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外れスキル《棚卸し》の俺、物資不足で滅びかけた王国を倉庫から立て直す 〜追放した勇者たちは補給切れで泣きついてきたが、もう遅い〜  作者: のむ


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第30話 王国補給網、崩壊まで四十二日

 表示は、夜の倉庫の中に浮かんでいた。


 王都の小麦、残り二十三日。


 北方軍の矢羽根、残り六日。


 東港の荷馬、稼働率三割低下。


 南部薬草地、収穫不能。


 西街道橋梁、修理材未着。


 王都治療院、薬瓶不足。


 軍補給部、帳簿不一致。


 レンは息を止めた。


 リンドホルムではない。


 ラト村でもない。


 もっと広い。


 王国全体の流れが、赤く染まり始めている。


 見えすぎる。


 そう思った瞬間、膝から力が抜けかけた。


 倉庫一つなら、走ればよかった。


 街一つなら、仲間を集めればよかった。


 ラト村なら、荷車を出せばよかった。


 だが王国は広い。


 港も、街道も、軍も、神殿も、王都も、貴族も、商会もある。


 そこに浮かぶ赤い表示の一つ一つが、人の暮らしにつながっている。


 小麦が止まれば、食卓が空く。


 矢羽根が尽きれば、兵が前線で孤立する。


 荷馬が倒れれば、港の荷が腐る。


 薬草地が収穫不能なら、治療院の薬が薄くなる。


 数字の向こうから、無数の声が押し寄せてくるようだった。


 こめかみが痛む。


 視界の端が白く霞み、板書の文字が二重に見えた。


 《棚卸し》は便利な目ではない。


 見えるということは、抱えるということだ。


 倉庫一つ分の不足なら、まだ背負えた。


 街一つ分の不足なら、仲間に分けられた。


 だが王国の不足は、あまりにも広い。


 このまま見続ければ、数字に押し潰される。


 レンは作業台に手をついた。


「レン?」


 ミナの声で、彼は我に返った。


 彼女は手押し車を押して、空瓶を戻しに来ていた。


「顔、真っ白」


「セリア様を呼んで」


「今すぐ?」


「今すぐ」


 ミナは何も聞かずに走った。


 すぐにセリア、ガルド、ユリウスが共同倉庫へ集まる。


 レンは板書に見えたものを書き出した。


 王都の小麦。


 北方軍の矢羽根。


 東港の荷馬。


 南部薬草地。


 軍補給部の帳簿不一致。


 セリアの顔色が変わる。


「これは、確かですか」


「見えた範囲では」


 声が少しかすれた。


 セリアが気づく。


「座ってください」


「大丈夫です」


「座って」


 今度は命令だった。


 レンは逆らわず、木椅子に腰を下ろした。


 ミナが水を持ってくる。


「顔、ほんとに白い」


「見えすぎただけです」


「見えすぎって、怖いね」


「はい」


 ガルドが低く言う。


「お前の《棚卸し》は、街の外まで見えるようになったのか」


「わかりません。たぶん、リンドホルムの荷とつながっている場所だけです」


 レンは息を整えながら続けた。


「それも、全部ではありません。数字は推定です。現地確認しないと危ない」


 ユリウスが帳簿を覗き込む。


 ユリウスが帳簿を覗き込む。


「東港の荷馬稼働率低下……もし本当なら、港の荷が止まります。王都への小麦にも影響する」


「南部薬草地の収穫不能は、治療院の薬にもつながります」


 セリアが言った。


 それぞれの点が、線になる。


 リンドホルムで見たものと同じだ。


 清潔布が届かない。


 塩が止まる。


 燃料が消える。


 馬が倒れる。


 それが、王国規模で起きようとしている。


 レンの視界に、最後の文字が浮かんだ。


 王国補給網、崩壊まで四十二日。


 彼はそのまま板書に書いた。


 誰も声を出さなかった。


 四十二日。


 長いようで、短い。


 王都が動くには短すぎる。


 倉庫を整理するには短すぎる。


 街道を直すには短すぎる。


 だが、何もしなければ十分に長い。


 崩壊するには。


「王都召喚」


 セリアが静かに言った。


「予定より重要になりましたね」


 レンは頷いた。


「王都へ行く前に、リンドホルムを止めない仕組みが必要です。俺がいなくても、倉庫、回収班、乾燥炉、馬車組合が動くように」


 ガルドが鼻を鳴らす。


「倉庫学校を急ぐ」


 ミナが戻ってきて、胸を張った。


「回収班も動かす」


 ユリウスは帳簿を抱え直す。


「商会在庫をすべて出します。王都本店の動きも探る」


 セリアは全員を見た。


「リンドホルムで始めたことを、王国へ広げます」


 レンは板書を見た。


 王国補給網、崩壊まで四十二日。


 幼い頃、薬はあった。


 けれど届かなかった。


 その小さな記憶から始まった痛みが、今、王国全体の赤い線へつながっている。


 怖くないと言えば嘘になる。


 でも、一人ではない。


 倉庫長がいる。


 領主がいる。


 配達少女がいる。


 商人がいる。


 職人がいる。


 神殿がある。


 荷札がある。


 鍵がある。


 道がある。


 レンは古い荷札に触れた。


 届かなかった薬の記憶。


 そして、新しく結ばれた無数の荷札。


 今度は、届かせる。


 王国が崩れる前に。


「まず、何から始めますか」


 セリアが聞いた。


 声は震えていなかった。


 だからレンも、震えずに答えようと思った。


「数えます」


 ガルドが息を吐く。


「やっぱりそこか」


「はい。王都へ行く前に、リンドホルムから出た荷、入る荷、止まっている荷を全部見直します。王国全体はまだ見られない。でも、リンドホルムにつながる線なら見られる」


 ユリウスが頷いた。


「商会の帳簿を開きます」


「神殿も」


 ミナが言った。


「回収班の札も、全部見る」


 レンは頷いた。


 王国をいきなり救うことはできない。


 だが、一箱なら数えられる。


 一台なら動かせる。


 一つの街なら、変え始められる。


 それをつなげるしかない。


 リンドホルムの夜明け前、共同倉庫の明かりは消えなかった。


 第一部 辺境倉庫編 了

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