第23話「水の層」
「……そろそろ次の層に移るはずだ。気を引き締めろ」
数分程通路を歩いた後にそう切り出したのは、ランセだ。攻略部隊の元隊員ということもあってか、その方面の勘はセイカよりも鋭いらしい。
「次はどんなギミックになってると思う?」
「さあな。何回か調査したことはあるが……入る度に造りが変わるせいで、経験がほとんど役立たん。考えるだけ無駄だ」
「ふーん……」
これまでにセイカが攻略してきたなかで、同様の特徴を持った迷宮はなかった。それだけ、この場所が特別だということなのだろう。
「即死トラップとかないといいけどね」
「こ、怖いこと言わないでほしいっス……」
タタラを縮こませてしまったが、セイカは何も恐怖を煽ろうとしたわけではない。
ここが本当に全迷宮の元凶ならば、それに相応しい罠が用意されていてもおかしくはないはずだと、そう考えていたのだ。
(……それでも、やるしかないよね)
覚悟を決めると同時に、視界が歪む。またしても足が浮く感覚に襲われたが、今度はいつまで経っても着地できなかった。
「浮いて……いますね」
「……水中に揺蕩っている、という表現の方が正しいだろうな」
空中にしては、風を一切感じられない。その割に全身が冷たかったため、ランセの推測は正しいように思えた。
ある一点の矛盾を除けば。
「でも私たち、話せていますよね?」
本当に水中なら、会話どころか息もできないはずだ。だが、四人はこうして言葉を交わせていた。
「水中と地上、それぞれの性質を併せ持っているんだろう」
「それなら、私の能力は使わない方がいいかもしれませんね……」
この空間で電気の能力を行使したら、感電して全員巻き添えになる可能性がある。そのため、カナタは別の手段で戦いを進める必要があった。
「セイカさん」
「了解っ!」
言わんとしていることを察し、セイカは能力で武器を形成する。
手渡したのは、槍だ。カナタの拳銃が棍へと変化することを覚えていたため、近い形状でより殺傷性に優れたものを選出していた。
「ありがとうございます」
「タタラも……って、あれ?」
自慢の電子戦を繰り広げられないであろうタタラにも、武器を用意しなければ。そう思って見回したことで、セイカは彼女が遠ざかっていることに気づいた。
「お、溺れないけど沈みそうっス……」
「何やってんの、もう」
タタラの体が、見る見る沈んでいく。
水底が見えているためはぐれる心配はないが、迷宮内部で仲間と離れすぎることはあまりに危険だ。仕方なく、セイカは潜水する要領で彼女に近づいていった。
「……お出ましだぞ」
「お二人とも、上です!」
ランセとカナタに促され、他二人は視線を上げる。
頭上高くから、五体の人魚が優雅に舞い降りてきていた。登場の仕方こそ違うが、またしても見覚えのある光景にセイカは辟易とする。
「もしかして、ボスラッシュって感じ?」
各迷宮の最深部で待ち受けているような強さの敵と、連続で戦わなければならない。その可能性が浮上したことで、さすがのセイカも冷や汗を流さずにはいられなかった。
(……ま、倒し方がわかってるだけマシか)
セイカは自らの両頬を叩き、弱気な思考から脱却する。能力で形成した短剣をタタラに押しつけると、自身もまた大鎌を握りしめた。
「ランセ、同時に二体倒せるような能力はコピーできてる?」
「敵の強度にもよるが……恐らく大丈夫だろう」
「……よし」
カナタが拳銃を使えない今、人魚を二体同時に倒せる可能性があるのはランセだけだ。望みが繋がったことで、セイカはより闘志を燃え上がらせた。
「同時に倒さないと、こいつらは無限に復活する! 全員で息を合わせるよ!」
各々の返事がなされたことを確認した後、セイカはタタラの手を取って共に上昇する。泳ぎが苦手な彼女を、できるだけフォローしようと考えたのだ。
(……ばらけたか)
人魚たちは散開し、自由自在に水中を泳ぎ回り始めた。恐らくは、四人の出方を窺っているのだろう。
(やっぱり厄介だな、この空間……)
タタラに気をつけながら、セイカは大鎌を振る。その動きはひどく鈍重に感じられた。水に阻まれ、勢いをつけづらくなっているのだ。
(振れない、ってなると……引っ掛けて切る感じ?)
セイカは大鎌を一旦消滅させ、泳ぐことに集中する。同じ長物の武器を携帯しているカナタのことが心配になったが、刺突が主な攻撃手段である槍ならば問題ないかと、すぐに考えを改めた。
「……タタラ、あとは自力でよろしく!」
最低でも一人一体は倒さなければならない以上、いつまでも一緒に行動しているわけにはいかない。ある程度距離を詰められたため、セイカは人魚の一体へとタタラを送り出した。
「さて、ウチも頑張らない、と……⁉︎」
自身が受け持つであろう相手の方へと視線を向けた直後、セイカは目を見開く。
一人になった瞬間を狙うかのように、人魚が襲いかかってきたためだ。水中であるせいか、その移動速度はかつての比ではない。研ぎ澄まされた爪が、今にも彼女の身を切り裂こうとしていた。
「あっぶな!」
咄嗟に出現させた大鎌で、攻撃を弾く。それにより相手が体勢を崩したが、ここで仕留めることはせず蹴り飛ばして距離を取るに留めた。
先んじて一体倒したところで、なんの意味もないからだ。
(みんなはどうかな……)
相手の動向に気をつけつつ、三人の様子を確認する。
タタラは泣き言を漏らしながらも、人魚の注意を引き続けていた。近接戦闘が不得手なことだけが気掛かりだが、この距離ならセイカが能力で援護できるため問題はない。
カナタは槍を体に引き寄せ、機を窺っているようだった。下手に防御すると隙が生まれてしまうためか、水の放出や爪での斬撃を回避のみで対処していたが、危なげなく立ち回ることができている。
残るは、ランセだ。
(頼むよ、ランセ……!)
残る二体の中間地点を位置取るように、ランセは動いている。ただ、一方の攻撃を捌きながらもう一方の後を追う形になっていたため、反撃へ移れない状況が続いているようだった。
(……他人任せじゃいられない、か)
勝利を手繰り寄せるため、セイカも動く。攻撃を受け流しながら、ランセが追う人魚の方へと近づいていった。
徐々に、徐々に、接近し────自身を含めた三者が重なった、その瞬間。
(今だ!)
能力で棒を形成し、急速に伸ばしていく。
その先にいるのは、人魚と、ランセ。相手の身を押し出すことで、セイカは二者間の距離を一気に縮めてみせた。
「ランセ!」
「……ああ、行くぞ!」
そう答えたランセの姿が、二つに増える。
セイカは棒を消滅させ、その手に再び大鎌を握った。
「三、二、一……!」
張り上げられたランセの声に、他三人は耳を傾ける。互いの一挙手一投足に、意識を向けながら。
「ゼロ!」
全員の声が、重なる。
同時に全ての人魚が、切り裂かれ、あるいは貫かれ、甲高い絶叫の後にその動きを止めた。
(……どうだ?)
今回もまた、人魚たちは血を流すことなく泡へと変貌していく。全ての痕跡が消えてもなお、それらが復活することはなかった。
「よし、上手くいったね」
「あ、足攣りそうっス……」
「みなさん、お疲れ様でした」
誰からともなく、集合する一行。そして、うち三人の視線が自然に勝利の立役者へと向いた。
「いやー、それにしてもすごいよランセ! 任せといてあれだけど、まさかあんな能力コピーしてるなんて」
「『分身』、とでも呼ぶべきっスかね……? いったいどこでコピーしたんスか?」
道中でコピーしたわけでも、昨日までの間にタタラが手配したわけでもないらしい。彼女もまた不思議そうに首を傾げていた。
「まあ、ちょっとした伝手でな……それよりお前、サポートするのはいいが合図くらいできないのか。アタシじゃなければ敵と衝突していたところだぞ」
「ごめんごめん。相手に気取られたらまずいかなと思って」
後頭部を掻きながら、セイカは謝罪の言葉を述べる。最善の選択だったという考えは変わらないが、この程度のことで小競り合いをしても仕方がないと思ったのだ。
「何はともあれ、この層も無事攻略できましたね」
「早くこの変な感覚とおさらばしたいとこっスけど……」
「出口はどこにあるんだろ……って、うわっ⁉︎」
安堵したのも束の間、一行は更なる混乱に見舞われる。
水底が、陥没したのだ。人魚の消滅を引き金に発生したであろうその穴へと、四人はなす術なく吸い込まれてしまうのだった。




