第24話「機械の層」
水中の性質を有した空間から、新たな層へと吐き出される。浮力を失った四人の体は、急速に床へと引き寄せられていった。
「やばいやばいやばい……!」
このまま叩きつけられれば血溜まりを作ることになるのは、想像に難くない。だが、受け身を取るだけでは衝撃を緩和しきれない程、既に四人は加速させられている。
「任せろ」
こんなときでも、ランセは冷静だった。
彼女が手を伸ばした直後、周囲で突風が発生する。恐らくは、能力によるものだろう。それが四人の速度を緩やかに落としていき、無事に床へと到達させてくれた。
「あっぶなかったあ……タタラ、大丈夫?」
一番近くに倒れていた彼女のことが心配になり、セイカは声をかける。だが、返事はなかった。仕方なく、タタラの身を起こしてやることにする。
そしてようやく、気づいた。
「き、気絶してる……⁉︎」
外傷は見受けられない。そもそも、風による減速のおかげで衝撃はほとんど発生しなかったため、落下による影響ではないはずだ。
「恐怖のあまり、ということでしょうか……」
「貧弱だな」
「言ってる場合か! タタラ、起きて! タタラ!」
肩を揺らしながら、懸命に呼びかける。幸い、数秒程でタタラの意識は回帰した。記憶や思考にも問題ないようで、セイカはひとまず安堵する。
「うぅ、面目ないっス……ランセさんも、ありがとうございますっス」
「ああ……ただこれで、コピーした能力を二つ使ってしまった。残るは一つだけだ」
「同時に保有できる能力は三つまで……でしたね」
それは、ランセが仲間になってから共有された情報だ。タタラが立てていた推測以外にも、様々な制約に縛られているようだった。
「ランセさんの能力を拡張できるような発明品が作れれば良かったんスけど……すみません、間に合わなくて」
「何言ってんの。タタラはできる限りのことやってくれてたでしょ。もっと胸張んなよ」
拳銃の新調や迷宮のデータ整理に、基地の点検。多くの仕事を、タタラは一人で担っていた。そんな彼女を責めるような者は、この場にはいない。
「……『見る』だけでコピーはできる。コピー自体には回数制限もない。しばらくはお前たちの能力を使わせてもらうとしよう」
「ええ」
「そうだね」
カナタ、セイカの順で返事をする。選択肢が減ったことは痛手だが、能力の負担を分散できるだけでも大きな利点だ。
加えて、ランセがコピーした能力はあと一つ残っている。悲観するには、まだ早すぎるだろう。
「……さて、そろそろ来そうだね」
空間が、震撼する。
この層は機械的な造りが特徴的だ。セイカが同じような迷宮を攻略したことは、過去に一度しかない。故に、出現する敵の予想は容易だった。
「ほう、ロボットか」
「ま、またですか……」
「アツくなってきたっス!」
多腕、多脚、球体。三種類の機械が、壁や床、天井から排出されるように出現する。色合いが黒を基調としたものに変わっていたが、形状は以前と同じように見受けられた。
「よし、じゃあタタラは解析に回って……」
前回と同様の指示を出そうとしたセイカは、予想外の光景を目の当たりにしたことで言葉を呑まされる。
三体の機械が、変形していたのだ。かつてタタラが制御を奪って実現させたときのように、それぞれが複雑に繋がり合って新たな一体の機械として始動した。
「三体合体じゃん! すごっ!」
「ろ、ロマンの極みっス……!」
またしても、セイカとタタラは目を輝かせる。そんな二人に、二種類の視線が注がれていた。
「そ、そうなのですか……?」
「知らん。アタシに聞くな」
困惑と、無関心。ようやく、仲間内での勢力図が均等になったようだ。
「おっと、感動してる場合じゃないや……タタラ、前みたいに制御奪える?」
「こ、こうなると厳しいっスね。相手の制御がオフラインで完結してるみたいなんで、干渉しようがないっス……」
「正攻法で倒すしかない、ということですね」
一気に、雲行きが怪しくなる。
セイカとカナタの能力が通用しないことは、以前の迷宮で判明していた。恐らくはランセも同様だろう。
相手を同士討ちさせられないとなると、対抗手段はいよいよ限られてくる。必要最小限の消耗で抑えたいが、出し惜しみが許されない状況へと四人は追い込まれていた。
「大丈夫っス、想定内っスよ!」
そう答えたタタラの前方に、突如、巨大な砲台が出現する。恐らくは、彼女の能力で収納していたものだろう。
「これは……」
どうやら、カナタはそれを見たことがあるようだ。彼女の能力が発明品の動力として転用されることも少なくないため、今回もその関係で事前に知らされていたのだと思われる。
「先輩、ランセさん。お二人の能力で、この砲台の装填部分に弾丸を形成してほしいっス。それも、できるだけ硬くて、重いやつを」
「お安い御用! って言いたいところだけど……二人でも、だいぶ時間かかると思うよ?」
硬度、質量、体積。それらの条件を厳しくすればする程、形成は困難になる。とても、戦闘の片手間に行えるようなことではない。
「それなら、私が時間を稼ぎましょう。どこまでやれるか、わかりませんが……」
「お願いするっス! ジブンも、大先輩をサポートしながら囮に徹するっスね!」
近接戦闘を得意とする二人が後方に控え、他二人が前線に出るという前代未聞の作戦。
だが、他にこの状況を打破できる策はない。カナタとタタラが覚悟を決めている以上、セイカも異議を唱えることはできなかった。
「やるよ、ランセ」
「ああ」
囮組の行動開始を確認したセイカは、ランセと共に砲台の装填部へと手を添える。焦燥感は当然覚えさせられているが、ゆっくり、確実に、要望どおりの品に仕上げられるよう能力を行使した。
「ってか、言ってくれれば前もって作っておいたのに」
「……弾が装填されると同時に、なんらかの機能が作動するようになっているんだろう」
「あー、なるほど」
砲台をまじまじと見たことで、セイカは納得する。
この造りでは、完成済みの弾丸を後から入れることはできそうにない。失敗したのではなく、意図的にそう設計したと考えるべきだろう。
「喋っていないで集中しろ」
「へいへい」
セイカは形成を続けながら、囮組の方へ視線を向ける。
比較的立ち回れるカナタが果敢に相手へと攻め込み、そんな彼女を数々の発明品で援護しながらタタラも注意を引きつけていた。
だが、いつ砲台に狙いを変えられてもおかしくはないだろう。一刻も早く、弾丸の形成を終えなければ。
(……少し、ペース上げるか)
応用力の高いランセに、負担をかけすぎるわけにはいかない。今が踏ん張りどころだと、セイカは形成の速度を上昇させた。
「無理するなよ」
「よゆーよゆー」
限界への到達を繰り返す程に行使し続けてきたためか、セイカの能力には磨きがかかっている。弾丸の形成も、想定より早く進められていた。
そして、ついに。
『弾丸の装填を確認しました』
砲台から、そのような音声が発される。ランセの予想どおり、装填と同時に動き出す発明品のようだった。
『狙撃対象を確認……これより、弾道予測および射出準備を行います』
取り付けられた画面に文字や記号の羅列が表示されていくが、セイカには全く理解できない。操作を促されているわけではなかったため、下手に触らず見守り続ける。
『エネルギー充填率、五パーセント、十パーセント……』
砲台が輝き、熱を帯び始めた。カウントダウンのようなその音声が、セイカの心拍数を上昇させていく。
「タタラ! これどうすればいい⁉︎」
「自動で発射されるんで、何もしなくていいっスぅ!」
答えた直後に、タタラは悲鳴を上げた。彼女程ではないが、カナタもまた動きが鈍くなってきている。どうやら、二人とも限界に近いようだ。
「ウチらも行こう、ランセ」
「そうだな」
弾丸を用意できた今、砲台の周辺に居座り続ける理由はない。音量がそれなりに大きく、離れても充分聞こえそうに思えたため、セイカもランセと加勢することにした。
「おらあ!」
走りながら、久方ぶりに大鎌を投擲する。
強固な装甲に弾かれてしまうが、少しでも相手の意識を逸らせれば充分だ。距離を詰めたセイカは一本目を消滅させつつ、新たな大鎌で相手に切りかかった。
「タタラ、大丈夫?」
「な、なんとか……」
セイカがタタラのもとに、ランセがカナタのもとに、それぞれ駆けつける。二人とも疲労が溜まってこそいるだろうが、幸い負傷はしていないようだった。
「発射のタイミングは?」
「百パーセントになった瞬間っス! 念のため、九十台後半からは射線上に立たないでほしいっス!」
離れた二人にも聞こえるよう、タタラが声を張り上げる。
今の充填率は、およそ四割。あと数十秒程で弾丸が発射されるだろう。だが、それはあまりに長く感じられた。
(……やっぱ、強いな)
砲台への接近を防ぐためには、至近距離で戦いを進める必要がある。ただ、この重量差では相手の攻撃を受け止めることはできないため、ひたすら回避に徹するしかない。
一度でも直撃すれば、死ぬ。その事実が、セイカをより一層緊張させていた。
(早く、早く、早く……!)
能力を最大限行使しながら、セイカは足止めを続ける。
強大な敵を前に一種の極限状態に陥りかけていたが、それでも、『その時』の訪れは確かに彼女の耳に届いた。
『百パーセント』
刹那、轟音が響く。そう気づいたときには既に、相手の心臓部に位置していた球体の機械を、二人がかりで形成した弾丸が貫いていた。
「お、終わっ、た……?」
合体していた機械が音を立てながら崩れ、セイカの呟きをかき消す。損壊が少ない部位もあったが、それらが活動再開の兆しを見せることはなかった。
「や、やったっス……」
喜びを露わにしながらも、タタラがその場にへたり込む。また、彼女だけでなくカナタも同様の反応を見せていた。
「……少し、休もうか」
能力の行使を続けていたセイカとランセの負担も、決して小さくない。下層へと繋がるであろう階段が既に出現していたが、一行は束の間の休息を取ることに決めたのだった。




