第38話「雨上がりに」
最深部の化物を倒したことで、一行は青いピラミッドを消滅させることに成功した。前回に比べれば傷は浅く、また、ついでに救出した人々も正気を取り戻せている。
総括して、充分すぎる程の成果を上げられたと言えるだろう。だが、海外での拠点に帰還した四人を待ち受けていたのは、それに似つかわしくない空気感だった。
「私の能力を当てにされては困ると、言いましたよね?」
仮住まいにて、またしてもメイド長の苦言が炸裂する。ただ、今回怒りの矛先が向いているのはセイカではなくカナタだった。
「ごめんなさい……」
主であるはずのカナタは、反省の意を示すかのように部屋の中央で正座している。俯き気味に返した今の彼女からは、威厳も何も感じられなかった。
「で、ですが、今回はそこまでひどい怪我ではありませんでしたし……!」
子が親に言い訳をするように、カナタは食い下がる。往生際が悪く見えるが、彼女に情状酌量の余地があることは確かだった。
件の傷は、『自分の能力で傷つくことはない』という仮説が間違っていたために負ってしまったものだからだ。ただ、メイド長からすればそれは関係ないらしい。
「結果論でしょう。『最悪治してもらえばいい』という考えが全くよぎらなかったと、胸を張って言えますか?」
「それは……」
図星を突かれた、ということなのだろう。心なしか、カナタの背中が丸まったように見受けられた。
その反応に、メイド長が気づかなかったはずはない。彼女はより一層険しい顔になって叱責を再開した。
「そのような考えをお持ちのままでは、真に最悪の事態に陥った際、対応しきれなくなる恐れがあります」
「うぅ、返す言葉もございません……」
正論で詰られ、しゅんとするカナタ。その様はどこぞの後輩を彷彿とさせる。さすがに居た堪れなくなったセイカは、二人の間に立って事態の収拾を図った。
「まあまあ、その辺で。メイド長も疲れたでしょ……ですよね?」
主の面目を保つためか、メイド長も同様に正座している。表情からは窺えないが、それなりに時間が経過しているため足を痺れさせていてもおかしくはない。
労わる気持ちと打算が半々と言った具合で彼女に声をかけつつ、その肩に手を置いてからセイカは続けた。
「充分反省してるみたいだし……それに、ウチにも責任はあるから」
半ば押し切られる形だったとは言え、最終的に決断したのは自分自身だ。そのため、カナタを矢面に立たせることは気が引けていた。
「……そうですね。では、セイカ様もご一緒に」
「と思ったけど、気のせいだったかもなあ! あはははは……」
「せ、セイカさん⁉︎」
メイド長の眼光に気圧され、セイカは我が身可愛さに視線を逸らす。縋るようなカナタの声は確かに聞こえていたが、下手な口笛を吹いて誤魔化した。
「はぁ……」
二人のやり取りを見たことで気を削がれたのか、メイド長が大きなため息を吐く。それから、彼女は深く頭を下げた。
「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。ただ、カナタ様の身を想っての発言であるということは忘れないでいただけると幸いです」
「え、ええ……それはもちろん」
「では」
短く返し、メイド長は退室する。だが、この場に残されたのはセイカとカナタの二人だけではなかった。
「終わったか?」
「っスか?」
物陰に潜んでいたランセとタタラが、続けて顔を覗かせる。流れ弾を受けないように存在感を消していた、と言った方が正しいか。
「薄情者どもめ……」
「……セイカさんが言えたことではないですよ?」
「うっ、それは確かに……」
真っ当な指摘を受け、セイカは今更ながらに罪悪感を覚える。
ただ、カナタも本気で怒っているわけではないらしい。膨らませた頬を元に戻してから、彼女は正座をやめて椅子に腰掛けた。
「さて、メイド長にはまた改めて謝るとして……食事の時間までまだしばらくありますし、今一度情報を整理いたしましょうか」
「賛成っス! ジブンたち、途中から合流したせいで何が何やらって感じっスし」
言いながら、タタラが近くの椅子に座る。そんな彼女に相槌を打ってから、ランセも同様に腰を下ろした。
「って言っても、そんなに収穫はないんだよねぇ……カナタ、ウチがいない間に相手と何か話した?」
「いえ。すぐに攻撃へ移ってしまったので、会話らしい会話は何も……」
十秒程度の猶予しかなかったのだから、無理もない。そう理解できていたため、セイカが特別残念に思うことはなかった。
「そっか。じゃあ、タタラとランセは? 別行動してるときに、何か手掛かりみたいなの見つけてない?」
「すみません、ジブンは何も……」
そう答えたタタラから、視線が送られる。
その先にいたのは、ランセだ。彼女もまた、首を横に振って返していた。
「やっぱ、ウチらが相手から直接聞いたことぐらいしかないか……カナタ、説明お願いしてもいい?」
「お任せください」
自身の胸に手を当て、カナタが応じる。一旦呼吸を整えてから、彼女は再び話し始めた。
「今回得られた情報は二つ……一つは、『宇宙の意思』について。そしてもう一つは、それに従う者についてです」
順に立てられた二本の細い指に、三人の視線が集中する。
既に知っている情報だが、視点の違いから何か新たな気づきを得られるかもしれない。そう思い、セイカは真剣に耳を傾けていた。
「まず、『宇宙の意思』についてですが……実体を持たない上位存在とのことです」
「実体がない……つまりはオカルトのようなものか?」
「近いと思います。依代を用意すれば顕現できる、とも言っていましたから」
その説明を受けたタタラの顔が、青ざめていく。非論理的な存在を受け入れられないのか、それとも怖がっているだけか。
いつものセイカなら揶揄っているところだが、彼女は黙って思考に耽っていた。集中していなければ、話についていけなくなりそうだったためだ。
「相手は、『宇宙の意思』にもいずれ会えると言っていました。それ以外の情報……地球を滅ぼそうとする理由などは、聞けず終いでしたね」
「……いずれ会えるというのは、まあそうなのだろう。アタシたちが迷宮を消滅させるために動いている以上、戦う必要があるはずだからな」
「そう、だよね……」
頷きつつも、セイカは違和感を覚えていた。
あのとき話していた女の表情や、声色。それらが、どうにも意味深なものに思えてならなかったのだ。
だが、なんの確証もない状態で話を遮るべきではないだろう。そう判断し、彼女は頭の片隅へ置いておくに留めた。
「では次に、『宇宙の意思』に従う者について。こちらはお二人も聞いていたと思いますが……どうやら予想どおり、人間とは別の存在であるようです」
それは、女が支配下に置いた人々を出現させたときに明かした情報だ。全員揃っているときのことだったためか、タタラとランセは思い出したかのような短い声を上げた。
「だがやはり、元人間という説は消えないだろう。相手の言い回しにも、矛盾は生じない」
女の発言が『今』の自身だけを指していた可能性は否めない。時間との勝負だったとは言えもっと詳細に聞いておくべきだったと、セイカは一人自省する。
「……以上が、今回得られた情報です。あまり進展はありませんが、一歩前進と言ったところでしょうか」
「充分だろう。情報は攻略ついでに少しずつ集めていけばいい」
「うーん、でももうちょっと色々知りたいよねぇ……そしたら、迷宮を出現させないための方法とかがわかるかもしんないし」
何か手掛かりとなるものはないかと考えながら、セイカは深い意味なくタタラの方を見た。
そして、思い出す。
「そうだタタラ!」
「ひゃいっ⁉︎」
唐突な指名により、タタラが奇声を発しながら飛び上がった。だがそんなことはお構いなしに、セイカは彼女に急接近する。
「あれ結局どうなったの? ほら、三人でロボット倒したときに送られたって言ってた、暗号の解析!」
「え……? あ、ああ、あれっスか」
数秒程かけて落ち着きを取り戻したようだが、タタラはなおも困ったような表情を浮かべていた。
「す、すみません。解析はとっくに終わってるんスけど、あれはただの救難信号だったんスよ……何かすごい秘密が隠されてるとかそういうのじゃなかったんで、言う必要もないかなと思って黙ってたんス」
どうやら、当ては外れてしまったらしい。ただ、まだ気になることがあったためセイカは続けて疑問をぶつけることにした。
「救難信号? 誰に?」
「そこまではわかんなかったっス。解析直後は他の迷宮に対してだと思ってたっスけど、『宇宙の意思』とやらに宛てたものだとしてもおかしくはなさそうっスね」
「そっか……」
何故そのような信号が発されたのか。気づけなかっただけで、他の迷宮でも同様の事象が発生しているのか。
謎は深まるばかりだが、解明できたとしても『宇宙の意思』に繋がる情報にはなり得ないだろう。そんな結論に辿り着き、セイカはため息を吐きながら元の位置に戻った。
「なかなか上手くいかないね」
「申し訳ないっス、お役に立てなくて……」
「ああ、ごめんごめん。そういう意味じゃないよ」
充分すぎる程に貢献してくれているタタラを責める気持ちなど、あるわけがない。彼女に頭を下げさせてしまったことで、セイカは胸を痛めた。
「……なんの話だ?」
「ランセさんと出会う前の話ですね。まあ、それについてはまたの機会にしましょうか」
時計を確認したカナタが、徐に席を立つ。そして部屋の出入り口に進んでから三人の方へと振り向いた。
「話も一区切りついたことですし……私は謝るついでに、メイド長のお手伝いをしてきます」
「お、面白そう! ウチも行こーっと」
これ以上考えていても仕方がない。気分転換を兼ねて、セイカはカナタと共にメイド長のもとへ向かうことにした。
「じ、ジブンは発明品の調整をしておくっス……!」
「アタシはここで少し休む。飯時に寝てたら起こしてくれ」
「りょーかい。んじゃ、また後でね」
思い思いに時間を潰すことにしたらしいタタラとランセ。そんな二人に手を振りつつ、セイカは部屋を後にするのだった。




