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第10話「みんなでゲーム」

 機械の迷宮に挑戦してから、数日後の基地にて。


「ねぇー、そろそろ迷宮攻略しに行かなーい?」


 暇を持て余していたセイカは、近くで読書に耽っていたカナタの肩へ頭を預けてからそう尋ねた。


「駄目です。セイカさん、まだ本調子ではないですよね?」


「いやもう、ばりばり元気……おぉう⁉︎」


 鼻に違和感を覚えたことで、セイカは素早くカナタから離れる。部屋を汚す前にティッシュを詰め込み、どうにか血の流れを堰き止めた。


「……というわけなので、今日も攻略はお休みです」


「ちぇー」


 口を尖らせながらも、引き下がるセイカ。

 先日、彼女は迷宮で意識を失った。能力を過度に行使したことが原因だ。

 結果、核の破壊を手伝えなかったばかりか、迷宮からの脱出まで仲間頼りになるという体たらくに陥ってしまった。

 体調を万全にしなければ、今度はより早く限界が訪れるだろう。そうならないよう、彼女は養生に専念することとなっていた。


「そういえば、タタラは?」


「工房にいらっしゃいますよ。銃のメンテナンスをしてくださってます」


「今日も? 励むねぇ」


 先日の攻略で体を張っていたのは、カナタも同じだ。彼女自身にはなんら不調はないようだが、愛用の武器に不具合が発生していたらしい。

 それだけ酷使したということなのだろう。自分以外にも時間が必要だとわかったことで、セイカは人知れず溜飲を下げた。


「仕方ない。暇だし、ゲームでもしようか、な……?」


 そう言って、ふと思い出す。以前攻略した、水の迷宮最深部での会話を。

 こうしてはいられないと言わんばかりに収納棚へ駆け寄ると、セイカは目的の品を手早く取り出してカナタのもとへ戻った。


「カナタ! ゲームしよ、ゲーム!」


「ゲーム、ですか……?」


「そ! 約束したでしょ?」


 セイカの手に握られているのは、ゲームソフトだ。複数人で、かつ初心者でも楽しめそうなものを今の一瞬で見繕ってきていた。


「それはもちろん、覚えていますが……初めて体験するので、上手くできないと思いますよ?」


「上手くできなくたっていーの! 楽しめればいいんだからさ」


「では……お言葉に甘えて」


 カナタが、読みかけの本に栞を挟む。

 多少は興味を持ってくれているらしいとわかり、セイカの気分は早くも高揚していた。その熱が冷めやらぬうちに、準備を進めていく。

 ゲーム機本体とモニターはすぐに使える状態で用意されていたため、開始するまでにさほど時間はかからなかった。


「はい、これ持って!」


「こう、でしょうか」


 無線のコントローラーを渡されたカナタが、物珍しそうな様子でそれを握る。どうやら、この手の娯楽と縁がなかったというのは本当らしい。


「それで、今回遊ぶのはどのようなゲームなのでしょう?」


「『落ち物パズル』ってジャンルの、対戦ゲームだよ。落ちてくるピースを繋げて、どんどん消していくの」


 以前話した『ギミック』が登場するようなゲームではない。ただ、アクションやRPGといったジャンルをいきなりおすすめすることは気が引けた。そのため、セイカはこうして無難なものを選んだというわけだ。


「繋げて、消す……」


「ま、習うより慣れろ、だね。とりあえず、チュートリアルからやってみてよ」


 コントローラーの使い方だけ大まかに教えた後、セイカはカナタの操作を見守り始めた。


「えっと、これを、こうして……」


 普段から丁寧な口調を崩さないカナタが、まるで子供のような独り言を繰り返している。あまりに珍しい光景だったため、セイカはついゲームではなく彼女の方に注目してしまった。


「できました!」


「うぉうびっくりした」


 突然振り向かれたことで、カナタと目が合う。

 どうやら、無事にチュートリアルをクリアできたらしい。見つめられていたことに気づいていないあたり、相当熱中していたようだ。


「面白いですね、これ!」


「でしょ? そうだ、カナタこういうの得意そうだし、もっと難しいのに挑戦してみようよ」


「や、やってみます……!」


 先程のプレイをほとんど見ていなかったが、問題ないだろう。そう判断し、セイカは難易度を数段上げた。

 程なくして、勝負が始まる。

 それはまさしく、一進一退の攻防だった。まるで長年のライバルであるかのような、激しい応酬が画面上で繰り広げられる。

 そんな、一瞬たりとも目が離せない戦いを制したのは。


「……勝ちました!」


 カナタだ。再び振り向いた彼女は、瞳を輝かせていた。よほど、このゲームを気に入ったのだろう。

 ならば、次にやるべきことは一つ。


「ふっふっふ。なかなかやるみたいだね、カナタ」


 仰々しい口調で話しながら、セイカはコントローラーをもう一つ取り出した。


「次はウチと勝負! 天狗になったその鼻、へし折ってくれるわぁ!」


「望むところです!」


 数分とかけずに設定を変更し、二人は一対一の真剣勝負を始める。

 経験の浅さを頭脳でカバーしているカナタと、このゲームを数年以上遊んでいるセイカ。どちらが有利かは、言うまでもないだろう。


「くそぉ、負けた!」


 背中から倒れ、悔しさを露わにする。今の今まで自覚こそしていなかったが、セイカはゲームが下手だった。

 程良く手加減をしなければ、などと考えていた数分前の自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られながらも、元の姿勢に戻ってカナタの方を見やる。


「か、勝てました……!」


(……まあいっか)


 抱いていたはずの悔しさが、カナタの無邪気な笑顔によって霧散させられてしまった。釣られて微笑みながらも、セイカは新たな挑戦を提案することに決める。


「ね、次はネット対戦やってみない?」


「ネット……ですか?」


「プロレベルのプレイヤーと当たることもあるんだけど……カナタすっごく強いから、もしかしたら勝てちゃうかも!」


 実際に戦って改めてわかったが、カナタのプレイは初心者のそれではない。彼女による才能の暴力だけでどこまで行けるのか、セイカは気になっていた。


「せっかくなので、やってみます!」


「そう来なくちゃ!」


 操作に慣れてきたのだろう。手助けを必要とすることなく、カナタは自力で設定を変更する。

 マッチング開始。彼女から伝わる緊張感が、セイカの体感時間まで長くしているようだった。


「……マッチングしました」


「頑張ってね、カナタ!」


 二人揃って画面を見つめる。互いがどのような表情を浮かべているかなど把握する余裕はなく、ただただ勝負に集中していた。

 その結果は。


「────え?」


 瞬殺だった。あまりに無情な結果を前にして、カナタは言葉を失っている。

 手も足も出ないという程ではなかったが、彼女の抵抗は相手にとっては些細なものだったろう。そう思わされる程に、両者の実力はかけ離れていた。


「つ、次はウチがやるよ! カナタの仇、取ってあげる!」


「お、お願いします……!」


 三本先取を勝利条件に設定しているため、まだ雪辱を果たす猶予が残されている。カナタからコントローラーを受け取ったセイカは、意気込んで同じ相手との戦いに挑んだ。


「……負けて、しまいましたね」


「知ってたよちくしょう!」


 カナタを負かした相手に、勝てるわけがない。セイカ自身も当然わかっていたが、先程の敗北が偶然かもしれないという希望に縋らずにはいられなかった。


「かくなる上は……!」


 セイカは立ち上がり、工房へと走り出す。タタラが作業中であることは承知の上だが、なり振り構っていられなかった。


「タタラっ!」


「ひゃいっ⁉︎」


 名を呼ばれたタタラが、体をびくりと振るわせる。そんな彼女に有無を言わせることなく、セイカは肩を掴んだ。


「急いでこっち来て!」


「な、なんスかもう……!」


 タタラを強引に連れ出し、自身が座っていた場所へと座らせる。そしてコントローラーを握らせ、不敵に微笑んだ。


「じゃ、あとよろしく」


「え、え、え?」


 直後、勝負が始まる。

 未だに状況を把握しきれていない様子のタタラだったが、ゲームをプレイする必要があることはわかったらしい。やや出遅れる形で彼女もまた操作を開始した。


「はっや」


 工事現場を彷彿とさせるような音が鳴り響く。コントローラーが壊れてしまわないか、心配になる程だ。

 そこから視線を少し上にあげると、口を開けたままゲームに熱中するタタラの顔が目に入った。いつもなら揶揄っているところだが、あまりの入力速度に圧倒されてしまい、さすがのセイカも言葉を呑む。


「すごい……」


 カナタのそんな呟きすら耳には入っていないようで、タタラは黙々と操作を続けていた。遅れを取ったことで序盤こそ劣勢に立たされていたが、今では逆に相手を追い詰めている。

 そして、ついに。


「ふぅ、勝てたっス……久々にやったっスけど、やっぱり息抜きでやる分には楽しいっスね」


 喜びを大して見せることなく、タタラがコントローラーを置く。徐に立ち上がると、彼女は工房の方へと歩き出した。


「じゃ、じゃあジブンはこれで……」


「ああ、うん。ありがとう」


「ありがとうございました、タタラさん!」


 まだ一勝しかできていないが、これ以上タタラの作業を中断させるわけにはいかない。セイカは勝ち越しを諦め、後輩の背中を見送ることにした。


「はぁ、暗号の解読も進めないと……」


「……暗号?」


 聞き馴染みのない言葉を受け、セイカは首を傾げる。ただ、タタラを呼び止めることは憚られたため、代わりにカナタへ尋ねることにした。


「最深部の機械を倒したときに、謎のメッセージが送られてきたようなのです」


「メッセージ? 誰から?」


「現時点では不明とのことですが……タタラさんは、例の機械から送られたものではないかと考えていらっしゃいます」


 負け戦を眺めながら、二人は話を続ける。真の才能を目の当たりにしてしまったことで、このゲームへの熱は既に冷めているようだった。


「ウチが気絶してる間に、色々あったんだねぇ。今更だけど、ごめんね? 足引っ張っちゃって」


「いえ、そんなことは……ただ、もう無理はしないでくださいね。もしセイカさんに何かあったら、私……」


「大丈ぶい! 問題ナッシングだよ!」


 鼻に詰めたティッシュを取り出し、ゴミ箱へと捨てる。無事に血が止まったことを証明すると、セイカは大袈裟な笑みを浮かべた。


「ところで、ゲーム続ける?」


「……他のものも、遊んでみて良いでしょうか?」


「もちろん!」


 カナタを連れ、収納棚へと向かう。

 退屈など、感じることも感じさせることも御免だ。そんなことを考えながら、セイカはせっかくの休養日を満喫するのだった。

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