第27話「憤怒の面」
飛行していた数体の敵が、忽然と姿を消す。恐らくは、先の一撃で条件を満たせたということなのだろう。
「一旦戻すよ!」
「了解っス!」
このまま様子見を続けることも可能だったが、セイカは足場を縮めて緩やかに高度を下げていった。不意の落下を嫌っての行動だ。
「……よし、いっちょ上がりっと」
無事に着地できたことで安堵するが、まだ気は抜けない。カナタの射撃によって亀裂が走った像の頭部へと、セイカは視線を送った。
「これで終わり……とは、いかないよね」
亀裂が広がったことで、面の部分が音を立てて崩れ落ちていく。そうして露わになったのは、空洞ではなくまた別の『面』だった。
「ひえっ」
「うわ、激おこじゃん……やばいよカナタ」
「わ、私だけですか⁉︎」
新たな面が浮かべているのは、憤怒の表情だ。それは、戦いがより激化することを暗に示しているようだった。
「……来るぞ」
ランセのその一言を受け、セイカは即座に切り替える。
直後に彼女らの周囲に出現したのは、夥しい数の化物だった。樹木や魚、小型の機械に獣など、これまでの迷宮で遭遇した様々な種類の化物たちが殺意を剥き出しにしている。
「タタラ、解析は?」
「もうやってるっス……あ、ちょうど終わったっスよ!」
打鍵音を響かせてから、タタラは続けた。
「今度は逆に、化物を全部片付けないと駄目みたいっス! それまでは像に攻撃しても無効化されるっス!」
「この数を、全部ですか……なかなか骨が折れますね」
「まあギミックのない雑魚敵ばっかりみたいだし、なんとかなるでしょ」
他の迷宮の最深部で待ち構えているような、手強い敵の姿はない。いくら四人が疲弊していると言えど、油断さえしなければ遅れを取ることはないだろう。
「じゃあ早速……って、あれ?」
敵の数を減らすべく動き出そうとしたセイカだが、突如異変に襲われたことでその足を止める。
(大鎌が、消えた……?)
再度形成を試みるが、セイカの掌からは何も出現しない。とうとう限界に至ってしまったかと、彼女は焦燥感を覚えながら周囲に視線を向けた。
そして、気づく。
仲間たちも、同様の危機に陥っていると。
「の、能力が使えません……皆さんはどうですか?」
「ウチもだよ。やばいねこりゃ」
「……右に同じだ。恐らくは能力自体の限界ではなく、像か化物どもの仕業だろう」
能力に依存しない武器を所持しているためか、ランセは大した動揺を見せずに戦っている。
だが、この状況の打破を彼女だけに任せるわけにはいかない。何か手はないかとセイカが思考を巡らせた矢先、その背後で大きな音が響いた。
ちょうど、タタラが立っている方向からだ。
「タタラ、どうかし、た────」
事前に形成していた大鎌が消滅させられた点から察するに、今相手から受けている干渉は『能力の一時的な無効化』だろう。ならば、『収納』の能力を有するタタラの場合はどうなるか。
想像に難くないその答えを、セイカは目の当たりにした。
「に、逃げてくださいっスううっ!」
ありとあらゆる物が無から出現し、乱雑に積み上げられていく。亜空間で大量に保有されていたそれらが密集地帯に収まりきるはずもなく、四人は半ば押し出される形で分断されてしまった。
「やっば。どうすっかなぁ、これ……」
化物たちの攻撃を躱しながら、セイカは頭を悩ませる。
四人中三人が主な攻撃手段を失っているこの状況では、いつ誰が落とされてもおかしくはない。一刻も早く合流し、態勢を立て直す必要があった。
「……いや待てよ? 武器ならあるじゃん!」
セイカは化物たちに背を向け、瓦礫の山へと接近する。衝撃で破損したものが多いように見受けられたが、何か一つぐらいは武器として使えるのではないかと期待していた。
「これじゃなくて……これも違う!」
様々なものを手当たり次第に掴み取っては、八つ当たり気味に化物へと投げつける。そんなことを繰り返しているうちに、セイカは気になるものを見つけた。
瓦礫の中から一部だけ飛び出した、棒状の何かだ。
「もしかして……」
掴みやすい大きさのそれを手に取り、勢い良く引き抜く。瓦礫を崩しながら露わになったその全容は、セイカの瞳を輝かせるに至った。
「ビンゴ!」
長い柄。弧を描くように取り付けられた、鋭利な刃。物語に登場するような死神を想起させる────彼女のロマンが、その手に握られた。
「今度はこっちの番じゃああ!」
本物の大鎌を使った経験などない。だがそんなのは些末事だと言わんばかりに、セイカは次々と敵を屠っていく。そしてある程度まで数を減らすと、仲間との合流を目指して走り出した。
程なくして、化物の群れに囲まれたタタラの姿を発見する。
「タタラ、大丈夫⁉︎」
「た、助けてほしいっスぅ!」
タタラも、瓦礫の中から武器を調達したのだろう。彼女は鉄パイプのようなもので必死に応戦している。ただ、殴打は化物にあまり有効ではないのか、大した成果を上げられてはいないようだった。
「任せて!」
敵の注意がタタラへと向いている隙に、セイカはそれらを背後から切り裂く。更に、自身の後を追ってきていた化物も振り向き様に処理してみせた。
「あ、あざっス!」
「怪我は……なさそうだね。一緒にカナタの方まで行くよ!」
「はいっス!」
長物の武器二つで、化物の群れをかき分けていく。
敵一体一体は大して強くなかったが、やはり数が驚異的だ。油断すると物量差で押しきられそうになる。
(無事でいてほしいけど……)
悪い方へと進んでいく、セイカの思考。
直後、それを吹き飛ばすかのように突風が発生した。その風により、化物が方々へと散らされていく。
「待たせたな」
「お二人とも、ご無事ですか⁉︎」
「ランセ、カナタ!」
想定よりも早い集結に、セイカは目を見開いた。どうやら、二人も合流を目指して動いていたようだ。
「ウチらは大丈夫。二人も、平気そうで良かった」
「うぅ、申し訳ないっス。ジブンの能力が使えなくなったせいで、先輩方を危険な目に晒して……」
「そんなことありません。タタラさんのおかげで、武器を用意できたのですから」
そう励ますカナタの手には、実銃が握られていた。素人が取り扱うことは難しいはずだが、似たような武器を使いこなしている彼女に関してはその限りではなかったのだろう。
「にしても、すごいねタタラ。まさかこんなに蓄えてたなんて」
「にへへっ。手当たり次第にしまってたら、いつの間にかこんなことになっちゃったっス……」
褒められたことで照れ臭さを覚えたのか、それとも手癖の悪さを恥ずかしく思ったのか。タタラは人差し指で頬を掻きながらそう答えた。
「……さて。これで四人揃ったわけだが」
「まだ、気を緩めるわけにはいきませんね」
依然として、四人は多くの化物に包囲されている。武器の調達が可能とは言え、能力を封じられている以上苦戦は免れない。
「タタラ。化物を全滅させられれば、それで攻略達成になると思う?」
「そのときになってみないと、わかんないっスけど……多分ならないっスね。像の破壊が、最終的な勝利条件になる気が、するっス!」
「ならば、ここで全て出しきるわけにはいかないな」
敵の攻撃を捌きながら、四人は状況を整理していく。無策で戦い続けても勝機は見出せないと、全員が理解しているようだった。
「これ以上の疲労も看過できません。最小限の労力で突破しなければ……」
「瓦礫の山から使えそうなもんをちょこちょこ取り出して、それメインで戦ってった方が良さそうだね」
「が、瓦礫呼ばわりしないでほしいっス!」
そう声を張り上げたタタラが、化物を一撃で昏倒させる。強い感情を乗せることができれば、ただの鈍器でもそれなりの威力を出せるらしい。
「ごめんごめん……まあ、ウチとランセが敵から離れるのはまずいだろうから、カナタとタタラに取ってきてもらう感じかな」
「承知しました」
「が、頑張るっス……!」
四人は互いの顔を見合い、方針に異論がないことを確認する。それからすぐに敵へと視線を戻し、各々の武器を強く握りしめた。
「ここが踏ん張りどころ! みんな、やるよ!」
セイカの呼びかけに、力強い返事がなされる。その声に対抗するかのように、化物たちもまた咆哮を轟かせるのだった。




