第30話「新たな拠点」
「や、やっと終わった……」
ため息混じりの声が、車内に響く。
逃走劇を繰り広げること、数時間。一行はどうにか追手を撒くことに成功し、目的地の方面へと進めるようになっていた。
「とてつもない執念でしたね」
「さ、さすがにここまで苦戦するとは思わなかったっス……」
信号が変わる瞬間を攻めたり、他の車両に阻まれて追跡できない状況を作り上げたり、施設の屋内駐車場に潜伏したり────四人は知恵を出し合い、様々な方法で追手から逃れようと尽力した。その甲斐あってか、ここ数十分は件の車を見かけずに済んでいる。
「一安心、と言ったところだが……いつまた見つかってもおかしくはない。今のうちに、目的地まで辿り着いてしまいたいものだな」
「もうそろそろ着くみたいっスけどね……あ、ほら」
タタラが声を上げた直後、ナビの案内が停止した。指定した住所の付近に到着したためだろう。
「ランセさん。次の交差点を通り過ぎて少ししたら、左折してください。大きな門がある所です。恐らく、開いていると思いますから」
「わかった」
(……大丈夫かな?)
二人のやり取りに耳を傾けていたセイカは、不安を感じずにはいられなかった。
カナタが方向音痴であることを、覚えていたためだ。今はまだ西日が眩しい時間帯だが到着する頃には月が昇っているかもしれないと、密かに覚悟を決める。
ただ、その心配は無用だったらしい。
「うわ、でかっ」
門をくぐった先にあったのは、豪邸だ。広大な敷地の中には、手入れされた庭園や華美な噴水まで存在している。創作物に登場するようなそれと比較しても遜色ない程の芸術性を、その場所は有していた。
「ザ、お金持ちの家、って感じっスね……」
「……そういえば、結局ここはどこなの?」
思い出したように、セイカはカナタへそう尋ねる。
三人は未だに、彼女から詳しい説明を聞くことができていなかった。カーチェイスのせいで、それどころではなかったのだ。
とは言え、ある程度の予想はついていた。
「私の家です」
「……え?」
そんな声を漏らしたのは、タタラだ。信じられないと言った様子で、彼女はカナタへと視線を向けている。
「カナタのパパ、経営者だったって言ってたもんね。さすがに、この規模の資産家だとは思ってなかったけど……」
「じ、ジブン初耳っスよ? なんで先輩はそんなこと知ってるんスか?」
「うーん……まあ、成り行きで?」
カナタならば気丈に振る舞うだろうが、不躾に掘り返していい話題でないことは確かだ。本人の口から語られるまで、セイカは触れないでおこうと決めた。
「……どこに停めればいい?」
「ひとまず、玄関の近くで構いませんよ」
「あ、そ、それならジブンが能力でしまっておくっス。追手に見つかるリスクは、少しでも減らしときたいっスから」
程なくして停車し、全員降りた後にタタラが申し出どおり車を収納する。
相変わらず便利な能力だと感心しながら見守っていたが、突如玄関の扉が開け放たれたことでセイカの意識はそちらへと引き寄せられた。
「お帰りなさいませ、カナタお嬢様」
十数人の執事やメイドが一糸乱れぬ動きで列を作り、玄関の左右でそれぞれ頭を深く下げる。何かのパフォーマンスかと思わされる程に、圧巻の光景だった。
「長い間留守にして、申し訳ありませんでした。皆、変わりないですか?」
「滅相もないことでございます。我ら使用人一同、大病もなく務めを果たしておりました」
メイドの一人が、頭を下げたままカナタに応答する。他の使用人も、会話に参加こそしないが身動き一つせずに主の指示を待っているようだった。
「良かったです……お忙しいなかでのお出迎え、ありがとうございました。各自、持ち場にお戻りください。あ、メイド長は私と一緒に、友人たちの案内をお願いします」
「かしこまりました」
カナタと言葉を交わしていた女性が、メイド長だったらしい。彼女一人を残して、他の使用人たちは即座に散開した。
「皆さん、どうぞ中へ」
「あ、ああ……うん」
カナタに促され、三人は屋敷の中へと足を踏み入れる。
内装もまた、一般家庭のそれとはかけ離れたものになっていた。まるで高級ホテルにでも招待されたかのようだ。
もっとも、セイカがそのような施設を利用したことは一度もないが。
「では僭越ながら、私めが皆様方のお部屋までご案内させていただきます」
最後に入って戸締まりを終えたメイド長が、四人の前へと回って恭しく一礼する。返事も待たずに背を向けると、彼女は凛とした姿勢で歩き始めた。
「メイド長。歩きながらで申し訳ないのですが、一つ相談しても良いですか?」
「カナタお嬢様の命とあらば、喜んで。なんなりとお申し付けください」
(……上手く話が進むといいんだけど)
二人の後に続きながら、セイカは一人考える。
カナタの帰省は急遽決まったことのはずだ。であれば、そこに至るまでの経緯を詳細に伝えられていなくてもおかしくはない。当てが外れる可能性は、充分存在した。
「実は、所用で海外へ向かう必要が出てきまして……できるだけ、人目につかない方法で渡航したいのですが……」
「海外ですか。一つ確認させていただきたいのですが、それは例の、迷宮と思われる建造物の出現が何か関係しているのでしょうか」
「……ええ。そのとおりです」
一瞬言葉に詰まっていたが、どうやら正直に打ち明けることを選んだらしい。カナタはゆっくりと頷いた後、再び口を開いた。
「私たちは、全迷宮の消滅を目的として動いています。そのために、この家の……いえ、貴方たちの力が、必要なのです」
前方へと回り込み、立ち止まって振り返るカナタ。真っ直ぐなその瞳から何を感じ取ったか、メイド長は小さくため息を吐いた。
「主の身が危険に晒されるとわかりきっている以上、命令に背いてでも止めるべきなのでしょうが……私どもの言葉一つで止まってくださる程、お嬢様は聞き分けが良くはありませんよね」
「さすがメイド長。私のことをよく理解してくださっていますね」
「お褒めにあずかり光栄です」
カナタたちのやり取りから、先程まではなかった気安さが僅かに感じられる。少なくともこの二人においては、ただの主従関係を超えた『何か』があるのだろう。セイカは黙りながらもそんなことを考えていた。
「……お嬢様のご要望に最大限応えられるよう、私の方で手配しておきます。ただ、その前に状況を正確に把握しておきたいので、後程これまでのお話をお聞かせいただければ幸いです」
「ええ。よろしくお願いします」
無事、話がついたらしい。カナタに先頭を譲られると、メイド長は部屋への案内を再開した。
「皆さん。渡航の手配にはしばらくかかると思いますので……その間、私の家を拠点として使ってください」
「ウチらとしては大助かりだけど……本当にいいの? もしウチらと繋がってるってばれたら、家とか会社にとんでもない迷惑かけちゃうんじゃない?」
申し訳ないという気持ちは当然ある。ただ、万が一損害をもたらしてしまった場合に責任を取れない、という自己中心的な懸念もセイカの中には確かに存在した。
「構いません。というより、直属の攻略部隊に捕まってしまった時点で私の情報は向こうに漏れているはずなので、今更気にしても仕方がないと言いますか……」
そう言ってカナタが視線を向けたのは、ランセの方だ。攻略部隊についての話なら彼女に聞いた方が早い、ということなのだろう。
「……予想どおり、こいつの身元は既に割れている。『原初の迷宮』が消滅したことによるごたごたのせいで、この家を張り込む余裕はなかったようだがな」
「そっか……」
カナタの推測は当たっていたようだが、喜ばしいことではない。反応に困ったセイカは、ただ相槌を打つことしかできなかった。
「……到着しました。こちらが、皆様のお部屋でございます」
ちょうど話に一区切りついたタイミングで、メイド長が立ち止まる。
案内されたのは三階。二人でも持て余す程の広い部屋が、一人一室用意されていた。身の丈に合った扱いとは、到底思い難い。
「では、私は例の件を進めておきますので、これにて失礼します。何かご用がございましたら、いつでも使用人どもにお申し付けください」
「ええ、ありがとうございました。引き続き、よろしくお願いしますね」
深々とお辞儀をした後、メイド長は足早に去っていった。手配以外にも業務が山積みなのだろう。
「さて、皆さんお疲れでしょうし……夕食までまだ時間があるので、各自部屋で休憩にしましょうか」
「さ、賛成っス〜」
「……アタシは寝る。メシの時間になったら起こしてくれ」
言うだけ言って、三人はそれぞれ部屋へと入ってしまう。メイド長の姿も見えなくなったため、廊下にはセイカだけが取り残された。
「ウチも、ちょっと横になろうかな」
至れり尽くせりの環境であるが故に、すぐには気が休まりそうにない。だが、勝手のわからない状況で他人の家を歩き回るわけにもいかないだろう。そう考えたセイカは大人しく部屋に入り、柔らかなベッドへ身を委ねることにするのだった。




