測できないわけがない。そのため、たった今新たに出現したか、空間の歪みを利用して上手く隠れていたかのどちらかだろうとセイカは推測していた。
「これが『原初の迷宮』ならば別段おかしなことでもないだろう。全迷宮の核とも呼べる場所を、わざわざ露出させておく必要はないのだからな」
そう言って次に降りてきたのは、ランセだ。場慣れしているということなのか、この光景を目の当たりにしても彼女は大して驚いていないようだった。
「とんだ災難だと思ったけど、むしろラッキーだったのかな。迷宮を見つけられたし、不時着も問題なくできたし」
「ああ。ただ、それはアタシの仮説が合っていればの話だ」
「それを確かめるためには、攻略に乗り出すしかありませんが……」
カナタが発言した後、三人の視線は一斉に乗降口へと向く。
そこには、メイド長に介添えされながらゆっくりと降りてくるタタラの姿があった。どうやら、まだ空酔いが続いているらしい。
「どうしましょう? 具合が良くなるまで待ちますか?」
「それもいいが……タタラとメイド長は待機させておくべきだろう。この近辺が安全とも限らない以上、戦力の分散は避けられない」
化物が現れた場合に備え、機体と乗務員に護衛をつける必要がある。その役を二人に担わせる、というのがランセの提案だ。
本調子でないタタラがどこまで戦えるか不明だが、接敵するまでの間にある程度は回復できるだろう。そう判断し、セイカは頷いてからメイド長へと視線を送った。
「そういうわけだから、ちょっくら三人で行ってきます! 二人で飛行機の護衛をお願い!」
張り上げたセイカの声に、メイド長から一礼が返される。タタラもまた、小さく手を振っていた。
「さて……んじゃ、行こうか」
予定外の攻略だが、気合いは充分。二人の頷きを確認した後、セイカは先陣を切って走り出すのだった。




