第28話「決戦」
「はあっ、はあっ……」
誰かしらの呼吸音が、連続して聞こえ続ける。それ程までに、四人は疲弊させられていた。
だが、悠久に思われる戦いにも終わりは訪れる。
「逃がすかあっ!」
怯えるように逃げ出した獣。その体を、セイカは大鎌で容赦なく両断する。
それが、最後の一体だった。
「おっ」
セイカの手から大鎌が消え去り、そしてすぐにまた別の大鎌が出現する。恐らくは、それぞれの能力が復活したということなのだろう。
「か、勝手に戻ってくれて良かったっス……」
瓦礫の山が消滅していることを確認したためか、タタラが安堵するかのような息を漏らした。一つ一つ収納し直す必要があるかもしれない、という懸念から解放されたともなれば無理はない。
ただ、それでも完全に気を抜くことはできなかった。
「……今度はどう来るかな」
大きな揺れに襲われたことで、セイカは中央の像を見つめる。
いつの間にか、像にはまたしても亀裂が発生していた。今度のそれは頭部だけでなく、全体にまで広がっている。そして数秒程経過すると、表面が先程同様に崩れ落ちて像の新たな姿を露わにした。
「笑顔、か……忙しないね」
と言っても、安心感をもたらしてくれるようなものではない。像が浮かべているのは、恐怖や不安を煽る狂気的な笑みだった。
「な、なんか動き出したっスよ⁉︎」
封印が解かれた、とでも言うべきか。今まで微動だにしていなかった像が、徐にその腕を上げていく。
「でも図体がでかいだけで、動きは鈍いじゃん。これなら余裕で────」
瞬間、セイカは近くにいたタタラの身を小脇に抱えて飛び退いた。
像の腕が、急激に加速して振り下ろされたためだ。それによって発生する衝撃もまた凄まじく、一瞬で地面に巨大な窪みが作り出された。
「……油断するな」
「べべべ別に油断してないし⁉︎」
命の危険を感じたことで、さすがのセイカも声を震わせる。運良く回避できたが次もそうとは限らないため、彼女は今一度気を引き締め直すことにした。
「次、来ます!」
カナタの声が響く。
像の掌が、地面を抉りながら横方向へと動いていた。狙いは彼女と、ランセの二人だろう。
「タタラ、解析はどう?」
像の攻撃範囲から一時的に脱せたセイカは、タタラの身をゆっくりと下ろした。抱えたままでは解析を邪魔してしまうと考えたためだ。
「も、もう少しっス!」
像からの攻撃を必死に躱す二人を横目に、セイカは解析の完了を待つ。相手の注意を逸らしたい気持ちはあったが、タタラの護衛がおざなりになっては意味がないため、歯痒さを覚えながらもどうにか堪えた。
「出たっス、けど……」
朗報を告げているにもかかわらず、浮かない表情のタタラ。そのわけを、セイカもすぐに理解することとなる。
「右腕、左腕、右足、左足の順で部位を破壊した後、首を切断する必要があるっス。しかも、一つの部位を破壊してから十秒以内に次の部位を破壊できないと、すぐに再生するみたいっス」
「……よくそこまでわかったね」
「像の内部から、複数の膨大なエネルギーを感知できたんで。推測の証明こそできないっスけど……大きく間違ってはないはずっスよ」
そう言って、解析に使ったであろうノートパソコンの画面をタタラが見せてきた。
当然理解できないため、セイカは雑な相槌で誤魔化すことにする。それから、再びカナタたちの方へと視線を向けた。
「二人とも聞こえた? 順番に部位破壊しないと倒せないって!」
張り上げたその声に対し、二人の声が同様に返される。
これで、勝利条件の確認と共有はできた。あとはその方法を考え、実行するだけだ。
「さて、どうしたもんか……ねっ!」
迫っていた鉄拳を、セイカとタタラは間一髪で躱す。そしてそのまま、他二人との合流を目指して走り出した。
どの攻撃も初速が遅いため、注意していれば回避自体は難しくない。それでも、彼女らに余裕が生まれることはなかった。
「迷宮が像の攻撃に耐えられてないっス! あんまり長引くと、生き埋めにされちゃうっスよぉ!」
像が動きを見せる度、悲鳴のような地響きが発生している。このままでは、いつ迷宮が崩落してもおかしくはない。
「ランセ! あのデカブツ倒せそうな方法、なんか思いつく?」
合流に成功したことで、セイカはそう尋ねた。コピーした能力を上手く利用できればあるいはと、期待していたのだ。
だが、そんな都合のいい話はないらしい。
「さっぱりだ。能力のストックはあと一つ残っているが、これだけではどうにもならんだろう」
「そっか……じゃあ、一か八か『奥義』をぶつけてみるしかないかな」
奥義。かつて『火山の迷宮』最深部で化物相手に披露した、あの技のことだ。今回の攻略ではまだ使っていないため、タタラの発明品が壊れてさえいなければ問題なく繰り出せるだろう。
ただ、懸念するべき点が他に存在した。
「像の硬度を、上回れるでしょうか……?」
「大鎌の硬度をマックスにした上で、質量と体積も数十倍に跳ね上げないと厳しそうっスね。そのサイズ感でも、発明品での加速は可能なはずっスけど……」
「それだと今度は、ウチが投げ飛ばせなくなっちゃうんだよねぇ」
射出まで発明品頼りにしてしまうと、負担が大きくなりすぎる。その電力を供給する役割のカナタに関しても、同様に。
とは言え、ここまで来て奥義を使わないという手はない。故に三人は、何を妥協するかという問いに頭を悩ませていた。
「……奥義、とはなんだ?」
沈黙を破ったのは、ランセだ。互いの情報を全て共有できているわけではないため、彼女が奥義について知らないのも無理はないだろう。
「大鎌を、手裏剣みたいにして」
「ジブンの発明品で、飛ばして……!」
「私が電力を、供給する技です!」
像の攻撃を躱しながら、それぞれ簡潔に伝える三人。
その短すぎる説明でも、詳細をある程度理解できたらしい。興味深そうな声を漏らした後、ランセは再度口を開いた。
「なら、投げ飛ばすのはアタシがやろう。お前は形成に専念しろ」
「え、でも大丈夫なの? 気合いでどうにかなるもんじゃないでしょ」
「……残った能力は、肉体強度を上昇させる類のものだ。それを使う」
能力を使ったとしても、像に対抗できるだけの重量物を支えきれる保障はない。そんなことは、ランセ自身が一番理解しているはずだ。
それでも、やるしかない。彼女の覚悟を感じたセイカは、野暮な言葉を飲み込んで相手の方へと向き直った。
「全員、奥義の準備! 像の攻撃が収まり次第、すぐ動けるようにしといて!」
指示を出した後、セイカは握っていた大鎌を消滅させる。そして来たるべき時に備え、神経を研ぎ澄ましていった。
「……今!」
その合図を受けて真っ先に駆け寄ってきたのは、ランセだ。そんな彼女の頭上に、セイカは大鎌を形成していく。
「先輩、お願いします!」
やや遅れてタタラが到着し、発明品を用意する。形成中の大鎌にそれらを取り付けると、彼女はすぐにまた二人から離れていった。
「じゃ、邪魔はさせないっスよ……!」
タタラはドローンと思しきものを数機出現させ、像へと飛ばしていく。奥義の準備を進める二人が狙われないよう、相手の注意を引きつけているのだろう。
「なすべきことを、なします!」
カナタもまた、得意の射撃で相手の妨害に励んでいる。ただ、後にもう一仕事残っているためかその威力は抑えられていた。
「能力発動……急げよ、あまり長くは持たん」
「わかってる、っつぅの!」
全速力で、形成を進めていく。
進捗は七割程。あまりの酷使にとうとう鼻血が噴き出してしまったが、まだ止まるわけにはいかない。
叫び声を上げながら、セイカは遠のく意識を必死に保ち続けた。
「……アタシも、一肌脱ぐとしようか」
意味深な、ランセの呟き。
直後、大鎌の形成速度が上昇する。身に覚えのない現象だったが、セイカはそれが発生した理由を即座に特定することができた。
他にこの能力を使える者など、一人しかいないのだから。
「ランセ、併用はできないんじゃないの⁉︎」
「話しかけるな!」
純粋な疑問をぶつけただけだったが、凄まじい剣幕で怒鳴られてしまう。
どうやら、かなり無理をしているらしい。そう察せたことで、セイカもまた自身の役目を果たすために心血を注いでいった。
そして、ついに。
「できたよランセ! あとお願い!」
大鎌を完成させられた今、人並みの筋力しかない自分にこれ以上できることはないだろう。そう判断したセイカは、ランセの邪魔をしないよう即座に退散する。
「ぬ……お、ああああっ!」
叫びながら、全身を震わせるランセ。限界など、とうに超えているのだろう。
それでも、二本の足は未だ大地を踏み締めている。二本の腕は、四人の希望を支え続けている。終わるのは自分たちではなく相手だと、彼女はその肉体で主張していた。
「く、そ、く、ら……ええええ!」
回転を加えた、投擲。人力で放たれたとは思えない程の勢いで、大鎌が飛んでいく。だが、このままでは像へと達する前に落下してしまうだろう。
「参ります!」
そうはさせまいと、カナタが大鎌に向けて電気を放出する。そしてそれは四つの発明品へと吸収され、回転を促す動力に変換された。
「さあ行くよ一回目……!」
セイカの脳波を受信し、大鎌が軌道を修正する。
狙うは、像の右腕。都合良く相手が迎撃の構えを見せていたため、さほど苦労せずに激突の瞬間を迎えることとなった。
「切り裂け!」
セイカの声に応じるかのように、大鎌が像の右腕を切り裂く。無理を重ねた甲斐あってか、威力は充分なようだ。
「大先輩、電気を!」
「ええ!」
今の一撃で、随分と回転数を落とされてしまった。この速度では、二度目の激突を制することはできないだろう。
だが、カナタの能力が続く限りは問題ない。電力を供給されたことで、大鎌は再び唸りを上げて像に迫った。
「二回目、お願いします!」
カナタの願いに応える形で、像の左腕が切り裂かれる。
あと、三回。この流れで終局まで運べるかと思われたが、そうは問屋が卸さないらしい。
衝撃の光景を目の当たりにしたことで、セイカは驚愕した。
「な、何あれ⁉︎」
欠損した部位を補うように、像の胴体から新たな両腕が生えたのだ。ただ、切断される前のそれとは性質が異なるらしい。
新しい腕には、妙なしなやかさが存在した。
「さ、再生が始まってるっス! 新しく生えた腕自体が膨大なエネルギーの流れで構成されてるんで、なるべく当たらないようにした方がいいっス!」
「丁寧な解説ありがとおっ!」
脳波での制御という慣れない作業に苦戦しながらも、セイカは大鎌の軌道を両腕から逸らしていく。何度か掠ってしまったが、どうにか直撃を避けて次なる標的の付近へと到達させることに成功した。
「電力供給からの……三回目っス!」
タタラが声を発すると同時に、像の右足は切り落とされる。直後、腕と同様に新たな足が出現してその巨体を支え始めた。
「ああもうしつこい!」
次第に、像の動きが速くなっている。大鎌が両腕に触れられる頻度も高まり、そのせいでカナタの仕事も余計に増やされていた。
「カナタ、もっかいお願い!」
「い、いきます!」
左足との激突を目前にして、大鎌の勢いが衰えてしまう。カナタの射撃は必要不可欠だった。
だが。
「そ、そんな……!」
絶望するかのような、カナタの声。
彼女の握る拳銃から、電気が放出されることはなかった。どうやら、能力の限界が訪れてしまったらしい。
(嘘でしょ、こんなところで……⁉︎)
心なしか、像の口角が上がったように感じられる。
もはやここまでかと諦めかけた、その時。
「まだだ!」
吐血しながら叫んだランセの掌から、電気が放出される。それは見事に大鎌へと命中し、四回目の後押しをしてみせた。
これで、残るは首のみだ。
「……かっこつけすぎだよ、ランセ!」
セイカは像にも負けない笑みを浮かべ、大鎌の制御を続ける。失敗すれば一巻の終わりとなる状況はなんら変わっていないが、何故か高揚感に近いものを覚えていた。
「神だか天使だかなんだか知んないけど、くらいな!」
大鎌越しに、最後の標的を指差す。
「これが、ウチら四人の奥義……」
息を大きく吸い込んでから、セイカは続けた。
「『大浪漫旋風』!」
最後の力を振り絞ったカナタとランセから、電気が放出される。想いを乗せたその一撃は、轟音を響かせながら像の首を切断した。
「よし! ってうわっ⁉︎」
喜ぶ間もなく、大きな揺れに襲われる。
首を切り落とされた瞬間、像が爆散したのだ。幸いその衝撃で四人が負傷することはなかったが、別の問題が発生していた。
「ま、まずいっス! 迷宮がもう限界っス!」
像の攻撃により、最深部は既に半壊している。今の今まで崩落しなかったことが奇跡的に思える程だ。
「た、タイムリミットということですか?」
「最深部の敵を倒せたから、という見方もできるな」
「話は後! とっとと引き上げるよ!」
今は各々の見解を述べている場合ではない。締まらない幕引きになってしまったことを心の中で嘆きつつも、セイカは仲間たちと『原初の迷宮』を脱出するのだった。




