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第11話「隠れし迷宮」

「いー、やー、だああああっ!」


 とある山の森林地帯にて、タタラの絶叫が響く。事件性のある悲鳴と誤解されかねない程の声量だ。幸い周囲に一行以外の人影は見受けられないため、その心配はないが。


「ここまで、来たら、観念しろ……!」


「ここの迷宮って知ってたら、来なかったっスよぉ!」


 華奢な二本の腕で、タタラが木にしがみつく。そんな彼女を引き剥がそうと、セイカもまた全力で応戦していた。


「ここ、灼熱地帯で有名な『火山の迷宮』っスよね! 熱に弱い精密機器は使い物にならないっスよ! つまり、ジブンはただの足手まといにしかならないってことっス!」


「だから、武器はウチが作ってあげるって言ってんじゃん!」


 セイカの能力では、銃火器のような複雑なものは形成できない。鞭や弓といったしなやかさが求められる類の武器も、同様に。そのため、どうしても近接戦闘を強いることにはなってしまう。

 気質の面でも身体能力の面でも、タタラが戦闘に向いていないことは百も承知だ。だがそれでも、いるといないとでは大違いだった。


「ジブンは非力なんス! パソコンより重いものは持てないっスー!」


「それなら今すぐその手を放せぇ……!」


「嫌っスうううう!」


 珍しく譲らないタタラに、セイカも手を焼かされる。ただ、これ以上時間を無駄にするわけにはいかないため、彼女はカナタへと視線を向けた。


「カナタ! 手筈どおりに!」


「は、はい!」


 指示を受けたカナタが、周囲を確認して自身の立ち位置を調整する。そんな彼女に、タタラは縋るような眼差しを向けた。


「大先輩! 大先輩は、ジブンの味方っスよね! ジブンを助けてくれるっスよね、ね⁉︎」


「タタラさん……」


 心優しい彼女のことだ。きっと、胸を痛めていることだろう。セイカはそう罪悪感を覚えつつも、心配はしていなかった。

 カナタのロマンを、知っているが故だ。


「ごめんなさい!」


「う、裏切り者ぉ!」


 踏ん切りをつけるかのように叫んだ後、カナタは動いた。

 まず、その場で三回ジャンプする。

 次に、胸の前で拍手を二回。

 最後、横方向に三回転してから、息を大きく吸い込んだ。


「わっしょいわっしょい!」


 澄んだ空気に、カナタの可愛らしい声が響き渡る。数秒程経過して沈黙が流れると、彼女の顔は真っ赤になった。


「せ、セイカさん! 本当に────」


 文句を言おうとしたのだろう。カナタが、セイカの方へと一歩踏み出した。

 その瞬間、周囲の景色が切り替わる。まるで夢から覚めたかのように、三人は全く別の空間へと誘われていた。


「あべっ⁉︎」


 しがみついていたものが唐突になくなったことで、タタラが顔から地面に落下する。セイカは掴んでいた足を下ろしつつ、彼女の身を優しく起こした。


「大丈夫、タタラ?」


「うぅ、散々っス……」


 額が赤くなっているが、出血はしていないようだ。この程度の高さであれば、骨も問題ないだろう。

 そう判断できたセイカはタタラから視線を外し、いつもの調子で状況把握へと移行することにした。


(火山の迷宮、か……)


 先程の森林とは異なり、植物が全く生息していない。赤味を帯びた土や岩石に囲まれたこの空間は、まさに火山の内部を想起させる造りになっていた。

 もっとも、実際の火山に足を運んだことなどあるはずもないため、セイカの脳内に存在する比較対象はゲームやアニメの映像ぐらいのものだが。


「よし、無事に迷宮の中に入れたね」


「無事……?」


「ごめんって。そろそろ機嫌直してよ」


 セイカの態度を受け、タタラが物言いたげな視線を送る。だが引きずっていても仕方がないと思い直したのか、彼女は諦めたかのようにため息を吐いた。

 そんな不憫な後輩に、カナタがおずおずと歩み寄る。


「ごめんなさい、タタラさん」


「いいっスよ、もう……ジブンはこういう役回りなんで……」


 たまには労わらなければ、いずれタタラの不満が爆発しかねない。今度、可能な範囲で彼女の願いを叶えてあげるべきかと、セイカは珍しく先輩らしいことを考えた。


「それにしても……隠れている迷宮、なんてものがあるのですね」


 興味深そうに周囲を見回しながら、カナタが口を開く。それなりに攻略回数を重ねてきた彼女だが、今回のような迷宮は初めてだったため、この反応も無理はないだろう。


「まあ、珍しくはあるね。ただ、建物とか場所自体への被害がないから見つかりづらいってだけで、実際はもっとたくさんあるのかもしれないけど」


 そして、侵入条件を偶然満たしてしまい、脱出することができないまま迷宮内部で息絶えた人間は更に多いはずだ。そのため、把握できている被害件数が少ないからと言って、危険度を低く見積もることはできなかった。


「にしても……暑いねぇ」


 顔を手で扇ぐセイカ。早くも全身から汗が噴き出していて、衣服のへばりつきによる不快感を覚えていた。


「そりゃそうっスよ……すぐそこでマグマが流れてるんスから……」


 タタラが指差した先。そこでは、山でせせらぐ小川のようにマグマが流動していた。発される音はまさに煮えたぎる液体のそれであり、癒しなど与えてくれるはずもなかったが。


「あれは、本物なのでしょうか……」


「少なくとも、熱を発してはいるみたいだけど……確かめる気にはなんないねぇ。触らぬ神になんとやら、って言うし」


 一瞬触れただけでも、大惨事は免れないだろう。中に落ちるなど、もってのほかだ。

 セイカの能力で形成した物体を使えば色々と試すことができるかもしれないが、それも気乗りしなかった。マグマの中に、何が潜んでいないとも限らないからだ。


「ふぅ、話してるだけなのにどんどん暑くなってくるな。とりあえず進んでみようか」


 あまり時間をかけすぎると、熱中症や脱水症状で倒れかねない。考えなしに動くことは危険だが、ただ様子見を続けていても仕方がないため、セイカはいよいよ攻略を開始することにした。


「は、早く最深部に辿り着きたいところっスね……」


「……どうやら、そうはいかないようですよ」


 三人は一斉に身構える。

 進行方向上に、数匹の獣が現れたためだ。

 それらの外見は犬や猫に近い。だが、爪や剥き出しの牙があまりに鋭利だった。ただ迷い込んだだけの動物、というわけではないだろう。

 十中八九、迷宮由来の化物だ。


「タタラ、武器は何使う?」


 それなりに長い付き合いではあるが、タタラが前線に立ったことはほとんどない。それこそ、先日攻略した機械の迷宮ぐらいだ。そのため、セイカは彼女に適した武器を把握していなかった。


「二丁鎌? 鋸鎌? それとも……く・さ・り・が・ま?」


「じゃあ……短剣で」


「ちぇー、つまんないの」


 渾身のボケを、華麗にスルーされる。ロマンを理解されないことにぶつくさ言いながらも、セイカは望みの品を形成した。


「ほい、これ。敵の注意を少しでも分散させられれば充分だから、無理しないでね」


「最初から自衛程度に済ませるつもりっスよ。というか、それくらいしかできませんし……」


「何言ってんの。ここでも使える発明品、いくつかあるでしょ? 頼りにしてるからね」


 数こそ多くないが、耐熱性に優れた発明品は確かに存在する。カナタの握る拳銃がいい例だ。

 複数あるそれらを、適切なタイミングで使い分けてほしい。そう思い、セイカは今回タタラを強引に連れ出したのだった。


「そうやって、すーぐ都合のいいこと言うんスから、先輩は」


 再びため息を吐いてから、タタラがそう愚痴を漏らす。だが、それを見てもなおセイカが悪びれることはなかった。


「そんなウチも、嫌いじゃないでしょ?」


「……やっぱ帰っていいっスか?」


「わー! ごめんごめん!」


 思わぬ反撃に出られたことで、セイカは慌てふためく。その情けない様を見て多少は気分が晴れたのか、タタラの口角が僅かに上がった。


「お二人とも、来ますよ!」


 一喝するかのように、カナタから告げられる。

 漫才を繰り広げている場合ではない。セイカは内心でそう反省を重ねながら、いつものように大鎌を握りしめるのだった。

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