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第15話「後悔」

「ここ、は……」


 目に映るは、見慣れた景色。

 セイカは現在、三人の基地へと帰還していた。ただ、自らの意思で戻ったわけではない。彼女は戸惑いながらも、この現象を引き起こしたであろう人物へと視線を向けた。


「タタラ……」


 恐らくは、発明品を使ったのだろう。タタラの腕を持ってすれば、能力でしか起こし得ないような事象さえ再現できる。故に、『何故戻ってこれたのか』などという問いかけをセイカがすることはない。

 だがそれでも、納得いっていないことがあった。


「カナタは、カナタはどこ⁉︎」


「……置き去りっス。すぐ近くにいる人しか、一緒に転移できないんで」


「なん、で……」


 セイカは険しい表情で答えるタタラの手を振り解き、逆に掴みかかる。そして、およそ仲間に向けるものとは思えない形相で睨みつけた。


「なんでカナタを見捨てたの!」


 あまりの剣幕に怯んだのか、それとも胸ぐらを掴まれて苦しかったのか、タタラはその問いには答えようとしない。


「……もういい」


 痺れを切らし、立ち去ろうとするセイカ。そんな彼女の手が、再び掴まれた。


「どこに行く気っスか」


「決まってんじゃん。カナタを助けに行くんだよ」


 もう一度、セイカは手を払おうとする。だが今度は力強く掴まれていて、簡単には抜け出せそうになかった。


「放して」


「嫌っス」


 珍しく、タタラが食い下がる。

 いったい何がしたいのか。彼女の真意が読めず、セイカはますます苛立ちを募らせていった。


「放せよ……!」


「嫌っス!」


 怒気をはらんだセイカの声に、より大きな声が被せられる。予想外の反応を受け、彼女は一瞬怯んでしまった。


「今戻ったところで、三人揃って捕まるだけっスよ! そんな無駄死にみたいなこと、いくら先輩のやることでも許せないっス!」


「……わかってるよ、そんなこと」


 でも、とセイカは続ける。


「行かなきゃいけないんだよ、ウチは……! だって、ウチが、カナタを巻き込んだんだから……」


「先輩……」


 タタラを詰るなど、お門違いだ。そう思い直したことで、セイカの怒りは急速に萎んでいく。

 代わりに生まれたのは、後悔や自責の念だった。


「ウチが、余計なことべらべら喋ったから……だから、カナタは……」


 迷宮の核と同化させられた人間の、救出。その方法を政府が確立して実行にも移しているなど、知らなかった。

 そんな言い訳で許してもらおうとは、セイカも思っていない。だが、せめてカナタだけは助けたいと考えていた。

 自分が巻き込まなければ彼女の正しさを穢すことはなかったのだから、と。


「先輩!」


 その声により、俯きかけていたセイカの視線が上がる。直後、彼女はタタラの両手に顔を掴まれて強引に目を合わせられた。


「今の先輩は、明らかにおかしいっス」


「……そんなこと」


「あるっスよ。今の先輩を、あそこに戻らせるわけにはいかないっス」


 声も、表情も。気後れして震えてばかりいる普段のタタラのそれとは、全くの別物だ。そんな彼女に驚いたことで、セイカは少しだけ冷静さを取り戻せた。


「まずは、ジブンの考えを聞いてほしいっス」


 その言葉に、セイカは頷く。拘束を解かれたが逃げ出すことはせず、タタラの考えとやらに耳を傾けることにした。


「早速本題に入るっスけど……さっきの人が言ってたこと。あれは、本当なんスかね?」


 迷宮の核についての話だろう。気になる点は他にもあったが、やり取りだけに限ればそれしか思い当たることはない。


「……嘘を言ってるようには、見えなかったけど」


 先の戦いを通して、セイカはその結論に至っていた。

 相手から、迷いが感じられなかったためだ。自身の信じる正義に忠実な────カナタのような人間性を、彼女はあの少女から感じ取っていた。


「先輩が言うなら、そうなのかもしれないっスね」


 タタラのその言葉は、信頼を置いているが故に出てきたものだろう。だが今のセイカはそれを素直に喜べず、黙して続きを待った。


「……でも、変なんスよ」


「変?」


「『迷宮の問題解決に心血を注いでいる』、っていうのが本当に表向きだけじゃなかったなら、迷宮の核についてのあれこれを既に公表してても、おかしくないんじゃないっスか?」


 だが、そうはなっていない。セイカたちも先の少女から明かされるまで、その可能性が頭に浮かぶことすらなかった。


「厳密には、まだ検証途中……とか?」


「だとしても、『核を破壊しないように』とかの発表があるはずっスよ。迷宮の核、なんてものは現時点じゃ存在しないことになってるんスから」


 そこまで丁寧に説明されてようやく、セイカも違和感を覚え始める。疑問が芽生えたことで、彼女の中に存在した焦燥感は少しずつ薄れていった。


「じゃあやっぱり、あいつが嘘ついてるってこと?」


「もし、あの人らが政府とは関係ない第三勢力だって言うなら、話は別だったんスけど……その可能性は低そうっスよね」


「うん。遠目で見ただけだけど、少なくともあの制服は本物っぽかったし……それに、わざわざ成り済ます意味がわかんないもんね」


 仮に何かしらの利点があったとしても、冒す危険に見合わない。それが、二人の共通認識だった。


「……まあ、つまり何が言いたいかというと」


 確かな情報が少ないため、あくまでも推測を述べることしかできないのだろう。タタラは早くも話をまとめようとしていた。


「大先輩が捕まって焦るのは、仕方ないと思うっス。ジブンだって心配っスから……でも、本当かどうかわからないことを真に受けてくよくよしちゃ駄目! ってことっスよ」


 指を差し、大袈裟に告げるタタラ。暗い顔の先輩に、普段の調子を取り戻してほしいと考えているのかもしれない。


「……わかった」


 誰に似たのだか。そんな小言を口に出すことなく、セイカは微笑みながら頷いた。


「よし。落ち着けたことだし、早速カナタを助けに……」


「待つっス待つっス!」


 踵を返して歩き出そうとしたセイカだが、またしても制止されてしまう。まだ何かあるのかと、彼女は不満を隠すことなくタタラの方へと振り向いた。


「話聞いてたっスか? 今戻ったって勝てるわけないっスよ!」


「じゃあどうすればいいのさ……」


 カナタを見捨てるという選択肢が、タタラの中に存在するとは思えない。何か妙案があるのだろうと信じ、セイカは返答を待つことにした。


「体を休めつつ、対策を練るしかないっスよ」


「でも、早くしないとカナタが危険なんじゃ……」


「……確かに、絶対安全とは言えないっス。でも少なくとも、ジブンらが隠れている間は、命を奪われることはないはずっスよ。ジブンらの情報は、大先輩からしか引き出せないっスから」


 顔、名前、能力。少なくともこの三つは相手に把握されてしまったが、それだけでは二人の現在地を特定することはできない。そう断言できる程に、タタラは情報の隠匿に長けていた。


「心が痛むのはわかるっス。でも、本当に大先輩を助けたいなら、今は我慢っスよ」


「……そうだね」


 セイカは俯き気味に拳を握りしめる。なおも燻っていた感情を、どうにか心の奥底へと沈み込ませた。


「大先輩の移動先は追えるようにしてあるんで……あと考えておかなきゃいけないのは」


「あいつの、倒し方」


 脳裏によぎる、少女の立ち回り。

 刀捌きも脅威的だが、それだけならセイカの能力でも充分対抗することができるだろう。問題は、相手の保有する能力だ。


「あいつ、能力を二つ使えるみたいだった……いや、もしかしたらもっと多いのかも」


「コピーかなんかが、元々の能力なのかもしれないっスね。なんにしても、厄介っス」


 先の戦いでは、能力の行使にこれといった制限は見られなかった。もし、複数の能力を無制限に扱えるのであれば、セイカたちが勝てる見込みはほとんどないと言っていいだろう。

 それでも、負けるわけにはいかない。


「タタラ」


 セイカは瞳を真っ直ぐ見つめ、頼れる後輩の名を呼ぶ。今一度、自身の覚悟を伝えるため。


「いつも、揶揄ってばかりでごめん。肝心なときに折れちゃうような、頼りない先輩でごめん」


「先輩……」


「とっくに、嫌気が差してるかもしんないけど……でもウチ、あんまり頭良くないからさ。タタラがいてくんなきゃ駄目なんだ」


 深く、深く、頭を下げる。今のセイカには、それしかできない。


「だから、お願い。カナタを助けるために、協力してほしい」


 そこから、数秒程の沈黙が続く。

 先に口を開いたのは、タタラの方だった。


「顔上げてください、先輩」


 その言葉に従い、セイカは恐る恐る姿勢を戻す。

 彼女の瞳に映ったのは、これまた覚悟を決めたような表情だった。


「助けるに決まってるじゃないっスか。ジブンらは仲間なんスから」


「タタラ……!」


 仲間。タタラの口からそう言ってもらえたことで、セイカは目頭が熱くなる。だが、まだそのときではないと思い直し袖口で目を擦った。


「絶対、カナタを助けようね」


「もちろんっス!」


 差し伸べた手が、勢い良く掴まれる。不安も焦燥感も完全に消えてはいないが、タタラとのやり取りでそれ以上の希望がセイカの心に生まれたのだった。

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