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第26話「原初の迷宮:最深部」

「……こ、これ、は?」


 光が収まったことで、セイカは瞼を開く。彼女の眼前には、先程までとは全く異なる光景が広がっていた。


「扉……の、ようですね」


 そう言ってセイカの隣に立ったのは、カナタだ。

 彼女の身に、なんら変化は見られない。振り返ると、他二人の姿も同様に確認できた。どうやら、別の空間へと転移させられただけらしい。


「断定はできんが、恐らく最深部に続いているのだろう」


 その扉は、人の出入りを想定しているにしてはあまりに巨大だった。また、見慣れた水色の淡い輝きに包まれている。

 恐怖心を煽る程の荘厳な雰囲気を醸し出しているが、決戦に向かうためのそれとしてはおあつらえ向きと言えるだろう。


「わ、罠だったりしないっスかね……?」


「だとしても、行くしかないよ」


 四方を囲まれているため、タタラの発明品を使わない限りまず戻ることはできない。留まることはできるだろうが、この場所が安全とも限らない以上は先に進むべきだ。そう判断したセイカは、再度振り向いて仲間たちの様子を確認した。


「……みんな、準備はいい?」


 ここまでの連戦で、随分と消耗させられている。次も、苦しい戦いになることは間違いない。

 だが。


「今更だな」


「やるしか、ないっスよね……」


「行きましょう、セイカさん」


 首を横に振る者は、いなかった。

 わざわざ確認せずともわかりきっていたことだ。それでも、頼もしい仲間たちの返事を受けて自然とセイカの口角が上がった。


「……うん!」


 力強く頷き、セイカは扉に手をかける。見た目程重くはないようで、一人でも苦労せずに押し開けることができた。


「うわっ、何あれ……」


 まず目に入ったのは、中央に鎮座する巨大な像だ。人が祈る仕草を切り取ったかのようなその像は、本来であれば神秘的に映るのだろう。

 だが、命を落とす危険のあるこの環境においては、ただただ不気味にしか思えなかった。


「少なくとも、既存の芸術作品ではなさそうですね」


「模したのは人か、神か……天使、という可能性もあるな」


「何か、攻略のヒントになったりするんスかね……って、ああっ⁉︎」


 突然タタラから大声が上がったことで、セイカは彼女の方へと視線を向ける。そしてその先の光景を見たことで、同様に驚愕した。

 扉が、ひとりでに閉まっていたのだ。


「……逃げられない、ってことね」


「元々その気はないだろう。それより……来るぞ」


 間髪を入れずに、今度は地響きが発生する。

 次いで、地面が妖しく輝き始めた。何かの紋様が描かれているようだったが、それにもやはり見覚えはない。


(距離を取るべきか……?)


 能力を使えば、地面から離れることはできる。だが完全な浮遊ができなければ意味はないかと思い直し、様子を窺うに留めた。

 その結果。


「な、なんか人がいっぱい出てきたっス⁉︎」


「ですが、何か変です。まるで、死体のような……」


 地中から這い出るようにして現れた大量のそれらは、体の一部が腐り落ちていた。死体で間違いないように思えるが、カナタが訝しげな表情を浮かべている理由は別にあるだろう。


「こんな所に、これ程多くの死体が埋められていたとは思えない。調査中も死人はほとんど出ていなかったからな……恐らくは、他の迷宮でくたばった奴らが再現されているだけだろう」


「どっちにしたって、悪趣味な話だけどね」


 本物だろうとそうでなかろうと、死後に尊厳を踏み躙る行為であることに変わりはない。その非道な行いを絶対に許せないであろう『彼女』へと、セイカは視線を送った。


「カナタ、熱くなっちゃ駄目だよ」


「……ええ、問題ありません」


 深呼吸の後、カナタがそう答える。激情に駆られてもおかしくないはずだが、彼女はそれをおくびにも出さず拳銃を構えていた。


(心配しすぎだったかな)


 信頼が足りなかったと、内心で自省するセイカ。空間全体を一瞥した後、彼女は大鎌を握りしめた。


「タタラは像と死体の解析に集中して! その間、三人でタタラを守るよ!」


 個性豊かな返事の後、四人は即座に陣形を整える。解析の作業によって無防備となるタタラを、他三人で囲む形だ。

 これでも彼女への攻撃を完全に遮断することは難しいだろうが、現状では最善の配置であるはずだとセイカは判断した。


「大人しく寝といて、よっ!」


 迫っていた一体の敵に、セイカは躊躇なく大鎌を振るう。死体の強度に細工は施されていないようで、容易に切り裂くことができた。


(よし、これなら……)


 幸か不幸か、そう油断した直後にセイカは目を見開かされる。

 間合いの外に立っている死体の掌から、火球が放出されていたのだ。さながら、能力のように。


「そりゃ反則でしょ⁉︎」


 セイカは文句を垂れつつ、能力で壁を形成する。先程の層での炎に比べれば威力は高くないようで、大して強度を意識しなかったそれでも充分防ぎきれた。


「お返し!」


 大鎌を投擲すると同時に、セイカは壁を消滅させる。次の火球が発射されそうになっていたが、どうにか寸前で火元を断ち切ることに成功した。


「能力を使える相手……厄介ですね」


 敵の数を着実に減らしながらも、カナタが弱音を吐く。彼女はこれといった防御手段を持ち合わせていないため、そのような反応を見せるのも無理はないだろう。


「だが、利点もある」


 そう切り出したランセが、腕を伸ばす。直後、彼女の掌から火球が放出され、遠くにいた死体を一瞬で焼き尽くした。


「再現された死体相手でも、コピーは可能なようだ」


 口ぶりからして、今の一撃は先程セイカと相対していた個体からコピーしたものだろう。尽きかけていた能力を補充できるというその事実が、彼女に希望を抱かせる。


「解析完了っス!」


 どうやら、追い風はまだ続くようだった。


「ナイス、タタラ! で、結果は?」


「死体を倒し続けても意味がないっス! 死体の無限沸きを止めるには、あの像の頭部に強烈なダメージを与える必要があるっス!」


「了解……ランセ、やるよ!」


 像の頭部に攻撃を加える手段など、限られている。そのため、多くを語らずとも二人は通じ合うことができた。


「振り落とされないでね!」


 セイカとランセが地面に手をついた直後、足場が形成されて上方向へ急速に伸びていく。敵まで数体巻き込んでしまったが、それらはカナタが危なげなく処理していた。


「カナタ、像への攻撃お願いしてもいい? ウチ今、足場維持するだけでしんどくて……!」


 全員で一斉に仕掛けることが理想ではあるが、不意に能力が解除される危険を冒すことはできない。そのため、セイカとランセは攻撃に参加するわけにはいかなかった。


「ええ、お任せください」


「タタラは敵の牽制をお願い!」


「が、合点っス!」


 飛行能力を有している敵が既に数体、後を追ってきている。より高い威力が出しやすいカナタを残すべく、セイカはタタラに牽制を任せることにした。


「……しばし、お時間を頂戴します」


 その代わり、とカナタは続ける。


「確実に、仕留めてみせましょう」


 刹那、カナタの肉体から青白い閃光がほとばしった。全てを照らし出すかのようなその輝きは、次第に彼女が握る二つの拳銃へと注がれていく。


(……ウチも、頑張るからね)


 見惚れることなく、セイカもランセと共に能力の維持に努めた。制御が妙に難しく感じられたが、恐らくは疲労のせいだろう。


「じゃ、邪魔はさせないっスぅ!」


 三人の集中を乱させまいと、タタラは孤軍奮闘している。半泣きになりながらも、発明品を惜しみなく使って上手く立ち回っているようだった。


「……準備、完了です」


 そう呟いたカナタの体は、視認すら難しくなる程の眩い輝きを纏っている。彼女自身、照準を合わせることが困難なはずだが、それでも二つの銃口は確かに像の頭部へと向けられていた。


「これで……終わってください!」


 引き金を絞られた直後、空間に轟音を響かせながら全ての電気が二点に収束して撃ち出される。

 カナタが内に秘めた苛烈な正義感を表したかのようなそれらは、瞬く間に像へと到達し────その頭部に、大きな亀裂を生じさせた。

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