第25話「火山の層」
樹木、人魚、機械と続けば、次に待ち構える化物が何かは容易に察することができた。
問題は、敵や空間そのものに少なからず生じている変化だ。強化と言い換えてもいい。
せいぜい巨大な個体の数が増加する程度だろうと、セイカは高を括っていた。だが。
「全身炎なんて……そんなことある?」
誰にともなく問いかけるセイカの前方に立っていたのは、獅子を象った炎の数々だ。
化物が炎を纏っているのではない。揺らめく炎そのものが、獰猛な獣の群れを忠実に再現している。
「戸惑っていても仕方がないだろう」
「いや、そりゃそうだけど……こんなん相手に攻撃通じんの?」
「……わからん」
セイカの大鎌では、炎に直接干渉することはできない。カナタの能力も同様だろう。
水や氷に関係した能力が使えれば対抗手段を確立できただろうが、反応からしてランセもそれらのコピーはしていないようだった。
「『風』の能力で消せるか試してもらいたかったっスけど、さっき使っちゃってるっスからね……」
「じゃあ詰みじゃん⁉︎」
「皆さん、来ます!」
漫才を鑑賞する趣味はないらしい。唸りを上げながら、炎の群れが一斉に四人のもとへ飛来した。
「囲むよランセ!」
「ああ」
二人は同時に能力を行使し、即座に形成した巨大な箱で全ての炎を封じ込める。ひとまず危機を脱することができたが、それは首の皮一枚繋げられたに過ぎなかった。
「うおお溶ける溶ける溶けるっ⁉︎」
セイカの能力によって生み出される物質は、金属に近い『何か』だ。そのため、高温に晒されても一瞬で塵となるようなことはないが、なんの対策も練らなければいずれ溶けてしまう。
「ちょ、タタラ、なんかない? このままじゃジリ貧だよ……!」
脆くなった箇所を次々と補強していく形で、二人は能力の行使を続けていた。どうにか抑え込めているが、それも長くは続かないだろう。
主な戦闘要員がことごとく役立たずと化している今、望みを繋げられる可能性があるものは発明品しかない。縋るような想いで、セイカはタタラに問いかけた。
「えっと、えーっと……」
自らの側頭部に拳を押しつけながら、タタラが懸命に思考を巡らせている。度重なる無茶振りのせいで彼女の脳が先に沸騰してしまうのではないかと、セイカは気が気ではなかった。
「あ!」
何か思いついたかのように短く発した後、タタラは手を叩く。それから、能力によって収納されていたであろうものを取り出した。
「大先輩、拳銃を組み合わせて棍の形にしてください!」
「は、はい!」
言われるがまま、カナタも動く。彼女の流した電気に反応して、二丁の拳銃は瞬く間に一本の棍へと変形した。
それを確認したタタラが、再び口を開く。
「今から試すのは、爆風消火っス。この爆弾を何個か大先輩の方に投げるんで、あの箱の真上目掛けて打っていってほしいっス」
「ば、爆弾⁉︎ しかも打つんですか⁉︎」
珍しく、驚いたような声がカナタから上がった。それだけ、予想外な発言だったということなのだろう。
だが、そんな彼女を見てもタタラは顔色一つ変えずに説明を続けていく。普段の気弱な言動は演技だったのかと疑いたくなる程だ。
「あ、自爆の心配はないっス。時限式なんで!」
「そういう話では……いえ、泣き言を言っている場合ではない、ですね」
打てる手が限られている以上、可能性が低くとも全力を尽くさなければならない。カナタもそう理解していたのだろう。彼女はため息を吐いた後、凛とした姿勢で構えた。
「皆さんの命、預からせていただきます」
「……頼んだよ、ウチの四番バッター!」
状況の打開をカナタとタタラに任せ、セイカは能力の維持に意識を向け直す。
この規模の形成は二人がかりでも負担が大きい。気を緩めれば、箱に隙間が生じて一瞬で瓦解してしまうだろう。たとえ限界を迎えようと、能力は行使し続けなければ。
「さて……気張るよ、ランセ」
「言われなくとも」
そんなかけ合いとは裏腹に、箱を破られそうになる頻度が高まっていく。セイカの体感で、猶予は十秒と言ったところだ。
「行くっスよ、大先輩!」
「いつでもどうぞ……!」
互いに様子を窺うかのようなやり取りが、セイカの後方で行われる。
直後に聞こえたのは、甲高い音。拳より一回り程大きな球体が、二人の頭上を通過して空中に弧を描いた。
「どんどん行くっス!」
「ええ!」
初球打ちに成功したからと言って、喜んではいられない。そう理解していたからか、二人は続けて二発、三発と爆弾を打ち出していく。
(超順調じゃん。カナタ、野球の才能でも持ってんの……?)
カナタが空振りした様子はない。また、多少のずれこそあるが、全ての打球が箱の天面に落下するような軌道を描いている。
人は見かけによらないものだと、セイカはつい感心させられた。
「お二方、着弾する寸前に能力を解除してほしいっス! あ、上の部分だけっスよ! 完全解除するのは爆発の直前っス!」
「了解」
セイカとランセの返事が、重なる。思考と感覚が極限まで研ぎ澄まされた二人には、その後の意思疎通は不要だった。
(……ここで、こう、でしょ!)
時間差で落下する爆弾に合わせ、箱の天面を部分的に消滅させていく。そして全てが中へと収まった瞬間、能力を一気に解除した。
「耳を塞────」
そんなタタラの声をかき消すように、爆発が生じる。それは密集していた炎を内側から一瞬で消し飛ばし、辺り一帯を土煙で包み込んだ。
当然、その凄まじい衝撃は四人にも伝わる。セイカとランセが咄嗟に壁を形成したが、即席のそれでは防ぎきれず皆一様に後方へと吹き飛ばされた。
「……いっ、たいなぁ」
強く打ちつけた箇所を押さえながら、セイカは徐に身を起こす。直前まで能力を酷使していたこともあってか、すぐには立ち上がれそうになかった。
「みんな、大丈夫……?」
未だ晴れない土煙の中から、敵が現れる気配はない。そのため、セイカは仲間の安否確認を優先することにした。
「……問題ない」
「わ、私も、なんとか大丈夫です」
「ギリ生きてるっスぅ……」
三者三様の返事がなされる。さすがに無傷とまではいかなかったが、全員、一目見てわかる程の重傷は負っていない。その場凌ぎの強がり、というわけではなさそうだった。
「じゃあ、あとは……」
言いながら、土煙の方へと向き直る。
四人とも余力はあるはずだが、それを活かせるだけの策は多くないだろう。もし今の一撃が全く通用していなかったとしたら、いよいよ敗色濃厚となってくる。
固唾を呑みつつ、セイカは視界が良好になるのを待った。
そうして熱い視線を注ぎ続けること、数分。
「……何も、いない?」
煙が晴れた先に広がっていたのは、『無』だった。化物の姿はなく、ただ焦げたような跡が土に残っているのみだ。
「無事に倒せた、ということで良いのでしょうか……?」
「さあな。もしかしたら、爆発から逃れるため一時的に身を潜めただけかもしれん」
「い、嫌な可能性っスね……」
敵の痕跡が残っていない以上、ランセの憶測を一笑に付すことはできない。膝をつきながらも、セイカは油断することなく周辺を観察し続けた。
(……なんか、揺れてる?)
セイカが言葉にできなかったのは、それがあまりに微弱な揺れだったためだ。限界へ近づいたことによる錯覚かもしれないと、そう思わずにはいられなかった。
だが、揺れは急速に大きくなっていく。どうやら気のせいではなかったらしく、他の三人もそれぞれ反応を見せていた。
(まさか、敵の反撃……?)
考えられるなかで、最悪の可能性。それでも、ただ絶望しているわけにはいかないだろう。
「全員備えて!」
セイカの指示に従い、各々武器を握って厳戒態勢へと移行する。
ただ、その対応は意味をなさなかった。
「なっ……⁉︎」
どこからともなく発生した眩い光によって、四人の体が包み込まれる。
何が起こっているかわからない状況で、下手に能力を使うことはできない。歯痒さを感じながらも、セイカはただ輝きが収まるのを待つのだった。




