第29話「再出発」
しばし時は流れ、某日。それなりに栄えている地域の割には交通量が比較的少ない道路を、一台の車が悠々と走行していた。
『続いてのニュースです。国内全ての迷宮が突如消滅した件について、担当大臣から声明が発表されました』
ラジオ代わりにつけていたワンセグのテレビから、アナウンサーの声が聞こえてくる。巷を騒がせている話題のようだったが、この車内にいる少女たちが興味を惹かれることはない。
「……本当に、全部片付いたみたいだね」
後部座席の背もたれに体を預けながら、セイカは誰にというわけでもなく呟く。
像を倒した、あの日。他の迷宮に存在したような『核』を破壊することなく、四人は最深部から脱出してしまった。迷宮が崩壊を始めていたためだ。
「攻略できていない扱いになっているかもしれないと思いましたが、杞憂でしたね」
隣に座るカナタから、そう返される。肩の荷が下りたということなのか、彼女は朗らかな表情を浮かべていた。
「多分、あの像自体が、迷宮の核として機能してたってことなんじゃないっスかね」
そんな推測を述べたタタラが座っているのは、助手席だ。彼女は太腿の上にノートパソコンを置いて、なんらかの作業に励んでいるようだった。
「まあ、そう考えるのが妥当だよね。実際、他の迷宮もまとめて消せてるわけだし」
「……像や迷宮を修復するためにエネルギーを回収した結果、とも考えられるがな」
「そ、それはさすがに勘弁してほしいっス……」
縁起でもない説を提唱されたことで、タタラの視線が真横へと向く。
この車の運転手を担っているのは、ランセだ。面倒だったのか彼女自身は渋る様子を見せていたが、他に誰も免許を持っていなかったため現在に至る。
「今は確認する術がないが……もし復活したら、また攻略すればいいだけの話だ。今度こそ、確実にな」
「ええ、そうですね」
過度に恐れる必要はない。それを実現させられるだけの力があると、先日の戦いで証明できたのだから。
「うーん……にしても、これからどうしようかねぇ」
セイカは頭の後ろで腕を組み、短く唸った。
全ての迷宮を消滅させるという壮大な目標がこれ程早く達成できるとは、考えていなかったのだ。その後のことについても、同様に。
「今までの暮らしも、迷宮攻略ありきだったからなあ。なんか稼げる方法探さないと」
セイカにも、実家というものは存在する。だが彼女の中に、帰るという選択肢はなかった。単に、折り合いが悪いのだ。
カナタの手前、それをわざわざ口に出すことはしないが。
『────速報です』
誰の声とも重ならずにテレビの音が聞こえたことで、セイカの意識は自然とそちらに向く。
恐らくは、全員同じだろう。四人は会話を中断し、速報とやらの内容に耳を傾けていた。
(まあ、大したニュースじゃないと思うけど)
政府がなんらかの根回しをしたか、あるいは逆に、政府がこれまでに働いてきた数々の悪事がとうとう露呈したかのどちらかだろう。また、迷宮とは無関係の情報という可能性もある。
だが、セイカの頭に浮かんだそれらの予想は、ことごとく外れることとなった。
『世界各地に、謎の建造物が出現しました』
「……マジ?」
端的な説明。それでも、大して期待していなかったセイカの目を見開かせるには充分だ。
『関係者によりますと、これらの建造物は日本における迷宮と同一の存在である可能性が高いとのことです。各国では、調査隊の編成を迅速に進める動きが確認されています』
詳細な情報はまだ掴めていないらしい。以後は、出演者たちが独自の見解を述べるだけの時間が続いた。
「カナタ、どうする?」
視線を動かしながら、セイカは問いかける。もっとも、引き締まった表情のカナタから返ってくる答えなどわかりきっていたが。
「当然、向かいます。日本の外であろうと、迷宮の被害者を増やしたくはないので」
「だよねぇ」
大きな目標を達成しても、燃え尽きてはいなかったようだ。自らにとっての正しさを追求するカナタらしい答えが聞けたことで、セイカは微笑を浮かべた。
「ま、カナタが行くって言うならウチも着いてこうかな。他にやることもないし」
面白そうだからという理由の方が大きいが、正直に告げはしない。不謹慎な発言を自重できる程度の良識は、セイカとて持ち合わせていた。
「もちろんタタラも行くでしょ?」
「きょ、拒否権くれるんスか……⁉︎」
「もー、そんなこと言わないでよぉ」
セイカは身を乗り出し、背もたれ越しにタタラへと抱きつく。先輩としての威厳を捨て、わざとらしい猫撫で声で交渉を試みた。
「旅は道連れ、って言うじゃん? 二人だけじゃ心細いし……セイカちゃん的には、タタラにも付き合ってもらえたら嬉しいんだけどなぁ」
「うぅ、わかったっス、行くっスよ……」
「やたっ、ありがとタタラ!」
言質を取れた瞬間に、タタラの身を解放する。次いで、セイカはランセの方へと視線を向けた。
「ランセもどう?」
「金が貰えるならどこへでも」
「いいね。話が早くて助かるよ」
まだしばらく、この四人での活動は続けられそうだ。ついこの間まで敵対していたはずのランセにすら絆を感じているセイカは、そのことを素直に嬉しく思った。
「でも、交通手段はどうするっスか?」
作業の手を止めたタタラが、そう尋ねる。
船か、飛行機か。彼女が気にしているのは、そんな単純な二択についてではないだろう。
「ジブンたちまだ目をつけられてるんで、空港なんて行ったらしょっぴかれかねないっスよ? ハッキングでの情報改竄にも、限界がありますし……」
政府の悪行は、未だ明るみに出てはいない。故に、セイカたちは今も追われる身のままだ。指名手配こそされていないが、動向を察知されないよう注意する必要があることにもまた変わりはなかった。
「……なんとか、できるかもしれません」
沈黙を破ったのは、カナタだ。彼女はどこからか取り出した紙に何やら書き記すと、それをタタラへと手渡した。
「すみませんが、そちらへ向かうように案内していただけませんか?」
「わかったっス。ナビ設定しとくっスね」
書いていたのは住所のようだ。タタラは受け取った紙を確認すると、目的地の設定を手早く終えた。
「どこに向かうの?」
「それは……」
「……話しているところ悪いが」
答えようとしたカナタの声に、ランセのそれが被せられる。慣れた様子で運転を続ける彼女の視線は、バックミラーへと向けられていた。
「つけられているぞ」
直後、セイカとカナタは同時に振り向く。ただ、後続車に特段不審な様子は見受けられなかった。
「偶然、進路が同じだった……という可能性はないのですか?」
「いや、意図的にこっちを追跡してるみたいっスね。街中の防犯カメラを解析して確認したんで、間違いないっス」
「もう、まだつけてきてんの? いい加減諦めてほしいんだけど」
まだ、というセイカの言葉には理由がある。
元々、四人はドライブを楽しんでいたわけではない。敵の拠点に二度も侵入したことが原因で基地を特定され、急遽逃亡することになってしまったのだ。
「撒けたものだとばかり思っていましたが……なかなか上手くはいきませんね」
「ちょっくら制圧する? カナタの能力使えば、車内からでもなんとかなるでしょ」
「駄目っスよ! 下手なことしたら、正真正銘の犯罪者になっちゃうっス!」
強引な手段が許されるのは、ある程度の正当性を主張できるときだけだ。これといった動きを相手が見せていない今、セイカたちにできることはない。
「そうでなくとも、他の方を巻き込んでしまう恐れがありますしね……」
「冗談冗談。でも、やっぱ鬱陶しいなぁ」
目的地までこのまま、というわけにもいかないだろう。安全かつ合法な手段で、四人は相手を振り切る必要があった。
「……なるべく追手を撒けるように走ってはみるが、あまり無茶はできん。目的地付近に入るまでの間、何かいい案がないか三人で考えておいてくれ」
三人同時に了承の返事をした後、エンジンの回転数が上がる。車とランセにかかる負担を少しでも軽くできるよう、セイカは唸りながら思考を巡らせるのだった。




