第22話「原初の迷宮」
「おーおー、やってるねぇ」
決行当日。セイカは攻略部隊の本拠地を遠目で眺めていた。
タタラの餌に釣られた『過激派』と思われる集団が、続々と建物への侵入を試みている。ただ、やはり大した武器や能力を保有しているわけではないようで、隊員たちに軽くあしらわれていた。
「皆さん、大きな怪我がないと良いのですが……」
セイカの隣で心配そうに見守っているのは、カナタだ。自らの身を捕らえた組織の人間が相手でも、その慈愛の心が揺らぐことはないらしい。
「ウチ的には、もーちょい過激派に頑張ってほしいんだけどね」
迷宮の攻略を控えている都合上、部隊との交戦は最小限に抑える必要がある。目的地に到着した時点で疲労困憊、などという事態は絶対に避けなければならなかった。
理想は、部隊と過激派の共倒れだ。だがこの戦況ではまず叶わないだろうと、セイカは呆れ気味に視線を送る。
「ま、ぼやいてても仕方ないし、ウチらもそろそろ向かおうか」
「ええ。タタラさんたちと合流しないと、ですね」
現在、一行は二手に分かれて行動している。相手に発見される可能性を、少しでも減らすためだ。組み合わせは戦力のバランスを重視して決定した。
「……こっちかな」
神経を尖らせて、敵の本拠地へと進んでいく。
人の気配がしないか。潜める物陰はあるか。監視カメラの類はないか。罠が張られてはいないか。迂回しすぎていないか。様々な点を考慮して、二人は迷宮付近での合流を目指していた。
(まあ、足音が近くなったりもしてないし、いきなり出くわすことなんてそうそうないはず……)
能天気なことを考えながらセイカが角を曲がった、その瞬間。
「き、貴様は……!」
接敵────頭でそう理解するよりも早く、セイカの体は動いた。
相手を包み込むように、能力で箱を形成する。視界を遮断できている隙に背後を取り、即座に能力を解除した。
そして相手に飛びつき、首を絞める。次いでカナタが手足を押さえたことで、抵抗される心配はなくなった。
「……よし、オッケー」
相手が気絶したことを確認し、セイカは着地してその身を支える。第三者に発見されても面倒だと思い、できるだけ目立たない位置へと移動させた。殺してはいないためいずれ意識を取り戻されてしまうが、数十分程度の猶予は稼げただろう。
「いや、危ない危ない……油断なんてするもんじゃないね」
「……油断してたんですか?」
「こ、言葉の綾だよぉ……?」
物言いたげな視線が、カナタから向けられる。セイカが引き攣った笑みを浮かべて誤魔化した後、またしても状況は動いた。
空中で、破裂音が響いたのだ。
それは、タタラによる合図だった。
「行くよ!」
セイカはカナタを引き寄せ、真下に足場を形成する。急速に高度を上げた後、そこから飛び降りる形で本拠地の塀を越えた。
「よっ……と」
二人同時に着地する。幸い、音が響くことはなかった。
足場を伸ばした段階で確認済みだが、周囲に敵の姿はない。侵入の瞬間を見られてもいないようだった。
「第一関門突破、ってとこかな」
「ですね」
互いに微笑む二人。ただ、失敗が許されない状況はなおも続いているため、すぐに表情を引き締め直して再び歩き始めた。
「タタラさんたちは、無事に侵入できたでしょうか……?」
「合図出したのは向こうなんだし、大丈夫じゃない? ウチらはウチらのことに集中しよ!」
先程の破裂音は、タタラの発明品によるものだ。音で敵の注意が逸れている間に、それぞれ侵入を済ませる手筈となっていた。
「えっと、確かこの辺に……あ、あったあった」
周囲に気をつけながらセイカが探し出したのは、マンホールの蓋だ。彼女は能力で工具のようなものを形成すると、なんの変哲もないそれを一人で外してみせた。
「お、重くありませんか?」
「鎌よりは、ってぐらいかな……さ、早く行こ。さすがに内側から閉めらんないからね。ばれるまでに少しでも距離を稼がないと」
「は、はあ……」
放心気味のカナタを他所に、セイカはマンホールの中へと侵入する。埋め込む形で用意された梯子を使い、転落しないよう充分注意しながら降下していった。
「そろそろかな……」
進めど進めど、景色は変わり映えしない。実際、この通路本来の終着点には全く近づけていないのだろう。
だが、問題はなかった。
二人の狙いは別にあったためだ。
「……来た!」
目眩を起こしたかのように、空間が歪む。直後、セイカの体はふわりと一瞬だけ浮かび、すぐに地へと舞い戻った。
ただ落下したわけではない。彼女は今、全く別の空間へと誘われていた。
「……到着、でしょうか」
やや遅れ、カナタも移動に成功する。セイカの真上にいたはずだが、何故か隣に着地していた。恐らくは、空間の歪みが上手い具合に作用したのだろう。
「先輩方!」
聞き馴染んだ声が、後方からかけられる。振り向いた先では、タタラが手を大きく振っていた。その隣にはランセの姿も見受けられる。
「つけられていないか?」
「最後に見た限りでは、って感じかな。蓋開けっぱだから、そのうち気づかれるとは思うけどね……そっちは?」
「問題ないっス!」
再会の喜びを分かち合うこともせず、四人は手短に情報共有を済ませる。どうやら全員、無傷でここまで辿り着けたようだった。
「……ここが、『原初の迷宮』。化物の姿が見えませんが、お二人が倒してくださったのですか?」
「いや、まだだ。本来なら、人間が足を踏み入れた時点でうじゃうじゃ湧いてくるはずなんだがな」
広々とした迷宮内部は、不気味な程に静まり返っている。何か罠でも仕掛けられているのではないかと勘繰るのが、自然な流れだ。
ただ、それとは別に、セイカには気になる点があった。
「この造り、どこかで見たような……」
呟きながら、セイカは徐に歩を進める。浮かんだ疑問の答えは、後に続いたカナタから導き出された。
「恐らく、私とセイカさんが出会った場所、ですね」
「ああ、そっか! そうだそうだ!」
記憶を呼び起こせたことで、セイカは手を叩く。
二人のロマンが交差した、『木の迷宮』。その最深部と酷似していたのだ。
「いやー、あのときは大変だったなぁ。確か、化物を倒しきった後にとんでもない最後っ屁、が……」
セイカはそこで、言葉を途切れさせる。
中央部付近まで進んだ瞬間、大きな揺れに襲われたのだ。ちょうどその想い出に浸っていた最中だったため、次に発生するであろう現象を予測することはそう難しくなかった。
「中心から離れて!」
指示に従い、三人が走り出す。セイカもまた、能力を行使して一瞬で距離を取った。
直後に姿を見せるは、巨大な樹木。つい先程まで彼女が立っていたあたりに根差し、天井へ達する程の高さまで育って葉を揺らしている。
「い、いきなりクライマックス……?」
かつて見たものと、ほとんど同じ光景だ。
違いと言えば、木の種類だろうか。前回は判断がつかなかったが、今セイカの前にそびえ立つそれは桜の木を模しているように見えた。
(あ、匂いも、桜っぽ……)
そんなことを考えているうちに、セイカの意識が薄れていく。危うく気絶してしまうところだったが、瞬間的に発生した痛みが彼女を覚醒させた。
「しっかりしてください、セイカさん!」
そう活を入れたのは、カナタだ。彼女は新調した二丁の拳銃を構えていた。どうやら、電撃でセイカの目を覚まさせたらしい。
「あ、ありがと、カナタ」
「いえ。それにしても、これはいったい……?」
樹木自体は、なんの動きも見せていなかった。風に吹かれるかのように、花びらが舞い散っているのみだ。また、前回のような化物が出現することもなかった。
「こ、この木の香りに、催眠作用があるみたいっス……意識をしっかり保たないと駄目っスね」
「……通路が出現した。この木は放置して、先に進むぞ」
「う、うん」
カナタの世話にはならなかったようだが、他二人も気怠げな反応を見せている。長居しても危険なだけだと判断し、セイカは足早にこの場を後にするのだった。




