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第21話「怪我の功名」

「本っ当に、申し訳ありませんでした!」


 基地にて、カナタが深々と頭を下げる。そんな彼女の肩に手を置きながら、セイカは苦笑を浮かべた。


「まあまあ、結果オーライってことで」


「でも、洗脳されていたとは言えセイカさんを傷つけてしまうなんて……」


「いやいや……そもそもあの日、カナタを置き去りにして逃げるしかなかったウチらにも責任はあるから」


 ランセたちを返り討ちにできる程の実力があれば、あのような事態に陥ることはなかったのだ。誰か一人を責める気には、セイカはなれなかった。


「……にしたって、今回は無茶しすぎっスよ、先輩」


「い、いやー、なんのことかな……あはは」


 目を細めるタタラから、セイカは視線を逸らす。

 奪還作戦に成功してから二日が経過しているが、彼女は未だ本調子に戻せていなかった。言わずもがな、能力の過度な行使が原因だ。


「セイカさん。その、私が言えたことではありませんが……あまり、無理はなさらないでくださいね……?」


 恐る恐ると言った様子で、カナタも忠告する。先日の戦いで、負い目を感じているのだろう。


「……わかった。ちゃんと休むし、これからはなるべく無理しないようにするよ」


 未来のことなどわからないが、こうでも言わなければ不安を取り除くことはできない。半ば折れる形で、セイカはカナタの要望に応えた。


「どっちみち、しばらく迷宮の攻略はできないだろうしねぇ」


「……政府に目をつけられてしまったから、ですね」


 政府にも後ろ暗い事情があるために大々的な指名手配こそできないだろうが、今も三人の足取りを追っていることは間違いない。

 下手に動けば、以前のように捕まってしまう。これからは、より慎重な活動を心掛けなければならなかった。


「タタラ。ハッキングで、ウチらの情報消させることってできないの?」


「無理ではないっスけど……ローカルで保存されてたら意味ないっスよ」


「それもそっか」


 やはり、今は待つしかないか。そんなことを考えながらセイカは天井を仰ぎ見たが、タタラの言葉が続いたことでそちらへと視線を向け直す。


「実は今回の件、悪いことばかりじゃなかったんスよ。ハッキングしたときに、とんでもない情報が手に入ったんで」


「と、言いますと……?」


 カナタの問いかけに、タタラは鼻をふふんと鳴らして答えた。


「ずばり、『原初の迷宮』についてっス!」


「げんしょの……」


「めーきゅー……?」


 カナタ、セイカの順で復唱する。二人は顔を見合わせ、互いに首を傾げていた。それを気にも留めない様子で、タタラが説明を続ける。


「その名のとおり、一番最初に出現した迷宮のようでして……どうやらそれが、次々に新たな迷宮を作り出していってたらしいっス!」


「……いや、ちょっと待ってよ」


 唐突に判明した、新たな事実。急激な展開ではあったが、セイカの思考が置いていかれることはなかった。


「一番最初に出現した迷宮って……確か、もう消滅してなかったっけ」


「そうなのですか?」


「うん。理由まではわかってないけど……まあ多分、誰かがうっかり核を壊しちゃったんでしょ。『能力』って概念が浸透してから、すぐのことだったみたいだし」


 セイカが迷宮攻略を志すよりも、更に前の話だ。カナタが知っていなくとも、無理はないだろう。

 だが、情報通のタタラがそれを知らないはずはなかった。


「消滅したその迷宮は、二番目以降に出現したものだったってだけっスよ。『原初の迷宮』は別に存在するっス。そして、それがあるのは……」


「政府直属攻略部隊の本拠地……その地下、だな」


 被せるようにしてそう発言したのは、ランセだ。今の今まで気配を全く感じなかったため、三人の視線が一斉に彼女へと注がれる。


「来てたんだ。てっきり、あれでもうおさらばなのかと」


「そのつもりだったが、野暮用でな……それより、話を戻すぞ」


 詮索されたくないのか、ランセは自身の用について語ろうとしなかった。セイカとしても興味は『原初の迷宮』へと向いているため、ひとまず追及しないことに決める。


「迷宮の調査や保全を継続的に行うため、元々あった建造物を改築する形で直属部隊の本拠地を作ったそうだ。誰が主導で、どういった経緯でそうなったのかまでは、アタシも知らないがな」


「ジブンも、そのあたりはわからず終いっス……」


 申し訳ないと言わんばかりに、タタラが眉を八の字にした。既に充分すぎる程の功績を上げているのだが、本人としては納得いっていないようだ。


「とにかく、その『原初の迷宮』を消滅させられれば、迷宮はこれ以上増えなくなる……ってことだよね?」


「そのはずっス! もしかしたら、全部の迷宮をまとめて消すことも可能かもしれないっス!」


「ほ、本当ですか⁉︎」


 目を見開いたカナタに身を乗り出され、タタラが肩を震わせる。しばらく鳴りを潜めていた反応に、セイカは懐かしさすら覚えた。


「可能性の話だ。期待しすぎるな」


「そ、そうですね……」


「まあ、どっちみち他の迷宮よりも優先した方がいいのは確かでしょ」


 ただ、とセイカは続ける。


「問題は、どうやってまたあそこに侵入するか、かな」


「迷宮の出入り口自体はわかるが……アタシはもう手引きしてやれないぞ。既に裏切りがばれているはずだからな」


「だよねぇ」


 ため息混じりに返すセイカ。彼女の頭では、正面突破という無謀な策しか思いつけずにいた。


「では、私がその役割を担うというのはどうでしょう? まだ洗脳が解けていなかった……という体で」


「望み薄だろうな。同じような作戦に二度も出し抜かれる程、部隊の連中は馬鹿じゃない」


 セイカには妙案のように思えたが、カナタのそれは即座に一蹴されてしまう。そしてランセもまた、代案を出せるわけではなさそうだった。

 と来れば、この状況を打破できるのは一人しかいない。


「……一応、手がないわけじゃないっスよ」


 タタラが、徐に口を開く。ただ、彼女はどこか乗り気ではなさそうな表情を浮かべていた。


「『原初の迷宮』の情報を一部リークして、外部から協力者を募るんス。そうすれば、相手の戦力を分散できるはずっス」


「協力者……当てはあるのですか?」


「政府に不満を抱えてる過激派、ぐらいは釣れると思うっスよ。何しでかすかわかんないんで、あんまりお呼び立てしたくないっスけど……」


 タタラの説明を受けて、カナタも眉をひそめる。

 過激派、という単語に引っ掛かっているのだろう。無闇やたらと暴れ回られることは、彼女の信条に反するのかもしれない。


「まあ、別に声かけてみてもいいんじゃない? 過激派っつったって、能力使える奴はほとんどいないはずだし、大したことはできないでしょ」


「侵入の隠れ蓑ぐらいにはなってもらえないと、困るっスけどね……」


「アタシから見れば、お前たちも充分過激派だがな」


 セイカの発言に、それぞれ別の角度からツッコミが入れられる。ただ、否定的な意見をぶつけられることはなかった。


「じゃあ、とりあえず方針決定として……あとは決行をいつにするか、だね」


「先輩の体調が戻ってからっスよ。リークするタイミングも、その後で考えるっス」


「……わかった」


 早期に情報を流したところで、相手に猶予を与えてしまうだけだろう。そう理解できたため、セイカは大人しく従うことにする。


「ところで、ランセはなんで来たの?」


 話に区切りがついたことで、セイカの中に再び疑問が生まれていた。

 渋るようであれば、引き下がればいい。そんなことを考えながら、彼女はランセの返答を待つ。


「お前たちに、アタシを雇ってもらおうと思ってな」


「雇ってもらう……? いや、そんな必要ないでしょ。こないだ報酬渡したばっかじゃん」


 カナタ奪還に協力した見返りとしてランセは金銭を要求し、先日タタラから全額受け取ったはずだった。

 何か手違いでもあったか。そうセイカが安易な予想を抱いた直後、衝撃的な事実が相手の口から語られた。


「全額スった」


「は……?」


 ランセ以外の三人が、同じ反応を見せる。


「全額スった。パチンコで」


「……な、な、な、何やってるんスかああっ⁉︎」


 わなわなと震えた後に掴みかかったのは、タタラだ。怒っているとも泣いているとも取れるような顔でランセに迫っている。


「ど、どれだけの想いであの額を捻り出したと思ってるんスか⁉︎」


「そう騒ぐな。端金と言っていただろう」


「そこまでは言ってないっスよ!」


 ランセには、働かずとも数ヶ月は生活に困らないだけの額を報酬として渡していた。貴重な情報や発明品と引き換えに用意したそれらが一日二日で消え去ってしまったのだから、タタラが取り乱すことも無理はないと言える。

 ただ、いつまでもそうしているわけにはいかないだろう。


「ランセ」


 住む世界が違う人間を見たかのように呆然としているカナタを横目に、セイカは二人の間に割って入る。


「雇ってあげるよ。ただし、雇用条件は要相談で」


 ちょうど、人手が欲しかったところだ。この好機を逃すわけにはいくまいと、セイカは交渉に乗り出すのだった。

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