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第35話「青いピラミッド」

「ろ、ロマンだ……!」


 とある砂漠地帯にて、セイカは思わず声を漏らす。

 湖に出現した迷宮を消滅させることに成功してから、数週間後。傷が癒えた一行は攻略を再開するため、また別の国へと足を運んでいた。


「最近、先輩のロマンセンサー緩くないっスか?」


「そんなことないって。ほら、ちゃんと見てよ!」


 興奮しながら、セイカは今回攻略する迷宮を指し示す。もっとも、既に入り口付近まで辿り着いているため全貌を確認することはできないが。


「ピラミッド、っスね……」


 呆れたように、タタラは小さな声でそう返す。

 四人が立ち入ろうとしているのは、ピラミッドだった。ただ、以前の神殿と同様で元から存在した建造物ではない。全体を染めた発色の良い青が、それを物語っている。


「ピラミッドと迷宮なんてほぼイコールでしょ。お宝の匂いがぷんぷんするよ!」


「……『原初の迷宮』では宝は見つからない。これまでの結果からして、そう推測するのが妥当だろう」


「信じる心が大事なんだよ。それにほら、『三度目の正直』って言うし?」


 割って入ったランセの指摘は、至極真っ当なものだった。だが、ロマンに魅入られたセイカがその程度で引き下がることはない。


「『二度あることは三度ある』、とも言うっスね……」


「いつにもなく辛辣! タタラとは趣味が合うと思ってたのに!」


「じ、ジブンの専門外っスし……そもそも、それどころじゃないっていうか……」


 答えながら、タタラは滝のように流れる汗を拭き取った。

 辺り一面の砂漠を作り出したこの気候は、人間が活動するにはあまりに酷だ。ただ立っているだけで、容赦なく体力を奪われていく。

 そんななか無駄話で時間を浪費させられては、少なからず不満も募るだろう。セイカはようやくそう思い至り、自省しつつ口を閉じる。


「……では、そろそろ参りましょうか」


 セイカの代わりに、カナタが指揮を執った。彼女の言葉にそれぞれが頷いて返した後、一行は迷宮の中へと足を踏み入れる。


「あれ、普通に続いてるんだ」


 前回とは違い、視界や空間が歪むことはなかった。狭苦しいその場所に、セイカの声が響く。


「暗いから、みんな気をつけて、ね……」


 声をかけながら振り返って、気づいた。

 仲間たちの姿が、忽然と消えていることに。


「カナタ、タタラ、ランセ⁉︎」


 その声に反応する者はいない。焦燥感を覚えたセイカは咄嗟に周囲を見回すが、大して広くないこの空間では何を見つけることもできなかった。

 今しがた使ったばかりの出入り口が、いつの間にか塞がれていたこと以外には。


「くそっ、分断された……」


 セイカはあまり期待せずに、ポケットからスマホを取り出す。だがやはり、その画面には『圏外』の文字が表示されていた。


「……自分の足で探すしかないか」


 手早くスマホを戻し、走り出す。他にも罠が仕掛けられている可能性は高いが、躊躇している場合ではない。


「えっ」


 捜索開始早々、嫌な音が響いた。セイカの足下からだ。

 それが何の音だったのか、彼女は見るよりも早く体に思い知らされることとなる。


「うわあっ⁉︎」


 床を踏み締められず、セイカの体が落下した。

 落とし穴だ。恐らくはスイッチやセンサーの類が存在して、運悪くそれらに触れてしまったということなのだろう。


「よいしょおっ!」


 幸い、穴の径は人一人分程度だった。

 セイカは壁にめり込ませる要領で足場を形成し、強引に着地する。そして即座に顔を上げ、追撃がないことを確認した。


「あっぶな……引っ掛かったのがウチで良かったよ」


 足場を上に伸ばし、難なく元の位置まで戻る。能力の行使を繰り返して徐々に高度を下げることもできたが、落とし穴が通路として機能するとは思えなかったために無難な選択へと走っていた。


「こうなってくると、ますますみんなが心配だな……」


 特に二人、とセイカは内心で付け加える。コピーした能力で幅広く対応できるランセについては、そこまで心配していなかった。


「早く合流しないと」


 とは言え、無策で走り回ればまた罠に引っ掛かってしまう。逸る気持ちを抑えながら、セイカは考えを巡らせた。


「……そうだ」


 その場に屈み、周辺の床を叩いて罠の有無を確認する。比較的安定していることを確認すると、セイカは床に突き刺す形で能力を行使した。


「これで良し、と」


 作り出したのは、L字をひっくり返したような形状の足場。セイカはその上に乗って形成を再開することで、床を直接踏まないで移動できるようになった。

 ただ、横方向に伸ばしているだけでは強度が不足して途中で折れてしまうだろう。当然、そうならないような工夫も既に考えてあった。


「……この辺かな」


 自身の数歩後ろから足場を下方向に伸ばし、床と接続する。支柱を増やすイメージだ。

 それが罠を偶然起動させてしまう可能性はあるが、自らの足で踏んでさえいなければ対応はいくらか容易になる。少なくとも、落とし穴についてはほとんど無効化できたと言っても過言ではないだろう。


「早く合流できるといいんだけど……」


 最善の一手を閃いたにもかかわらず、セイカの表情は晴れなかった。

 能力を酷使することが前提の作戦だと、自覚しているためだ。あまり時間をかけすぎると、最深部まで辿り着いても戦う余力が残っていないなどという事態に陥りかねない。


「……ん?」


 セイカは一旦、形成を中断する。

 分岐路に差し掛かっていたのだ。前と左右、計三つの方向へと道が分かれていた。

 先がどうなっているかは視認できない。勘で選び、自らの目で確かめるしかないようだった。


「まあ、左手法って言うし……左に行ってみようかな」


 深く悩まずに決断し、再び進んでいく。時には思い切りの良さも大事だと、セイカはこれまでの経験で学んでいたのだ。


「少しギア上げないと」


 行き止まりで時間を浪費させられる可能性は充分にあるため、少しでも速度を上げておいた方がいいだろうと判断した。その分負担は大きくなるが、止むを得ない。


(────なんだ?)


 しばし進むと、やや広い空間へと辿り着いた。ただ、セイカが疑念を抱いたのはその場所自体に対してではない。

 そこにたむろしていた、多様な人々に対してだった。


(攻略に来た人……? でも、なんか様子がおかしいような……)


 突然の来訪者であろうセイカに、ほぼ全員の視線が突き刺さる。彼ら彼女らは言葉を発することなく、虚ろな瞳でただただ見つめるのみだった。


「あの、誰か日本語通じる人いませんか? この迷宮についてわかったこととかあれば、教えてほしいんですけど!」


 身振り手振りを交えながら、セイカは接触を試みる。周囲の人々が不気味に思えてはいたが、何もせず立ち去ることはできなかった。

 そんな様子に胸を打たれたのか、一人の男が彼女へと近づく。容姿からして、恐らくは現地の人間だろう。


「あ、えっと……こんにちは!」


 まずは挨拶からだ。そう思ってセイカが元気良く声をかけた、その直後。

 男の握っていた短剣が、彼女に向けて容赦なく振るわれた。


「うわっ⁉︎」


 予想だにしていなかった展開だが、セイカは間一髪で回避に成功する。『原初の迷宮』を二つ消滅させたその実力は、伊達ではなかった。


「何すんの……って危な!」


 続け様に、別の人々からも襲撃を受ける。セイカは足場から降りつつ、大鎌を握りしめて応戦した。


「こ、のっ!」


 正体を確かめるため、セイカは柄の部分だけを相手にぶつける。ただ、手に伝わってきた感触はまさに人間を鈍器で殴ったときのそれだった。


(まさか、本当に人間なの? でもなんで……?)


 化物による幻覚や洗脳など、考えられる可能性は多い。敵が擬態しているだけならば躊躇なく命を奪えるが、確証がない以上は無闇に攻撃を仕掛けることはできなかった。

 故に、セイカが取るべき行動は一つだ。


「逃げるが勝ち、ってね!」


 相手の攻撃を掻い潜りつつ、再びL字の足場を用意して横方向へと伸ばしていく。残る分岐を確認するべく、セイカは迅速に通路を引き返すのだった。

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