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第18話「交渉」

「ただいまー」


 緊張感に欠けた声で、セイカは帰宅を告げる。直後、工房へと続くドアからタタラが顔を覗かせた。


「せ、先輩! 本当に連れてきちゃって……ってうわ、今回もすごい血っスよ! 早く手当てを……」


「あー、ウチはいいよ。それよりこっちをお願い」


 セイカは鼻血を袖で拭き取ると、担いでいた少女を下ろしてそっと床に寝かせる。ソファやベッドを使った方がいいことは百も承知だが、それらがある部屋まで運搬できるだけの体力も気力も残ってはいなかった。


「ほ、本当に大丈夫なんスか……?」


 どちらに向けての言葉か。タタラは二人を交互に見ながらも、恐る恐る少女の方へと近づいていく。


「心配しすぎだって。あんだけの高さから落ちてんだから、早々起きないはず────」


 そこで、セイカは言葉を途切れさせた。

 気絶したばかりであるはずの少女が、むくりと起き上がったからだ。不安が的中したためか、タタラも身を縮こませている。


「ここは……」


 呟きの後、少女が苦しげに頭を押さえた。あまりに早い復活だったが、さすがに本調子とまではいかないらしい。


「ウチらの基地だよ」


 相手の得物である刀をしっかりと握って警戒しつつ、セイカは少女の疑問に答える。動揺しているだけではなんの備えにもならないと、瞬時に理解したためだ。


「……そうか」


 少女は短くそう返し、セイカから視線を外した。淡々と状況を把握しているようだが、これまでに見てきた彼女の様子ともどこか異なっている。


「あんたは大丈夫? 自分の名前とか、ちゃんと言える?」


 可能な限り緩和したとは言え、落下時の衝撃は凄まじかったろう。記憶障害が生じる恐れも充分考えられる。カナタの情報を引き出せるかという意味でも、セイカは確認せざるを得なかった。


「……ランセ。アタシの名は、ランセだ」


 今の今まで自己紹介など交わしていなかったため、それが真実かどうかはわからない。だが疑いを向けていても仕方がないため、セイカはひとまず彼女を信じてみることにした。


「そっか。ウチはセイカ。で、そっちのびくびくしてるのがタタラ」


「よ、よろしくっス……?」


 突然始まった自己紹介の流れに、困惑を隠せない様子のタタラ。そんな彼女を横目に、セイカは話を先へと進めていく。


「ランセ。気絶するまでのあれこれ、ちゃんと思い出せる?」


 問いかけの後、しばし沈黙が続いた。

 敵対勢力の本拠地でどう立ち回るべきか、考えているのだろう。そう予想したセイカだったが、その読みは外れることとなる。


「ああ……むしろ、余計なことまで思い出してしまったようだ」


「って言うと?」


「……順に説明していこう」


 相槌を打ったセイカの方へと視線を向けてから、ランセは続けた。


「お前はアタシに、『騙されているのではないか』と言ったが……その推測は間違いだ」


「……じゃあ、ランセの言い分は正しかったってこと?」


「いや、それも違うな」


 その言い回しに、セイカは首を傾げる。何故、『嘘をついていた』と答えないのかと。ただ、その疑問は抱いた直後に解消された。


「どうやら、アタシは記憶を弄られていたらしい」


「……なるほどね」


 ようやく、セイカも合点がいく。ランセの告白が事実であるという前提で考えれば、今まで気に留めてこなかった些細な謎も説明がついたためだ。


「確かに、人間の記憶に干渉できるなら、迷宮の秘密をここまで隠し通せていてもおかしくないっスね……」


 迷宮に挑む者は、基本的に政府の審査を通過して能力に覚醒する。その審査で、不穏分子になり得る存在は粗方弾けるだろう。そこに記憶の改竄という無法な手段まで加われば、情報の隠匿性はより強固なものとなる。


「つまりランセは、『迷宮の核から救出された』っていう偽の記憶を植え付けられてた……ってことで、いいんだよね?」


「ああ。そして今も、救出方法は確立されていない。そもそも、考えられてすらいないだろうな」


 ランセの頷きを確認したことで、セイカは安堵した。自分たちの行いは余計なことなどではなかったと、自信を持てるようになったためだ。

 同時に、憤りを覚える。いったい政府はどこまで腐敗しているのか、と。


「それにしても、ランセさんはどうして記憶を弄られるはめになったんスか?」


「……迷宮の秘密をネタに、上層部を強請ったんだ。金になるかと思ってな。それが失敗した」


「え、カスじゃん」


 セイカはつい、本音を漏らしてしまう。

 少なからず、正義感が関係しているだろうと考えていたからだ。まさか金銭が目的だったとは、思いもしなかった。


「なんとでも言え」


 辛辣な返しを受けたというのに、ランセは大して機嫌を損ねていないように見える。むしろ、余裕ありげに微笑んですらいた。


「さて、交渉と行こうか」


「……交渉?」


「あの女……確か、カナタといったか。お前たちは、あいつを助けたいんだろう? なら、アタシの協力が必要なはずだ」


 ランセの考えは正しい。現状、彼女からしかカナタの情報を得ることはできないのだから。

 だが、セイカが即決することはなかった。


「一つ聞かせてほしいんだけど……ランセはまだ、政府側につく気があるの? 向こうとの交渉は一回失敗してるのに」


「お前たち次第、と言ったところだな。アタシはより稼げそうな方につくだけだ」


 ランセの中に、政府への敵対心は芽生えていないようだ。この調子では情に訴えることもできないだろう。


「先に言っておくが……武力行使に出た瞬間、アタシは全力で逃走してお前たちの情報を政府に売る」


「へえ、すごい自信じゃん。さっき負けたばっかなのに」


「勝つ必要がなければ、この状況でも逃走は容易だろう。お前も無傷ではないんだからな」


 その読みもまた、的中している。

 この基地は侵入対策こそ万全だが、脱走対策など皆無に等しかった。自陣かつ数的有利の状況でも、逃走に徹されてしまえばどう転ぶかはわからない。

 先の戦いで勝利したはずのセイカがランセよりも負傷している分、余計に。


「……それで、何が望みなの?」


「当然、金だ」


 即答した後、ランセは懐から紙とペンを取り出す。すらすらと書き記すと、その内容をセイカへと見せつけた。


「この額で動こう」


「なっ……⁉︎」


 目を見開くセイカ。紙面に、法外な金額が記されていたためだ。

 迷宮攻略で回収した宝を都度換金しているおかげで払えなくはないが、それでも尻込みしてしまう程の額だった。


「もうちょっと手心加えてよ!」


「断る。値切りに応じるつもりはない」


「ぐうっ……」


 無情とも言える相手の態度に、セイカは腹立たしさを覚えさせられる。

 とは言え、背に腹は代えられない。癪ではあるが相手の要求を呑まなければと考えた、その瞬間。タタラによって、ランセの手から紙が抜き取られた。


「うーん、確かに高いっスね……まあでも、なんとかなると思うっス! ランセさん、交渉成立で!」


「た、タタラ⁉︎」


 突然思い切りの良さを見せた後輩に、セイカは驚きを隠せない。ランセもまた目を丸くしていて、彼女にとっても予想外の展開だったということが見て取れた。


「だ、大丈夫なの? そんな安請け合いして!」


「平気っスよ。ジブンの発明品売ったり、グレーな方法で手に入れた情報を売ったりすれば、多分賄えるっス」


 それに、とタタラは続ける。


「このくらいで大先輩を助けられるなら、安いもんっスよ!」


「タタラぁ……!」


 ここぞという場面で異様な頼りがいを見せてくれる後輩に、セイカは感激せずにはいられない。

 その台詞を言うべきは先輩に当たるお前だろう、というランセの冷ややかな視線は、ひとまず置いておくことにした。


「あ、用意するまでに時間がかかるんで、そこだけは勘弁してほしいっス」


「……まあ、ちゃんと支払われるなら構わない」


 先払いという条件が追加されたらどうしようもなかったが、無理難題を押しつけるつもりはないらしい。仕切り直すかのように深く瞬きをすると、ランセは再び口を開いた。


「では、作戦会議を始めるとしようか」

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