第12話「火山の迷宮:最深部」
「うぅ、くたくたっス……」
歩きながら、タタラはそう呟く。
迷宮に入ってから、かれこれ一時間近くが経過しようとしていた。熱に晒され続けることを嫌ってほとんど休まず歩き続けていたため、三人のなかで最も体力のない彼女が弱音を吐くのも無理はない。
「セイカさん。今日は一旦戻って、後日攻略を再開する、というのは難しいでしょうか?」
機械の迷宮を攻略したときと同じ提案が、カナタから出された。恐らくは、タタラの体調を心配しているのだろう。
もちろんセイカも同じ気持ちだ。だが今回に限っては、そう簡単に首を縦に振れない理由がある。
「うーん……今のところ、最深部までほぼ最短経路で行けてるっぽいんだよねぇ。別日に回しても、かかる時間は今日とさほど変わらないと思うけど……それでも良ければ、って感じになっちゃうかな」
「それなら、攻略のやり直しは後日、私とセイカさんの二人で行うようにしましょう。この状態のタタラさんに最深部で戦っていただくのは、あまりに危険ですから」
「……まあ、その方がいっか」
ここまでの道中で、タタラの発明品が必要になることはなかった。この調子なら、最深部も二人だけで攻略できるかもしれない。
有事に備えるという意味では彼女が同行してくれていた方がいいが、無理を言って危険な目に遭わせるわけにもいかなかった。
「じゃあ、今日は最深部までの経路を確認して────」
瞬間、セイカは言葉を途切れさせる。
迷宮内部が、突如として霞んでいったためだ。
気のせいということはまずないだろう。他二人も、この現象に困惑しているようだった。極度の疲労により全員が幻覚を見ているという可能性もないことはないが、決して高いとは言えない。
(煙……いや、蒸気……?)
悪臭を感じられなかったことで、セイカはそう判断する。無害とは言い切れないため、わざわざ大きく吸い込みもしないが。
「な、な、なんスか⁉︎」
「セイカさん、これはいったい……!」
「二人とも離れないで!」
急激に蒸気が濃くなっていく。あっという間に、三人の周囲以外が白で埋め尽くされてしまった。
(まずいかもな……)
セイカは大鎌を構えつつ、状況把握に努める。
幸い、三人までもが呑み込まれるというようなことはなかった。程なくして蒸気は霧散していき、再び迷宮の内部が露わになる。
それでもなお、彼女は顔を歪めていた。
空間の造りが、全くの別物になっていたためだ。
「やられた……!」
いくつかの方向に分かれていたはずの通路が、ことごとく消え去っている。今三人が立っているのは、やけに開けた空間だった。
まるで、最深部のような。
「……来るよ、二人とも!」
視線の先。まるで手品のように、大量の獣が一瞬で出現した。
道中で見かけた個体とは別種だ。既存の生物で例えるなら、ライオンが一番近いだろう。
「あわ、あわわわわ……!」
「お、大きすぎませんか……?」
タタラとカナタの二人が、揃って目を見開いている。
一頭だけ、やけに巨大な化物が存在したのだ。また、その鬣は燃え盛っていて、他の個体とは別格であることが明らかだった。
「二人とも薄々気づいてるかもしんないけど……どうやら最深部に飛ばされちゃったみたい」
「そういうこと、ですよね」
「ま、マジっスかぁ……?」
普段は隠れている迷宮である、という点が何か関係しているのだろう。初めての経験に戸惑いながらも、セイカは冷静に分析した。
同時に、悔やむ。下調べをもっと入念に行っておくべきだった、と。
とは言え、嘆いてばかりいても始まらない。
「なるべく固まって! 一人で囲まれたら詰みだよ!」
二人の返事を確認した後、セイカは再度合図を出して駆けていく。かつてない程の数的不利で後手に回るのは危険だと判断し、自分から仕掛けることにしたのだ。
「はあっ!」
まず、向かってきた一頭を大鎌で切り裂く。
肉の部分に命中すれば、致命傷を与えられるらしい。その個体はたったの一撃で屍と化した。
(よし、いける! 二人は……)
続け様に二頭目を屠ったセイカは、後方に立つ二人の方へと意識を向ける。大鎌以外の攻撃手段がどの程度通用するのか、確かめるためだ。
(なんとかやれてる、か)
カナタの拳銃では、獣を一撃で倒すことはできないようだった。
だが、動きを数秒止めることはできるらしい。彼女が麻痺によって相手を硬直させている間に、タタラが短剣を急所に突き刺す、という流れを作ることで二人はどうにか食らいついていた。
(なら、気にするべきなのは……ん?)
思考を続けながら流れ作業で獣を処理しようとしたセイカだが、予想外の出来事が発生したために意識をそちらへと引き戻される。
(今、反応された……?)
確かに隙を突いたはずだが、セイカの大鎌は獣の鋭い爪に受け止められてしまった。先の二頭よりも、俊敏性が高いということか。
ただ、力はさほど強くないらしい。彼女は押し合いに苦労することなく、得物を振り抜いて相手のそれを破壊する。
「うわっ、やば……⁉︎」
三頭目にとどめを刺す直前、セイカは絶句した。
巨大な獣が、三人のいる位置目掛けて突進してきたためだ。このままでは、全員揃って轢き殺されかねない。能力で壁を形成したところで、訪れる未来は変わらないだろう。
「二人ともウチに掴まって!」
返事をする余裕もない、といった具合で二人が即座にしがみつく。直後、セイカは足場を形成し、更にそれを横方向に伸ばすことで相手の進行方向から脱出した。
「こ、れ、で、も……くらえ!」
お返しと言わんばかりに、セイカは大鎌を投擲する。ただ、無事に到達こそしたものの、巨大な獣に傷をつけることは叶わなかった。
「くそっ、駄目か……!」
「で、でもなんか怒ってるみたいっス!」
セイカの反撃が癇に障ったのだろう。相手から、大地を揺るがす程の雄叫びが上がる。そしてそれに呼応するかのように、鬣の炎もまた激しさを増していった。
「怒るくらいなら向かってくんなっつうの!」
「セイカさん、何か来ます!」
三人の窮地は、まだ続く。
鬣の炎から、無数の火球が放出されていたのだ。躱せない程の速度ではないが、これらを掻い潜りながら獣の相手もするのは困難だろう。
「私の銃で……!」
「いや、それじゃ捌ききれない。タタラ、なんかない? こう、火の球をまとめてドカーン! ってできるようなやつ」
「こ、これ全部を確実には無理っス!」
さすがに無茶振りが過ぎたらしい。やはり躱しながら戦うしかないかとセイカは一歩踏み出したが、『でも』とタタラの言葉が続いたことでその足を止めた。
「なんとか、なるかもしんないっス」
「……どういうことでしょう?」
「やられる前に、やればいいんスよ!」
彼女らしからぬ前向きな発言の後、タタラは四つの球体を出現させる。能力で収納していた発明品の一種だろう。
「先輩、『あれ』やるっスよ!」
「『あれ』……? あー!」
その一言と発明品によって合点がいき、セイカは手を叩く。だが、彼女にはまだ気掛かりな点があった。
「でもあれって、結局未完成のままじゃなかった? 急にできるようになるとは思えないけど……」
「わかんないっスけど、失敗するとも限んないっス!」
だって、と続けてからタタラはカナタへと視線を向ける。
「今は大先輩がいるっスから!」
「わ、私ですか……?」
「……あー、確かに!」
ようやく全てを理解できたことで、セイカは目を輝かせた。今から行われようとしている作戦は、彼女のロマンにも大きく関わるものだったためだ。
「あ、あの、話が見えてこないのですが……」
唯一、置いてけぼりとなっているカナタ。そんな彼女がこの作戦の肝心要となっているが、詳細を説明している暇はない。
獣と火球が、じりじりと距離を詰めてきている。一刻も早く、手を打つ必要があった。
「大丈夫、なんとかなるよ」
安心させるように、セイカはカナタの肩にそっと手を置く。それから、倒すべき敵へと視線を動かして不敵に笑った。
「ウチらには、『奥義』があるからね!」




