第34話「情報整理」
今回の戦いで負った傷は、あまりに深い。迷宮の攻略を終えても、即座に帰国することはできない程に。そのため四人は現在、手配された仮住まいで療養に専念していた。
「よくもまあ、この火傷で満足に戦えたものですね」
丁寧な言葉遣いはカナタを想起させるが、それは彼女の口から発されたものではない。
声の主は、メイド長だった。海外に滞在している間の雑事をこなすという名目で、彼女も四人に同行していたのだ。
「いやぁ、それ程でも」
「褒めていません」
おどけてみせたセイカに対し、メイド長は低い声音で辛辣に告げる。主の仲間とは言え、心象はあまり良くないらしい。
「メイド長、その辺で。そもそも、私の不甲斐なさが原因なのですから……セイカさんは、その穴を埋めてくださっただけです」
椅子に腰掛けながら、カナタがメイド長を宥める。彼女の身にもまた包帯が巻かれていたが、セイカやランセと比べれば軽傷だった。幸い、奇妙な炎による後遺症もないようだ。
「それに、貴方ならその傷も治せるでしょう?」
「……あまり当てにしないでいただきたいのですがね」
呆れ気味に呟きながら、メイド長はセイカの患部に手を翳す。直後、そこから淡い緑色の輝きが広がって傷口に浸透していった。
「おお……」
傷が塞がり、痛みは和らいでいく。神秘的なその現象に、セイカも思わず目を奪われた。
「メイド長も、能力使えるんだね……ですね!」
さほど離れてはいないだろうが、メイド長は間違いなく年上だ。いくら仲間の従者と言っても最低限の礼儀は必要だろうと思い直し、セイカは慌てて付け加えた。
「ええ。隠しているので、カナタ様の他に知る人はおりませんが」
それよりも、とメイド長は咳払いをしてから続ける。
「先程も申し上げましたが、私の能力を当てにされては困ります。これは人体に備わっている治癒力を前借りして、集約しているに過ぎませんので」
つまり、能力に頼りすぎると自然治癒すらできなくなる可能性があるということだ。
あまり無茶はできない。誰かの負傷を前提にした作戦は極力控えなければと、セイカは肝に命じる。
「ランセさんの具合はどうっスか?」
この場にいないもう一人の仲間について尋ねたのは、タタラだ。彼女の傷はほとんど完治していて、発明品の調整に励む余裕すらあるようだった。
「……命に別状はありませんが、かなりひどい傷であることは確かです。能力込みでも数日では治しきれないので、今は別室で安静にしていただいています」
あれだけ何度も焼かれたのだから、無理もない。むしろ、五体満足で生還できたのが不思議なくらいだ。もしコピーした能力で威力を減衰できていなければ、ランセは今頃この世にはいなかったろう。
「そうですか……了解しました」
心配そうな表情を浮かべながらも、カナタは端的に返す。そしてすぐ、いつもの穏やかな微笑みをメイド長へと向けた。
「色々とありがとうございます。メイド長も、一度休んでください。ここのところ、働き詰めだったでしょう?」
「いえ、私は……」
「休んでください」
カナタは笑顔のままだ。声色にも変化はない。それでも、彼女からは圧が感じられた。直接向けられているわけではないセイカですら察せる程に。
「……承知しました。お心遣い、感謝します」
渋々と言った様子でメイド長が引き下がり、部屋を後にする。扉が閉じられて数秒経つと、カナタは肩の力を抜くように息を吐いた。
「仕事熱心なのはいいことですが、頑張りすぎてしまうんですよね……もう少し、自分に優しくしてあげてほしいものです」
頬に手を添えて呟くカナタ。メイド長を思いやるのは主としてか、はたまた別の要因があるのか。
興味がないと言えば嘘になるが、今話し合うべきことでもない。気を取り直すために手を叩いた後、セイカは立ち上がって口を開いた。
「よし。それじゃ、今回わかったことについて一旦まとめてみよっか」
迷宮内での出来事については、既に共有済みだ。だが各自の意見を述べる時間は取れていなかったため、情報を整理する意味でも今一度話し合うべきだとセイカは考えていた。
「そうですね。まずは……迷宮の出現について、おさらいしましょうか」
迷宮が出現する条件や方法は、未だ不明だ。それでもカナタが議題に挙げたのは、全ての謎を解明する手掛かりになり得る情報を、先日の攻略で入手できたためだろう。
「……迷宮の出現は偶発的なものじゃなく、何者かが意図的に引き起こした事象だってことっスね」
「ええ。そして、その『何者か』、というのが……」
「『宇宙の意思』、か……」
鮮明に思い起こされる、男の言葉。だがそれが具体的に何を指すのか、セイカは答えを出せずにいた。
「なんなんだろうね、宇宙の意思って」
「言葉どおりの概念的なものか、それとも実在する『何か』なのか……」
「現状だと、どっちの可能性も否定しきれないっス。地球を滅ぼすことが目的みたいっスけど……お相手からもう少し情報を引き出せないと、考察しようがないっスね」
タタラも、作業の手を止めて本格的に参加する。並行して進められる器用さは有しているはずだが、二人の集中を乱さないようにと配慮したのだろう。
「でも、肝心の相手はもう倒しちゃったから……」
仮に件の男が生き永らえていたとしても、根城だったであろう迷宮は既に消滅してしまっている。故に、同じ相手から再度話を聞き出すことは不可能に近い。
だが、手詰まりというわけでもなかった。
「引き続き『原初の迷宮』を攻略していけば、情報を得られるのではないでしょうか。セイカさんの話では、相手にもお仲間がいるとのことでしたよね?」
「うん。『俺たち』って言ってたし、それは間違いないと思う……言葉が通じるかどうかはわかんないけど」
「それでも、他の迷宮に挑むって選択肢はないっスよ。『原初の迷宮』以外で意思疎通が可能な化物は見つかってないみたいっスから」
大元を叩いて全ての迷宮を一気に消滅させるという当初の目的も、忘れてはならない。なんにせよ、セイカたちの取るべき行動に変わりはなかった。
「『宇宙の意思』に従う者。彼らの正体も気になります。人の形を模しているだけで、他の化物たちと大きくは変わらないのでしょうか……?」
「……能力や不思議な性質を与えられた元人間、って説もあるっスね」
タタラの言葉を聞いた瞬間、カナタの表情が強張る。
そんな彼女を安心させたいという気持ちも、当然あった。ただ、何より自分自身がその仮説に納得できなかったためセイカは口を出すことにする。
「いや、さすがにないんじゃない? あれ、人間……ってよりは生物全般に対してかな。まあとにかく、自分たち以外のことを相当見下してるみたいだったから」
男が抱いているであろう嫌悪感は、その言葉の節々から滲み出ていた。同類に向けるものとはおよそ思えない程に。
「人間としての自分にコンプレックスを持ってて、そこから目を背けた結果と考えることもできるっスけど……確かに、少し飛躍しすぎかもしれないっス」
「とは言え、現段階では否定しきれないのも事実です。頭の片隅には置いておくべきでしょう。あまり、考えたくない可能性ではありますが……」
言いながら、カナタは苦笑を浮かべる。
冷静に判断できる頭脳と気概があるのも考え物だ。そんなことを思いながら、セイカは再び口を開いた。
「兎にも角にも、攻略を進めないことには始まらないね」
セイカは大袈裟に声色を明るくする。小難しい話はここまでだと、暗に示すためだ。
様々な可能性を考慮することは大事だが、それだけでは事態は解決できない。ある程度煮詰まったなら、行動しなければ。
「カナタ、タタラ」
名を呼んだことで、二人から同時に視線を向けられる。そんなセイカもまた、彼女らの顔を交互に確認した。
「この先に何が待ってるのかわからないけど……最後まで、頑張ろうね」
決まりきった返事が、部屋に響く。
迷いや躊躇いは、未だ消えずに残り続けていることだろう。それでも、止まるわけにはいかない。
正しさを貫くため。ロマンのため。仲間と共に進み続ける覚悟を、三人とも決められたようだった。




