第33話「炎の迷宮」
時間経過によるものか、あるいは意図的なものか。広範囲で燃え盛っていたはずの炎は既に消えていた。空気が多少熱されてはいるが、活動できない程ではない。
「ちっ、仕留め損なったか……やっぱ熱くなると駄目だな」
突入早々、例の化物が二人を見下ろしながら呟く。機嫌の悪さを感じさせるが、なんの前触れもなく激昂した数分前と比較すれば随分と落ち着いているように見受けられた。
「ねえ、あんた言葉が通じるんでしょ? なら戦う前に色々教えてくれない?」
物怖じせず、セイカは声を張り上げて問いかける。相手が冷静である今しか、数々の疑問を解消するチャンスはないと考えたのだ。
「いいぜ……もう一度これをくらって、生きていられたらの話だけどなあっ!」
男が腕を広げた瞬間、再び火の海が展開される。だが、本日二回目のそれにセイカたちが呑まれることはなかった。
「ぎ、ぎりぎりセーフ……」
熱気に包まれているにもかかわらず、セイカは肝を冷やす。
翼のように広がった飛行ユニットが、彼女の身を宙へと運んでいた。起動時間の見当がつかず危うく逃げ遅れてしまうところだったが、どうにか事なきを得る。
(ってか何あれ)
セイカの意識は、地表を覆い隠す炎へと向いた。ただ、その苛烈さに目を奪われたわけではない。
「青い、炎……?」
最初に四人を襲った炎は、赤や橙に近い色合いだった。別段珍しくもなんともない色への変化ではあるが、その差異がセイカは妙に引っ掛かったのだ。
「はっ、下等生物なりに策は練ってきたってか」
攻撃を躱されたというのに、男が顔を歪めることはなかった。むしろ、満足げな表情を浮かべているようにも見える。
「面白ぇもん見せてくれた礼に、一つ教えてやる。俺は────」
男の言葉は、そこで途切れた。
遮るかのように、ランセが相手目掛けて刀を振るったためだ。ただ、不意の一撃に見えたそれが傷を与えることはなかった。
「……話してる途中だろうが!」
「時間が惜しい。戦いながらにしてもらおうか」
返しの一撃として炎を放たれるが、ランセは動じることなく鮮やかに回避してみせる。能力に恵まれたおかげで、空中戦には慣れているのだろう。
(……ウチも行かなきゃ!)
眺めている暇はない。セイカも大鎌を握りしめて参戦し、ランセと連携して相手に絶えず攻撃を仕掛けていった。
「ぐっ、これだから人間どもは……!」
「まるで、自分は違うかのような言い草だな。お前はいったい何者だ?」
挑発気味に問いかけながらも、ランセが攻勢を緩めることはない。
一方セイカは、黙って攻撃を続けるだけで手一杯だった。脳波による飛行ユニットの制御に苦戦していたためだ。
「……うぜえし、うるせえし」
モーターの駆動音。大鎌と刀が空を切る音に、二人の呼吸。それらにかき消されることなく、男の呟きが耳に届いた。
直後、周辺の熱が急激に上昇する。
「邪魔くせえ!」
その叫びが聞こえると同時に、男の体は巨大な赤い炎によって覆い隠された。
予兆を感じていたため、セイカとランセは間一髪で回避に成功する。だが、炎が消えることなくその場に留まり続けたため、強制的に攻撃を中断させられてしまった。
「俺の話が聞きたいんだったな……手短に済ませてやるからよぉく聞きやがれ!」
先程と負けず劣らずの興奮状態だが、情報を明かすつもりはあるらしい。火柱のようなそれに近づけない今できることもないため、セイカはただ耳を傾けることにする。
「俺たちは、宇宙の意思に従う者」
「『宇宙の意思』……?」
二人は顔を見合わせて復唱した。それだけで、互いに聞き覚えのない言葉だということを察する。
「目的は一つ。この星を滅ぼすこと」
唐突な展開に、理解が追いつかない。
だが男はそれで充分説明できたつもりらしく、炎を取り込んで再び二人の前に姿を現した。
「ほ、滅ぼすって、なんで……!」
「長々話すつもりはねえ。てめぇで考えな」
冷たくあしらった男から、今度は無数の青い火球が放出される。
考え事をしながら避けられる速度ではない。意思を持ったかのように飛来するそれらを躱しきるべく、セイカは飛行に集中した。
(逃げるだけじゃ駄目だ。あいつに近づかないと……)
時間は限られている。常に攻め続けるつもりでいなければ、勝利を手にすることはできないだろう。
二人とも、同様の考えに至ったらしい。セイカとランセは火球の弾幕を同時に抜け、男を挟み込んだ。
「もらった!」
大鎌と刀が、振り下ろされる。だが男は避ける素振りを見せることなく、二人の攻撃を悠然と待ち構えていた。
その理由を、セイカはすぐに知ることとなる。
「なっ、溶けた……⁉︎」
男の体に触れた瞬間、大鎌と刀が刃先から溶けてしまったのだ。
相手の熱によるものと見て、間違いない。火傷して大鎌を捨て去ったセイカの掌が、そう訴えかけていた。
「お返しだ」
男の両手から、青い炎が放出される。二人は咄嗟に回避行動へと移ったが、接近していたためか躱しきれずにその餌食となってしまった。
「ぐ……ああっ!」
セイカは高速で回転し、生じる風圧を利用することで強引に消火する。それから、同様に対処したであろうランセと合流した。
「ランセ……これ、使って!」
口から黒煙を吐きながら、セイカは能力で形成した刀を手渡す。先程の炎で失ってしまった攻撃手段の代わりだ。だが、ただの代用品ではない。
「……なんだこれは」
ランセが首を傾げるのも無理はないだろう。刀の鍔に取り付けられた謎の球体が、和の要素を台無しにしているのだから。
「能力を保存できる発明品! これで攻撃が通る……かもしんない!」
形成し直した大鎌に同じ仕掛けを施すと、セイカは相手のもとへ突進した。目論見どおりになる保障などないが、だからと言って躊躇ってもいられないのだ。
「くらえ人もどき!」
「威勢のいいガキだ。だが何度やったところで……」
大鎌が触れる寸前に、男は後方へと回避する。まるで、何かを気取ったかのような動きだった。
「その冷気……なんだ?」
(やばっ、ばれた! でもいけそう……!)
発明品に保存されていた能力は、氷に関するものだ。武器が相手の熱で溶かされてしまうなら、それを相殺すればいいとセイカは考えていた。
「だんまりか……まあいい」
男の反応からして、その策が有効に働く可能性は高い。不意を突けなくなったことは痛手だが、今の一瞬で充分すぎる収穫を得ることができた。
(お願い、ランセ!)
死角から忍び寄ったランセが、刀を振るおうとしている。
人外と思われる存在を一撃で無力化できるかどうかは不明だ。それでも、この攻撃が通れば戦局は大きく傾くだろう。
セイカはそう期待したが、やはり思ったようにはいかないらしい。
「それで後ろを取ったつもりか?」
男は見向きもせずにランセの斬撃を躱す。そして流れるような動作で彼女の腕を掴むと、一瞬で青い炎の中に閉じ込めてみせた。
直後、絶叫が響き渡る。
「ランセ!」
最悪の事態を想像してしまうが、それでもセイカが止まることはない。一刻も早く仲間を助けるべく、彼女はその手に握った大鎌を振るう。
「欲しけりゃくれてやらあ!」
回避と同時に、ランセの身が放り投げられた。火だるまになった彼女を前にして、セイカは決断を迫られる。
(受け止め……いや、でも……)
自力での飛行をランセが続けられるか不明な以上、受け止めるべきだろう。だが、燃え盛る彼女の身に触れようものなら延焼は免れない。
「打ち返せ!」
「え……⁉︎」
「大鎌でアタシを打て! 早く!」
掠れたその叫びを聞いて、セイカは覚悟を決める。未だ意図はわからないが、求められたなら応えるまでだ。
「一、球、入、魂!」
セイカは可能な限り衝撃を吸収してから、全力で大鎌を振り抜く。打つ、というよりは押し出す要領だ。
「今度こそ焼き尽くしてやる」
一風変わった攻撃方法だが、正面から仕掛けているために奇襲にはなり得ない。男は余裕を崩すことなくランセに掌を向けた。
放出される青い炎。だが、その大部分が一瞬で彼女の肉体へと取り込まれて消滅する。
「何っ……」
「遅い」
僅かだが、男に隙が生じていた。ランセはそれを見逃すことなく急接近し、相手の背後へと回り込んで拘束する。
「……実際に試してわかったことだが、アタシはお前の能力もコピーできる。そして、お前の能力は炎の放出と吸収がセットだ」
「だからコピーすりゃあ俺の力を封じきれる、ってか……? いいぜ、やってみろよ」
不敵に笑った男の体から、炎が噴き上がった。先程までと比べれば確かに勢いは弱まっているが、それでも驚異的な火力を有している。現に、ランセは苦悶の表情を浮かばせられていた。
「……言っただろう。遅い、と」
「あ……?」
ランセの言葉を理解できていない様子の男が、前方へと視線を戻す。刹那、セイカの大鎌がその首を胴体から切り離した。
「上出来だ」
「もうちょっと屈んでよ! 危うく一緒に切っちゃうとこだったじゃん!」
緊張の糸が切れたことで、文句をぶつけるセイカ。彼女がランセの思惑に気づいたのは、男の動きを封じることに成功した瞬間だ。
セイカの視点では確証が持てなかったため一か八かの賭けに思えていたが、仲間を信じることで最良の結果へと繋げられた。
「そう、か。それは、すまな、かった……」
徐に瞼を閉じたランセが、男の亡骸から手を放す。直後、彼女の体はそれを追いかける形で自由落下を始めてしまった。
「ランセ⁉︎」
この高さから落下したら、いくらランセと言えども無事ではすまない。気絶した彼女を助けるべくセイカは動き出そうとしたが、不幸は続いた。
飛行ユニットの充電が、切れてしまったのだ。
「う、嘘おっ⁉︎」
セイカの体までもが、地面へと引き寄せられていく。咄嗟に足場の形成を試みるが、消耗のせいか能力を行使することは叶わなかった。
「やばいやばいやばい……!」
重量物を背負っていることが災いして、受け身も取れそうにない。ランセを助けるどころか、自分が生き延びることすらできそうになかった。
もはやここまでかと彼女が諦めかけた、その時。
「……お?」
背中から、弾けるような音が聞こえた。直後、飛行ユニットが動作を再開する。
いったい何が起こったのか。それを考えている時間は、ない。
「間に合ええええ!」
セイカは下方向へと急加速し、ランセの身を引き寄せる。そのまま進むとより凄惨な結末へと至ってしまうため、すかさず軌道を修正して徐々に高度を落とせるよう調整した。
「あ、危なかったあ……」
努力の甲斐あって、どうにか着陸に成功する。直後、足音が近づいてきたことでセイカはそちらへと視線を向けた。
「先輩!」
「ランセさん!」
「タタラ! それにカナタも⁉︎」
外で待機していたはずの二人が現れたことで、セイカは目を丸くする。二人もまた、重傷を負ったランセの姿を見たことで衝撃を受けているようだった。
「な、なんでここに?」
「わ、私が無理を言ったんです。時間が経ったら少し楽になって……じっとしているわけにはいかないな、と」
「そっか……」
カナタは申し訳なさそうな表情を浮かべている。ただ、セイカが彼女の行動を咎めることはない。
むしろ、感謝しなければならなかった。
「助かったよ。カナタが電力を供給してくれなかったら、今頃どうなってたか」
セイカが再び飛行できるようになったのは、電力が供給されたおかげだ。攻略に直接参加していないとは言え、その功績は大きい。
発明品を用意したタタラに関しても、同様に。
「あ、さっきの変な炎のこと聞きそびれた⁉︎」
大事なことを失念していたと気づき、セイカは顔を青ざめさせる。手加減する余裕などなかったため峰打ちにできずとも仕方がないと理解できているが、後悔を覚えずにはいられない。
「二人とも、体は本当に大丈夫? どこか変なとこない?」
「ええ。さすがに、快調とまではいきませんが……」
「じ、ジブンも同じっス……って、そんなことよりそろそろ出ましょう! 迷宮が崩れそうっス!」
男を倒せたためか、早くも迷宮が揺れ始めていた。
謎は多いが、今話したところで答えが得られるわけでもない。ひとまず、セイカはランセを抱えたままタタラとカナタの後に続き、この場から脱出するのだった。




