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外れスキル《棚卸し》の俺、物資不足で滅びかけた王国を倉庫から立て直す 〜追放した勇者たちは補給切れで泣きついてきたが、もう遅い〜  作者: のむ


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第62話 満ちる紙、空く棚

 翌朝は、白い息から始まった。


 宿を出ると、石畳に薄く霜が張っている。レンは革袋の上から、革筒の固さを確かめた。中の紙は三十年前の貸付証文。今日これを補給局の帳簿に触れさせる。


 崩壊まで、残り二十日。



 王都補給局は、石造りの大きな建物だ。門の受け入れ窓口とは、比べものにならない。正面の階段を上ると、高い天井の広間に出た。壁ぎわに、いくつもの窓口が並んでいる。


 その窓口の手前に、また列があった。


 昨日、門の内で見た列と、同じ顔ぶれだ。布を厚く巻いた者、子を抱いた者。今日は遠くからではない。レンもその列の脇を通って奥の窓口へ向かう。すぐ横を、列が伸びていた。


 列の中ほどに、咳をする子がいる。母親が背を丸めて、子の口を布でおおっていた。


「あの、薬は」


 母親が、前の窓口の書役に問う。書役は台帳を見たまま答えた。


「台帳には、在ります」


「では」


「在りますが、棚に届いていません。順を待ってください」


 母親は、それ以上を言わなかった。子の背を、ただ撫でている。


 台帳には、在る。棚には、ない。レンはその二つの言葉を聞きながら奥へ進んだ。腹の底で、怒りに似たものが一度ことりと動く。動いたが、声にはしない。ここで声を上げても、子の薬が早く届くわけではない。



 奥の窓口で、レンは革筒を出した。


「リンドホルム公爵家の請求です。補給局長へ、直接お渡しするべき書状を持参しました」


 書役は証文をちらと見た。封の蝋。二つの署名。それから台帳の頁をめくる。


「これは、受理の前に、写しを一部」


「写しを」


「原本は局で預かり、写しに受理印を押します。原本のままでは、帳簿に乗せられません」


 レンは写しを取らせた。書役が別の紙に証文を書き写し、その写しに印を押す。原本は奥の箱へ。写しが机に残った。


 そして次の窓口へ回された。


「写しは、受け取りました。ですが、写しには、出所の控えが要ります。どの窓口から回ってきたか。その控えがないと、こちらでは受けられません」


 また紙が一枚増える。前の窓口の名を書いた控え。それに、また印。


 次の窓口へ回された。


「控えは、揃っています。ですが、この請求は古い。三十年前の証文です。古い証文は、現行の台帳との突き合わせが要ります。突き合わせの願いを、もう一枚」


 また紙が一枚増える。


 次に回されたのは、最初に写しを取った窓口だった。


「突き合わせの願いは、受けました。ですが、写しの受理印が、古い様式です。押し直しが要ります」


「さきほど、この窓口で押した印です」


「様式が、先月変わりました。古い様式の写しは、新しい様式で取り直しを」


 また紙が一枚増える。一度通った窓口へ、戻された。


 レンの手元で紙が厚くなっていった。証文の写し、出所の控え、突き合わせの願い。一枚ごとに、印が一つずつ。


 紙は、確かに満ちていく。

 けれど、子の薬は、一歩も棚へ動かない。


 ニスはレンの斜め後ろに立っていた。窓口の会話を誰が聞いているか、広間の柱の陰、二階の手すり。武人の目が、低く広間を一度なぞって、窓口へ戻る。口は開かない。


 ユリウスが紙束を見て、低く言った。


「商家なら、三日で潰れるやり方です」


 それだけだった。続きは、言わない。



 四つ目の窓口で、レンは一度、手を止めた。


 机の上に、自分の出した紙が積まれている。写し、控え、願い。朝のうちに、これだけ増えた。

 その机の、すぐ奥。

 ガラスの仕切りの向こうに、配給の棚が見えた。治療院へ回す薬の棚だ。

 棚は、半分が空いていた。


 レンは二つを同時に見た。

 手前の机では、紙が満ちていく。奥の棚では、薬が空いていく。同じ広間の、ひと続きの視界の中で、紙だけが増え、物だけが減る。


 レンは、窓口の書役に尋ねた。


「あの棚の薬は、どこから来ます」


「ハーレンの薬倉から、回ってくる手筈です」


「手筈、ですか」


「手筈では、来ています。台帳の上では」


 ハーレン。レンはその地名を覚えた。カルロスの返書にあった、王都の南の宿場町。帳簿では薬が満ちて、棚は半分も埋まっていない場所。ここでも、同じだった。



 紙束を抱えて次の窓口へ向かおうとしたとき、広間の奥から、人が一人歩いてきた。


 カルロスだった。


 書記官の服。落ち着いた足取り。レンは一瞬、味方が来たと思った。王都に入ってから、知った顔に会うのは、これが初めてだ。


 けれど、カルロスは広間の真ん中で足を止めると、声を張った。広間じゅうに届く声だ。


「リンドホルムの補給官殿。ここは、王都補給局です」


「カルロス殿」


「私は、ここの書記官です。リンドホルムの使者に、便宜を図る立場にはありません」


 まわりの書役が、ちらと顔を上げる。レンと、リンドホルムの一行を、目で確かめている。カルロスは、その目に向けて言っていた。レンにではなく、聞いている者に向けて。


 レンは何も言わなかった。


 カルロスが、背を向ける。

 向けるその一瞬、レンとだけ、目が合った。

 灰色の目だ。底の見えない、カーレルやカルセルと同じ灰色。

 その目が、ほんのわずか、揺れた。


 揺れて、すぐに逸れた。


 カルロスは振り返らず、広間の奥へ歩いていく。



 広間に、また筆の音と印の音が戻る。


 レンは手の中の紙束を見た。朝から増えた、写しと控えと願い。その一枚ずつに、印。請求は、一歩も進んでいない。証文は、まだ局長の机に届いていない。動いたのは、紙の厚みだけだ。


 奥の棚は、半分空いたまま。誰も、補充に動かない。咳をする子は、まだ列にいる。


 カルロスの、揺れた目を思った。あれが演技か本心か、確かめる手立ては、今はない。わからないまま、進むしかない。


 疑ったまま、使う。リンドホルムを出るとき、ニスに言ったことだ。今度は、カルロスに、同じことをする。


 疑ったまま、進む。


 レンは板書の余白に、一行だけ書いた。


 紙が満ちる。棚が、空く。


 書いて、線では囲わなかった。これは、保留にする話ではない。今日この広間で目にしたことだ。


 崩壊まで、残り二十日。

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