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第19話「侵入」

 翌日。とある場所を訪れたセイカは、ランセの肩に担がれていた。両手足を投げ出し、されるがままの状態となっている。


「ここだ」


 そう『呟く』ランセの声は、くぐもって聞こえた。マスクを着けているためだ。遠目で見る分には、独り言か会話か判断がつかないだろう。

 そんな彼女の細やかな偽装を無駄にしないよう、セイカは目を閉じてただただ沈黙する。


(……そろそろかな)


 程なくして聞こえたのは、建物のドアが開くような音。間近に人の気配も感じられたため、セイカは怪しまれないように息を殺す。


「お帰りなさいませ、ランセ様」


「ああ。報告どおり、先日取り逃がした内の一人を捕らえた。アタシが直接、牢まで連れて行く」


 落ち着き払った様子で受け答えをしているが、ランセのそれは芝居だ。

 カナタが捕らえられている場所への侵入とそこからの脱出を手引きし、必要最小限の労力で奪還に成功する。それが、彼女の考案した作戦だった。


「そのような雑務は、我々にお任せいただければ……」


「こいつは、こう見えて厄介だ。万が一途中で目を覚まされたら、止められる奴はそういない。だから念のため、アタシがこのまま向かう。いいな?」


「しょ、承知しました」


 言い分に納得したのか、それとも威圧感に耐えられなかったのか。部下と思しき存在はそれ以上食い下がることなくその場を後にする。

 そして、ランセもまた別の方向へと歩き出した。


(今更だけど……裏切られてない、よね?)


 もし、再起不能な状態にまで痛めつけられてしまったら。もし、能力を封じられるようなことがあったら。もし、記憶を弄られてしまったら。

 気絶した振りをする以外できることがないためか、セイカの思考は悪い方へと進んでしまう。だが、今は信じるしかないと思い直してどうにか不安を払拭した。


「……アタシだ。入るぞ」


「はっ」


 また別の、部下らしき相手とのやり取り。直後に開いたドアの先へと進むと、嫌に冷たい空気がセイカの肌を撫でた。


「ん゛っ……⁉︎」


 突然硬い床へと放り投げられ、セイカは声を漏らしてしまう。機転を利かせたランセの咳払いで、誤魔化すことができたようだが。


「手錠よし、足枷よし……」


 慣れた手つきで、拘束具が取り付けられる。その数秒後には、牢の施錠によるものと思われる音が響いた。そしてランセの足音が遠のいていき、やがて何も聞こえなくなる。


(誰も、いないかな……)


 どうやら、見張りは先程通過したドアの外にしか立っていないようだ。そう判断したセイカは、ゆっくりと瞼を開いた。

 そして、驚愕する。


(カナタ……!)


 向かいの牢に、カナタが閉じ込められていた。意識がない彼女の様子を見て、セイカは焦燥感に苛まれる。


(……落ち着け。動くのは、ランセが合図を出してから。それまでは我慢しないと)


 まだ、脱出の手筈は整っていない。焦って騒ぎを起こそうものなら、全てが水の泡と化してしまうだろう。

 早く、早く、早く。

 逸る心に、従おうとする体。それらを、セイカは理性で必死に繋ぎ止める。


『────緊急事態発生。緊急事態発生』


 どこからか、そんなアナウンスが警報とともに聞こえてきた。

 それが、ランセの言っていた合図だ。


『一階正面玄関、通用口、二階非常階段、屋上にて、侵入者を検知。総員、パターンBの配置につけ』


「……待ってました」


 事前に打ち合わせた内容と一言一句違わないことを確認し、セイカも動き出す。

 能力を行使して手錠と足枷を外し、次いで牢も開錠した。そしてカナタの牢へと近づき、今度は逆の順番で障害を突破していく。


「カナタ、しっかりして! カナタ!」


 肩を揺すって呼びかけるが、反応はない。カナタの目覚めを待てる程の時間はないため、セイカは彼女を抱きかかえて牢から脱出することにした。


(見張りは……いなそうかな)


 先程のアナウンスにより見張りの人員が一時不在となることは、既にランセから聞いている。だが念のため、セイカはドアの向こう側に人の気配がないことを確認してから廊下へと飛び出した。


「えっと、そしたら……」


 一夜で頭に叩き込んだ見取り図を頼りに、セイカは館内を移動する。敵と遭遇しそうになったときのために脱出経路を複数覚えていたが、幸いそれらが必要になることはなかった。


(……上手くやるもんだなぁ、二人とも)


 脱出の最中、セイカは仲間たちの手際の良さに感心する。

 今回の作戦は、内通者であるランセの存在がなければ成立しないものだ。ただ、この場には姿を見せていないタタラも、システムのハッキングという形で大きく貢献している。館内に多数存在する監視カメラを気にせず動けるのも、彼女のおかげだった。


(あとは、このまま何事もなく帰れればいいんだけど)


 いっそ不気味な程、作戦は順調に遂行できている。セイカはこれといった災難に見舞われることもなく、目的の出入り口へと近づけていた。

 あと、少し。そう思った瞬間、絞り出すような声がすぐ近くから聞こえてきた。


「セイ、カ、さん……」


「カナタ、気がついた⁉︎」


 足を動かしつつ、セイカは視線を一瞬だけカナタの方へと向ける。

 兎にも角にも、今は脱出を優先しなければ。そう考えたが、直後に思わぬ言葉が飛び出したことで足を止めさせられた。


「そちらに、進んでは、駄目です……」


「……どういうこと?」


「罠、です……そちらでは、敵が……待ち構えて、います」


 罠。その一言が、セイカを惑わせる。

 ランセも知り得ない動きが、相手側にあったということか。あるいは、ランセが裏切っていたか。そもそも、何故カナタがそんなことを知っているのか。

 様々な考えが、浮かんでは消えていく。失敗できないという強い想いが、彼女の勘を逆に鈍らせていた。


「私が、案内します……抜け道を、知っているので……」


 カナタから嬉しい申し出をされるが、懸念が一つ。セイカはそれを迷わず指摘することにした。


「でもカナタ、方向音痴じゃなかった?」


「め、迷宮以外なら、大丈夫ですから……」


「……わかった。信じるよ、カナタ」


 捕らえられてからも、彼女なりに情報を集めていたのだろう。そう考え、セイカはカナタに自身の運命を委ねることにした。

 か細い声を聞き漏らさないようにしながら、当初の予定とは異なる経路を進んでいく。そうして辿り着いたのは、二階の、とある一室だった。


「ここで、いいんだよね?」


 それなりに広いが、窓がないために閉鎖的な雰囲気を感じさせる空間。階数の関係もあってか、一見しただけでは抜け道があるようには思えない。


「……カナタ?」


 再度呼びかけるが、返事はない。

 まさか、こんなときにまた意識を失ってしまったのか。そう戦慄した直後、事態はより悪い方向に進んでいたと思い知らされることとなる。


「う、ああああっ⁉︎」


 突如、セイカは激痛に襲われた。

 まるで、全身に高圧の電気を流されたかのような。


「は、な……して!」


 電気の出所はわかりきっていた。セイカは痺れる体を根性で動かし、カナタの身を放り投げる。


「……っと。危ないではないですか」


 軽やかな身のこなしで、カナタが着地する。その姿からは、疲弊も憔悴も感じられない。


「カナタ……どういうこと?」


 不意の一撃だったが、気絶することは免れた。息を切らしながらも、セイカはカナタを問い詰める。今まで彼女に向けたことがないような、鋭い眼差しで。


「私、思い直したのです」


 対照的に、カナタは微笑みを浮かべている。ただ、以前の彼女から感じられた柔和な雰囲気はどこにも存在しなかった。


「政府に付き従うことこそが至上の喜びであり、私に課せられた使命なのだと」


 カナタの言動は普段から仰々しいものだったが、それに一段と拍車がかかっている。たとえ心変わりしたとしてもこのようにはならないだろうと、セイカは確信していた。

 そこから導き出される答えは、一つだ。


(カナタも、記憶を弄られたのか……!)


 彼女が捕らえられてから、それなりに日数が経過している。こうなる可能性は充分予期できたはずだ。

 詰めの甘さを恥じながらも、セイカは態勢を整える。


「セイカさん」


 仲間の胸中を知ってか知らずか、カナタの口角が吊り上がった。


「私と共に、使命を果たしましょう」


「嫌だね」


 セイカの即答により、カナタの肉体が電気を帯びる。手合わせすらしたことがない二人の戦いが、今、始まろうとしていた。

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