第20話「ロマン」
(能力だけ、か……)
カナタは武器の類を持っていなかった。恐らくは、『火山の迷宮』で紛失してしまったためだろう。
そんな彼女相手に、刃物を持ち出すわけにはいかない。
(上手く使えるかわからないけど、仕方ないよね)
大鎌の代わりに、棍を形成するセイカ。珍しいその光景を見たためか、カナタは不敵に微笑んだ。
「鎌を使わなくてもよろしいのですか? セイカさんのロマンでしょう?」
「カナタこそ、武器の一つも持たないでウチとやり合う気? 言っとくけど、素手だからって手加減する気はないからね」
「ご心配には及びません。私には、この能力が……」
言い切られる前に、セイカは走り出す。
正面突破であるため、それだけでは不意打ちになり得ない。当然カナタには迎撃の姿勢を取られるが、狙いどおりだ。
(電気の放出を間近で防いで、カウンター……これしかない!)
まず、自身の能力で壁を形成し、カナタから放出されるであろう電気を防ぐ。直後に能力を再度行使し、壁の一部を伸ばす形で反撃を浴びせる────それが、セイカの思い描いたシナリオだった。
(カナタの動きをよく見れば、間に合うはず……)
セイカの反射神経は、他人より多少いい程度だ。電気が放出されてからでは、防御はとても間に合わない。
故にカナタの動きを注視し、電気が放出される直前で壁を形成しなければならなかった。それでも超人的な反応が求められるだろうが、やるしかない。
(……来る!)
カナタが、左腕を正面方向に。右腕を斜め下、南東の方角に。それぞれ伸ばしていた。
自身に向けられていない右手の動きが気になりはしたが、セイカは構わず壁を形成する。
直後に発生する、音と衝撃。それらが、防御の成功を知らせたように思えたが。
「えっ……」
セイカの左方。壁を回避するかのように、屈折して近づく閃光が見える。そう理解した時には既に、彼女の全身には激痛が走っていた。
「うああああっ⁉︎」
痛みに襲われながらも、セイカは能力の行使を試みる。だが僅かに反応が遅れてしまったためか、反撃が命中したようには感じられなかった。
「ぐ、くっ……!」
数秒と経たずに、電撃が収まる。
ただ、麻痺と痛みはなおも続いていた。それらによって意識を乱され、壁の維持ができなくなってしまう。片膝をついて見上げるセイカの瞳には、優雅に佇むカナタの姿が映っていた。
「やはり、減衰されてしまいますか。直接流し込めれば、一回で済みそうな気はするのですが……」
「今、のは……何?」
浮かんだ疑問が、セイカの口からそのまま声となって出てしまう。答えてもらえるわけはないというのに。
「……では、もう一度その身で確かめてみてください」
カナタの掌が、輝く。
直後に伸ばされた腕は、どちらもセイカの方を向いてはいなかった。故に、攻撃の軌道が読めない。仕方なく勘で壁を二つ形成するが、一方しか防ぐことはできなかった。
「が、ああっ……⁉︎」
あまりの激痛で倒れそうになるが、四つん這いの状態で堪える。意識も、辛うじて保てていた。次の攻撃が来る前に、セイカは上手く回らない頭を必死に使って状況の把握に努める。
(電気が、曲がってるんだ……でも、なんで……?)
元々、カナタの能力にそのような性質はなかったはずだ。
考えられるとすれば、二つ。
なんらかの方法で能力自体を強化されたか、タタラの発明品に近い何かで能力を拡張したか。
前者であれば、対応は困難だ。運に任せて気合いで動くしかない。だが後者なら、まだ戦略を練れる可能性が残っている。
「そろそろ倒れてくださいませんか? 私、これ以上セイカさんを傷つけたくありません」
能力を連発できないのか、カナタが攻撃の手を緩めた。ただ、セイカも思考を巡らせている最中だったため、反撃に移ることはできない。
「無理、だね……カナタの、ロマンを……思い出させる、までは」
セイカは棍を杖の代わりにして立ち上がる。息も絶え絶えで、既に満身創痍だ。それでも、まだ心は折れていない。
「ロマン、ですか……それが大して重要ではないことは、セイカさんが今、自ら示しているでしょう」
「……どういう意味?」
そんなことを気にしている場合ではないとわかっているが、セイカはつい尋ねてしまった。ロマンについての言及を流すことができない、哀しい性だ。
「仲間を救うという目的を優先し、大鎌というロマンを捨てる……結局、私たちの言う『ロマン』など、その程度のものだったのですよ」
吐き捨てるように言うと、カナタは掌に電気を収束させた。その勢いは、先程までよりも激化しているように見える。
「そうじゃ、ないよ」
セイカもまた、カナタの言葉を強く否定した。ロマンを忘れられようと、否定されようと、彼女が揺らぐことはない。
「ウチのロマンは、大鎌で誰かを救うこと。でも、その救うべき誰かを傷つけちゃうかもしれないなら……大鎌はお呼びじゃない、ってだけだよ」
「ならば、救ってみてください……この、私を!」
「当然!」
カナタよりも速く、セイカは動く。
足下から部屋全体へ広げるように、能力を行使した。部屋の中に、もう一つ部屋を形成するイメージだ。
それだけでは強度が足りないため、支柱を数本用意する。既に限界を超えてはいるが、勝利の可能性はこの戦法にしか残されていなかった。
「電気、曲げてみなよ」
「くっ……」
この日初めて、カナタの余裕が崩れる。それは、セイカの読みが的中していたことの証明に他ならない。
「この部屋自体が、カナタの能力を拡張してたんでしょ。床とかに『何か』埋め込まれてて、それが電気の角度を変えてた……ってところかな」
もし、放出した電気の流れをカナタ自身が自由に制御できるとなれば、この一手は無駄に終わるだろう。だが今、彼女の両手は真っ直ぐセイカの方へと向けられていた。
「それがわかったところで……セイカさんに勝ち目はありません!」
直接、電気が放出される。その攻撃を甘んじて受けつつ、セイカは足場を操作することでカナタとの距離を一気に詰めた。
「つ、か……まえたっ!」
麻痺と激痛に襲われながらも、セイカは低い姿勢でカナタに抱きつく。柔らかなその肢体に意識が沈んでいきそうになるが、どうにか堪えた。
「何を……」
「カナタごめん!」
直接触れていれば、電気を浴びせられる危険性はより高くなる。そのため、セイカは謝罪の言葉を述べつつも即座に能力を行使した。
「なっ……!」
真下から、形成した足場を急速に上方向へと伸ばす。
そのまま行けばどうなるか、カナタも想像できたろう。だが、そんな彼女の抵抗をセイカは熱い抱擁で阻止した。
「がっ……⁉︎」
カナタの頭が、天井に激突する。
能力の行使を中断したため足場に潰されることはなかったが、それでも凄まじい衝撃に襲われたはずだ。彼女の身から一瞬で力が抜けてしまったため、セイカは自分の足で立つことを余儀なくされた。
「……大丈夫?」
セイカの声に、返事はない。だが、密着しているためカナタの脈があることは確認できた。
どうやら、上手い具合に意識だけを奪えたらしい。そうわかったことで、彼女は足場の高度を緩やかに下げていった。
「よし、と」
次いで、形成した部屋と支柱を消滅させる。露わになった本来の床を滴る鼻血が次々と汚していたが、もはや見慣れた光景だ。
「お前たち、何をしている」
その声に、セイカは肩をびくりと震わせる。見つかってしまったか、と。
ただ、聞き覚えのあるものだと思い出したことで、芽生えた不安は急激に萎んでいった。
「ら、ランセ……びっくりさせないでよ、もう」
「驚いたのはこっちだ。全然来ないと思って探してみれば……いったい何が……いや、やはりいい。まずは一刻も早く脱出するぞ」
「う、うん」
呑気に説明している暇はない。これ以上時間をかけたら、せっかくの好機を逃してしまうだろう。ただ、手負いの状態ではカナタを背負うことはできないため、彼女の身をランセに任せてから、セイカは共に脱出を再開するのだった。




